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恋愛編

第1話「イ○スタのキラキラドキドキな恋を綴った安いポエムを見るとあまりの気持ち悪さで吐きそうになる」

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 高校生の頃、男友達から告白されて、付き合ったことがある。

 当時の私は若かった。そもそも、恋が何たるかも知らなかったし、何より、なんとなくそうしなきゃいけない気がしてしまって、よく分からないけど告白をOKしてしまった。

 別に、好きじゃなくてもとりあえず付き合う、というのは今の時代よくあることだから、別にいいかと思った。友達も、『付き合ってみないと恋はわからない』とか言っていたし。

 最初は人生初の彼氏という存在にドキドキしたりもした。相手はイケメンくんでクラスでもかなり人気だったし、それなりに優越感を感じたりもした。

 けど、私のそうした感情は、1週間と持たずして崩壊した。

 私の彼ピは、あろうことか週末に私をデートに誘いやがったのだ。

 何が問題なのか、と、普通みんなは思うのだろうが。だけど、私はその時、ぶっちゃけデートより家でごろごろしていたかった。

 なんかいい感じのアニメを見て、いい感じの漫画やラノベを読んで、ゲームをして、1人で部屋でゲラゲラ笑っていたかった。あるいは、自分の描きたい漫画を描いていたかった(家でしか描けなかったし)。

 ワガママと言えばそれまでだ。でもだって、そうしたかったんだから仕方がない。
 とは言え、付き合いは大切だ。私は自分の感情を抑えて、彼ピに実に元気な「うん!」を返した。

 そうして彼ピと私はA○ONへ行った。なんかテレビで宣伝されてる少女漫画の実写化映画を見に行ったり、ファミレスで飯食ったり、そんな一般的な付き合いをした。

 ぶっちゃけ楽しくなかった。だって、そもそも、少女漫画の実写化というチョイスが私に合わなかった。まさにアオハルな恋愛を題材にしたよくある作品だったけど、そもそも、私はこの手の物が嫌いなのだ。

 だって、なんかこう、わかりやすい甘酸っぱさって、なんか胸焼けして気持ち悪いじゃん。そんなひねくれた感性だったから、正直終始むずがゆくってどうすればいいかわからなかった。これは私が悪いのだが。

 ファミレスで飯を食ったのは、まあ別に悪くなかった(チーズインハンバーグの人気盛り頼んだら「女子なのにめっちゃ食うね笑」って言われてちょっとムッと来たけど)。ただ、ファミレスで話した内容がいかんかった。

 私が映画についての感想をつらつら語ると、彼ピの顔がわかりやすく曇ったのだ。なんというか、『そこまで聞いてない』みたいな感じで。

 でもまあ、彼ピは私の話を聞いてはくれた。「映画好きなんだ~?」とか、一応楽しそうに笑いながら。

 私も自分を抑えきれず喋り続けてたのが悪いのだが、なんというか、すごく『早く終わんねーかなこの話』という雰囲気を感じた。まあ、オタクなら誰もが経験したことがあるであろうあの感じだ。

 それを受けた私は、ちょっとずつ相手に気を使うようになった。まあそれ自体も悪いことではないと思うし、人間関係なのだから、当然だとも思う。けどまあ楽しくはなかった。

 そんな感じで、人生初のデートはなんかどうにも不完全燃焼で終わってしまった。

 それ以降はもう少し地獄になった。なんか、2人のイニシャルを刻んだアクセサリーを作ったりだとか、思い出作り的にカフェやらどっかちょっと良い感じの観光スポットでイ○スタ用の自撮りを撮ったりだとか。何もかも私には、『クッセェー』と思うような物ばかりだった。

 あとはLI○Eの一言を『since 8.16(水)』みたいな奴で揃えようとか、プロフ画をお揃いの自撮り(加工しまくりで背景のおっさんの首が長くなってた)にしようだとか。そういう奴はよく見かけるけど、私はとにかく、好きくなかった。なんというか、どうしても『浅い』と思ってしまって。

 なんでこうもリア充と言うのは、自分たちの恋愛をいちいち周りにアピールするのだろうか。なんでそんな、自分たちの仲の良さをわざわざ象徴するような何かをいちいち誇示するのだろうか。あとでうすら寒い黒歴史に悶えるようになるだけなのに。

 私はそうした体験を経て、悟った。恋愛っていうのは、とにもかくにも面倒臭い、と。

 それまでただの男友達だったのに、『恋』という関係になった途端、一気に付き合い方が変わってしまった。どうやら、『友情』と『恋』との間には、そういう絶対的な差異があるらしい。

 そうして私は、その付き合いに耐えられず、音を上げて彼ピとは別れることにした。
 そもそも、向いていなかったのだ。一人で漫画やアニメを見ている方が好きな私に、恋愛というものは。

 私が恋愛を嫌いになったのは、そういう経緯からだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 若い兄ちゃんが元気に注文を叫ぶ。辺りからは乾杯の音やコスパ悪すぎな食べ物を頂く声が絶え間なく聞こえる。

 私は、和風の小洒落た居酒屋に来ていた。なぜこんな場所に来たのかと言うと、酒を飲むためではなく、なんと合コンに呼ばれてしまったためだ。

 この合コンを計画したのは、最近付き合いが増えている優花里だ。例の、以前私とトラブルを起こした松田真希の取り巻き。

 松田とはもうあまり付き合いが無いらしく(ちょっとかわいそうだな)、気に入られた私は度々彼女や友達の玲菜、あとよくわからないけど2人の友達たちと会って遊んだり話したりしている。
 とは言え、優花里や玲菜はそれなりには気が利く性格のようで。私のこの、1人の方が好きという面倒臭い性格にも理解を示して合わせてくれている。だから私としては友達が増えたなという認識で、実は結構楽しんだりもしている。

 この合コンも優花里が知り合いを頼り計画したのだが、なんと彼女はこの場にはいない。彼氏がいるらしく、流石にそれで参加するのは些か不誠実だろうということで、企画はしたものの仕切りは玲菜に引き継いだらしい。この辺は合意が取れているから、あまりトラブルにならなかったようだ(アイツたぶん管理者に向いている)。

 で、だ。この件について、実は私がここに来たのは、私からしても、玲菜や優花里からしても全く持って予想外のことだった。

 どうやら、本来来る予定だった奴が急遽病欠で来れなくなったらしい。

 仕方がないとは言え、人数が揃わなくなると合コンの盛り上がりは一気に下がる。というわけで、色々当たった結果、私しかアテがなくなってしまったらしい。

 私は渋々了承し合コンに参加した。参加したのだが、その先で厄介なことに、私は、とんでもない男と出会ってしまった。


「なぁ詩子~、なんでそんなにぶすっとしてんの~?」


 酔っ払っている茶髪の爽やか系イケメン男。その名も、宮本卓也(みやもとたくや)だ。

 そしてコイツは、私の元カレだ。私に一方的に振られた哀れな男子。高校卒業と共に別の大学へ行き(しかも国立。何気にハイスペック)、そしてLI○Eの連絡さえも無くなった人間。まさかこんなところで再会するとは思いもしなかった。


「……アンタさ、逆に聞くけどこの状況で何も思わないと思ってんの?」

「そりゃあ、昔は色々あったけどさ。でも、もう何年よ? 気にしなくてよくね?」

「アンタは気にしなくてもこっちは気にすんのよ」

「でもさ、せっかくこうやってまた会ったんだからさぁ。楽しく話そ?」

「それが壊滅的に無理って言ってんのよ」

「……うーん。高校の頃も聞いたけどさ。俺、何か嫌なことした? それだったら俺、謝るけどさ、」

「別に。アンタが悪いわけじゃないってのはまあわかってんのよ。ただ、それでも顔を合わせたくないってかさ」

「……なにそれ」


 卓也が明らかに不機嫌になる。まあ、私が悪いのだから仕方がないけど、だからって私もこいつとは話したく無い。なんと言ったって、いい思い出が無いのだから。


「……詩子さぁ、変わっちゃったよな」

「そりゃあ、誰だって変わってくわよ。当たり前じゃない?」

「いやまあそうだけどさぁ。……なんかなぁ。ぶっちゃけさ、俺、今日お前と会ってさ、スゲーびっくりしたんよ? なんというか、運命的なの感じたって言うかさ」

「……はぁ?」

「なぁ、詩子。俺ら、昔みたいになれないのかな?」


 私はその言葉を聞いて、ゾワッと鳥肌が立つのを感じた。

 こいつ、何言ってやがんだ。まさか、本気か?

 ……いや、違う。こいつの目を見たらわかる。これ、アレだ。ヤレそうって言う目だ。

 これが例えば、コイツとの恋愛に多少なりとも楽しさを覚えていて、それでこうして再会していたとなれば、まあ運命とやらを感じていたのかもしれない。

 だが、生憎と私はそうじゃない。私は嫌悪感が溢れて、思わず口を尖らせてしまった。


「何が運命よ。そんなもん、あるわけねーだろ」


 私が言った後、一気に場が静まり返ったのを感じた。

 玲菜やもう1人特に見知ってもいない女がこっちを見てくる。男共もなんか目を点にしてこっちを見つめる。私はあっと、自分が良からぬことをしてしまったことに気付いた。


「……ご、ごめん。ちょっと、自己中になり過ぎた」


 私はそう言うとため息を吐き、そして持っているショルダーバッグから財布を取り出して、そこから5000円札を取りだし玲菜に渡した。


「ちょっと、ごめん。私、たぶんもっと空気悪くする。お金渡すから、帰るね」


 私がそうと言ってその場を去ると、玲菜が「あっ、詩子……」と小さく呟いた。

 ……わかってる。いくらなんでも空気読めなさすぎだって。
 玲菜たちには、悪いことをした。私はしかし、それでも、あの元カレがいる場が耐えられず、とにかくその場を去ってしまいたかった。

 玲菜たちには後で改めて謝ろう。ただ、今は。私はそんなことを思いながら、頭に昇ったイライラを消化するため、スマホを取り出して、どこぞの男へ電話をかけた。
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