羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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塔内編

塔内編その42

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「すぐに追いかけよう!」
 
 話を聞いてすぐさまそう言ったのはガルムのてっちゃん。話を聞くにカルディアのお付きをしていたとか・・・。ならばそう思うのも無理もないが・・・

「お待ちください、てっちゃん様。剣士様が出発されて相当時間が経っています。今からどうやって足取りを辿るのですか?」

 冷静に判断を下し、てっちゃんを制したのは、やはり彼女、アドミラルだった。

「そ、それは・・・。」

「現在の私たちのメンバーにアーカイブの関係者は居ません。彼女らが向かっている先も分かりません。追いかけようがない。剣士様を信じてここは待ちましょう。」

「くそ!」

 てっちゃんは苛立ちを隠せず木箱を殴って部屋を出ていく。二人のやり取りに不安げな表情を浮かべてオロオロしていたアイスエイジがすぐさま立ち上がり、『私、付いておくね!』とてっちゃんを追いかけて行った。

「一先ず、事情は分かりました。現状、女騎士さんとカルディアさん救出に私達がやれることはありません。強いて言うならお金稼ぎでしょうか?恐らく借金でもして準備金作っているでしょうから・・・。そうだ、ヘッドシューター様。滞在先の交換をしておきませんか?何かあった時の為に。あ、アーセナル様はどうしますか?一緒の部隊でしたし、私達とではなく彼女たちと行動を共にしますか?」

「ぷ・・・くく・・・」

「え?え???」

 彼女の様子に思わず吹き出してしまう。笑いを堪えているのか見ればアーセナルも顔を俯けて震えている。隣に座る彼だけは私たちの様子に困り顔をしていた。

「もう!ダメですよ、お二人とも。それにしてもアドミラルさん、変わられましたね。自身で気づいておられるのかどうか分かりませんが、以前のあなたならそんな慌てた様子絶対しませんでしたよ?こんなこと言うと失礼かもしれませんが、今のあなたの方がぼくは好きです。」

「私・・・そんなに慌ててました?」

 ぼんぼん君の言葉にきょとんとする彼女。そういう表情も今までは絶対見せなかったものだ。鉄仮面の女がそういう表情を見せるだけでも面白い。

「てっちゃんだっけ?あの喋るガルム。彼が怒って出て行った後、慌ててんのがバレバレよ。顔に出てる。私も拠点で長い事あなたと居てたけど初めて見たわ。失礼を承知で言うけど、なんだか人間らしくなったわね、アドミラル。憑き物が落ちたって感じだわ。」

「笑ってごめんなさい、アドミラル。私はもうひと月以上あなたと生活してるから何度かそういうあなたを見てるんだけども、拠点の頃とあまりにギャップがありすぎて・・・くく・・・。でも、私も今のあなたの方が好きだわ。」

「そう・・・そうですか。」

 私とアーセナルの言葉を聞くと少し顔を赤らめて嬉しそうにする。なんだ・・・今まで機械か何かだと思っていたけど、普通の可愛らしい女の子じゃない。全然知らなかった・・・。そう・・・知らないのだ。それで自分の中にある”ある事”が半ば確信に変わりつつある。

「さてと・・・もう一つ。確認しておくことがあるわ・・・。」
 怖い・・・本当は聞くのが怖い。確認することが怖いのだ。

「アドミラル。さっき外で私に会った時、一瞬驚いたわね。そういうのも”以前は”無かった。拠点に居た頃のあなたならば・・・。そしてみんなここは塔の中だって言うのよ?こんな広大なフィールドが広がっているのにね・・・。私は塔に入った記憶何て無いのよ?拠点に居たはずのなよ・・・。アーセナル。あなたはどうなの?どうやって”ここ”に来た?」

 私の言葉に僅かだが目が泳ぐアドミラル。アーセナルの方は私の言葉に顔を凍り付かせて次第に肘をついて手で頭を支えるまでになった。 

「ねえ?みんな、タブーにしてて普段口に出さないけどさ・・・死人・・・。」

「それは!!!!!!!!」

 死人。そう口にした瞬間隣でハラハラとしていた彼が勢いよく立ち上がり私を制しようとしたが、私は止まらない。

「私はそうなんでしょ?ねえ?この曖昧な記憶・・・。昔を辿ろうとすると上手く思い出せなかったり、ぽっかりと空白がある・・・。それは私が死んだから。この不格好な出来の悪い、記憶の辻褄合わせはそうなんでしょ?」

「私もこの塔と呼ばれている場所に入った記憶がありませんし、昔の事が曖昧です。隣の彼もそうなんじゃないですか?」

 アドミラルはそう言って私の隣のぼんぼん君に一瞬目配せをしてから、私に向かって厳しい目を向けてくる。

「そう・・・!そうですよ!先輩!僕も昔のことは曖昧なんです!変なことじゃないですよ!」
 
 嘘だ。彼も彼女も嘘を付いている。だが、彼女の厳しい目は『この話はこれで終わりだ』と物語っていた。

「それに昔の空白の記憶を辿ろうとすると私も気分が悪くもなります。・・・さ、アーセナル様。ちょっと長く話し込みすぎましたね。帰って休みましょう。」

 そして机に滞在先の住所を書いたメモ用紙を置いてから青い顔をするアーセナルを支えて部屋を出て行ってしまった。

「ぼんぼん君・・・ごめん・・・彼女に私たちの住所のメモを渡しておいてくれるかしら・・・。」

「わ、わかりました・・・。先輩・・・大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ちょっと色んな情報があったから疲れが出ちゃったかもね。」

 私の体調を気遣う彼に私は無理に笑顔を作って送り出す。少し後ろ髪を引かれるような様子でぼんぼん君がアーセナルとアドミラルを追いかけて行く。一人になった私は部屋で白い天井を見上げる。
 あの反応・・・私とアーセナルは死人だ。間違いない。だが、それをハッキリとさせたところで現状で何の益があるというのだ。むしろマイナスだ。最後の瞬間を思い出せば噂になっている事件の様に気が狂って暴れ出すかもしれないのに・・・。それも私だけの問題じゃない。アーセナルにまで波及してしまう。聡い彼女が私に向けてきた厳しい目はそう言った事も含んでいたのだろう・・・。バカなことをしたものだ。藪の蛇をつついても何の得にもならないというのに・・・。それでも確認してしまったのは僅かな可能性でも私は死人であることを否定して生者であると証明したかったのかもしれない・・・。私はまだ生きていたかったのだ・・・。

「もう帰れないのかな・・・私・・・。ケン・・・ヒナ・・・お姉ちゃん・・・もう帰れないかも・・・。」

 視界に映る白い天井が滲む。いけない・・・はやく整えないと、彼に悟られる・・・。彼が二人を追いかけてメモを渡してからここに戻ってくるまでどれくらい時間があるだろう・・・。少しでいい、ほんの少し・・・私の心の中に残っていた僅かな望みを体外に排出する時間が欲しかった・・・涙と共に・・・。
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