この代償を与うる者、受ける者

Kouei

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第1話 穏やかな時間

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「私とシェルダンが婚約破棄した後、二人には結婚してもらいます。シェルダンとに」

「ま、待ってくれ! な、何を言っているんだっ アレット!!」

 私の言葉に、いち早く反応したのは私の婚約者であるシェルダン。
 いえ…もうすぐ元…ですわね。

「そうよっ アレット! な、何を言っているの?!」

 ふたりとも、私の言葉に慌てふためいている。

 両家の家族が揃う中、私から婚約破棄を申し出て、まさかあなたの浮気相手と結婚するように話をするとは夢にも思っていなかった事でしょう。

 私以外の人間が、皆唖然としている。


 数か月前…確か、もうすぐシェルダンとの挙式を控えていたから落ち着かない日々を過ごしていたと思う。

 シェルダンと会場で最終打ち合わせをして、そして当日をとても楽しみにしていたわ。
 きっとあの日が一番幸せな時間だったのね……

 まさかこんな事になるなんて、誰が予想できただろう。
 もう…遠い昔のようだわ ―――――…


「ゆ、許して欲しい、アレット! ぼ、僕が愛しているのは君だ! 君だけだ!! か、とは…本当に…出来心で……」
 シェルダンは、ブルブルと震える手を私に差し出しながら愛を告げる。

 今更何を言っているのかしら、この人。
 彼が言葉を発する度に、心が冷えていく。

「シェルダン! 嘘はやめて! あなたは私を何度も抱きながら言ってくれたでしょう? 愛してるって!」
 私とシェルダンとの会話に割って入って来たのは、シェルダンの不貞の相手。

「う、うるさい! 黙れ!!」

「シェルダン!?」

「…痴話喧嘩は私の話を終えてからして貰えませんか?」


 
 けれど…まさかシェルダンの浮気相手がだったなんて—―—―…



 ◇



「とうとう来月ねぇ、結婚式っ どうですかぁ? 今の気持ちは! マリッジブルーとかないの?」

「席順とかお料理とか…いろいろ気になる事がありすぎてっ マリッジブルーになりようがないよ~っ」

 部屋で親友であるセリルとテーブルを挟み、お茶を飲みながら私はおしゃべりに夢中になっていた。

 私はアレット。
 アルブルグ侯爵家の一人娘。
 この国は、女性当主が認められている。

 そして来月、パドリアス子爵家の次男シェルダンとの挙式を控えていた。

 マテウ伯爵家の次女セリルとは中等学院からの付き合い。
 おまけに中等学院から高等学院まで同じクラスという奇跡の縁!
 そして、悩みや相談を話せる大切な親友だ。

「もう来月が結婚式だなんて…早いな~…」
 
 私は軽く息を吐きながら感慨かんがいふける。
 もともと高等学院を卒業してから結婚する予定だったけど、気が付けばあっという間だったわ。
 
 セリルにいろいろ話を聞いてもらおうと思い、我が家に来てもらっていた。
 けれど、結局お茶を飲みながらまったりとたわいもない会話をしている状態。

 相談…と言っても、再来週はシェルダンと最終打ち合わせに行く予定だし、挙式は来月だからもうどうしようもないのだけど、ただただ落ち着かず、気を紛らわせるためにセリルと過ごしている。

「だーいじょうぶよっ そういうのを…ええっと…”マナイタノコイ”…だったかな?」

「マナイタ…? 何それ?」

「東洋の国にある言葉なの。意味は確か…じたばたせずに覚悟しなさいってこと!…だったかな?」

「え? 何でそういう意味になるの? そもそもマナイタって何?」

「よくわかんないっ」
 口をへの字にしながら、肩をすぼめ両手を上げるセリル。

「やだもうっ セリルったら! あはははっ」
 そのしぐさに思わず笑ってしまった。


 婚約者のシェルダンとは、高等学院で出会った。

 きっかけは本。
 私が落とした本をシェルダンが拾ってくれて、その時にシェルダンも同じ作者のファンだと言った事から意気投合。

 シェルダンは隣のクラスだったけど、彼の事は知っていた。
 女生徒の間で人気があったから。

 そんな彼と親しくなるまでに時間はかからなかったわ。

『最初に会った時から、君に惹かれていたんだ』

 恥ずかしそうに告白してくれた日の記憶が、鮮明に思い出される。

 それからとんとん拍子に婚約までの話が進んだ。
 シェルダンは次男だから、我が侯爵家に婿入りする事になっている。

「…私ねぇ、今だからいうけどぉ」

 セリルが持っていたティーカップを手の中で遊ばせながら、もったいぶった言い方をし出した。

「何よぉ?」
 
「実をいうと少しシェルダンにあこがれていたのよねぇ~っ」

「え!?」
 突然のセリルの告白に、思わず口に含んだお茶を吹き出しそうになった。

「あ、好きとかじゃなくてあこがれよっ あ・こ・が・れ! 彼、結構人気があったじゃない? だから一瞬ねっ 一瞬! それにシェルダンはアレットしか見ていなかったしっ」
 
「そ、そうだったの…」
 私は内心、胸を撫で下ろした。
 ホッとしながらも、本当にあこがれだったのかな…と少し気になった。

 確かにシェルダンはモテていたわ。

 雨上がりの緑葉を思わせる翠色の瞳。
 夜明けの耀きを現わす緩やかな金色の巻き毛。
 まるで彫刻のように整ったスタイル。

 彼を好きだった女性は結構いたはず。
 私だってそんな彼に惹かれた一人。
 だから……

「彼との婚約が決まった時、アレット、ちょっと大変だったよね。チクチク嫌味を言われてっ」

「本当よ! すれ違いざまに“侯爵家でなければ、あんたなんか相手にもされなかったわよ!”とかなんとか」
 当時の事を思い出すと、憂鬱になり溜息が出た。

 暴力を受けるような嫌がらせはなかったけれど、言葉の暴力はあったわね。
 あからさまに私の容姿を馬鹿にしたり、お金で婚約を成立させたとか…本当に最低な事ばかり言われたわ。
 
 今思い出しても胸が重くなる。

「ただのやっかみよっ 自分は相手にもされなかったもんだからっ 頭来ちゃう!」
 セリルは自分の事のように、ぷりぷりと怒り出した。

「ふふ、いつもセリルがかばってくれたよねっ」

「当然でしょうっ 親友なんだから! あ、あともう一人いたじゃない、級長をしていた…っ」

「あ、確かヴィゴール伯爵家の…っ 2学年の途中で転校してしまったのよね」

「私が思うに彼、アレットの事が好きだったんじゃない?」

「それはないと思うわ。級長として助けてくれていたのよ」

「そうかな~?」

 名前はヘルト・ヴィゴール。
 2学年で同じクラスになった時、級長をしていた男子生徒。
 シェルダンと婚約したのも女生徒に絡まれる事が多かった時期もこの頃だった。

 私が学院でシェルダンの崇拝者に絡まれていた時に、何度か助けてくれたっけ。
 個人的にあまり話した事はなかったけれど、黒髪で…銀色のフレームのレンズ越しに映る柘榴石ガーネットの瞳が印象的だった。
 
 彼…どうしているかしら…?
 ふと、懐かしい名前と顔を思い出していた。

 「けどその後、アレットがそんな目に遭っていた事に気が付いたシェルダンが、女生徒たちに一喝したらすぐに事は収まったのよね」

「うん」
 シェルダンに心配かけたくなくて言わないでいたけど…

「まぁ、あこがれの人に軽蔑されたくないでしょうしねっ このクッキーおいしいわね♡」
 ザクザクとディアマンクッキーを食べるセリルは、手が止まらないようだ。
 …ちゃんと、人の話を聞いているのかしら?
 
 その日は、学生時代の話に夢中になり、結局挙式の話は出来ずじまいだった。
 
 ま、いいんだけどね。
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