羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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双新星編

ラストエピソード 本編0プロローグ 兄

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「試してみませんか?」

「でも・・・効くか分からないし、副作用も分からない薬なんでしょう?」

「ええ・・・ですが、このままでは妹さんの命は・・・」

「・・・もう少し・・・考えさせてください。」

 僕は静かに診察室を出て、入院患者の病室に俯きながら向かう。
 窓からは日の光が入り、暖かいポカポカ陽気なのに、廊下は人一人居らず、『シン』と静まり返って寒々しい。まるで、僕の心を表しているかのようだった。

 とある病室の前で止まる。
 妹が入院している病室だ。
 引きドアに手をかけ、一瞬躊躇う。

(こんな顔じゃ会えない)

 僕は両手でグニグニと顔を揉み、携帯用の鏡を使い表情を確認する。

(よし・・・いける)

 グッと、引きドアを勢いよく開け、

「コンコンー!お兄ちゃんだぞー!妹よ。寂しかったろ。」
 バカみたいに明るく、そう言いながら入っていく。

 妹は、読んでいた本を閉じ、不機嫌そうな顔で、
「もう!デカい声出しすぎ。恥ずかしいって。」

「しゅんましぇーん。」
 おどけて謝る僕。

「はぁ・・・お見舞いに来てるれるのは嬉しいけどさ・・・私も子供じゃないし、大丈夫だよ。先生も大したことないから、もうちょっとしたら帰れるって言ってたし。
 ちゃんと学校行ってるの?私のせいで留年しないでよ?」

「大丈夫大丈夫!よゆーよ、よゆー!」

「ほんとかなぁ・・・・」
 妹は大きなため息をつきながら呆れた様子で言う。
 続けて、
「お母さんにも、お見舞いは大丈夫だって言っておいてね。」

「・・・ん?おお・・・分ったよ。」
 急に母さんの事を言われて、詰まってしまった。伝わってなければいいが・・・

「あ・・・そうだ。もし今度来ることあったらシャトーレーズのエクレア買ってきてね。二個ね、二個!あと、私の部屋の本棚にある小説持ってきて。一番上のやつね。」

「お前・・・また太るぞ?」
 そう言うと顔面にティッシュ箱やペンが飛んでくる。

「うっさい。バカ!」

 僕は追い立てられるように病室を後にした。

 




 その後、僕は病院の屋上に来ている。
 転落防止のフェンスを掴み、寄りかかりながら、俯いてる。

「どうしろって・・・・」

 一人になり、急に気持ちが抑えられなくなってきた。

「どうしろって言うんだよ!!!!!!!!!!!」

 気持ちがあふれ出し涙が零れる。
 
 妹の病気は治療法も確立していない難病だった。
 対処療法も限界に来ていて、まだ副作用も分かっていない国が未認証の新薬を使うかどうか、その段階に来ていた。

 父を早くに亡くし母子家庭だった僕らに金銭的な余裕は無かった。
 母は治療費の為に仕事のシフトを増やしすぎて、過労で倒れた。
 僕も妹に隠しているが、もう学校なんて遠の昔にやめて、仕事に出ていた。
 限界だった・・・僕らは・・・もう限界だった。

『なーに、喚いてんのよ。』

 顔を上げると、フェンスの向こう側、空中に天秤を持った女の子が浮いている。

「あ・・・・え・・・・」
 驚きのあまり上手く声が出ない。

『見てたけどさー。やるっきゃないっしょ?新薬治療。金を全ツッパしてさ。くぅぅぅ・・・!!しびれるシチュエーションじゃない!』
 女の子は一人でトリップしている。
 
「あなたは?」とか「宙に浮いている」とか色々あったのに、目の前の女の子の言い草に僕は腹が立ち、
「勝手なこと言ってんじゃねぇ!!!!!」
 そう怒りをぶつけていた。

『あんたさぁ~。「薬効かなかったらどうしよう」って、ずっと考えてるわね。「副作用があったらどうしようとか」。それに・・・』
 女の子の口角が上がり顔がこれでもかとにやける。かつてないほど嫌味ったらしい笑みだった。

『「高額の薬使って何もかも無駄だったら金どうなるんだ」とも考えてる。』
 そう言って女の子が爆笑しだす。

『大事な妹が死にかかってるのに、金の心配してるなんて・・・クズ過ぎて、笑い止まらんわ、お腹よじれそ~。』

 僕は深層の情けない思いを暴露され、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、
「悪いかよ!汗水たらして働いて、無駄だったら・・・って。思って悪いかよ!これからも母さんも、僕だって生きてくんだよ!!金の心配して悪いかよ!!!」
 僕は泣きながら喚いた。

『アンタ。博打出来ないタイプね。やらなきゃ確実に妹ちゃん死ぬのにベット出来ないの~。一世一代の大・博・打♪』

「お前は当事者じゃないから、なんとでも言えるんだ・・・」
 僕は消沈して俯いて、投げやりにそう言う。

『ふーん・・・・じゃあさ』
 女の子が悪魔の笑みを浮かべながら、
『”確実”に助かるなら大博打できるのかなぁ~?』

「なん・・・だって?」
 確実に、そんな馬鹿な話・・・

『ねぇ、あんた『死神』って話知ってる?』
 
「え?」

『落語よ、落語。ある日、ひょんな事から死神が見えるようになった男が、見えるようになったことを使い、荒稼ぎするのよ。しかし、ある日、禁忌を破り、寿命が来ている人と男の寿命が入れ替わるの。
 死神に提示された男の寿命のロウソクは今にも消えそうで、男は「何とか助けて欲しい」と助命を申し出る。するとね・・・死神は新しいロウソクを出し、「この新しいロウソクに火を継げれば助かる」と言って、男は今にも消えそうな自分のロウソクを持って火を移そうとする、って話。』

 そう言って女の子は僕の後ろを指す。
 そこには三つの燭台、一つはどす黒い燭台で今にも火が消えそうになっている。
 もう一つは白い燭台に火が煌々と力強く灯り、長さも充分だった。
 もう一つは白い燭台に火のついていない真っ新なロウソク。

『さあ、もう”アレ”がなんなのか解るでしょ?どす黒く消えそうなのが妹ちゃん。元気なのがアンタ。もう一つは真っ新よ。やってみなさい?ただし・・・』

「た、ただし・・・?」

『消えちゃったら、死んじゃうけどね♪』
 ニヤニヤしながら面白そうにそう言う女の子。
 何が面白いんだ。この糞野郎。

「な、何のために僕のロウソクまであるんだ?」

『それは自分で考えなさい~』

 ああ!そうかよ!クソ!
 僕は妹の燭台を慎重に持ち上げる。僅かに動かすだけでも火が揺れ、今にも消えそうだ。たいして暑くもない日なのに顔から滝のように汗が噴き出る。

『おお~!消える消える♪』

「あんた!ちょっと黙っててくれ!!!!」
 怒鳴ると、火が揺れ消えそうになる。僕は片手を口に持っていき塞ぐ。

『怒っちゃだ~め♪消えちゃうよ~』
 挑発するようにそう言うクズ。

(クソ!!相手にするな!集中しろ!僕!)

 ゆっくり、ゆっくりと、壊れモノを扱うように『そ~』っと動かしていく。

(もうちょっと・・・もうちょっとだ)

 汗が滴り落ち、屋上のコンクリートを濡らす。流れてきた汗が目に入り痛むが、それでも集中を切らさない。

(あと・・・もうちょっと・・・数センチ!)

 その時だった。

 不意に強風が吹き、
 















 



 あと数ミリの所で妹の火は消えた。




 唖然とする僕。

『あはっあははははっあはははは~~~!!!ここ、、 だもんね~。そりゃ吹くよね~。ざんね~~~~ん♪』
 笑い転げながら、そう言うクズ。

「クソッたれーーーーー!!!!!!この屑野郎ーーーーー!!!!!!!」
 僕は半狂乱になりながら、すかさず火のついた自分のロウソクを引き抜き、



















 妹の燭台にぶっ刺した。



『あはははははは!やりおった!やりおった!!さあ!共に行きましょう!我が使徒、我が子よ!これから存分に味わいなさい!選択と犠牲、対価と報酬を。』


 僕は暗闇に飲まれ落ちていく。
 どこへ連れていかれるのか分からないが、分かっていることがある。






 きっと碌でもない所に連れていかれるんだろう、と。
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