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恋人編

第2話「険悪な夫婦はただそれだけで毒である」①

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 結婚。結婚、か。私はぽくぽくと、頭の中でその単語を思い浮かべていた。

 私は先日した優花里たちとの会話を頭に思い浮かべながら、真白の部屋までの道を歩いていた。

 6月中旬。世間では就活解禁などと企業がうそぶいている頃合であるが、私や真白はもうその一大イベントを終わらせてしまっている。

 真白は四月の終わり頃にはもう就職を決めていて、早々に就活戦争を終わらせてしまった。私もああだこうだと悩みながら色々頑張り、6月初旬頃にようやっと内定を貰うことが出来た。

 就活後の大学生と言うのは、ぶっちゃけ大層暇な物である。ネットで就活後の過ごし方を検索すると、『就活後は意識高い系の本を読んで啓蒙を高めよう。暇な時間は無いぞ!』などと、ご立派な事を言うけどようは金と名誉が欲しいだけの人向けなアドバイスが出てくる程度にはやることがない。

 金と名誉に目が眩んだ人たちはともかく、私のような遊んでいたいだけのガチクソオタクちゃんには時間が有り余っている訳で。私はそのため、余った時間を彼氏とだらだら過ごすことで浪費していた。

 そんな訳で、今は真白の部屋に向かっている。「え~、男子の家でお家デート~? ありえな~い!」と一般的女子は言うだろうが、クソったれなことに、私たち2人にはその言葉は当てはまらない。何せアイツは決して手を出して来ないのだから。

 もういっそ襲ってやろうか。などと冗談半分に考えていると、私は真白の部屋の前まで来た。

 重厚なドアが佇む。アポは取り忘れていたが、まあ、アイツの事だし、大丈夫だろう。

 私はピンポンと呼び鈴を押す。しばらくして、「はい」と言う声と共に、部屋のドアが開き、ジャージ姿の真白が現れた。


「よっ、真白。ごめん、連絡取ってないけど、暇だから遊びに来た」

「あっ、え……詩子!?」


 真白はギョッと目を丸くして、途端、私の名を出したことを後悔するように口元を抑えた。


「ヤッバ……!」


 ぼそりと真白が呟く。何がヤバいんだと、私は一瞬イラッとするが、そもそもアポ無し凸をした私が悪いので、この怒りは見当違いだ。

 と。部屋の奥から、「おい、誰が来たんだよ」と、若い男の声がした。更に次いで、「おぉ、女の子の声だ」「アンタ、ちょっと黙ってて」と、しわがれた声と、やや甲高い声が聞こえる。

 そして現れたのは、真白より背の高い、やや髪の毛の伸びた、しかしサッパリとした印象のある男だった。

 うわっ、そこそこのイケメンだ。ややあどけない童顔をしていて、肌が綺麗で爽やかだ。何より、服の上からでもちょっとだけわかる程度には体が鍛えられていて、それがより一層彼の爽快さを引き立てている。

 一体誰なんだろう。真白の知り合いか? 私は首を傾げて、そこそこのイケメン男をじっと見た。

 ……んん? よくよく見ると、なんとなく、誰かに似てはいるような……。


「……おいガリ。なんだよ、この人」

「……えっと、その……」


 真白が顔を青ざめさせる。私は真白がどうしてこんな顔になっているのかわからず、また首を傾げた。

 
「……真白。その、えっと、その人って、友達?」

「は?」


 私が声を出した途端、イケメン男は怪訝な表情で私を睨みつけてきた。


「あー、えっと、今あなた、コイツのこと名前で呼びましたよね?」

「あ……は、はい」

「普通、異性って下の名前で呼びませんよね?」

「え……あ、ああ。その、私と真白は付き合っていて……」

「はァ?」


 私はイケメン男が急に声色を変えたことにビクリとする。途端、真白が焦ったように「な、ない! 付き合って、ない!」と騒ぎ始めた。


「は? じゃあなんでこの人お前を下の名前で呼んでんだよ」

「あ……だから、それは……その……そ、そういうのがあってもいいじゃん」

「そんなわけないだろ。お前、マジか。彼女なんか作りやがったのか」


 イケメン男が真白を睨みつける。私は付き合っていることを否定され、思わずムッと眉間にしわを寄せた。


「ちょっと、真白。それはいくらなんでも酷いでしょ。なんで付き合ってるのに否定するの?」

「詩子、お願い。今はとにかく――」


 真白が慌てて声を出すと、途端、彼の後ろから、「おい、真白、本当かお前!」と、喜んでいるような声が聞こえ、


「お前、遂に彼女出来たのか! いやぁ、お父さん嬉しいなぁ! 遂にお前もそう言う年頃か!」


 真白を押し退けるように、突然一人の中年男が現れた。

 先の爽やか系そこそこイケメン男子と違い、頭髪がかなり薄くなっていて、腹もボテっとやや出ている、ありきたりな中年男だった。顔に若々しさはなく、くたびれたような疲れが笑顔に貼り付いている。

 とはいえ、優しそうで、且つ調子の良さそうな男性だった。私はその男の出現に目を点にさせ、呆然と、笑顔を張りつめさせて目の前の状況を見る。


「父さん、狭い」

「いいじゃないか別に。へぇ、この人がお前の彼女さんか。かわいらしいじゃないか!」

「……無いな、俺なら」

「兄貴、目の前でそう言うのは言わないで」


 私はなんとなく、この面々がどういう関係なのかを理解していく。

 ――あ、ヤバい。これって……。私は冷や汗をだらだらと流し、徐々に体を震わせていき、


「ちょっとアンタら。まだやることやってないでしょ、出入口に集まらんと……」


 と、3人の間から、やや背丈の小さい中年女が現れた。

 体は極めて細身で、人生の苦労と言うのが体に染み付いているようだった。幸薄そうな表情をしていて、どことない儚さを感じるが、見た目自体はまだ30代後半……人によっては前半と判断しそうな、少し若く見えそうな程度に綺麗な人でもあり。


「……あら?」


 私はその人と目が合ってしまう。途端に頭が真っ白になって、「あっ、」と声を上ずらせる。


「…………ま、ましろ。もしかして、」

「……僕の家族だよ。みんな」


 真白の声と同時に、母親らしき女性が「あら~!」と黄色い声をあげる。私は目を見開いて、1歩、思わず後ずさった。


「へぇ、真白の彼女さん! アンタには絶対無理だと思ってたのに、よくもまあ!」

「絶対無理って……うん、反論できない」

「へぇ、かわいらしい子ね! ……だけど、えっと、」


 ああ、露骨にお母様の表情が曇った。私は自分が地雷系のぴえんな格好をしていることに、生まれて初めて強い後悔を抱き、


「……あ、あ、あ、あよ……か、彼女です…………。よ、よ……ろしく、願います……」


 私は努めて丁寧に頭を下げると、真白のお母さんは、やや強ばった笑みを浮かべて、「こ、こちらこそ。うちの息子が、世話になってます」と頭を下げた。

 ――なんと言うことだ。何の準備も無く、いきなり家族とエンカウントしてしまった。

 私は、アポ無し凸を決めた自分の判断を強く嘆いた。
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