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恋愛編
第13話「いやまあ好きかどうかで言えば好きなんだけど別に本当そういう訳じゃないって言うか、本当そういうのじゃないからそういうのじゃない」②
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そんなこんなで、私と河野は近くの牛丼屋へとやって来ていた。
入り口から離れたテーブル席で、且つ、周りの客とはちょっとだけ離れている位置を選んでいる。私は席に座って、頼んだ牛丼中盛を食べながら、河野に話しかけていた。
「……まあ、由希のことは。今は、気持ちだけは落ち着いてる。……いや、まあ、本当、思い出すと、嫌な気持ちにはなるけどさ」
河野は「うん、うん」と言いながら、私と同じように牛丼を食べている。物凄くいつも通りな態度に、しかし私は、どこか気持ちが焦っているのを感じた。
……なんでコイツ、こんだけキメキメにした私を見て、いつも通りのテンションなのよ。
いや、でもまあ、これでこいつも変な感じになってたら、それはそれでやりにくいし。ていうか、私たちの関係って、そんなんじゃないし。
こんな感じで、延々と頭の中で、相反した二つの思考が巡り巡っていた。
「……クリスマスが近くて、焦ったのだろうけどさ。でも、なんていうか。本当、唐突だったって言うか――だから、ちょっと、ね」
「んー、うん。……」
「……なんか、言いたそうね」
「いや。なんていうか、君の話聞いてると、やっぱり、どうも天音さんの行動は合点がいかなくてね。なんというか、まるで、君にフラれに行ったみたいというか。いや、違うな。フッたのは天音さんの方って言うか。でも、じゃあ、だとしたら、なんでそんなことをしたんだろうって言うか」
私は河野の言葉を聞いて、「んがっ」と豚のような声を出してしまった。
「い、いや。だから、クリスマスで、焦ったんだって、きっと。ほら、恋人の日って言うしさ」
私はやや声を張り上げて、河野の思考を掻き消そうとした。
河野は少し「ふむ」と言ってから、「まあ、そうなのかな?」と首を傾げていた。
あ、あぶねぇ。コイツ、やけに察しが良いんだった。もしもアイツが、どうして私にあんなことを言ったのかを悟られちまったら、何もかもが終わるところだった。
アイツがああいう行動を取ったのは、私の、河野への『好意』が理由だ。だとしたら、由希の行動の意味を悟られるっていう事は、私の気持ちを、コイツに悟られるってことを意味している。
だから、何がなんでもその片鱗を掴ませるわけにはいかない。私は勢いよく牛丼をかきこみ、自分の感情を誤魔化した。
「――そう言えば、」
と、河野が更に言葉を紡ぐ。私はなお、牛丼の中身をかきこみ、
「天音さんが、そういうことしたの……清水と会った、すぐだったな」
河野が呟くのを耳にした途端、私の気管に米粒が入り、私は勢いよく「ゲホ、ゲホッ!」と咳をしてしまった。
「ガッ、アッ、ゲホッ、ゴホゴホッ」
「ちょ、姫川? 大丈夫?」
河野が心配そうに声をかけてくる。私は「だい、じょ、ぶ」と言いながら、また咳をして、米粒が口の中に戻ってくるのを感じた途端、げふ、げふとまた咳き込みながら、コップを手に取り、水を勢いよく流し込んだ。
そうして、「ンッ、ンン、ンッ」とだみ声を出し。私は息を切らしながら、困惑する河野に話しかけた。
「話し変わるけどさ。今日アンタ、暇?」
「ひ、暇かどうかで言えば、暇だけど……」
「そ、その、よかったら遊びに行かない? か、カラオケとかさ。いつもみたいに」
話を誤魔化すために勢い任せで言ったが、瞬間、自分の中で、羞恥心に塗れた後悔がせり上がって来た。
いやいや、お前、これつまりデートの誘いか? この流れで? いや、それはちょっと、流石にアレだろ。
いや、待て。ていうか、私と河野は、そもそも、しょっちゅうな頻度でカラオケなり映画館なりへと行っている。だとしたら別に、そんな、大それたことじゃあないだろう。
ていうか、そうだよ。私はそもそも、そういう関係を望んでるんだよ。別に、コイツとは、恋人じゃないんだから。私は咳き込んだ拍子に乱れた髪の隙間から、河野のことをじっとりと睨みつけた。
「あー……」
河野はそうして、考え込むように天井を見上げた。
……どうしたんだ? ふとそんなことを思ったが、河野はやがて、「うん、いいよ」と言いながら、私の方へと視線を向けた。
「よ、よし。それなら、行こう。へ、へへ、久々だね、遊びに行くの」
「ん、うん。まあ、ちょっと前は、むしろ一緒に行きすぎって感じがしてたからね」
河野はそう言って、微笑みながらスマホへと目を移した。
……そ、そうか。冷静に考えたら、ちょっと前よりさらに前だと、そもそも、一週間のうちに何度も会うなんてしていなかったのか。
ていうか、いつの間にそんな頻度増えてたんだ。え、じゃあ、もう私はその頃からアイツが好きだったって言ってるような物じゃん。ええ、恥ずかしい。
……というか、私が河野を好きになったきっかけっていつだっけ。正直、よく覚えていないんだが。
私はおずおずと河野の目を見詰める。河野は少しだけ浮かれているようで、やや口元を緩ませていた。
『よかったじゃん、両想いだよ』
――コイツも、もしかして、私のことを……。
いやいやいや。ないないない。都合の良い妄想はよせ。大体、私とコイツが恋人とか、あり得ないから。私は自分の感情を振り払うため、首を大きく左右へと振った。
「姫川?」
と、河野が私の方を向いた。私は、「なに?」と小さく呟いて、アイツの目を見返した。
「いや。なんか、首振ってたから。嫌なのかなって」
「い、いや! 嫌じゃないよ! なんで、友達と遊びに行くの、嫌がるわけよ?」
「ああ、うん。や、僕の勘違いならよかった。その、正直、君から避けられてるって感じは、したからね」
そう言って河野は、ややしゅんと顔を下げた。
……そうだ。私、そう言えば、以前も、河野のこと、避けてたことがあったんだ。
だとしたら、不安にもなる。無いって思っても、「もしかしたら」ってだけで、人の感情はバグるのだから。私は自分の軽率な行動を反省すると、大きくため息を吐いて、河野へと言った。
「ごめん。別に、前みたいな、ああいうのじゃないから。
……そう。うん、そうだよ。アンタのこと、あん時、もう避けないって決めてたんだから」
「……姫川?」
「ごめん、河野。ちょっと、色々、あったからさ。……まあ、その、別に、遊びに行くくらい、なんとも思って無いからさ。だから、気にしないで。これ全部、私の問題だから」
私がそう言うと、河野は少し目を大きくしてから、「ん、うん。わかった」と微笑んだ。
……そうだよ。意識し過ぎちゃうと、また同じ過ちを繰り返しちゃう。
だったら、いい加減に、落ち着かないと。私はゆっくりと深呼吸をして、「んじゃあ、会計、行こうよ」と河野へと話しかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
大学が終わった後に、気になる男とカラオケデート。狭い個室で男女二人、何も起きないはずはなく……。
――なんてこともなく、私は河野と一緒に歌って、テンションを上げ、特にこれと言っていつもと変わりなく、帰路へとついていた。
いや、なにも無かったんかい! と、そうツッコミたくもなるだろうが、私は共に彼といる中で、『ああ、やっぱり、これが私たちなんだ』と、そんな風に思うようになっていた。
それまでずっと意識していたのはなんだったのやら。歌って、笑って、叫んでいると、河野はやはり友達なのだ、と言う思いが強くなったし、そして、その位置であることに、やはりと言うべきか、私は満足していた。
そう。これでいい。これが一番だ。私は強く鼻息を吹き出しながら、早くも日が落ちた暗い道を、彼と並び歩いていた。
「久々に楽しかったよ。ありがと、河野」
「ん、僕も普通に楽しかったし。……気分転換になった?」
「うん。おかげさまで。……ありがとうね、気を使ってくれて」
「いいよ、別に」
河野はそう言って私に微笑んだ。私はその優しい笑みに、同じように微笑んで、確かな充足感を感じていた。
と、ふと。河野と歩いていると、途中、私たちは本屋の前を横切った。
「――あ、」
そして私は、その店を見た途端、ハッと、頭の中にあることを思い出した。
「そうだ、欲しかった漫画の新刊、出てるんだった」
「入ってく?」
「あたぼうよ、新刊を逃すとか、オタク的にあり得ないだろ」
私はそう言って、河野と共に本屋へと入ろうと、笑いながら自動ドアをくぐった。
――だけど、その瞬間。
「あっ、」
私は、自分の目前で、誰かがそう声を出すのを聞いた。なんだと思って、目の前の何某を、よくよく見てみると。
そこには、こちらを見て呆然と佇む、清水心春がいた。
入り口から離れたテーブル席で、且つ、周りの客とはちょっとだけ離れている位置を選んでいる。私は席に座って、頼んだ牛丼中盛を食べながら、河野に話しかけていた。
「……まあ、由希のことは。今は、気持ちだけは落ち着いてる。……いや、まあ、本当、思い出すと、嫌な気持ちにはなるけどさ」
河野は「うん、うん」と言いながら、私と同じように牛丼を食べている。物凄くいつも通りな態度に、しかし私は、どこか気持ちが焦っているのを感じた。
……なんでコイツ、こんだけキメキメにした私を見て、いつも通りのテンションなのよ。
いや、でもまあ、これでこいつも変な感じになってたら、それはそれでやりにくいし。ていうか、私たちの関係って、そんなんじゃないし。
こんな感じで、延々と頭の中で、相反した二つの思考が巡り巡っていた。
「……クリスマスが近くて、焦ったのだろうけどさ。でも、なんていうか。本当、唐突だったって言うか――だから、ちょっと、ね」
「んー、うん。……」
「……なんか、言いたそうね」
「いや。なんていうか、君の話聞いてると、やっぱり、どうも天音さんの行動は合点がいかなくてね。なんというか、まるで、君にフラれに行ったみたいというか。いや、違うな。フッたのは天音さんの方って言うか。でも、じゃあ、だとしたら、なんでそんなことをしたんだろうって言うか」
私は河野の言葉を聞いて、「んがっ」と豚のような声を出してしまった。
「い、いや。だから、クリスマスで、焦ったんだって、きっと。ほら、恋人の日って言うしさ」
私はやや声を張り上げて、河野の思考を掻き消そうとした。
河野は少し「ふむ」と言ってから、「まあ、そうなのかな?」と首を傾げていた。
あ、あぶねぇ。コイツ、やけに察しが良いんだった。もしもアイツが、どうして私にあんなことを言ったのかを悟られちまったら、何もかもが終わるところだった。
アイツがああいう行動を取ったのは、私の、河野への『好意』が理由だ。だとしたら、由希の行動の意味を悟られるっていう事は、私の気持ちを、コイツに悟られるってことを意味している。
だから、何がなんでもその片鱗を掴ませるわけにはいかない。私は勢いよく牛丼をかきこみ、自分の感情を誤魔化した。
「――そう言えば、」
と、河野が更に言葉を紡ぐ。私はなお、牛丼の中身をかきこみ、
「天音さんが、そういうことしたの……清水と会った、すぐだったな」
河野が呟くのを耳にした途端、私の気管に米粒が入り、私は勢いよく「ゲホ、ゲホッ!」と咳をしてしまった。
「ガッ、アッ、ゲホッ、ゴホゴホッ」
「ちょ、姫川? 大丈夫?」
河野が心配そうに声をかけてくる。私は「だい、じょ、ぶ」と言いながら、また咳をして、米粒が口の中に戻ってくるのを感じた途端、げふ、げふとまた咳き込みながら、コップを手に取り、水を勢いよく流し込んだ。
そうして、「ンッ、ンン、ンッ」とだみ声を出し。私は息を切らしながら、困惑する河野に話しかけた。
「話し変わるけどさ。今日アンタ、暇?」
「ひ、暇かどうかで言えば、暇だけど……」
「そ、その、よかったら遊びに行かない? か、カラオケとかさ。いつもみたいに」
話を誤魔化すために勢い任せで言ったが、瞬間、自分の中で、羞恥心に塗れた後悔がせり上がって来た。
いやいや、お前、これつまりデートの誘いか? この流れで? いや、それはちょっと、流石にアレだろ。
いや、待て。ていうか、私と河野は、そもそも、しょっちゅうな頻度でカラオケなり映画館なりへと行っている。だとしたら別に、そんな、大それたことじゃあないだろう。
ていうか、そうだよ。私はそもそも、そういう関係を望んでるんだよ。別に、コイツとは、恋人じゃないんだから。私は咳き込んだ拍子に乱れた髪の隙間から、河野のことをじっとりと睨みつけた。
「あー……」
河野はそうして、考え込むように天井を見上げた。
……どうしたんだ? ふとそんなことを思ったが、河野はやがて、「うん、いいよ」と言いながら、私の方へと視線を向けた。
「よ、よし。それなら、行こう。へ、へへ、久々だね、遊びに行くの」
「ん、うん。まあ、ちょっと前は、むしろ一緒に行きすぎって感じがしてたからね」
河野はそう言って、微笑みながらスマホへと目を移した。
……そ、そうか。冷静に考えたら、ちょっと前よりさらに前だと、そもそも、一週間のうちに何度も会うなんてしていなかったのか。
ていうか、いつの間にそんな頻度増えてたんだ。え、じゃあ、もう私はその頃からアイツが好きだったって言ってるような物じゃん。ええ、恥ずかしい。
……というか、私が河野を好きになったきっかけっていつだっけ。正直、よく覚えていないんだが。
私はおずおずと河野の目を見詰める。河野は少しだけ浮かれているようで、やや口元を緩ませていた。
『よかったじゃん、両想いだよ』
――コイツも、もしかして、私のことを……。
いやいやいや。ないないない。都合の良い妄想はよせ。大体、私とコイツが恋人とか、あり得ないから。私は自分の感情を振り払うため、首を大きく左右へと振った。
「姫川?」
と、河野が私の方を向いた。私は、「なに?」と小さく呟いて、アイツの目を見返した。
「いや。なんか、首振ってたから。嫌なのかなって」
「い、いや! 嫌じゃないよ! なんで、友達と遊びに行くの、嫌がるわけよ?」
「ああ、うん。や、僕の勘違いならよかった。その、正直、君から避けられてるって感じは、したからね」
そう言って河野は、ややしゅんと顔を下げた。
……そうだ。私、そう言えば、以前も、河野のこと、避けてたことがあったんだ。
だとしたら、不安にもなる。無いって思っても、「もしかしたら」ってだけで、人の感情はバグるのだから。私は自分の軽率な行動を反省すると、大きくため息を吐いて、河野へと言った。
「ごめん。別に、前みたいな、ああいうのじゃないから。
……そう。うん、そうだよ。アンタのこと、あん時、もう避けないって決めてたんだから」
「……姫川?」
「ごめん、河野。ちょっと、色々、あったからさ。……まあ、その、別に、遊びに行くくらい、なんとも思って無いからさ。だから、気にしないで。これ全部、私の問題だから」
私がそう言うと、河野は少し目を大きくしてから、「ん、うん。わかった」と微笑んだ。
……そうだよ。意識し過ぎちゃうと、また同じ過ちを繰り返しちゃう。
だったら、いい加減に、落ち着かないと。私はゆっくりと深呼吸をして、「んじゃあ、会計、行こうよ」と河野へと話しかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
大学が終わった後に、気になる男とカラオケデート。狭い個室で男女二人、何も起きないはずはなく……。
――なんてこともなく、私は河野と一緒に歌って、テンションを上げ、特にこれと言っていつもと変わりなく、帰路へとついていた。
いや、なにも無かったんかい! と、そうツッコミたくもなるだろうが、私は共に彼といる中で、『ああ、やっぱり、これが私たちなんだ』と、そんな風に思うようになっていた。
それまでずっと意識していたのはなんだったのやら。歌って、笑って、叫んでいると、河野はやはり友達なのだ、と言う思いが強くなったし、そして、その位置であることに、やはりと言うべきか、私は満足していた。
そう。これでいい。これが一番だ。私は強く鼻息を吹き出しながら、早くも日が落ちた暗い道を、彼と並び歩いていた。
「久々に楽しかったよ。ありがと、河野」
「ん、僕も普通に楽しかったし。……気分転換になった?」
「うん。おかげさまで。……ありがとうね、気を使ってくれて」
「いいよ、別に」
河野はそう言って私に微笑んだ。私はその優しい笑みに、同じように微笑んで、確かな充足感を感じていた。
と、ふと。河野と歩いていると、途中、私たちは本屋の前を横切った。
「――あ、」
そして私は、その店を見た途端、ハッと、頭の中にあることを思い出した。
「そうだ、欲しかった漫画の新刊、出てるんだった」
「入ってく?」
「あたぼうよ、新刊を逃すとか、オタク的にあり得ないだろ」
私はそう言って、河野と共に本屋へと入ろうと、笑いながら自動ドアをくぐった。
――だけど、その瞬間。
「あっ、」
私は、自分の目前で、誰かがそう声を出すのを聞いた。なんだと思って、目の前の何某を、よくよく見てみると。
そこには、こちらを見て呆然と佇む、清水心春がいた。
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