転移した先はバグだらけのモンスター育成ゲーム世界でした

色部耀

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ベリルちゃん合流

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 翌朝六時。俺たち三人と一匹は早めの朝食をとりながら一日のスケジュールを確認していた。俺は食事をする二人を前にして人差し指を立てて説明を始める。

「今日はこの後、まずはカンドの崖道で一レベルだけ上げて戻ってくる」

「一レベルだけ? なんで?」

「杖スキルを覚えるためだな。キマイルを一体倒すだけでレベルが上がるように調整してるからすぐ終わるはずだ。できればフレアドラゴンを捕獲してパーティに加えたいところだけど……」

「ウサプーを牧場送りにするのはヤだ!」

「おかわり」

「店員さん! お味噌汁のおかわりお願いします! ……まあ取り急ぎ戦力増強する必要は無いし、フレアドラゴンは後回しでいい」

 リロの味噌汁が届いたタイミングで俺は指を二本立てて説明を続けた。

「原作とは違う流れだけど、レベルを上げたらその足でモンスター牧場のベリルちゃんを迎えに行く。昨日約束したからな」

「強いモンスター仲間にしてたし、一緒に冒険できるなら心強いね」

「おかわり」

「店員さん! 卵焼きのおかわりお願いします!」

 マナの言う通りベリルちゃんが仲間に入れた食い込みヒップキャットは現状の俺たちの誰よりも強く、頼りになることは間違いない。元の世界ではクソ雑魚構ってベリルちゃんと呼ばれていたけど、クソ雑魚は返上かもしれない。
 リロの卵焼きが届いたタイミングで俺は指を三本立てて説明を続けた。

「ベリルちゃんと合流したら町長宅へ。おそらく原作通りに薬の為にカンド苔が必要だと言われるはずだ。そこで町長夫人からカンドの洞窟に入る許可証を貰う」

「カンドの洞窟に入る許可証……。それを貰ったらようやく」

「おかわり」

「店員さん! ご飯のおかわりお願いします! そう。ようやくカンドの洞窟に入ってバハムートの元へだな」

 そこまで話をしたところでマナは緊張した面持ちになる。それもそうだ。バハムートはこの世界でも有名なレジェンドモンスター。知らない者はいない災害級の魔物だ。俺が勝算を持っているとはいえ、そんなモンスターと戦うのだから緊張しても仕方ない。

「マナ。バハムートとの戦いではマナにも活躍してもらわないといけないから心の準備はしておけよ」

「待って。えっ。私?!」

 緊張しているところへ更にプレッシャーをかけてみると、マナは驚いて大声を上げる。マナに活躍してもらうのはあながち嘘でもないので早い内に伝えておいた方が良いだろう。

「メニュー経由で指示を出す手もあるから、まあ心の準備だけな」

「え、あ、はい。ガンバリマス」

「お腹いっぱい」

「よし! 出発するか!」

 リロの食器が全て空になったタイミングで俺は立てていた指を握りこんで突き上げる。

「おー!」

 ノリの良いマナと台車に乗り込むリロ。冒険の山場へ向けてのスタートだ。


 宿を出てから俺たちは予定通りに一レベルを上げてカンドの町に戻ってきた。初めに遭遇した敵も運良くキマイルだったために往復三十分程度での目標達成だ。朝食をゆっくり食べていたこともあり、現在の時間は午前七時過ぎ。ベリルちゃんを迎えに行くのにちょうどいい時間だ。

「ねえリョウ。さっきレベル上げた時にいくつかスキル覚えてたけど、今はどんなのが使えるの?」

 町に入り牧場までの道中。マナが俺にそんなことを聞いてきた。思い返してみれば、マナにはバハムートを倒すのに必要なスキルとしか伝えていなかった。

「HP回復スキルのヒール、ハイヒール。状態異常回復スキルのキュア。強化スキルのアタックバイン、ガードバイン。弱体化スキルのダウンフレア、ダウンフリーザ、ダウンスパーク。今のレベルで覚えたのはこれだけだな」

 武器スキルは通常スキルとは違ってレベルアップ時にそのレベル以下で覚えるスキルを全て覚える。武器を持ち替えてレベル上げをすることでほぼ全てのスキルを使えるようにする為の仕組みだ。

「え、え、待って。多くない? 多すぎて聞き取れなかったんだけど」

「マナが使うわけじゃないんだし、別に覚える必要もないだろ」

「酷くない?! えっと……八個? そんなに覚えるの? 私とリロは何も覚えてないのに……」

 ガックリと肩を落とすマナ。俺はそんなマナを励ますために肩に手を乗せて優しく微笑んだ。

「マナにはパイ毛ビームがあるだろ」

「嬉しくない!」

「なんでだ? ファイターのごく一部のキャラしか覚えることのできない特殊なスキルだぞ? 世界に一つしかない秘伝書を使って覚えたスキルだぞ?」

「え? 世界に一つしかない秘伝書?」

「そうそう。カンドの森のあの場所で一回しか拾えない使い切りの秘伝書だ」

 俺の言葉を聞いてマナは黙った。分かる。分かるぞ。オンリーワンの魅力は俺にも分かる。ゲーマーなら誰しもがオンリーワンの存在に憧れるものだからな。

「それは……ちょっと嬉しいかもだけど、スキル自体がアレ過ぎるから複雑……」

「好きになってくれたか? パイ毛ビーム」

「好きにはならないし今後使うこともない」

「それは残念」

 しかしマナはそう言いつつも少しだけ機嫌が良さそうな顔をしていた。世界でただ一つしかない秘伝書。やはりその魅力は確かなものだ。
 まあ、使う予定はないが適当に八十個くらいに増やしてアイテムボックスにしまってあることは黙っておこう。


 牧場の事務所に着き玄関を開けると、そこにはすでに準備を整えたベリルちゃんがいた。ベリルちゃんのそばには食い込みヒップキャットとその上に乗るリスボール。モンスター同士が一緒になっている状態というのは新しい感覚だ。そのまま戦うことが出来るなら原作では実現不可能な新しい技も使えるかもしれない。

「おはようリョウ! 待ってたわよ!」

 元気いっぱいに挨拶をするベリルちゃん。満面の笑みで胸を揺らして近寄ってくる姿はまるで俺の理想の彼女だ。可愛い。

「おはようベリルちゃん。もう出発できる?」

「もちろん! 準備万端よ!」

 ぐっと力こぶを作ってみせるベリルちゃん。可愛い。
 ベリルちゃんの可愛さを堪能するべく、じっくりその姿を目に焼き付けていると背後からローキックが放たれた。クリティカルヒットのダメージ一だ。

「何するんだよ」

「視線がいやらしい。ほら。行くわよ」

 不機嫌さを隠そうともしないマナは玄関を出て催促するかのようにチラチラと離れたところから俺を見る。

「ごめんね。ウチのモンスターが」

「いえ。仲良いんだなって」

「一応幼馴染設定だからな」

「一応?」

「ああ。一応」

 ベリルちゃんは俺の隣に並ぶと小首を傾げる。俺が別の世界から来たことやこの世界がゲームを元にして作られていることなどは伏せておいた方が良いだろう。

「よし。町長宅に向かうとするか」

「うん!」

 俺が話を切り替えて歩き出すと、ベリルちゃんも返事をして隣に並ぶ。マナのそばまで来たところで、マナは不機嫌そうな顔のままベリルちゃんとは反対側の俺の隣に並ぶ。

「ベリルちゃんはどうしてカンド苔を一緒にとりに行ってくれようと思ったんだ?」

 原作だとカンドの洞窟でたまたま遭遇したベリルちゃんが「私も町長に頼まれてた。横取りするつもりなら容赦しない」と言ってバトルを仕掛けてくるのだが……。

「町長の体が悪くてカンド苔が必要だってお父さんが言ってたから。昔からお世話になってたし、私の手で何か助けになることが出来るならやりたいじゃない」

 あれ? ベリルちゃんはこんなに良い子のキャラだったか?

「ちなみにもし俺が行くって言ってなかったらどうするつもりだったんだ?」

「リョウが行くって言ってなくても、アドベンチャーとして認めてもらえたから一人ででも行くつもりだったわ」

「あぶねー!」

「な、なによっ! ヒップキャットも一緒だし危なくなんかないわよ!」

 頬を膨らませて憤慨している様子のベリルちゃんだったが、俺が危ないと思ったのはそこではない。昨日ベリルちゃんが捕獲したモンスターがバックキャットだったならまだしも、すでにレベルの高い最強モンスターの一角であるヒップキャットを仲間にしたのだ。俺たちが出遅れればベリルちゃん一人でカンドの洞窟最奥のバハムートのところに到達していた可能性は高い。もしそうなれば知らない内にサトリが滅んでいただろう。

「いやいや、そういう意味じゃなくて俺たちの活躍の場がなくなりそうで危なかったって意味だよ」

「なーんだ。アドベンチャーは人のために動いてこそだもんね。一緒に頑張ろうね」

「おう! 一緒に頑張ろうね!」

「あははっ」

「あははっ」

 嬉しそうに笑うベリルちゃんに釣られて俺も同じように笑ってしまう。ベリルちゃんと話をしていると楽しい。

「楽しくない……」

「こらマナ。みんなが楽しそうにしているときにそんな事を言うんじゃありません」

「だって……」

 視線を落とすマナはぶつぶつと呟く。いったい何が不服なのだろうか。そうか!

「マナ、こっち向いて」

「なに? って、なに! なんで? なんでスプレー? ちょ、やめ……やめて!」

「おかしいな」

「おかしいのはリョウの頭じゃない?!」

 状態異常回復アイテム「キュアスプレー」をかけたというのにマナは混乱しているように見える。正確にはキュアスプレーの煙で表情は見えないけれど。

「ならこっちか『キュア』」

 俺はマナに状態異常回復スキル「キュア」をかける。マナの足下に直径一メートルほどの魔法陣が浮かぶと、淡い光がマナの全身を包む。その後、キラキラとラメのような光が降り注いだ。実際に回復スキルを見ると派手なものだ。

「え、なに? え、なに?」

 マナはまだ混乱している様子。

「『キュア』『キュア』『キュア』」

 連続使用によりマナは光り続ける。アイドルか何かかな。

「やめて、やめてってば!」

「ああそうか」

 俺はマナにキュアをかけるのをやめてマナのステータスウィンドウを開く。そこには状態異常の表示はなく、いたって健康だった。

「これだけキュアッキュアにしても精神の異常は治らないんだな」

「待って。精神異常じゃないから。あとキュアッキュアってなに」

「そんなこと聞くな。自分で考えろ」

「ねえリョウ。キュアッキュアってなに?」

「キュアしまくることだよ。ベリルちゃん」

「……私のときの態度が違いすぎて辛い」

 ベリルちゃんは特別だからな。
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