サイコミステリー

色部耀

文字の大きさ
上 下
31 / 65

30.便箋

しおりを挟む
「そんなことより探しものを続けよう」

「なんだか誤魔化された気がしますが……。そうですね」

 誤魔化されてくれた美波さんは勉強机の前に立つと少しだけ戸惑う様子を見せて一番上の一番大きな引き出しを開けた。

「なんでしょうかこれ」

 開けた瞬間に美波さんはそう言って俺の方を振り返った。すぐに隣まで近寄って覗き込むと、そこには二通の便箋が置いてあるだけだった。他には何も入っていない。元々何も入っていなかった場所に便箋だけが置かれたのか、それともこの便箋を目立たせるために整理されたのかは分からない。分からないけれども目立っていることだけは間違いない。

「宛名が書いてあります」

 美波さんは両手に一通ずつ持って裏返すとそう言った。差出人は書かれていない。宛名にはそれぞれ『聖奈へ』『翼君へ』と書かれている。翼というのは確か美波さんのお父さんの名前だ。病室の表札に書いてあったのを覚えている。

「私と父親に宛てた手紙ですか。差出人はやはり母親でしょうか」

「その可能性は高そうだな。自分が死ぬことを悟っていたようだったって話だし。翼君なんて書き方、お母さんじゃないとしないだろうしね」

 美波さんはじっと二通の手紙を見つめて考え込んでいる。自分宛ての手紙を読むかどうかで悩んでいるのだろう。

「別に今すぐ読まなくてもいいよ。もう少し色々探して記憶が戻ったときに読んだのでもいいだろうし」

「真壁君は優しいですね。そうさせてもらいます。もう少しだけ、探しものにお付き合いください」

 美波さんはそう言って俺に笑いかけた。自分の部屋が他人の部屋のように感じるほどだ。自分宛ての手紙が他人宛ての手紙のように感じてしまっていてもおかしくはない。

「他の棚も見てみましょう」

 二通の手紙をスカートのポケットにしまうと、美波さんは他の棚を調べ始めた。結論から言うと、他の棚には勉強道具が入っているだけだった。勉強以外の用途を持たない本当の勉強机だった。

「本当に余計なものがないね」

「うーん……。今の私でも多分こんな感じの使い方になると思います。性格は変わっていないのかもしれません」
「まあ、それだけ分かっただけでも調べた甲斐があったんじゃない?」

「そうですね……。真壁君、本当にありがとうございます」

 美波さんは深々と頭を下げる。

「報酬はしっかりお支払いしますので、最後までよろしくお願いします」

「報酬? ああ」

 完全に忘れていた。何でもするとかいうやつだったな。最終的には流石に断るつもりだけど。

「期待してるよ」

 とりあえず今はそう言っておくことにした。
しおりを挟む

処理中です...