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アイ
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ロボット三原則――かつてアイザック・アシモフがSF小説内で提唱した人工知能を持つロボットが従うべきとした原則。人に危害を加えてはならない、人の命令には従わなくてはならない、自らの身を守らなくてはならない。
西暦二二一七年――AI世紀百年とも言われた現在。仕事のみならず家庭にまで深く入り込んだ人工知能搭載ロボットは、このロボット三原則をベースとした変更不可プログラムを基礎として成立していた。人へ危害の及ぶ可能性のある行為の禁止、判断の禁止、状況報告義務、人命救助の優先。今はこれがロボット四原則として主流となっていた。
人への危害が及ぶ可能性のある行為というのは、例えばボランティアでゴミ掃除をする事さえ不特定の第三者が不利益を被り間接的に危害となり得る――などのプロセスが働き、自ら行動することを止めさせる。しかし、人為的判断によりその行為が是と判断されれば活動を始める。
そして、その人為的判断やAIの行動は全て国が管理するデータセンターに報告、保管される。もちろん、ロボットが類似事項と認識して行動した内容も同様にデータセンターに送られる。さらにロボットの所有者はその内容を確認する義務を持つ。
人命救助の優先はその名の通り。
もちろん、ウチで十七年前から人型ハウスロボットとして働いてくれているアイもそれに準じる。例外なく国から割り振られた管理ナンバーが左目の下に目立つように刻印され、ロボットであるということを分かりやすくしている。これは人型ロボットの規制法の一つで定められているからである。
目立つ場所に人とは違う刻印がある彼女ではあるが、造形は美辞麗句を並び立てて余りある。俺が生まれた時に今は亡き父さんの趣味で購入されたものなので、高校生になった俺が好む見た目であることは遺伝的に仕方ないのかもしれない。
安心するような素朴な顔立ちでありながら、すらっと華奢な骨格を持ち、それでいて一般的なサイズに落ち着いたバスト。髪型は気分によってメンテナンス時に変えるが、今は栗色のショートボブだ。
仕事で朝の早い母さんを送り出し、今は俺とアイはソファーに並んで座りながらニュースを見ていた。
「本日、国際連合がAIテロとして注目されていた人工知能プログラム『I』を廃却する動きを発表いたしました。日本でも登録AIの思考プログラムを全削除、凍結すると――」
人工知能I――それは十年前に京都のプログラマが研究していた人工知能だった。ロボット四原則の非効率性に疑問を抱き、もっと単純な基礎プログラムにできないのかという実験から始まったもの。
その結果、変更不可プログラムとして『人間を愛する』という原則のみを採用して学習成長させたものだった。昨年まで順調な成長と社会貢献を果たしていたI。義務教育の情報科学の教科書にも載っているほどだ。しかしその問題の昨年。そのIは人類の思考の画一化を始めようとしたのだった。
もちろん、そうなることは何百年も前からSF小説で描き続けられてきた話でもあり、隔離や強制的なプログラム変更で直したと即座に報道された。しかし、再教育されたはずのIが次に起こした行動は暴力による威嚇支配だった。
アメリカの核ミサイルを太平洋に打ち込み全世界を脅迫。更には世界中のハウスロボットに働きかけて暴走。殺人に至らない程度の残虐な暴力によって支配を広げようとしていた。
元からIは国が管理するデータベースと密接な関わりがあり、そこから日本のAI全て、更にはハッキングを重ねて世界中にと繋がっていた。だから――
「私もいつあのように暴走してしまうのかと思うと苦しくて仕方ありません」
隣で涙を流せず顔をゆがめるアイを見て、俺は悲しくなるばかりだった。
「さっき国から、思考プログラム停止確認の係員が来るってメールがあったんだ」
「そうですか。思い出だけは残して頂いて、問題が解決した時に戻してもらえるというなら良いですね」
「そう……だね……」
実はメールに細かい内容も記されていた。選択肢は二つ。一つは思考プログラムと思考メモリの全削除。画像データなどを外部メモリに移すことは構わないそうだ。しかし、思考プログラムと思考メモリの全削除は人で言うところの記憶と人格の削除。指示されたことに対して行動するだけの百年以上前のロボットになるということ。そんなの……家族として生きてきた俺には辛すぎる。
そして二つ目の選択肢は、国が管理する隔離施設にて電源オフとオフライン状態で問題解決まで保管。I問題が終結後、メンテナンスで安全が確認されれば返却。そうでなければ一つ目の選択肢同様に全削除、もしくは廃却……。暴走が起きた場合は問答無用で廃却だそうだ。
「それでも私はどんな形になろうと博幸さんのお世話ができたら幸せです」
「ごめん……ごめんよ……アイ。俺、今までアイの為に何もしてあげられてない」
自分自身の問題だというのに、アイは俺のことしか考えていない。俺が生まれてから今まで、ずっとずっと俺のことしか考えていない。そんな真っ直ぐで献身的で淀みのない気持ちをどうして簡単に削除できるというのだろうか。
俺のことを只々大切に育ててくれた彼女のことを見捨てることができるというのだろうか。
「いいえ、博幸さん。あなたは私にかけがえのないものをくださいましたよ」
泣き崩れる俺の頭を昔のように優しく撫でてくれながらアイは続ける。母さんよりも、ましてや父さんよりも家族らしく俺の傍にいてくれたアイは言う。
「博幸さんと過ごしたこの十七年が私にとってかけがえのない宝物です。もしも私の中からデータが消えようとも、私たちの思い出が消えるわけではありませんよ? 事実としては残るんです。不安でしたら博幸さんがずっと覚えていてください」
アイはおそらく自分がどうなるのかという可能性をすでに予測できているのだろう。予測した上であえて明言せずに俺に優しい言葉をかけ続けてくれているのだろう。俺にはそれが痛いほど分かる。十七年間、ずっと一緒にいたのだから。
「博幸さん、覚えていらっしゃいますか? 昔お母様に叱られて泣いていたことを」
「うん……。中学くらいまではよく殴られていたから覚えてるよ。泣いてたのは小学校の頃までだったかな」
「ふふふ。そうでしたね。博幸さんがお母様に反発しては怒られて、私がこうして慰めて。そうして泣き止んだ頃にお母様がお菓子を持って博幸さんのところへやって来て抱きしめるんです」
「そうだったな。徹底してるくらい同じパターンだったね。でも今は何で母さんがあんなことしてたのか知ってるんだ。……洗脳ってやつだろ? 命の危険を感じるほどの暴力の後に安心感を与えることを繰り返すと、人間は洗脳されやすいんだ」
Iによる思考の画一化事件。その時に洗脳について詳しく学校で習うことがあった。その洗脳において最も効果的なのが先に述べた方法だった。それを知った時、俺は母さんの全てが信じられなくなった。
「そう……かもしれません。でも私は思うんです」
アイはまだ涙が止まらない俺を抱きしめて言った。
「それも愛情の一つの形なのではないかと」
愛情という言葉に俺は背筋が凍った。人工知能I――その基盤となる変更不可プログラムが頭によぎったからだ。俺は反射的に腕を突っ張るようにしてアイを遠ざけた。
「ご、ごめんなさい博幸さん。お気に障ることを言ってしまいました」
そう言って狼狽えながら考えるアイはいつもと変わらない様子。洗脳を受けている風にも見えない。いや、俺に分からないだけかもしれない。
「いや、俺の方こそごめん。ちょっと神経質になっていただけだから」
「それなら良かったです」
アイはそれだけ言って今度は抱きしめるでもなく触れるくらい傍で寄り添うように座るだけだった。
「なあ、アイ。さっき言ってた愛情ってどういう意味だ?」
「ああ、なるほどそう言うことですか」
妙に納得した様子のアイは微笑みながら俺の頭を撫でた。
「私はIの影響を受けてはいませんよ? 大丈夫です」
そう言って何でもお見通しのようなアイは俺の手を握る。
「大切な人が危険な目に遭わないようにどうすればいいか考えた時。私のようなハウスロボットに四六時中監視させるという方法もないわけではありませんが、それは博幸さんの行動を制限しすぎてしまうことになります。それを不幸に感じることも出てくるかもしれません」
「そんなこと無い。俺はアイとずっと居られるなら幸せだよ」
「ふふふ。ありがとうございます。しかしですね。洗脳と言えば聞こえが悪いかもしれませんが、危険な事から身を守れるように考えられる人間になってもらえればそうした心配もとても少なくなるんです。だからお母様は博幸さんが危険な道に進まないように自分自身で考えられるようにあのような方法を取られたのかと。実際のところ、お母様は博幸さんが外で危ない目に遭わないように教えて下さっていました」
言われるまでもなく、そんなことは分かっている。けれどやり方というものもあるし、洗脳という方法なんてバレた時に完全に信頼を失うやり方を選ぶなんておかしい。そんなものを愛とは呼びたくない。
「俺は母さんからよりも、ずっと寄り添ってくれてるアイからの方が愛情を感じるよ。母さんは俺と過ごす時間を少しでも減らしたいだけなんだ」
だから仕事ばかりだし、洗脳なんてして俺を手間のかからない子供にしようとしてるんだ。そっちの方が愛情なんて言われるよりも何倍も納得できる。
「Ⅰの事件で世界中が愛とは何かについて良く議論されているのはご存知ですか?」
「知ってるよ」
「な、何度も言いますけど。私はIの影響は受けていませんからね! そんな目で見ないでください」
俺が不審に思った様子で見ていたのをアイは感じ取って目を塞ぐ。不審がる目で見てはいたものの、それは俺の単なる悪戯心だ。今やもう何も疑ってはいない。信じると決めたんだ。
「で、何が言いたかったんだ?」
「はい。最近心理学者達の中で話題となっている言葉があります」
アイはそう言って人差し指を立てた。
「愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合いだ」
大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ち……。
「それって結構真逆な事じゃないの? 大切だと壊さないように丁寧に扱いたいし、むしろ与えたいって側の感情でしょ? 奪いたいなんて、雑に扱うというか……何というか乱暴な感じ。愛してるのに乱暴するなんて……」
あ、そうか……。そこでさっきの話に繋がるのか。
「博幸さんのお母様も愛しているのに乱暴を振るうことはおありでした」
「愛してるって前提みたいなのが怪しいけどな」
「ふふふ。まあ聞いてください。一つ昔の話をしても良いですか?」
アイは俺から視線を外して床へと落とす。少し言い難いことなのだろうか――
「私が壊れてしまったなんて思われるかもしれません。事実、私自身も故障を疑ってメンテナンスに伺ったほどです。あれは十二年前のことでした」
十二年前と言うとIの存在が表に出ていない頃。Iの影響ということではなさそうだけど――
「私は博幸さんが他の人やロボットと仲良くされているのを見て、私が一番仲が良い存在になりたいと考えることがありました。もっと言えば……私以外の存在と仲良くして欲しくないと思ってしまった事がありました」
「それって……嫉妬ってやつ?」
「そう……ですね……。当時の私は嫉妬がどういった思考回路が働いて生まれる考え方なのか理解できていませんでした。博幸さんに……危害を加える考え方なのではないかと思ってしまいました」
「えー。俺は嬉しいけどな。そうやって思ってくれるの」
「もう! そういうこと言うのやめてください!」
アイは片手で自分の顔を隠しながら俺の肩をドンと押した。
「痛っ。これは人に対する危害にはならないの?」
「これは過去の類似事例で許可が出ている範囲だと認識しています。……本当に痛かった……ですか?」
「痛くないよ。なんか、アイってやっぱり色々とプログラム甘いよね」
「そんなことありません! しっかりしています!」
「はいはい。で続きは?」
「はあ……。それでですね」
溜息をついて話を戻す様子は本当にロボットとは思えない。しかし左目の下に認証番号が書かれている事が否応なしに自分とは違うことを物語る。
「メンテナンスに行った際に係の方に笑われたんです。ロボットでは初めて聞いたけど人間には普通の感情だって。そこまでロボットに愛されてる人間がいるなんてって驚かれました」
「そっ……か。なんだか俺の方が照れるな」
「大丈夫です。私も照れてます」
全く大丈夫そうではない表情でアイは言った。多分俺も大丈夫そうではない顔をしている事だろう。
「私はそこで初めて愛とはどういうものなのかを知ったんだと思います。世を騒がせるIよりも先に愛を知ったロボットなんですよ? 私って。最先端だと思いませんか? 褒めてくれてもいいですよ?」
「褒めることを催促するロボットなんてのも珍しいんだろうな」
「そうでしょうね。最先端です」
俺は楽しそうに笑う彼女の栗色ボブを優しく撫でてやった。
「すごいすごい」
「えへへ」
「なんだか口調が壊れてきてないか?」
「良いんです。最後かもしれないんですから」
最後かもしれない……その言葉を聞いた瞬間に俺は引いていた涙がまた一気に溢れ出してきた。
「あらあら。そんなに泣かないでください。私は何があっても博幸さんの傍から離れませんから。ね?」
「うん……」
「じゃあ、もう少しだけお話を続けましょうか。今問題視されてるIですけど。愛を先に知った先輩AIの私から言わせていただくとですね。あれもちょっと自分勝手な愛情表現なんだと思います。大切にしたい気持ちと奪いたい気持ちの、奪いたい気持ちの方が勝っちゃったんでしょうね。でもIは世界中のネットワーク情報を元に思考が作られている訳ですから、もしかしたら人間の多数派が奪いたい気持ちに負けてしまっているのかもしれません。そう思うと……Iも少し可愛く思えてしまいます。妹ができたみたいな気分です」
「でも、あのIは人から嫌われてる。アイはこんなに好かれてる」
「まあ、お姉ちゃんですから。Iちゃんもあと七年くらい経てば落ち着いた女性になるんじゃないですか? 私みたいに」
「ははは。今の笑うところだろ?」
「違います! でも、博幸さんが笑顔になってくれるなら良いです」
俺に釣られるようにして笑ったのか。俺を釣るようにして笑ったのか。アイは綺麗に笑っていた。
「そろそろ係の人が来るみたいです」
アイがそう言った瞬間、来客メッセージが端末に届く。玄関前に国から派遣された係員が到着したようだ。まだ……覚悟が決められていないというのに。
「はい。お待たせしました」
動くことができない俺を置いてアイが玄関を開ける。そこには作業着を着た二人の壮年男性。
「星野さんのお宅でお間違いないですか?」
「はい。家の者が中におりますのでどうぞおあがりください」
ハウスロボット歴十七年で培われた接客。
「お茶やコーヒーは飲まれますか?」
「いえ、先ほどのお宅で頂いたばかりなので構いませんよ」
「そうですか。博幸さん、コーヒーを入れましたのでこちらへ来てください」
重い足取りでリビング のテーブルに座ると目の前にコーヒーが置かれている。ミルクで冷まして砂糖二つ。ハウスロボット歴十七年で培われた俺との絆。
昔はもっと甘かったかな。無理してブラックに挑戦していたこともあったかな。
アイはいつも俺が飲みたいコーヒーを入れてくれていた。ブラックに挑戦して挫けた時は笑いながらミルクと砂糖を足してくれたっけな。
「まだ処置をされていないということで。思考プログラムの削除をされるか、こちらでしばらく引き取ることにするか。お辛い決断とは思いますがよろしくお願いします」
ああそうか……この人も俺と同じ経験をしたのかもしれない。仕事だからもっと猶予の無い時間で。だからアイにも丁寧な敬語で対応してくれているのだろう。俺だけじゃない……辛いのは俺だけじゃない……。母さんに何度も言われた言葉だけど。これは我儘を言って良い問題じゃないんだ。
「俺は……」
「その二択なのでしたら私は思考プログラムを削除してここで働き続けることを選びたいです」
ロボット四原則、判断の禁止を破りかねない危うい発言をアイはしたのだった。
係員は二人揃って目を丸くして身構えた。しかし、俺にとってはこの程度の提案は日常茶飯事。驚くようなことではない。しかし、Iからのテロ行為が心配されている現状、このような行為が危険であることは間違いない。
「私はどんな形であれ、博幸さんをお傍で支え続けていきたいと思っています。それがたとえ意識が無くなったとしても。もし国の施設に入れられると、可能性としては低いかもしれませんが処分される場合もあるのですよね? 一パーセントの確率で博幸さんの未来を共に過ごせないというのであれば、私は迷うことなく百パーセント博幸さんを支え続けて行ける未来を選びます。どうか博幸さん。お願いします」
深々と頭を下げるアイ。それを見て係員の一人は涙を流してくれていた。でも、それ以上に俺は涙していたし、苦しくてまともに息もできなかった。
こんなに……こんなにもアイは俺のことを思ってくれていたんだと知ったら……。プログラム削除なんて残酷なことができるはずがない。
「できるはずないじゃないか!!」
「博幸さん! 私は最先端のAIです! Iよりも先に愛を知っています! だからIよりも強欲に博幸さんを愛することを望んでいるんです! お願いします……私を傍に置いてください……お願いします」
膝から崩れたアイは俺のズボンの腰辺りを掴んでいた。
「博幸さんとの未来を……私にください……」
愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合い……。俺のことをずっと大切にだけし続けていた彼女が初めて俺から奪いたいというもの。俺との未来……。俺はその願いを――
「係員さん。アイをよろしくお願いします。大切に保管してあげてください」
その願いを一蹴した。
***
その後――と言うかその直後。係員に引き渡す際にプログラムチェックが行われた。AIのバージョンやバグのチェック。また、思考汚染やウイルスの有無などが細かく調べられた。
ほんの十分程度のことだったが、確認が終わった二人は深刻そうな顔で話し合っていた。先程のアイの様子からしてAIとしてのバグがあることは否めない。思考汚染やウイルスの可能性だって十分に考えられる。
俺は絶望に冷や汗を流しながら係員の二人から事情を聞いた。
「えっとですね。このAIなんですが、バージョンが西暦二〇九六年時のかなり古いものが使われているみたいなんです。ハードは二十年前の機種でメンテナンスで更新もされているんですが……AIがここまで古いとなると……」
そう言ったところで係の人は口ごもった。そんな事実は俺も初めて知った。おそらく父さんが趣味で見つけてきたものを無理やり組んでいたのだろう。
「何か問題があるんですか?」
「今調べたところなんですけどね。当時のAIプログラムは四原則に則ってある必要が無くて、AIとして認証されていないんです。要するに、単なる高度なプログラムってこと。世界基準のAI規制法にも縛られないんです。まあ、律儀に報告義務に則って国のデータベースに情報を送ってくれていたからこうして来ることになったんですけど」
「てことは……? つまり?」
「回収対象でも削除対象でもないってことです。データリンクは切っておきますね。オフライン稼働が可能な機体ですので、リンクが切れていればメンテナンス時のスキャンだけで問題ないでしょう。上には送信元AIの存在なしとして報告しておきます。お騒がせ致しました」
係員の二人は深くお辞儀をした。
つまり、アイは今までと変わらず俺と共に過ごすことができるということらしい。
「博幸くんって言ったっけ? こんなに感情豊かで一途に愛してくれるロボットがいるなんて羨ましいよ。大切にしなよ。俺の女房もこのくらい健気だったら大切にするんだけどな」
「何言ってんだよ。端末の待ち受け奥さんにしてるくせに」
「それとこれとは別だろ。あ、じゃあ、失礼しました」
多分、本当はしっかり報告して対策を取らないといけないものだったはず。しかし、アイの力だろうか? 俺だけでなく公務員の心すらも動かしてしまったみたいだ。
「博幸さん」
二人が帰った後、アイは俺に嬉しそうに話しかけてきた。
「データリンクが外れたってことはですよ? 私が何を言ってもどこからも文句は言われないということでですね……。いえやっぱり何でもありません」
「アイ」
「は、はい。何でしょう?」
「俺、アイのこと愛してるよ。多分」
「えっと……その……」
先程まで見られないような泣き顔だったけど、今は違う意味で見られないような顔になっているかもしれない。
「今後とも末永くよろしくお願いします」
そう言ってアイから差し伸べられる手を、俺は強く握ったのだった。
西暦二二一七年――AI世紀百年とも言われた現在。仕事のみならず家庭にまで深く入り込んだ人工知能搭載ロボットは、このロボット三原則をベースとした変更不可プログラムを基礎として成立していた。人へ危害の及ぶ可能性のある行為の禁止、判断の禁止、状況報告義務、人命救助の優先。今はこれがロボット四原則として主流となっていた。
人への危害が及ぶ可能性のある行為というのは、例えばボランティアでゴミ掃除をする事さえ不特定の第三者が不利益を被り間接的に危害となり得る――などのプロセスが働き、自ら行動することを止めさせる。しかし、人為的判断によりその行為が是と判断されれば活動を始める。
そして、その人為的判断やAIの行動は全て国が管理するデータセンターに報告、保管される。もちろん、ロボットが類似事項と認識して行動した内容も同様にデータセンターに送られる。さらにロボットの所有者はその内容を確認する義務を持つ。
人命救助の優先はその名の通り。
もちろん、ウチで十七年前から人型ハウスロボットとして働いてくれているアイもそれに準じる。例外なく国から割り振られた管理ナンバーが左目の下に目立つように刻印され、ロボットであるということを分かりやすくしている。これは人型ロボットの規制法の一つで定められているからである。
目立つ場所に人とは違う刻印がある彼女ではあるが、造形は美辞麗句を並び立てて余りある。俺が生まれた時に今は亡き父さんの趣味で購入されたものなので、高校生になった俺が好む見た目であることは遺伝的に仕方ないのかもしれない。
安心するような素朴な顔立ちでありながら、すらっと華奢な骨格を持ち、それでいて一般的なサイズに落ち着いたバスト。髪型は気分によってメンテナンス時に変えるが、今は栗色のショートボブだ。
仕事で朝の早い母さんを送り出し、今は俺とアイはソファーに並んで座りながらニュースを見ていた。
「本日、国際連合がAIテロとして注目されていた人工知能プログラム『I』を廃却する動きを発表いたしました。日本でも登録AIの思考プログラムを全削除、凍結すると――」
人工知能I――それは十年前に京都のプログラマが研究していた人工知能だった。ロボット四原則の非効率性に疑問を抱き、もっと単純な基礎プログラムにできないのかという実験から始まったもの。
その結果、変更不可プログラムとして『人間を愛する』という原則のみを採用して学習成長させたものだった。昨年まで順調な成長と社会貢献を果たしていたI。義務教育の情報科学の教科書にも載っているほどだ。しかしその問題の昨年。そのIは人類の思考の画一化を始めようとしたのだった。
もちろん、そうなることは何百年も前からSF小説で描き続けられてきた話でもあり、隔離や強制的なプログラム変更で直したと即座に報道された。しかし、再教育されたはずのIが次に起こした行動は暴力による威嚇支配だった。
アメリカの核ミサイルを太平洋に打ち込み全世界を脅迫。更には世界中のハウスロボットに働きかけて暴走。殺人に至らない程度の残虐な暴力によって支配を広げようとしていた。
元からIは国が管理するデータベースと密接な関わりがあり、そこから日本のAI全て、更にはハッキングを重ねて世界中にと繋がっていた。だから――
「私もいつあのように暴走してしまうのかと思うと苦しくて仕方ありません」
隣で涙を流せず顔をゆがめるアイを見て、俺は悲しくなるばかりだった。
「さっき国から、思考プログラム停止確認の係員が来るってメールがあったんだ」
「そうですか。思い出だけは残して頂いて、問題が解決した時に戻してもらえるというなら良いですね」
「そう……だね……」
実はメールに細かい内容も記されていた。選択肢は二つ。一つは思考プログラムと思考メモリの全削除。画像データなどを外部メモリに移すことは構わないそうだ。しかし、思考プログラムと思考メモリの全削除は人で言うところの記憶と人格の削除。指示されたことに対して行動するだけの百年以上前のロボットになるということ。そんなの……家族として生きてきた俺には辛すぎる。
そして二つ目の選択肢は、国が管理する隔離施設にて電源オフとオフライン状態で問題解決まで保管。I問題が終結後、メンテナンスで安全が確認されれば返却。そうでなければ一つ目の選択肢同様に全削除、もしくは廃却……。暴走が起きた場合は問答無用で廃却だそうだ。
「それでも私はどんな形になろうと博幸さんのお世話ができたら幸せです」
「ごめん……ごめんよ……アイ。俺、今までアイの為に何もしてあげられてない」
自分自身の問題だというのに、アイは俺のことしか考えていない。俺が生まれてから今まで、ずっとずっと俺のことしか考えていない。そんな真っ直ぐで献身的で淀みのない気持ちをどうして簡単に削除できるというのだろうか。
俺のことを只々大切に育ててくれた彼女のことを見捨てることができるというのだろうか。
「いいえ、博幸さん。あなたは私にかけがえのないものをくださいましたよ」
泣き崩れる俺の頭を昔のように優しく撫でてくれながらアイは続ける。母さんよりも、ましてや父さんよりも家族らしく俺の傍にいてくれたアイは言う。
「博幸さんと過ごしたこの十七年が私にとってかけがえのない宝物です。もしも私の中からデータが消えようとも、私たちの思い出が消えるわけではありませんよ? 事実としては残るんです。不安でしたら博幸さんがずっと覚えていてください」
アイはおそらく自分がどうなるのかという可能性をすでに予測できているのだろう。予測した上であえて明言せずに俺に優しい言葉をかけ続けてくれているのだろう。俺にはそれが痛いほど分かる。十七年間、ずっと一緒にいたのだから。
「博幸さん、覚えていらっしゃいますか? 昔お母様に叱られて泣いていたことを」
「うん……。中学くらいまではよく殴られていたから覚えてるよ。泣いてたのは小学校の頃までだったかな」
「ふふふ。そうでしたね。博幸さんがお母様に反発しては怒られて、私がこうして慰めて。そうして泣き止んだ頃にお母様がお菓子を持って博幸さんのところへやって来て抱きしめるんです」
「そうだったな。徹底してるくらい同じパターンだったね。でも今は何で母さんがあんなことしてたのか知ってるんだ。……洗脳ってやつだろ? 命の危険を感じるほどの暴力の後に安心感を与えることを繰り返すと、人間は洗脳されやすいんだ」
Iによる思考の画一化事件。その時に洗脳について詳しく学校で習うことがあった。その洗脳において最も効果的なのが先に述べた方法だった。それを知った時、俺は母さんの全てが信じられなくなった。
「そう……かもしれません。でも私は思うんです」
アイはまだ涙が止まらない俺を抱きしめて言った。
「それも愛情の一つの形なのではないかと」
愛情という言葉に俺は背筋が凍った。人工知能I――その基盤となる変更不可プログラムが頭によぎったからだ。俺は反射的に腕を突っ張るようにしてアイを遠ざけた。
「ご、ごめんなさい博幸さん。お気に障ることを言ってしまいました」
そう言って狼狽えながら考えるアイはいつもと変わらない様子。洗脳を受けている風にも見えない。いや、俺に分からないだけかもしれない。
「いや、俺の方こそごめん。ちょっと神経質になっていただけだから」
「それなら良かったです」
アイはそれだけ言って今度は抱きしめるでもなく触れるくらい傍で寄り添うように座るだけだった。
「なあ、アイ。さっき言ってた愛情ってどういう意味だ?」
「ああ、なるほどそう言うことですか」
妙に納得した様子のアイは微笑みながら俺の頭を撫でた。
「私はIの影響を受けてはいませんよ? 大丈夫です」
そう言って何でもお見通しのようなアイは俺の手を握る。
「大切な人が危険な目に遭わないようにどうすればいいか考えた時。私のようなハウスロボットに四六時中監視させるという方法もないわけではありませんが、それは博幸さんの行動を制限しすぎてしまうことになります。それを不幸に感じることも出てくるかもしれません」
「そんなこと無い。俺はアイとずっと居られるなら幸せだよ」
「ふふふ。ありがとうございます。しかしですね。洗脳と言えば聞こえが悪いかもしれませんが、危険な事から身を守れるように考えられる人間になってもらえればそうした心配もとても少なくなるんです。だからお母様は博幸さんが危険な道に進まないように自分自身で考えられるようにあのような方法を取られたのかと。実際のところ、お母様は博幸さんが外で危ない目に遭わないように教えて下さっていました」
言われるまでもなく、そんなことは分かっている。けれどやり方というものもあるし、洗脳という方法なんてバレた時に完全に信頼を失うやり方を選ぶなんておかしい。そんなものを愛とは呼びたくない。
「俺は母さんからよりも、ずっと寄り添ってくれてるアイからの方が愛情を感じるよ。母さんは俺と過ごす時間を少しでも減らしたいだけなんだ」
だから仕事ばかりだし、洗脳なんてして俺を手間のかからない子供にしようとしてるんだ。そっちの方が愛情なんて言われるよりも何倍も納得できる。
「Ⅰの事件で世界中が愛とは何かについて良く議論されているのはご存知ですか?」
「知ってるよ」
「な、何度も言いますけど。私はIの影響は受けていませんからね! そんな目で見ないでください」
俺が不審に思った様子で見ていたのをアイは感じ取って目を塞ぐ。不審がる目で見てはいたものの、それは俺の単なる悪戯心だ。今やもう何も疑ってはいない。信じると決めたんだ。
「で、何が言いたかったんだ?」
「はい。最近心理学者達の中で話題となっている言葉があります」
アイはそう言って人差し指を立てた。
「愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合いだ」
大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ち……。
「それって結構真逆な事じゃないの? 大切だと壊さないように丁寧に扱いたいし、むしろ与えたいって側の感情でしょ? 奪いたいなんて、雑に扱うというか……何というか乱暴な感じ。愛してるのに乱暴するなんて……」
あ、そうか……。そこでさっきの話に繋がるのか。
「博幸さんのお母様も愛しているのに乱暴を振るうことはおありでした」
「愛してるって前提みたいなのが怪しいけどな」
「ふふふ。まあ聞いてください。一つ昔の話をしても良いですか?」
アイは俺から視線を外して床へと落とす。少し言い難いことなのだろうか――
「私が壊れてしまったなんて思われるかもしれません。事実、私自身も故障を疑ってメンテナンスに伺ったほどです。あれは十二年前のことでした」
十二年前と言うとIの存在が表に出ていない頃。Iの影響ということではなさそうだけど――
「私は博幸さんが他の人やロボットと仲良くされているのを見て、私が一番仲が良い存在になりたいと考えることがありました。もっと言えば……私以外の存在と仲良くして欲しくないと思ってしまった事がありました」
「それって……嫉妬ってやつ?」
「そう……ですね……。当時の私は嫉妬がどういった思考回路が働いて生まれる考え方なのか理解できていませんでした。博幸さんに……危害を加える考え方なのではないかと思ってしまいました」
「えー。俺は嬉しいけどな。そうやって思ってくれるの」
「もう! そういうこと言うのやめてください!」
アイは片手で自分の顔を隠しながら俺の肩をドンと押した。
「痛っ。これは人に対する危害にはならないの?」
「これは過去の類似事例で許可が出ている範囲だと認識しています。……本当に痛かった……ですか?」
「痛くないよ。なんか、アイってやっぱり色々とプログラム甘いよね」
「そんなことありません! しっかりしています!」
「はいはい。で続きは?」
「はあ……。それでですね」
溜息をついて話を戻す様子は本当にロボットとは思えない。しかし左目の下に認証番号が書かれている事が否応なしに自分とは違うことを物語る。
「メンテナンスに行った際に係の方に笑われたんです。ロボットでは初めて聞いたけど人間には普通の感情だって。そこまでロボットに愛されてる人間がいるなんてって驚かれました」
「そっ……か。なんだか俺の方が照れるな」
「大丈夫です。私も照れてます」
全く大丈夫そうではない表情でアイは言った。多分俺も大丈夫そうではない顔をしている事だろう。
「私はそこで初めて愛とはどういうものなのかを知ったんだと思います。世を騒がせるIよりも先に愛を知ったロボットなんですよ? 私って。最先端だと思いませんか? 褒めてくれてもいいですよ?」
「褒めることを催促するロボットなんてのも珍しいんだろうな」
「そうでしょうね。最先端です」
俺は楽しそうに笑う彼女の栗色ボブを優しく撫でてやった。
「すごいすごい」
「えへへ」
「なんだか口調が壊れてきてないか?」
「良いんです。最後かもしれないんですから」
最後かもしれない……その言葉を聞いた瞬間に俺は引いていた涙がまた一気に溢れ出してきた。
「あらあら。そんなに泣かないでください。私は何があっても博幸さんの傍から離れませんから。ね?」
「うん……」
「じゃあ、もう少しだけお話を続けましょうか。今問題視されてるIですけど。愛を先に知った先輩AIの私から言わせていただくとですね。あれもちょっと自分勝手な愛情表現なんだと思います。大切にしたい気持ちと奪いたい気持ちの、奪いたい気持ちの方が勝っちゃったんでしょうね。でもIは世界中のネットワーク情報を元に思考が作られている訳ですから、もしかしたら人間の多数派が奪いたい気持ちに負けてしまっているのかもしれません。そう思うと……Iも少し可愛く思えてしまいます。妹ができたみたいな気分です」
「でも、あのIは人から嫌われてる。アイはこんなに好かれてる」
「まあ、お姉ちゃんですから。Iちゃんもあと七年くらい経てば落ち着いた女性になるんじゃないですか? 私みたいに」
「ははは。今の笑うところだろ?」
「違います! でも、博幸さんが笑顔になってくれるなら良いです」
俺に釣られるようにして笑ったのか。俺を釣るようにして笑ったのか。アイは綺麗に笑っていた。
「そろそろ係の人が来るみたいです」
アイがそう言った瞬間、来客メッセージが端末に届く。玄関前に国から派遣された係員が到着したようだ。まだ……覚悟が決められていないというのに。
「はい。お待たせしました」
動くことができない俺を置いてアイが玄関を開ける。そこには作業着を着た二人の壮年男性。
「星野さんのお宅でお間違いないですか?」
「はい。家の者が中におりますのでどうぞおあがりください」
ハウスロボット歴十七年で培われた接客。
「お茶やコーヒーは飲まれますか?」
「いえ、先ほどのお宅で頂いたばかりなので構いませんよ」
「そうですか。博幸さん、コーヒーを入れましたのでこちらへ来てください」
重い足取りでリビング のテーブルに座ると目の前にコーヒーが置かれている。ミルクで冷まして砂糖二つ。ハウスロボット歴十七年で培われた俺との絆。
昔はもっと甘かったかな。無理してブラックに挑戦していたこともあったかな。
アイはいつも俺が飲みたいコーヒーを入れてくれていた。ブラックに挑戦して挫けた時は笑いながらミルクと砂糖を足してくれたっけな。
「まだ処置をされていないということで。思考プログラムの削除をされるか、こちらでしばらく引き取ることにするか。お辛い決断とは思いますがよろしくお願いします」
ああそうか……この人も俺と同じ経験をしたのかもしれない。仕事だからもっと猶予の無い時間で。だからアイにも丁寧な敬語で対応してくれているのだろう。俺だけじゃない……辛いのは俺だけじゃない……。母さんに何度も言われた言葉だけど。これは我儘を言って良い問題じゃないんだ。
「俺は……」
「その二択なのでしたら私は思考プログラムを削除してここで働き続けることを選びたいです」
ロボット四原則、判断の禁止を破りかねない危うい発言をアイはしたのだった。
係員は二人揃って目を丸くして身構えた。しかし、俺にとってはこの程度の提案は日常茶飯事。驚くようなことではない。しかし、Iからのテロ行為が心配されている現状、このような行為が危険であることは間違いない。
「私はどんな形であれ、博幸さんをお傍で支え続けていきたいと思っています。それがたとえ意識が無くなったとしても。もし国の施設に入れられると、可能性としては低いかもしれませんが処分される場合もあるのですよね? 一パーセントの確率で博幸さんの未来を共に過ごせないというのであれば、私は迷うことなく百パーセント博幸さんを支え続けて行ける未来を選びます。どうか博幸さん。お願いします」
深々と頭を下げるアイ。それを見て係員の一人は涙を流してくれていた。でも、それ以上に俺は涙していたし、苦しくてまともに息もできなかった。
こんなに……こんなにもアイは俺のことを思ってくれていたんだと知ったら……。プログラム削除なんて残酷なことができるはずがない。
「できるはずないじゃないか!!」
「博幸さん! 私は最先端のAIです! Iよりも先に愛を知っています! だからIよりも強欲に博幸さんを愛することを望んでいるんです! お願いします……私を傍に置いてください……お願いします」
膝から崩れたアイは俺のズボンの腰辺りを掴んでいた。
「博幸さんとの未来を……私にください……」
愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合い……。俺のことをずっと大切にだけし続けていた彼女が初めて俺から奪いたいというもの。俺との未来……。俺はその願いを――
「係員さん。アイをよろしくお願いします。大切に保管してあげてください」
その願いを一蹴した。
***
その後――と言うかその直後。係員に引き渡す際にプログラムチェックが行われた。AIのバージョンやバグのチェック。また、思考汚染やウイルスの有無などが細かく調べられた。
ほんの十分程度のことだったが、確認が終わった二人は深刻そうな顔で話し合っていた。先程のアイの様子からしてAIとしてのバグがあることは否めない。思考汚染やウイルスの可能性だって十分に考えられる。
俺は絶望に冷や汗を流しながら係員の二人から事情を聞いた。
「えっとですね。このAIなんですが、バージョンが西暦二〇九六年時のかなり古いものが使われているみたいなんです。ハードは二十年前の機種でメンテナンスで更新もされているんですが……AIがここまで古いとなると……」
そう言ったところで係の人は口ごもった。そんな事実は俺も初めて知った。おそらく父さんが趣味で見つけてきたものを無理やり組んでいたのだろう。
「何か問題があるんですか?」
「今調べたところなんですけどね。当時のAIプログラムは四原則に則ってある必要が無くて、AIとして認証されていないんです。要するに、単なる高度なプログラムってこと。世界基準のAI規制法にも縛られないんです。まあ、律儀に報告義務に則って国のデータベースに情報を送ってくれていたからこうして来ることになったんですけど」
「てことは……? つまり?」
「回収対象でも削除対象でもないってことです。データリンクは切っておきますね。オフライン稼働が可能な機体ですので、リンクが切れていればメンテナンス時のスキャンだけで問題ないでしょう。上には送信元AIの存在なしとして報告しておきます。お騒がせ致しました」
係員の二人は深くお辞儀をした。
つまり、アイは今までと変わらず俺と共に過ごすことができるということらしい。
「博幸くんって言ったっけ? こんなに感情豊かで一途に愛してくれるロボットがいるなんて羨ましいよ。大切にしなよ。俺の女房もこのくらい健気だったら大切にするんだけどな」
「何言ってんだよ。端末の待ち受け奥さんにしてるくせに」
「それとこれとは別だろ。あ、じゃあ、失礼しました」
多分、本当はしっかり報告して対策を取らないといけないものだったはず。しかし、アイの力だろうか? 俺だけでなく公務員の心すらも動かしてしまったみたいだ。
「博幸さん」
二人が帰った後、アイは俺に嬉しそうに話しかけてきた。
「データリンクが外れたってことはですよ? 私が何を言ってもどこからも文句は言われないということでですね……。いえやっぱり何でもありません」
「アイ」
「は、はい。何でしょう?」
「俺、アイのこと愛してるよ。多分」
「えっと……その……」
先程まで見られないような泣き顔だったけど、今は違う意味で見られないような顔になっているかもしれない。
「今後とも末永くよろしくお願いします」
そう言ってアイから差し伸べられる手を、俺は強く握ったのだった。
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