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第十章
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のんびり階段を下り、サービスカウンターの手前。壁にかかっている時計に目を向けると約束通りの十五分。保管倉庫と事務所らしき場所から忙しない声が聞こえてくる。必死に探しているところのようだ。
「約束の時間になったので来ました」
藪から棒にぶっきら棒に、藪からぶっきら棒に事務所にいる係長――磯崎さんへ声をかける渡瀬くん。事務所でパソコンに向かっている磯崎さんと画面を覗き込んでいる店員さんが二人。私たちが初めに来た時に倉庫へ時計を探しに行った竹下さんは、今も倉庫で探す係になっているみたいだ。
渡瀬くんの声に最も早く反応したのは磯崎さん。立ったまま腰を曲げてパソコン画面に食いついていたのに、曲げたバネが元に戻ったかのように俊敏に背筋を伸ばして早足で私たちがいるカウンターまでやってくる。
「申し訳ございません」
開口一番の謝罪。渡瀬くんから十五分で見つかるとは思えない――なんて聞いていなければ私も驚いただろう。お客さんからの預かり物を紛失し、見つけられない――というのだから。
「分かりました。約束通り、これからは俺も探します。防犯カメラで倉庫へ出入りした人の確認はそろそろ終わるでしょう。まずは、防犯カメラが映さない場所。それと時計がある事を確認した人と紛失が判明した時間までの間に倉庫内に入った人を教えてください」
見つけられなかった事を咎める訳でも無く自分も捜索に加わる事を打診する渡瀬くん。初めから想定していたから怒らないのだろうか? それとも単純に咎める時間自体が無駄だって思ってるのだろうか? その辺りはやっぱり本人に聞いてみない事には分からない。
「大変申し訳ありませんが、やはりお客様を裏側に通す訳には……」
「もし捜索に参加させていただけるようなら、修理品紛失という一大事をどこにも漏らさない事を約束しましょう。磯崎さんの言葉通り十五分は待たせていただきました。しかしそれでも用意できていない――こういった場合、ここの係より上の立場の方に話を通してもいいんですが、こちらとしても余計な時間はかけたくないんです。いいですよね?」
威圧たっぷり。もうほとんど脅しだ。なんだか渡瀬くんのお姉さんの話しぶりを連想させる。言葉で断る事ができない圧力をかけていく――。流石とも言えるけど、やりすぎとも言える。
「そう……ですね。ただし、私が許可していないものは触れないようにお願いできますか? 何かを開けたり動かしたりといった事は全てスタッフが行いますので」
「もし俺達が怪我をしたり、商品に傷が付いた場合に保証や保険がきかないでしょうからね。そのくらいは想定していました。では先程の質問に答えてもらえますか?」
防犯カメラが映さない場所、時計がある事を確認した人と紛失が判明した時間までの間に倉庫内に入った人――だったか。これからその人たちに状況を聞くつもりなのだろうか……。
「防犯カメラは保管倉庫とトイレ以外はすべての場所に設置されています。時計の現物確認はお電話頂いた時に私が行いました。その時は小型のダンボールに梱包された状態の時計を確かに見ています。一度ダンボールを開けて中身を確かめていますので間違いありません」
「無くなったというのはそのダンボールごと――という事ですか?」
「いえ、中に入っている時計だけが紛失しており、ダンボールはそのままでした。誰かが引き渡しや動作確認のために抜き取ったという事も考えられましたが、スタッフの誰もがそんな記憶が無いとの事で……」
誰もが出した記憶が無い――。
「誰かの思い違いという事もありますし、動作確認に使うデスクまわりと引き渡しカウンター周辺も念入りに探しているのですが、いまだ見つかっていないのが現状です」
業務上移動させる可能性のある場所では見つかっていない――。もしかするとそれって……。
「スタッフの誰かが故意に隠した――もしくは盗難の可能性がありますね」
私の頭によぎった可能性。渡瀬くんはそれをきっぱりと言い切った。何の臆面もなく。
「と言うより、その可能性が高いと思われますね。では、時計を確認してから俺達が来るまでの間に倉庫の中に入った人は誰でしょうか?」
おそらく渡瀬くんは初めから盗難の可能性が高いと踏んでいたのだろう。だから初めの質問で倉庫の中に入った人が誰かと聞いた。――その中に盗難の犯人がいると推測していたから。聞き取り調査の為に誰が倉庫に入ったのかを聞いていただけではなかったみたいだ。
「高橋! 一度でも倉庫の中に入った人は誰だ?」
磯崎さんは先程一緒にパソコンを覗き込んでいた店員に向かってそう言った。磯崎さんが席を外した後も二人の店員はずっと画面にかじりついていたみたいだったけど、その一声で片方の背の高い大学生風の男の人がこちらに顔を向ける。
日焼けをしたその顔は爽やかな好青年と言った風だけど、表情は硬かった。申し訳なさそうというか焦っているというか……。彼に限った事ではないが――。かなりまずい状況だという事は彼を含む店員全員の動きと表情から明らかだった。
「係長……それが……サービスカウンターの五人全員が倉庫内に一度は入っているみたいで……」
「じゃあ、この三十分の間にトイレに行った奴はいるか? あと時計の状況を覚えている者は?! それと時計が有った事を証明できる奴がいた時間とそれ以前に倉庫に入った奴は?!」
怒号にも似た威圧的な指示。磯崎さん自身に余裕が無いのも見て取れる。余裕がなくなっているのは渡瀬くんがプレッシャーをかけたせいというのもあるのだろう。
今の高橋さんや時計がない事に気が付いた竹下さんだけでなく、奥を早足で探し回っている五十過ぎであろう男性や高橋さんと一緒にパソコン画面を確認していた痩せた三十歳くらいの男性も磯崎さんの顔色を伺ったりしていてピリピリとしている。磯崎さんが十五分で見つけるようにときつく言いつけたのかもしれない。
「トイレに立った人はいません。あと時計の事は誰も見ていなかったらしく、覚えてもいないみたいです」
背が高く、がっちりと筋肉のついた身体を持っている高橋さんは、話しながらどんどんと小さくなっていくみたいだった。
「はあ……。その様子だと、防犯カメラに時計を持ち出した人も確認できなかったんだろ?」
「はい……」
責めるような言葉こそ使ってはいないけど、その急かすような物言いは聞いているこちらも心苦しくなるほどで。実際に探している人たちは私が感じている心苦しさとは比べ物にならないほど辛い状態なのだろうと思うと申し訳なくてたまらなかった。
「では、お話を伺ってまわりましょう。その保管倉庫で良いので一人ずつ聞いても良いですか?」
「そうですね……。場所ごとに探す担当を回すつもりでしたので、倉庫内の担当をしている人に同時進行で話を聞いてもらうという形でどうでしょうか」
「いいですよ。なら、初めは時計が無くなっている事を見つけた女性の店員さんですね」
竹下さんの事だろう。丁度倉庫を出入りしていたので、今倉庫内を探しているのは彼女――という事になるのだろうか。
「竹下さん! 紛失された時計の件を聞きたいとの事なので、倉庫内を探しながら話してもらえる?」
「あ、はい! 分かりました」
磯崎さんに案内されて私と渡瀬くんは保管倉庫の中に入った。磯崎さん自身には退席してもらい、竹下さんとの三者面談のような形となった。当然竹下さんは倉庫内を探して回りながらだけど――。
「竹下さんは磯崎さんが現物を確認した後にこの倉庫内に入りましたか?」
「あ、はい。この倉庫はお客様からの預かり品だけでなく伝票の在庫も置いていますので、それを取りに二回ほど。時計の事は係長に持ってくるように言われるまでは気にも留めてなかったから、いつから無かったのかは分からないです」
開封済みのダンボールを開けたり、伝票の在庫があるらしい場所を念入りに調べたりしながら竹下さんはそう言った。棚の奥の方は暗くて見えづらいらしく、懐中電灯で照らしながら作業をしていた。
「この倉庫って外と比べてずいぶん暗いんですね」
電器屋の明るさに慣れてしまったせいでより暗く感じる。私はそんな感想をポロリと竹下さんに漏らした。
「そうなんですよー。節電とか言ってここの蛍光灯は半分しか付けない決まりになってるんですよー。ほらそこ。電気のスイッチのとこ」
言われた壁を見てみると、節電と書かれたビニールテープでいくつかのスイッチが隠されるように止められていた。カバー付きの蛍光灯だから分からないけど、中身の蛍光灯自体も外してしまっているのかもしれない。
「あんなに店内が明るいんだから、蛍光灯の二本や三本切ったところで大した事ないと思うんですけどねー」
店員にも店の方針について納得のできない事はあるのだろう。そんな一面を垣間見た気がした。
「竹下さんは無くなった時計がどういったものかご存知ですか?」
「私は基本的に事務処理担当で、物は係長に言われた棚番の品物を取るまで見た事も無いものばかりなんですよー。今回の時計も見た事が無いから、正直なところ見つけられる自信ないんですよねー」
「そうですか。分かりました。では、次の人の話を聞きたいので、誰か呼んできてもらえますか?」
淡白に言った渡瀬くんに対して嫌な顔一つせずに竹下さんは返事をすると、倉庫から出て違う店員さんを連れてきてくれた。
「こちら、私の先輩社員の山内と言います」
竹下さんは簡単に紹介をして倉庫を後にした。紹介された山内さんは五十過ぎの男性で、中年太りと言ったらいいのか優しげでふくよかな人だった。白髪こそ無いが広がった額と皺が年を感じさせる。
「このたびは大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
深々と頭を下げる山内さんは係長の磯崎さんに負けず劣らずのベテラン臭を匂わせていた。
「いえ、お気になさらず。さっそく質問なんですが、山内さんは磯崎さんが現物を確認した後にこの倉庫内に入りましたか?」
淡々と質問だけしてまわるつもりなのか、渡瀬くんは竹下さんと同じ問いを山内さんに投げかける。
「ええ、私もお客様に引き渡す商品の準備のために何度か足を運びました。下矢田様の時計は気にして見ていなかったので、これといった情報は提供できませんが……」
「そうですか。あと、この部屋には伝票などの事務用品も置いてあると伺ったのですが、他に仕事に使う物や社員の私物なんかは置いてないんですか?」
「私物は無いと思います。仕事に使う物ですか……。予備のケーブル類と台車――くらいですね」
「そうですか。ありがとうございます。参考になりました」
予備のケーブルと台車があるという事が渡瀬くんの中では重要だったのだろうか? 私には何も分からないままだったけれど、渡瀬くんは何か納得していた。
「山内さんは磯崎さんと長い付き合いなんですか?」
事務的な質問だけではなんとなく味気なく思って私はそんな話を振った。竹下さんの時もそうだったけど、どうも私は大した意味のない雑談でも言葉を交わしたくなる性分みたいだ。
「ああ、係長とは同期なんですよ。私はずっとこの部署にいるんですが、彼は優秀なので配転を繰り返して係長になって戻って来たところなんです……。実は、係長がサービスセンターに来たのはほんの一年前で、そろそろ移動になって部長の席に着くって噂もあるくらいやり手なんですよ」
山内さんは朗らかに笑いながらそんな事を語ってくれた。磯崎さんの事を自分の事のように誇らしげに言う姿は、なんとなく聞いていて気持ちの良いものだ。
「下矢田様もお急ぎのようですから、また次のスタッフを呼んで参りますね。少々お待ちください」
そう言って倉庫から山内さんは出て行った。
「こんなタイミングで商品の紛失なんてあったら磯崎さんの昇進の話も先延ばしになっちゃうかな?」
倉庫の中で二人きりになってしまうと何かしていないと落ち着かない。家にいた時は何かと十億の事で調べて回っていたから気にならなかったけど、こうして何もせずに二人きりで閉鎖空間にいると色んな事を考えてしまう。だから、何か話して間を繋がないと――。
「さあね」
渡瀬くんは何か考え込んでて話をしてくれる雰囲気じゃない。間が持たない……。密室だよ? ただでさえ仕事に関係のない雑談は全くと言って良いほど無い渡瀬くんと密室で二人きりだよ? 気まずくって仕方ない。早く次の人来てくれないかな……と思っていると倉庫の扉をノックする音が響いた。
「お待たせしました。この人は森岡くん。派遣社員としてウチに来てくれている技術屋です」
「ど、どうも」
私の不安を取り除くようにして現れたのは、私たちが昼食を終えてサービスカウンターに戻って来た時に磯崎さんと高橋さんと一緒にパソコン画面で防犯カメラの映像を確認していた男性だった。なんとも気弱そうで挨拶のどうもでさえ言い淀んでいる。技術屋としての派遣社員だから普段は接客はしないのだろうか。
「さっそく質問なんですが、森岡さんは磯崎さんが現物を確認した後にこの倉庫内に入りましたか?」
全員にしている質問。倉庫内に入ったという事はすでに知ってはいるけど、渡瀬くんも何か意図があってこの質問を繰り返しているのだろう。
「あ、はい」
あ、はい――質問にはしっかりと答えてはいるけど情報としては正直なところ何もないのと変わらないものだった。何の目的で入ったのかとか、中でどういった事をしたのかなどは続けて話してはくれなかった。渡瀬くんも続きを促す様子もない。……私が聞いた方が良いのかな?
「えっと……森岡さん。倉庫内に入った時に何か印象に残っている事とかは無いですか?」
「とくには……」
なんとも情報をくれない人だ。私もコミュニケーションが得意だとは言えないけど、森岡さんはもう少し話してくれても良いと思う。これだけじゃ物足りないし、もう少し質問をしてみようかな……なんて思っていると渡瀬くんが口を開いた。
「森岡さんは特定派遣ですよね? ここの勤務形態に不満とか無いですか?」
特定派遣……確か、派遣会社が企業に対して自社に所属している人を派遣する形の派遣形態だったかな……。高校の現代社会の授業で習った気がする。
「とくには……。定時で帰れますし休みもちゃんとあるので。こことか係長に恨みがあって嫌がらせしてるなんて事は無いです」
森岡さんは質問の裏を読んでそんな事を言ったのだろうか。確かに言われてみれば出世街道に乗っている上司を失脚させるために部下が不祥事を起こさせるなんて事も考えられなくもない。動機としては企業に対する不満か私怨か……。そう思うとさっきの山内さんにも動機はある。同期が出世していくのを内心快く思っていなかったのだとしたら……。
「分かりました。次は高橋さんって方を呼んできてもらえますか?」
分かった事なんて一つもないような気がするけど、渡瀬くんはあっさりと森岡さんを返すみたいだった。なんだろう……また私に分からない事が分かったのだろうか……。森岡さんは言われた通りにさっさと倉庫から出て行く。
「ねえ渡瀬くん。森岡さんにはもう他に聞かなくてよかったの? 何か隠してるのかもしれないし、犯人かもしれないよ?」
私の直感は何かを隠していると叫んでいた。単に口下手な人という訳ではなく、あえて何も言わなかったかのように感じた。
「ゲームなら、ああいう無口キャラは犯人ではないフラグなんだよ。誰かを庇って無言を貫いていたり、後で証拠を持ってくる重要なキャラクターだったり」
「渡瀬くん……分かってると思うけど、これゲームじゃないから……」
「うーん」
顎に手を当てて考えているのは時計の事であってゲームかどうかを考えている訳ではないと信じたい。倉庫内にあるパイプ椅子で上を向いて考え込んでいる姿は今日一日の中でも最も真剣な表情。それを見ると私はこれ以上話し掛ける事をはばかられた。磯崎さんから話を聞くつもりなのか分からないけど、あと一人でここの店員さんの話は全て聞き終わる。
「あの……時計の紛失の件で話が聞きたいとの事で……」
一人で倉庫に現れたのは倉庫の扉の上部に頭をぶつけそうなほど身長の高い男の人。カウンターから見た時は中腰だったり座っていたりしたので大きいとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。百九十センチを超えているんじゃないだろうか。これで強面だったらちょっと話したくないかもしれない。しかし、体格に似合わず腰が低いようで私としてもありがたい。
「はい。さっそく質問なんですが、高橋さんは大学で野球か何かされてるのですか?」
「え?」
渡瀬くんの質問に驚きの声をあげたのは私だった。てっきり今まで通り倉庫に入ったかどうかの質問をするものだとばかり思っていたので意表を突かれた。質問を受けた当の本人は特に驚いた様子もなく坊主頭から少し伸びた髪をさすりながら笑っていた。
「そうなんです……。こんな中途半端な頭してたら分かりますよね?」
「さしずめ大学に入ってから伸ばし始めたのでしょう。近くの私立大学ですか?」
「よく分かりましたね! まるで探偵さんみたいだ」
なんでそんな所まで分かったのだろう? 私には全然分からなかった。後でこっそり聞いてみるしかない。多分このままでは気になって眠れない。
「俺は単なるゲーマーですよ。それより、高橋さんもこの倉庫に入ったと聞いてますが、どういった事情でこの倉庫に?」
ようやく本題に入った様子。渡瀬くんにしては珍しく本題以外の話題を振っていたので、もしかして高橋さん以外の人の中から犯人が判明していて、一応質問だけをした――とも思ったのだけど。……いや、渡瀬くんなら確信した時点で事情聴取なんて時間がかかる事は切り上げてしまうだろうか。
「違う係なんですけど、展示パソコンの配置換えでランケーブルを引き直していたんです。この身長なんで他の係でも高所作業に借り出されるんですよ」
確か、この倉庫に予備のケーブル類があるって言っていた気がする。それを取りに来たという事なのだろうか。
「なるほど。分かりました。質問は以上なので係の人を全員ここに呼んでください」
「え? もしかして時計のある場所が分かったんですか?」
流石にこの台詞には高橋さんも驚いたようで、目を丸くしていた。多分私も目を丸くしていると思う。今なら可愛い写真が撮れるかもしれない。渡瀬くんはというと、パイプ椅子に深く座ってリラックスした様子だった。猫背具合も相まって庭で日向ぼっこをしているおじいちゃんみたいな姿勢だ。
「まあ、大体の事は分かりました」
「じゃ、じゃあ呼んできますね。少し待っててください」
早足で倉庫を後にする高橋さん。残された私には疑問符ばかりが浮かぶ。すぐに全員が集まる事はないだろうし、今のうちに少しでもこの疑問符たちを減らしておきたい。
「渡瀬くん、ちょっと私には分からない事がいっぱいなんだけど、できたらその……教えてくれないかな?」
「時計の在り処だけは全員が揃った時に言うけど、細かい話は帰り道で質問してくれたらそれに答えるようにするよ」
時計の在り処が分かったと言う渡瀬くん。直ぐには詳細を教えてくれそうにないから私の中にある情報を整理しておこうかな。
まずは紛失時刻。これは磯崎さんが確認してから私たちが店に到着するまでの約三十分の間。次に盗難、もしくは隠した可能性のある人物。サービスカウンターの全員が一度は倉庫内に立ち入っていて、しかも誰も時計の所在を認識していないと言っている。つまり誰かが嘘を吐いている。五人全員が容疑者という事だ。
最後に犯行動機……。係長である磯崎さんには特に動機は考えられない。デメリットしかない。どちらかと言えば被害者と言った感じ。竹下さんは言葉の端から若干職場の体制に不満があるような感じもあったけど、犯行動機――とまでは言えなさそう。山内さんは同期で出世頭の磯崎さんに対する嫌がらせ……という事も考えられないけど山内さんの表情を見るとそんな事をしそうには思えない。
森岡さんは……実は私の中で最も怪しい人だ。本人も言っていたように派遣社員としての待遇に不満があっての犯行……と言う可能性を捨てきれない。違うとは言っていたけど、疑われている事を承知でカモフラージュの言葉を口にしているようにも思える。正直なところ胡散臭い――と感じる。高橋さんは、大学生でアルバイトという事もあり、お金目的で――という動機も有り得る。
こじつければ全員に犯行動機は存在するけど、やっぱり森岡さんが最も怪しい。
誰が怪しいかという事はさておいて、渡瀬くんが断言していたのは時計の在り処。ここで聞いた話の中で何か隠し場所に繋がるヒントがあったという事だろう。この部屋にある時計が隠せそうなものって何か会話の中に出てきたっけ? うーん……。竹下さんが伝票とか事務用品があるって言ってたのと、山内さんが何だっけ……ケーブルとか台車とか言ってたかな。事務用品……ケーブル……台車……。もしかして……。
「渡瀬くん。私も時計をこの部屋からどうやって持ち出したのかが分かったかもしれない」
「約束の時間になったので来ました」
藪から棒にぶっきら棒に、藪からぶっきら棒に事務所にいる係長――磯崎さんへ声をかける渡瀬くん。事務所でパソコンに向かっている磯崎さんと画面を覗き込んでいる店員さんが二人。私たちが初めに来た時に倉庫へ時計を探しに行った竹下さんは、今も倉庫で探す係になっているみたいだ。
渡瀬くんの声に最も早く反応したのは磯崎さん。立ったまま腰を曲げてパソコン画面に食いついていたのに、曲げたバネが元に戻ったかのように俊敏に背筋を伸ばして早足で私たちがいるカウンターまでやってくる。
「申し訳ございません」
開口一番の謝罪。渡瀬くんから十五分で見つかるとは思えない――なんて聞いていなければ私も驚いただろう。お客さんからの預かり物を紛失し、見つけられない――というのだから。
「分かりました。約束通り、これからは俺も探します。防犯カメラで倉庫へ出入りした人の確認はそろそろ終わるでしょう。まずは、防犯カメラが映さない場所。それと時計がある事を確認した人と紛失が判明した時間までの間に倉庫内に入った人を教えてください」
見つけられなかった事を咎める訳でも無く自分も捜索に加わる事を打診する渡瀬くん。初めから想定していたから怒らないのだろうか? それとも単純に咎める時間自体が無駄だって思ってるのだろうか? その辺りはやっぱり本人に聞いてみない事には分からない。
「大変申し訳ありませんが、やはりお客様を裏側に通す訳には……」
「もし捜索に参加させていただけるようなら、修理品紛失という一大事をどこにも漏らさない事を約束しましょう。磯崎さんの言葉通り十五分は待たせていただきました。しかしそれでも用意できていない――こういった場合、ここの係より上の立場の方に話を通してもいいんですが、こちらとしても余計な時間はかけたくないんです。いいですよね?」
威圧たっぷり。もうほとんど脅しだ。なんだか渡瀬くんのお姉さんの話しぶりを連想させる。言葉で断る事ができない圧力をかけていく――。流石とも言えるけど、やりすぎとも言える。
「そう……ですね。ただし、私が許可していないものは触れないようにお願いできますか? 何かを開けたり動かしたりといった事は全てスタッフが行いますので」
「もし俺達が怪我をしたり、商品に傷が付いた場合に保証や保険がきかないでしょうからね。そのくらいは想定していました。では先程の質問に答えてもらえますか?」
防犯カメラが映さない場所、時計がある事を確認した人と紛失が判明した時間までの間に倉庫内に入った人――だったか。これからその人たちに状況を聞くつもりなのだろうか……。
「防犯カメラは保管倉庫とトイレ以外はすべての場所に設置されています。時計の現物確認はお電話頂いた時に私が行いました。その時は小型のダンボールに梱包された状態の時計を確かに見ています。一度ダンボールを開けて中身を確かめていますので間違いありません」
「無くなったというのはそのダンボールごと――という事ですか?」
「いえ、中に入っている時計だけが紛失しており、ダンボールはそのままでした。誰かが引き渡しや動作確認のために抜き取ったという事も考えられましたが、スタッフの誰もがそんな記憶が無いとの事で……」
誰もが出した記憶が無い――。
「誰かの思い違いという事もありますし、動作確認に使うデスクまわりと引き渡しカウンター周辺も念入りに探しているのですが、いまだ見つかっていないのが現状です」
業務上移動させる可能性のある場所では見つかっていない――。もしかするとそれって……。
「スタッフの誰かが故意に隠した――もしくは盗難の可能性がありますね」
私の頭によぎった可能性。渡瀬くんはそれをきっぱりと言い切った。何の臆面もなく。
「と言うより、その可能性が高いと思われますね。では、時計を確認してから俺達が来るまでの間に倉庫の中に入った人は誰でしょうか?」
おそらく渡瀬くんは初めから盗難の可能性が高いと踏んでいたのだろう。だから初めの質問で倉庫の中に入った人が誰かと聞いた。――その中に盗難の犯人がいると推測していたから。聞き取り調査の為に誰が倉庫に入ったのかを聞いていただけではなかったみたいだ。
「高橋! 一度でも倉庫の中に入った人は誰だ?」
磯崎さんは先程一緒にパソコンを覗き込んでいた店員に向かってそう言った。磯崎さんが席を外した後も二人の店員はずっと画面にかじりついていたみたいだったけど、その一声で片方の背の高い大学生風の男の人がこちらに顔を向ける。
日焼けをしたその顔は爽やかな好青年と言った風だけど、表情は硬かった。申し訳なさそうというか焦っているというか……。彼に限った事ではないが――。かなりまずい状況だという事は彼を含む店員全員の動きと表情から明らかだった。
「係長……それが……サービスカウンターの五人全員が倉庫内に一度は入っているみたいで……」
「じゃあ、この三十分の間にトイレに行った奴はいるか? あと時計の状況を覚えている者は?! それと時計が有った事を証明できる奴がいた時間とそれ以前に倉庫に入った奴は?!」
怒号にも似た威圧的な指示。磯崎さん自身に余裕が無いのも見て取れる。余裕がなくなっているのは渡瀬くんがプレッシャーをかけたせいというのもあるのだろう。
今の高橋さんや時計がない事に気が付いた竹下さんだけでなく、奥を早足で探し回っている五十過ぎであろう男性や高橋さんと一緒にパソコン画面を確認していた痩せた三十歳くらいの男性も磯崎さんの顔色を伺ったりしていてピリピリとしている。磯崎さんが十五分で見つけるようにときつく言いつけたのかもしれない。
「トイレに立った人はいません。あと時計の事は誰も見ていなかったらしく、覚えてもいないみたいです」
背が高く、がっちりと筋肉のついた身体を持っている高橋さんは、話しながらどんどんと小さくなっていくみたいだった。
「はあ……。その様子だと、防犯カメラに時計を持ち出した人も確認できなかったんだろ?」
「はい……」
責めるような言葉こそ使ってはいないけど、その急かすような物言いは聞いているこちらも心苦しくなるほどで。実際に探している人たちは私が感じている心苦しさとは比べ物にならないほど辛い状態なのだろうと思うと申し訳なくてたまらなかった。
「では、お話を伺ってまわりましょう。その保管倉庫で良いので一人ずつ聞いても良いですか?」
「そうですね……。場所ごとに探す担当を回すつもりでしたので、倉庫内の担当をしている人に同時進行で話を聞いてもらうという形でどうでしょうか」
「いいですよ。なら、初めは時計が無くなっている事を見つけた女性の店員さんですね」
竹下さんの事だろう。丁度倉庫を出入りしていたので、今倉庫内を探しているのは彼女――という事になるのだろうか。
「竹下さん! 紛失された時計の件を聞きたいとの事なので、倉庫内を探しながら話してもらえる?」
「あ、はい! 分かりました」
磯崎さんに案内されて私と渡瀬くんは保管倉庫の中に入った。磯崎さん自身には退席してもらい、竹下さんとの三者面談のような形となった。当然竹下さんは倉庫内を探して回りながらだけど――。
「竹下さんは磯崎さんが現物を確認した後にこの倉庫内に入りましたか?」
「あ、はい。この倉庫はお客様からの預かり品だけでなく伝票の在庫も置いていますので、それを取りに二回ほど。時計の事は係長に持ってくるように言われるまでは気にも留めてなかったから、いつから無かったのかは分からないです」
開封済みのダンボールを開けたり、伝票の在庫があるらしい場所を念入りに調べたりしながら竹下さんはそう言った。棚の奥の方は暗くて見えづらいらしく、懐中電灯で照らしながら作業をしていた。
「この倉庫って外と比べてずいぶん暗いんですね」
電器屋の明るさに慣れてしまったせいでより暗く感じる。私はそんな感想をポロリと竹下さんに漏らした。
「そうなんですよー。節電とか言ってここの蛍光灯は半分しか付けない決まりになってるんですよー。ほらそこ。電気のスイッチのとこ」
言われた壁を見てみると、節電と書かれたビニールテープでいくつかのスイッチが隠されるように止められていた。カバー付きの蛍光灯だから分からないけど、中身の蛍光灯自体も外してしまっているのかもしれない。
「あんなに店内が明るいんだから、蛍光灯の二本や三本切ったところで大した事ないと思うんですけどねー」
店員にも店の方針について納得のできない事はあるのだろう。そんな一面を垣間見た気がした。
「竹下さんは無くなった時計がどういったものかご存知ですか?」
「私は基本的に事務処理担当で、物は係長に言われた棚番の品物を取るまで見た事も無いものばかりなんですよー。今回の時計も見た事が無いから、正直なところ見つけられる自信ないんですよねー」
「そうですか。分かりました。では、次の人の話を聞きたいので、誰か呼んできてもらえますか?」
淡白に言った渡瀬くんに対して嫌な顔一つせずに竹下さんは返事をすると、倉庫から出て違う店員さんを連れてきてくれた。
「こちら、私の先輩社員の山内と言います」
竹下さんは簡単に紹介をして倉庫を後にした。紹介された山内さんは五十過ぎの男性で、中年太りと言ったらいいのか優しげでふくよかな人だった。白髪こそ無いが広がった額と皺が年を感じさせる。
「このたびは大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
深々と頭を下げる山内さんは係長の磯崎さんに負けず劣らずのベテラン臭を匂わせていた。
「いえ、お気になさらず。さっそく質問なんですが、山内さんは磯崎さんが現物を確認した後にこの倉庫内に入りましたか?」
淡々と質問だけしてまわるつもりなのか、渡瀬くんは竹下さんと同じ問いを山内さんに投げかける。
「ええ、私もお客様に引き渡す商品の準備のために何度か足を運びました。下矢田様の時計は気にして見ていなかったので、これといった情報は提供できませんが……」
「そうですか。あと、この部屋には伝票などの事務用品も置いてあると伺ったのですが、他に仕事に使う物や社員の私物なんかは置いてないんですか?」
「私物は無いと思います。仕事に使う物ですか……。予備のケーブル類と台車――くらいですね」
「そうですか。ありがとうございます。参考になりました」
予備のケーブルと台車があるという事が渡瀬くんの中では重要だったのだろうか? 私には何も分からないままだったけれど、渡瀬くんは何か納得していた。
「山内さんは磯崎さんと長い付き合いなんですか?」
事務的な質問だけではなんとなく味気なく思って私はそんな話を振った。竹下さんの時もそうだったけど、どうも私は大した意味のない雑談でも言葉を交わしたくなる性分みたいだ。
「ああ、係長とは同期なんですよ。私はずっとこの部署にいるんですが、彼は優秀なので配転を繰り返して係長になって戻って来たところなんです……。実は、係長がサービスセンターに来たのはほんの一年前で、そろそろ移動になって部長の席に着くって噂もあるくらいやり手なんですよ」
山内さんは朗らかに笑いながらそんな事を語ってくれた。磯崎さんの事を自分の事のように誇らしげに言う姿は、なんとなく聞いていて気持ちの良いものだ。
「下矢田様もお急ぎのようですから、また次のスタッフを呼んで参りますね。少々お待ちください」
そう言って倉庫から山内さんは出て行った。
「こんなタイミングで商品の紛失なんてあったら磯崎さんの昇進の話も先延ばしになっちゃうかな?」
倉庫の中で二人きりになってしまうと何かしていないと落ち着かない。家にいた時は何かと十億の事で調べて回っていたから気にならなかったけど、こうして何もせずに二人きりで閉鎖空間にいると色んな事を考えてしまう。だから、何か話して間を繋がないと――。
「さあね」
渡瀬くんは何か考え込んでて話をしてくれる雰囲気じゃない。間が持たない……。密室だよ? ただでさえ仕事に関係のない雑談は全くと言って良いほど無い渡瀬くんと密室で二人きりだよ? 気まずくって仕方ない。早く次の人来てくれないかな……と思っていると倉庫の扉をノックする音が響いた。
「お待たせしました。この人は森岡くん。派遣社員としてウチに来てくれている技術屋です」
「ど、どうも」
私の不安を取り除くようにして現れたのは、私たちが昼食を終えてサービスカウンターに戻って来た時に磯崎さんと高橋さんと一緒にパソコン画面で防犯カメラの映像を確認していた男性だった。なんとも気弱そうで挨拶のどうもでさえ言い淀んでいる。技術屋としての派遣社員だから普段は接客はしないのだろうか。
「さっそく質問なんですが、森岡さんは磯崎さんが現物を確認した後にこの倉庫内に入りましたか?」
全員にしている質問。倉庫内に入ったという事はすでに知ってはいるけど、渡瀬くんも何か意図があってこの質問を繰り返しているのだろう。
「あ、はい」
あ、はい――質問にはしっかりと答えてはいるけど情報としては正直なところ何もないのと変わらないものだった。何の目的で入ったのかとか、中でどういった事をしたのかなどは続けて話してはくれなかった。渡瀬くんも続きを促す様子もない。……私が聞いた方が良いのかな?
「えっと……森岡さん。倉庫内に入った時に何か印象に残っている事とかは無いですか?」
「とくには……」
なんとも情報をくれない人だ。私もコミュニケーションが得意だとは言えないけど、森岡さんはもう少し話してくれても良いと思う。これだけじゃ物足りないし、もう少し質問をしてみようかな……なんて思っていると渡瀬くんが口を開いた。
「森岡さんは特定派遣ですよね? ここの勤務形態に不満とか無いですか?」
特定派遣……確か、派遣会社が企業に対して自社に所属している人を派遣する形の派遣形態だったかな……。高校の現代社会の授業で習った気がする。
「とくには……。定時で帰れますし休みもちゃんとあるので。こことか係長に恨みがあって嫌がらせしてるなんて事は無いです」
森岡さんは質問の裏を読んでそんな事を言ったのだろうか。確かに言われてみれば出世街道に乗っている上司を失脚させるために部下が不祥事を起こさせるなんて事も考えられなくもない。動機としては企業に対する不満か私怨か……。そう思うとさっきの山内さんにも動機はある。同期が出世していくのを内心快く思っていなかったのだとしたら……。
「分かりました。次は高橋さんって方を呼んできてもらえますか?」
分かった事なんて一つもないような気がするけど、渡瀬くんはあっさりと森岡さんを返すみたいだった。なんだろう……また私に分からない事が分かったのだろうか……。森岡さんは言われた通りにさっさと倉庫から出て行く。
「ねえ渡瀬くん。森岡さんにはもう他に聞かなくてよかったの? 何か隠してるのかもしれないし、犯人かもしれないよ?」
私の直感は何かを隠していると叫んでいた。単に口下手な人という訳ではなく、あえて何も言わなかったかのように感じた。
「ゲームなら、ああいう無口キャラは犯人ではないフラグなんだよ。誰かを庇って無言を貫いていたり、後で証拠を持ってくる重要なキャラクターだったり」
「渡瀬くん……分かってると思うけど、これゲームじゃないから……」
「うーん」
顎に手を当てて考えているのは時計の事であってゲームかどうかを考えている訳ではないと信じたい。倉庫内にあるパイプ椅子で上を向いて考え込んでいる姿は今日一日の中でも最も真剣な表情。それを見ると私はこれ以上話し掛ける事をはばかられた。磯崎さんから話を聞くつもりなのか分からないけど、あと一人でここの店員さんの話は全て聞き終わる。
「あの……時計の紛失の件で話が聞きたいとの事で……」
一人で倉庫に現れたのは倉庫の扉の上部に頭をぶつけそうなほど身長の高い男の人。カウンターから見た時は中腰だったり座っていたりしたので大きいとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。百九十センチを超えているんじゃないだろうか。これで強面だったらちょっと話したくないかもしれない。しかし、体格に似合わず腰が低いようで私としてもありがたい。
「はい。さっそく質問なんですが、高橋さんは大学で野球か何かされてるのですか?」
「え?」
渡瀬くんの質問に驚きの声をあげたのは私だった。てっきり今まで通り倉庫に入ったかどうかの質問をするものだとばかり思っていたので意表を突かれた。質問を受けた当の本人は特に驚いた様子もなく坊主頭から少し伸びた髪をさすりながら笑っていた。
「そうなんです……。こんな中途半端な頭してたら分かりますよね?」
「さしずめ大学に入ってから伸ばし始めたのでしょう。近くの私立大学ですか?」
「よく分かりましたね! まるで探偵さんみたいだ」
なんでそんな所まで分かったのだろう? 私には全然分からなかった。後でこっそり聞いてみるしかない。多分このままでは気になって眠れない。
「俺は単なるゲーマーですよ。それより、高橋さんもこの倉庫に入ったと聞いてますが、どういった事情でこの倉庫に?」
ようやく本題に入った様子。渡瀬くんにしては珍しく本題以外の話題を振っていたので、もしかして高橋さん以外の人の中から犯人が判明していて、一応質問だけをした――とも思ったのだけど。……いや、渡瀬くんなら確信した時点で事情聴取なんて時間がかかる事は切り上げてしまうだろうか。
「違う係なんですけど、展示パソコンの配置換えでランケーブルを引き直していたんです。この身長なんで他の係でも高所作業に借り出されるんですよ」
確か、この倉庫に予備のケーブル類があるって言っていた気がする。それを取りに来たという事なのだろうか。
「なるほど。分かりました。質問は以上なので係の人を全員ここに呼んでください」
「え? もしかして時計のある場所が分かったんですか?」
流石にこの台詞には高橋さんも驚いたようで、目を丸くしていた。多分私も目を丸くしていると思う。今なら可愛い写真が撮れるかもしれない。渡瀬くんはというと、パイプ椅子に深く座ってリラックスした様子だった。猫背具合も相まって庭で日向ぼっこをしているおじいちゃんみたいな姿勢だ。
「まあ、大体の事は分かりました」
「じゃ、じゃあ呼んできますね。少し待っててください」
早足で倉庫を後にする高橋さん。残された私には疑問符ばかりが浮かぶ。すぐに全員が集まる事はないだろうし、今のうちに少しでもこの疑問符たちを減らしておきたい。
「渡瀬くん、ちょっと私には分からない事がいっぱいなんだけど、できたらその……教えてくれないかな?」
「時計の在り処だけは全員が揃った時に言うけど、細かい話は帰り道で質問してくれたらそれに答えるようにするよ」
時計の在り処が分かったと言う渡瀬くん。直ぐには詳細を教えてくれそうにないから私の中にある情報を整理しておこうかな。
まずは紛失時刻。これは磯崎さんが確認してから私たちが店に到着するまでの約三十分の間。次に盗難、もしくは隠した可能性のある人物。サービスカウンターの全員が一度は倉庫内に立ち入っていて、しかも誰も時計の所在を認識していないと言っている。つまり誰かが嘘を吐いている。五人全員が容疑者という事だ。
最後に犯行動機……。係長である磯崎さんには特に動機は考えられない。デメリットしかない。どちらかと言えば被害者と言った感じ。竹下さんは言葉の端から若干職場の体制に不満があるような感じもあったけど、犯行動機――とまでは言えなさそう。山内さんは同期で出世頭の磯崎さんに対する嫌がらせ……という事も考えられないけど山内さんの表情を見るとそんな事をしそうには思えない。
森岡さんは……実は私の中で最も怪しい人だ。本人も言っていたように派遣社員としての待遇に不満があっての犯行……と言う可能性を捨てきれない。違うとは言っていたけど、疑われている事を承知でカモフラージュの言葉を口にしているようにも思える。正直なところ胡散臭い――と感じる。高橋さんは、大学生でアルバイトという事もあり、お金目的で――という動機も有り得る。
こじつければ全員に犯行動機は存在するけど、やっぱり森岡さんが最も怪しい。
誰が怪しいかという事はさておいて、渡瀬くんが断言していたのは時計の在り処。ここで聞いた話の中で何か隠し場所に繋がるヒントがあったという事だろう。この部屋にある時計が隠せそうなものって何か会話の中に出てきたっけ? うーん……。竹下さんが伝票とか事務用品があるって言ってたのと、山内さんが何だっけ……ケーブルとか台車とか言ってたかな。事務用品……ケーブル……台車……。もしかして……。
「渡瀬くん。私も時計をこの部屋からどうやって持ち出したのかが分かったかもしれない」
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