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サブストーリー1【いじめはいじめられる方が悪い】
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――いじめは、いじめられる奴が悪い。俺がその結論を得たのは、小学四年生の頃だ。
当時、俺のクラスには、気持ちの悪いデブがいた。
背は小さい癖に横幅はデカく、髪の毛もなんかべっとりしていて、近づくとツンとするような臭いが常に香ってきた。おまけに話し声は小さいし、クラスの誰とも馴染めずに、ずっと教室で周りをきょろきょろとしている、とにかく気持ちの悪い奴だった。
当然、みんなソイツのことを嫌っていた。無理もないと思う。太っているだけならまだしも、不清潔な雰囲気を出していて、あまつさえ臭いのだ。誰だって、そんな奴には近づきたくはない。
だけど、ソイツは避けられてこそはいたものの、いじめられてはいなかった。幸いなことに、こういう「下劣」を叩いて遊ぶような人間が、俺たちのクラスにはいなかったのだ。
だけど、そいつはやがて、いじめがきっかけで転校をすることになる。そして、そのいじめの主犯とも言えるのが俺だった。
なぜ俺は、アイツをいじめたのか。きっかけは、運動会でのことだった。
当時、俺とソイツは、運動会のリレーに参加することになっていた。
俺は足が速かったから、出ることになるのはまあ予想できていた。けど、ソイツの場合は、運動会の花形とも言えるこの競技に誰も出たがらず、その役割を押し付けられる形となっていた。
正直、やめてくれって思った。だって、誰がどう考えても向いていなかったからだ。小学生だった俺は真剣に勝ちに行きたくて、ソイツがリレーに参加するってなった時、いの一番に異を唱えた。
けどまあ、なんだかんだでソイツが出ることになってしまった。おまけにだが、走順は俺の前で、俺はアンカーとして、ソイツからバトンを受け取る手筈となっていた。
他の人間はみんな何かしらの運動をやっていたから、そこで距離を稼いで、遅れは俺が取り返す、という作戦だったらしい。いずれにせよ、上手くいくとは思えなかった。
不安だった俺はソイツをリレーの練習に誘った。ソイツは俺の誘いを受けたが、約束を守らず、グラウンドには顔を出さなかった。
その後二、三回誘ったが、「用事があって……」とはぐらかされて、結局、俺と練習をすることはなかった。俺は馬鹿らしくなって、二度とソイツを誘わなかった。
そしてリレー当日。みんなが応援をする中、ソイツの出番が回り、バトンを受け取り、白線の上を勢いよく走っていた。
ソイツの走りはまあ、予想通り遅かった。腹や胸がだむだむとしていたし、走り方もドタバタしていてあまりに酷かった。
案の定、ソイツは他の走者に一気に距離を詰められ、抜けられていった。だけどそれまでに距離を稼いでいたおかげで、ドベにはならなかった。もっと言えば、俺が頑張ればなんとかなりそうな遅れで、俺は近づいてくるソイツを見つめながら、心の中で気合いを入れていた。
そして、バトンを受け取る瞬間――俺は、とんでもないことに気付いた。
そいつは、バトンの受け渡し方を知らなかったのだ。
普通であれば、走る時はバトンを左手に持ち、受け渡す際は、相手の右手にバトンを渡すようにする。だけどソイツは、走る時も右手でバトンを持って、そのまま俺の右手にバトンを渡そうとしたのだ。
あっ、と思った時にはもう遅く。俺の右手にバトンが当たって、そのままバトンは地面に落ちてしまった。
クラスメイトたちの、「あっ!」という声が聞こえた。バトンがころころと転がっていき、俺は「なにやってんだ!」とソイツに叫んで、慌ててバトンを拾った。
その瞬間にはもう、最後尾に抜けれてしまって。俺は大慌てで他の選手の背中を追った。
その後は必死に走ったから、最後尾の奴だけは追い抜くことができた。だけど結果は三位。もしもバトンを落としていなかったら、もしかしたら一位、少なくとも二位にはなれていただろう。
リレーが終わった後に、クラスメイトたちは、ソイツを責めるように文句を言った。俺も文句は当然あったが、その時はまあ、ミスだから仕方がないか、と、なんとか諦めようともしていた。
だけど。ソイツの放った言葉が、俺の堪忍袋の緒を叩き切った。
『僕は悪くない! 悪いのは、バトンを上手く取れなかったアイツの方だ!』
俺はソイツの主張を聞いた時、耳を疑った。
『僕だって頑張ったんだ! なのにどうして、みんなから責められなきゃいけない!』
『大体、僕は出たくなんかなかったんだ! こうなるのがわかっていたから!』
『みんなだって、僕が遅いことをわかっていた癖に! それだったら、初めから僕を選ばなきゃよかったんだ!』
俺はソイツの剣幕に酷く怒りが湧き上がった。気が付いたら、俺はソイツの胸倉に掴みかかって、殴りかねないくらいに強く迫っていた。
『なんで俺が悪いことになるんだよ』
『お前、練習する約束したのに、来なかったじゃねぇか』
『お前、今、マジでキモイぞ』
ソイツは俺が掴みかかると暴れて、俺を振り払おうとした。だけど、俺の方が力が強かったし、俺はコイツから納得できる答えを聞くまで離す気はなかった。
そうしていたら、騒ぎに気付いた先生がやって来て、ソイツの胸倉に掴みかかっていた俺は、暴力を振るったと言われて酷く怒られた。
腹が立って、腹が立って、どうしようもなかった。アイツが俺に舐めた態度を取ったのに、それで俺だけが怒られて、アイツはその場から逃げおおせたのがとにかく気に食わなかった。
俺はそして、クラスメイトと結託して、アイツに憂さ晴らしをすることにした。
自分のせいなのに、俺のせいにした罰だと思っていた。
コイツは絶対にやっちゃいけないことをした。だから、何をされても仕方が無いんだ、と。
最初は筆箱を隠すとか、授業で必要な物をこっそり盗むとか、そんな程度だった。
だけど、日々が過ぎるに従いどんどんと行為はエスカレートした。最終的には、アイツを呼び出して、殴ったり、蹴ったりをするようになった。
今にして思えば、アレはもう、報復ではなかった。自分の嫌いな人間が、情けなく苦しんでいる姿を見て、スカッとしているだけだった。
罰はもはや、娯楽になっていた。大義名分があったことが、それをますます加速させたとも言えるだろう。
だから俺は、いじめはいじめられる奴が悪い、と考えていた。大概、いじめられる奴にもちゃんとした原因があって、だからこそ、みんなから嫌われるのだ、と。
だって、キモイ奴が悪い。周りに合わせられなくて、自分勝手に過ごして、それで周りを不快にさせて。キモイ奴って言うのは、協調性の欠片も無いクソみたいな人格だからこそ、いじめられるのだ。
だって、そんな奴、誰だって嫌いだろ。嫌われたくなかったら、ちゃんと上手く生きろって言うんだ。そういう努力を怠っている癖に、周りから責められたら被害者面なんて、頭がおかしいだろ。
そうやって、俺は俺が気付かない間に、いじめと言う快楽に酔い、自分と言う人格を壊していった。
◇ ◇ ◇ ◇
中学二年生の頃。その日は、七限目の時間を使い、体育祭の種目決めを行っていた。
体育祭係の生徒が黒板にクラスメイトの名前を書いていき、誰がどの種目に出るかを決めていく。そん中で、俺はクラス対抗リレーの選手として立候補して、他の運動部の連中も、同じように選手の枠を埋めていった。
だけど、最後の最後で予想外のことが起きた。
リレーの枠が埋まり切らず、出場している種目が少ないと言う理由で、ガリガリの陰キャ男子、河野真白が選ばれてしまったのだ。
真白自身困惑していたし、抗議もした。だが、ガチガチの運動部たちが出揃うリレーと言う競技に出たいと思うクラスメイトはいなくて、結局真白がその枠を引き受けることとなった。
無論、俺はこの状況にデジャヴを感じていた。なんでまた、こんなことが起こりやがるんだって、心の底からうんざりした。
河野真白とは、少し前に仲良くなったばかりだった。だが、仲良くなったと言うのは表面的な話で、俺は内心でコイツを見下していた。
話す時はぼそぼそとしていて、男の癖に、常に他人の目をうかがっているようなか弱い所が気に食わなかったからだ。
おまけに頑固で、自分が正しいと思ったら譲らない所がある。かなり前だが、コンビニで買い食いをした程度で不満がありそうな態度を取っていたし、真面目過ぎて面倒臭い所がある。
そのくせ、コイツは俺のことをやけに慕ってやがった。別に俺はそこまでお前の事を好きじゃねぇのに、真白は俺に対してはやたらと話しかけてくるようになっていたのだ。他の奴らからの目が気になるから、できればそう言うのはやめてほしかった。
リレーの選手として選ばれてしまった後、真白は青ざめた顔で、『なんでこんなことに』とため息を吐いていた。
それを言いたいのは俺の方だよ、と俺は内心でため息を吐きながら、だからと言ってこのまま放置をするわけにもいかず、真白にこんな誘いを振りまいてみた。
『部活が休みの日は、一緒にリレーの練習しねぇか?』
真白は驚いたように俺の方を見てから、しばらく迷ったような素振りをして、『いいの?』と尋ねて来た。俺はため息を吐いて、『いいよ』と答えた。
それで、俺は部活が無い日を指定して、その日にグラウンドで待つように伝えた。
正直、こねぇと思っていた。過去の経験上そう言うものだって思っていたし、俺の中では、陰キャ=かつてのアイツ、と言う偏見が出来上がっていた。
迷っていたのだって、明らかに俺を気遣ってのことじゃない。おそらくは、練習が面倒臭いと言う気持ちがあったのだろう。
だけど、アイツは俺がグラウンドに向かった頃には、体操服を着て、指定した場所に座って待っていた。
俺は驚いた。気持ちの悪い陰キャが約束を守っているなんて、その時の俺からは想像もつかなかったのだ。
俺はそして、真白に話しかけて、少しの間だけではあったが、アイツに走り方だとかを教えた。
真白の運動神経の悪さは壊滅的と言わざるを得ず、何度教えても、走り方ひとつ、満足に覚えられなかった。それでも「以前よりはマシ」にはなったが、元々線の細すぎる非運動少年だったこともあり、正直他の選手と競い合うにはまったくと言っていい程力が足りていなかった。
だけど、バトンの渡し方だけはすぐに覚えた。流石にこれだけ簡単な内容だと、少し意識するだけで出来るようになるみたいだった。
だけど、教えている時間は正直楽しかった。真白はまったく運動ができないが、俺の話を真剣に聞いていたからだ。
それで、何度も何度も必死に練習をしてくれた。態度が違うだけでこうも変わるのか、と、俺は自分の気持ちに驚いていた。
その日が終わってからも、真白はどうやら、近所の公園で一人ダッシュ練習をしていたらしかった。運動不足の文科系の部活の人間だったため、ちょっと頑張っただけで筋肉痛で動けなくなったりしていたのだが、そうやって苦しそうにしていることが、アイツの頑張りを何よりも証左していた。
そして、体育祭の当日。どういう偶然か、俺の走順は、あの時と同じ、陰キャ野郎の次だった。
真白にバトンが移った後、他の選手がチャンスとばかりに速度を上げて、真白を追い抜こうとした。俺は真白が走ってくるのを見て、「ここで頑張らねぇと」と気合いを入れていた。
真白はやはりと言うべきか、普通に後ろにいた奴に追い抜かれた。だけど、アイツは必死に歯を噛み締めて、前の奴に縋りつくように走っていた。
そして真白は、そろそろ俺にバトンを渡す、となるその直前に、後ろから迫っている別の選手に追い付かれまいと、走るスピードを上げたのだ。
真白のその頑張りは、俺にしかわからなかった。距離的に、他のクラスメイトたちにはどうしても気が付けない状態だったからだ。
真白はそして、俺にバトンを手渡した。ちゃんと教えた通りに、左手で、相手の右手にバトンを差し出して。
俺はスムーズにバトンを受け取り、そのまま一気に並走していた選手を追い抜いた。そのまま走って、走って、走って、走って、ゴールにたどり着く直前に、前にいた奴の背中に追い付いた。
だけど、結果は二位だった。俺はゴールをした後に、『クソっ!』と小さく吐き捨てた。
そして俺が真白の方を見ると、アイツは白線の内側で、グラウンドの地面に座り込んで、息をぜぇぜぇと切らしていた。
俺は真白に近づいて、座り込んでいるアイツに手を差し出した。
『よくやったな』
俺がそう声をかけると、真白は笑いながら俺の手を取った。
クラスメイト達の所へ戻ると、何人かの男子や女子が、俺や真白に声をかけて、『よく頑張ったな』とほめてくれた。俺は真白がみんなからちゃんと認められたのを見て、なぜか心の底から嬉しかった。
俺が河野真白と言う男を認めたのは、間違いなくその日だった。そして、真白を認めたからこそ、俺の中での陰キャ感と言う物も、大きく、一気に変わった。
陰キャと言うのが、過去のアイツのような根性無しとは限らない。真白は確かに、運動が嫌いな文学系の男子ではあるが、同時に、他人のためなら、嫌なこともできるような、そんな見上げた根性を持った人間でもあったのだ。
当時、俺のクラスには、気持ちの悪いデブがいた。
背は小さい癖に横幅はデカく、髪の毛もなんかべっとりしていて、近づくとツンとするような臭いが常に香ってきた。おまけに話し声は小さいし、クラスの誰とも馴染めずに、ずっと教室で周りをきょろきょろとしている、とにかく気持ちの悪い奴だった。
当然、みんなソイツのことを嫌っていた。無理もないと思う。太っているだけならまだしも、不清潔な雰囲気を出していて、あまつさえ臭いのだ。誰だって、そんな奴には近づきたくはない。
だけど、ソイツは避けられてこそはいたものの、いじめられてはいなかった。幸いなことに、こういう「下劣」を叩いて遊ぶような人間が、俺たちのクラスにはいなかったのだ。
だけど、そいつはやがて、いじめがきっかけで転校をすることになる。そして、そのいじめの主犯とも言えるのが俺だった。
なぜ俺は、アイツをいじめたのか。きっかけは、運動会でのことだった。
当時、俺とソイツは、運動会のリレーに参加することになっていた。
俺は足が速かったから、出ることになるのはまあ予想できていた。けど、ソイツの場合は、運動会の花形とも言えるこの競技に誰も出たがらず、その役割を押し付けられる形となっていた。
正直、やめてくれって思った。だって、誰がどう考えても向いていなかったからだ。小学生だった俺は真剣に勝ちに行きたくて、ソイツがリレーに参加するってなった時、いの一番に異を唱えた。
けどまあ、なんだかんだでソイツが出ることになってしまった。おまけにだが、走順は俺の前で、俺はアンカーとして、ソイツからバトンを受け取る手筈となっていた。
他の人間はみんな何かしらの運動をやっていたから、そこで距離を稼いで、遅れは俺が取り返す、という作戦だったらしい。いずれにせよ、上手くいくとは思えなかった。
不安だった俺はソイツをリレーの練習に誘った。ソイツは俺の誘いを受けたが、約束を守らず、グラウンドには顔を出さなかった。
その後二、三回誘ったが、「用事があって……」とはぐらかされて、結局、俺と練習をすることはなかった。俺は馬鹿らしくなって、二度とソイツを誘わなかった。
そしてリレー当日。みんなが応援をする中、ソイツの出番が回り、バトンを受け取り、白線の上を勢いよく走っていた。
ソイツの走りはまあ、予想通り遅かった。腹や胸がだむだむとしていたし、走り方もドタバタしていてあまりに酷かった。
案の定、ソイツは他の走者に一気に距離を詰められ、抜けられていった。だけどそれまでに距離を稼いでいたおかげで、ドベにはならなかった。もっと言えば、俺が頑張ればなんとかなりそうな遅れで、俺は近づいてくるソイツを見つめながら、心の中で気合いを入れていた。
そして、バトンを受け取る瞬間――俺は、とんでもないことに気付いた。
そいつは、バトンの受け渡し方を知らなかったのだ。
普通であれば、走る時はバトンを左手に持ち、受け渡す際は、相手の右手にバトンを渡すようにする。だけどソイツは、走る時も右手でバトンを持って、そのまま俺の右手にバトンを渡そうとしたのだ。
あっ、と思った時にはもう遅く。俺の右手にバトンが当たって、そのままバトンは地面に落ちてしまった。
クラスメイトたちの、「あっ!」という声が聞こえた。バトンがころころと転がっていき、俺は「なにやってんだ!」とソイツに叫んで、慌ててバトンを拾った。
その瞬間にはもう、最後尾に抜けれてしまって。俺は大慌てで他の選手の背中を追った。
その後は必死に走ったから、最後尾の奴だけは追い抜くことができた。だけど結果は三位。もしもバトンを落としていなかったら、もしかしたら一位、少なくとも二位にはなれていただろう。
リレーが終わった後に、クラスメイトたちは、ソイツを責めるように文句を言った。俺も文句は当然あったが、その時はまあ、ミスだから仕方がないか、と、なんとか諦めようともしていた。
だけど。ソイツの放った言葉が、俺の堪忍袋の緒を叩き切った。
『僕は悪くない! 悪いのは、バトンを上手く取れなかったアイツの方だ!』
俺はソイツの主張を聞いた時、耳を疑った。
『僕だって頑張ったんだ! なのにどうして、みんなから責められなきゃいけない!』
『大体、僕は出たくなんかなかったんだ! こうなるのがわかっていたから!』
『みんなだって、僕が遅いことをわかっていた癖に! それだったら、初めから僕を選ばなきゃよかったんだ!』
俺はソイツの剣幕に酷く怒りが湧き上がった。気が付いたら、俺はソイツの胸倉に掴みかかって、殴りかねないくらいに強く迫っていた。
『なんで俺が悪いことになるんだよ』
『お前、練習する約束したのに、来なかったじゃねぇか』
『お前、今、マジでキモイぞ』
ソイツは俺が掴みかかると暴れて、俺を振り払おうとした。だけど、俺の方が力が強かったし、俺はコイツから納得できる答えを聞くまで離す気はなかった。
そうしていたら、騒ぎに気付いた先生がやって来て、ソイツの胸倉に掴みかかっていた俺は、暴力を振るったと言われて酷く怒られた。
腹が立って、腹が立って、どうしようもなかった。アイツが俺に舐めた態度を取ったのに、それで俺だけが怒られて、アイツはその場から逃げおおせたのがとにかく気に食わなかった。
俺はそして、クラスメイトと結託して、アイツに憂さ晴らしをすることにした。
自分のせいなのに、俺のせいにした罰だと思っていた。
コイツは絶対にやっちゃいけないことをした。だから、何をされても仕方が無いんだ、と。
最初は筆箱を隠すとか、授業で必要な物をこっそり盗むとか、そんな程度だった。
だけど、日々が過ぎるに従いどんどんと行為はエスカレートした。最終的には、アイツを呼び出して、殴ったり、蹴ったりをするようになった。
今にして思えば、アレはもう、報復ではなかった。自分の嫌いな人間が、情けなく苦しんでいる姿を見て、スカッとしているだけだった。
罰はもはや、娯楽になっていた。大義名分があったことが、それをますます加速させたとも言えるだろう。
だから俺は、いじめはいじめられる奴が悪い、と考えていた。大概、いじめられる奴にもちゃんとした原因があって、だからこそ、みんなから嫌われるのだ、と。
だって、キモイ奴が悪い。周りに合わせられなくて、自分勝手に過ごして、それで周りを不快にさせて。キモイ奴って言うのは、協調性の欠片も無いクソみたいな人格だからこそ、いじめられるのだ。
だって、そんな奴、誰だって嫌いだろ。嫌われたくなかったら、ちゃんと上手く生きろって言うんだ。そういう努力を怠っている癖に、周りから責められたら被害者面なんて、頭がおかしいだろ。
そうやって、俺は俺が気付かない間に、いじめと言う快楽に酔い、自分と言う人格を壊していった。
◇ ◇ ◇ ◇
中学二年生の頃。その日は、七限目の時間を使い、体育祭の種目決めを行っていた。
体育祭係の生徒が黒板にクラスメイトの名前を書いていき、誰がどの種目に出るかを決めていく。そん中で、俺はクラス対抗リレーの選手として立候補して、他の運動部の連中も、同じように選手の枠を埋めていった。
だけど、最後の最後で予想外のことが起きた。
リレーの枠が埋まり切らず、出場している種目が少ないと言う理由で、ガリガリの陰キャ男子、河野真白が選ばれてしまったのだ。
真白自身困惑していたし、抗議もした。だが、ガチガチの運動部たちが出揃うリレーと言う競技に出たいと思うクラスメイトはいなくて、結局真白がその枠を引き受けることとなった。
無論、俺はこの状況にデジャヴを感じていた。なんでまた、こんなことが起こりやがるんだって、心の底からうんざりした。
河野真白とは、少し前に仲良くなったばかりだった。だが、仲良くなったと言うのは表面的な話で、俺は内心でコイツを見下していた。
話す時はぼそぼそとしていて、男の癖に、常に他人の目をうかがっているようなか弱い所が気に食わなかったからだ。
おまけに頑固で、自分が正しいと思ったら譲らない所がある。かなり前だが、コンビニで買い食いをした程度で不満がありそうな態度を取っていたし、真面目過ぎて面倒臭い所がある。
そのくせ、コイツは俺のことをやけに慕ってやがった。別に俺はそこまでお前の事を好きじゃねぇのに、真白は俺に対してはやたらと話しかけてくるようになっていたのだ。他の奴らからの目が気になるから、できればそう言うのはやめてほしかった。
リレーの選手として選ばれてしまった後、真白は青ざめた顔で、『なんでこんなことに』とため息を吐いていた。
それを言いたいのは俺の方だよ、と俺は内心でため息を吐きながら、だからと言ってこのまま放置をするわけにもいかず、真白にこんな誘いを振りまいてみた。
『部活が休みの日は、一緒にリレーの練習しねぇか?』
真白は驚いたように俺の方を見てから、しばらく迷ったような素振りをして、『いいの?』と尋ねて来た。俺はため息を吐いて、『いいよ』と答えた。
それで、俺は部活が無い日を指定して、その日にグラウンドで待つように伝えた。
正直、こねぇと思っていた。過去の経験上そう言うものだって思っていたし、俺の中では、陰キャ=かつてのアイツ、と言う偏見が出来上がっていた。
迷っていたのだって、明らかに俺を気遣ってのことじゃない。おそらくは、練習が面倒臭いと言う気持ちがあったのだろう。
だけど、アイツは俺がグラウンドに向かった頃には、体操服を着て、指定した場所に座って待っていた。
俺は驚いた。気持ちの悪い陰キャが約束を守っているなんて、その時の俺からは想像もつかなかったのだ。
俺はそして、真白に話しかけて、少しの間だけではあったが、アイツに走り方だとかを教えた。
真白の運動神経の悪さは壊滅的と言わざるを得ず、何度教えても、走り方ひとつ、満足に覚えられなかった。それでも「以前よりはマシ」にはなったが、元々線の細すぎる非運動少年だったこともあり、正直他の選手と競い合うにはまったくと言っていい程力が足りていなかった。
だけど、バトンの渡し方だけはすぐに覚えた。流石にこれだけ簡単な内容だと、少し意識するだけで出来るようになるみたいだった。
だけど、教えている時間は正直楽しかった。真白はまったく運動ができないが、俺の話を真剣に聞いていたからだ。
それで、何度も何度も必死に練習をしてくれた。態度が違うだけでこうも変わるのか、と、俺は自分の気持ちに驚いていた。
その日が終わってからも、真白はどうやら、近所の公園で一人ダッシュ練習をしていたらしかった。運動不足の文科系の部活の人間だったため、ちょっと頑張っただけで筋肉痛で動けなくなったりしていたのだが、そうやって苦しそうにしていることが、アイツの頑張りを何よりも証左していた。
そして、体育祭の当日。どういう偶然か、俺の走順は、あの時と同じ、陰キャ野郎の次だった。
真白にバトンが移った後、他の選手がチャンスとばかりに速度を上げて、真白を追い抜こうとした。俺は真白が走ってくるのを見て、「ここで頑張らねぇと」と気合いを入れていた。
真白はやはりと言うべきか、普通に後ろにいた奴に追い抜かれた。だけど、アイツは必死に歯を噛み締めて、前の奴に縋りつくように走っていた。
そして真白は、そろそろ俺にバトンを渡す、となるその直前に、後ろから迫っている別の選手に追い付かれまいと、走るスピードを上げたのだ。
真白のその頑張りは、俺にしかわからなかった。距離的に、他のクラスメイトたちにはどうしても気が付けない状態だったからだ。
真白はそして、俺にバトンを手渡した。ちゃんと教えた通りに、左手で、相手の右手にバトンを差し出して。
俺はスムーズにバトンを受け取り、そのまま一気に並走していた選手を追い抜いた。そのまま走って、走って、走って、走って、ゴールにたどり着く直前に、前にいた奴の背中に追い付いた。
だけど、結果は二位だった。俺はゴールをした後に、『クソっ!』と小さく吐き捨てた。
そして俺が真白の方を見ると、アイツは白線の内側で、グラウンドの地面に座り込んで、息をぜぇぜぇと切らしていた。
俺は真白に近づいて、座り込んでいるアイツに手を差し出した。
『よくやったな』
俺がそう声をかけると、真白は笑いながら俺の手を取った。
クラスメイト達の所へ戻ると、何人かの男子や女子が、俺や真白に声をかけて、『よく頑張ったな』とほめてくれた。俺は真白がみんなからちゃんと認められたのを見て、なぜか心の底から嬉しかった。
俺が河野真白と言う男を認めたのは、間違いなくその日だった。そして、真白を認めたからこそ、俺の中での陰キャ感と言う物も、大きく、一気に変わった。
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