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第2話 母と娘
しおりを挟む窓の外はすっかり黄昏時に移り変わっていた。
セリルはあわてて帰り支度を始める。
「結局、式の話出来なかったよね~っ ごめんね」
セリルが申し訳なさそうに、あわせた両手を口元に当て謝罪する。
「いいのよ、もうほとんど決まっているから。あら、お父様たちがお帰りだわ」
エントランスへ続く階段をセリルと下りていると、ちょうど出かけていた両親が戻って来られたところだった。
父がセリルに気が付き、母と一緒にこちらに歩いて来る。
私たちは足早に階段を下りた。
「いらっしゃい、セリル。久しぶりだね」
父がセリルに声を掛ける。
セリルは中等学院の頃からこの屋敷に何度も来ていた。
もちろん両親とも面識があるから、砕けた話し方になる。
「お久しぶりです、おじ様、おば様」
セリルが恭しく挨拶を交わす。
「今、帰るところなんです」
私は両親に、セリルが帰る事を伝えた。
「今度ゆっくりお話ししたいわ」
母が私の言葉には反応せず、セリルに声を掛ける。
「ありがとうございます、おば様。失礼いたします」
両親はセリルに笑顔を振りまきながら、二階の部屋へと向かった。
私には一瞥もくれずに…
お二人が去ってから、セリルが嬉しそうに話し出す。
「相変わらずお綺麗ね、おば様。艶やな蜂蜜色の髪に透き通るような肌、宝石のように煌めくカーネリアンの瞳にバラ色の唇。とても三十路をすぎているとは思えないわ。それにお二人ともいつも仲がよろしくて…本当に素敵なご夫婦ね」
うっとりするような顔で、二人が上がって行った階段を見上げるセリル。
「……そうね、仲が良すぎるくらいよ」
「あ! ご、ごめんね。私ったら、久しぶりにお会いしたからつい…」
セリルは気まずそうに言葉を濁した。
「いいの、いいのっ それより、その帽子素敵ね。」
セリルが頭に乗せたトーク帽はモダンな臙脂色で、後ろにはレースを止めるように上品なリボンが付いている。
「でしょ? レースも着いて大人っぽくない? もう学生ではないから、少し落ち着いたデザインのものをと思ってね」
右手を帽子に添えながら、ふふん♡とポーズをするセリル。
「とてもによく似合っているわよ。お母様もいくつか持っていらっしゃるわ」
私はくすくすと笑いながら、セリルの帽子を褒めた。
「先程おば様がお召しになっていた紺色のベルベットのトーク帽、縁には金の刺繍が施され、レースにはスパンコールが散りばめられていたわ…素敵ね。確かいつもオーダーメイドされているんでしょ?」
「ええ、お母様のこだわりがあるようなの…」
「いいなぁ、一品物! あ、遅くなっちゃうっ じゃあまたねっ」
帽子を調えて、馬車に乗り込むセリル。
「気をつけて」
セリルが窓から小さく手を振る。
私も手を振りながら、さきほどの出来事を思い出す。
彼女が気まずそうにしたのは、お母様と私の関係を知っているから。
さっきもそうだけど、お母様は私に無関心だ。
というより……嫌われている。
物心ついた時から抱きしめられた事も、お休みのキスをされたことも、笑顔を向けられたことも……ない。
18年の間でお母様と話した記憶もろくにない。
私から話しかけても、露骨に嫌そうな顔をされて避けられる。
その繰り返し。
お父様はお母様よりは私と多少関わって下さるけれど…やはり一番はお母様。
彼女が何よりも最優先。
そんな家庭の事情をセリルは知っていた。
確か…お父様がお母様に一目ぼれして、何度も何度も求婚したんだっけ。
昔、お母様の兄である伯父様に聞いた事がある。
お母様の実家はエンディミオン侯爵家。
祖父母はとうに亡くなっており、伯父様が現当主。
伯父様とは15も年が離れており、祖父母はお母様を溺愛したそうだ。
子供の頃からその美しい風貌で会う人を虜にし、とても可愛がられたというお母様。
…お父様にとってお母様は、いつまでも出会った頃のままのご令嬢なのだろう…
そんなお母様とよく似ていると言われるけれど、そうかしら?
瞳の色は同じだけど。髪の色はお父様と同じ琥珀色。
けれど…そこに私を厭う理由は見つからない。
なぜお母様は私を嫌うの……?
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