羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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幕間蛇足編

蛇足編その1

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「はぁ・・・はぁ・・・ちょっ・・・ま・・・」
 
「なに言ってるんだ!もうワンセットだ!」

 息も絶え絶えな僕に向かって鬼教官が問答無用でしごきにかかる。

「いや・・・死んじゃ・・・うって・・・」

「大丈夫だ!人はそんなもんで死なん!」

「・・・僕は死んじゃうの!」
 息を整えて抗議する僕に対して木剣を振りかぶる女騎士さん。
 殴られる!と腕で身体を覆って身を守ろうとするが、手痛い一撃は降りかかってこなかった。
 恐る恐る女騎士さんを見ると、振りかぶっていた木剣を下ろして少し悲しそうな目でこちらを見ていた。

「剣士君・・・君は能力を使えなくなったんだろ?・・・頼む、鍛えてくれ。こんな常識外れの奴等の集団の中では幾ら鍛えても焼け石に水なのかもしれない。でも・・・万が一の時の為に、自分の身を守れるようになっていてくれ・・・。私では守りきれないかもしれない・・・私の斬り飛ばされた腕を見てると・・・出来事ははっきりと覚えてないのに、そう思えてくるんだ。」

 あの滝つぼでの決闘からどれぐらいの月日が流れただろう?僕はあの戦い以降”レバレッジ”が使えなくなり、”コンサルティング”も使えずライブラ神にも相まみえることも無くなっていた。最後のコンサルティングの時のライブラ神の様子から察するに僕は見限られたんだろう。晴れてただの一般人になってしまった。この化け物だらけの世界じゃレアキャラだな。
 ここら一角はフォーチュンさんの認識阻害が効いていて僕らにとって友好的な知り合いしか認識できないようになっている。そのことは女騎士さんも知っているけど、それでも不安なんだろうな・・・。きっと彼女の忘れてしまっている記憶が不安を駆り立てるんだろう。本当にこの人は誠実で面倒見が良くて、優しい。そんな彼女に僕は・・・

「女騎士さん・・・ありがとう。僕も頑張ります。でも・・・」

「剣士君・・・でも?何だい?」
 女騎士さんは『ジ~ン』と感動した眼差しを向けながら聞いてくる。

「これ以上やったら折角の女騎士さんの美味しい手料理がお腹に入らなくなっちゃいます!『げー』しちゃいます!」

「むっ、そうか・・・お、美味しい・・・美味しい・・・美味しい・・・」
 美味しいと言うところを反駁して照れている。ふっ・・・チョロいな・・・これで・・・

「『ふっ・・・チョロいな。これで今日の訓練は上がりだな。』って顔だな。それは。」

 不意に心を読まれてドキッとする。声の主は僕の背面、少し離れた所の木に寄りかかっていた。無精ひげを生やしたお侍さんがキセルを加えながらニヤニヤして僕の気持ちを代弁しやがった。

「やややややややだな~。次元斬さん~。いつ来られたんです~?てか、そんなこと思ってるわけ無いじゃないですか~。もう!人聞きの悪~い。」
 僕はお茶らけて誤魔化そうとしたが、

「お前さん、嘘つくとき鼻がひくつくの知ってたか?」
 
 言われて、僕は咄嗟に手を鼻にやる。

「・・・マヌケだねぇ~。」
 嬉しそうに次元斬さんそう言ったことで、やらかしたことに気が付いた。

「け~ん~し~く~ん?」
 
 声がした後ろを振り向くと女騎士さんが器用に笑顔で眉間に皺をよせて青筋を立てていた。

「わ、わぁ~・・・これが異世界の般若~・・・」

 

「それで?先生はどうしてこちらに?もしかして彼に何か!?」

「ぼんは元気にやってるよ。一緒に来るか?と聞いたが今回も『留守番しておく』だってさ。・・・ったく、不器用だね~お前さん達は。」

 次元斬さんは定期的に僕達を尋ねて近況報告や稽古もつけてくれている。女騎士さんと次元斬さんの無能力勝負は5、6回に1回女騎士さんが勝てるか?というような状態で、彼女は尊敬も込めて次元斬さんのことを”先生”と呼ぶようになっていた。
 ぼんぼんは頑なに僕達と会おうとしなかった。だが、次元斬さんの話だと、ぼんぼんは僕達の近況を聞くと顔を綻ばせるのだそうだ。僕達は次元斬さんを通して繋がっていた。
 しかし、今回はずいぶんと間隔が短い。それで女騎士さんもぼんぼんの身に何かあったと思ったのだろう。

「実はな・・・暫く会いに来れそうに無い。その事をお前たちに伝えておこうと思ってな。」

「え?・・・それはまたどうして!?」

 女騎士さんが驚くのも無理はない。ここ数十年そんな事は一度も無かったからだ。

「実はな・・・いや・・・先にもう一つの用事を言っておこう。まぁ、その事でフォーチュンに話があってな。お前たちに詳しいことを話すかどうかはフォーチュンに任せるさ。」

「それって・・・丸投げ・・・って言います。」
 僕が途切れ途切れに口を挟むと

「うるせ!俺はぼんぼんの保護者みたいなもんだが、お前たちの保護者はフォーチュンだろ?後からマッマに聞きな。」

「そうだぞ!先生にも事情があるんだろう。そんな言い方は失礼じゃないか!」
 二人の抗議の声が上から降ってくる。ついでに女騎士さんにはお尻をつねられて僕はついに地面に突っ伏した。二人が会話している間、僕は二人の椅子になりながら腕立てを行っていたが、ついに限界が来たのだ。

「誰が潰れていいと言った!もう一度、腕立て姿勢を取れ!」
 上から鬼教官の叱咤が飛ぶ。

「いや、二人分は無理ですって!」

「大丈夫だ。俺はフォーチュンと話してくる。」

 よっしゃああああ!!!ちょっと助かった!!!
 心の中で小躍りしてガッツポーズ。

「そうですか・・・では先生の浮いた分は漬物石で代用しましょう。」

 ふぁあああああああ!!!!悪魔!ライブラ!女騎士!
 心の中で瞬時に崩れ落ちる僕。

「ま、まぁ・・・ほどほどに・・・な?」

 次元斬さん苦笑を残してフォーチュンさんの小屋に入って行った。

「ふむ・・・気になりますね・・・女騎士さん、聞き耳を立てに行きましょう!」
 すかさず小屋に駆け寄ろうとする僕の襟を『グイっ』と引っ張る女騎士さん。

「もう、お前とも長い付き合いだからな。どう誤魔化すか分かってるんだぞ?」
 笑顔で青筋パート2。
 てへっ、ばれちった。この後、地獄ですね、わかります。

 結局僕へのしごきは次元斬さんが話し終えて帰るまで続くのであった。

 


 深夜、皆が寝静まった時間にベッドから出る。女騎士さんはぐっすりと眠っているようだった。音を立てないよう慎重に外に出る。
 今日は新月。日はとっくに落ち、月明かりもなく、どこまでも続く夜闇がそこにはあった。

「いてててて・・・」

「調子悪そうですね~。今回はやめますか?」
 暗闇からよく知った声がする。

「いえ、やりますよ。今、一番重要な事じゃないですか。機会も少ないですし。」
 昼間のしごきで身体が悲鳴をあげていたが、今日は重要な日なのだ。泣き言は言ってられない。

「では、さっさと移動しましょう。時間が惜しいですからね。」
 二人して夜の森に入ってゆく。後ろを振り向くと2軒の小屋が見える。少し後ろめたさを感じながら僕は夜の闇に消えていった。
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