霊と恋する四十九日

色部耀

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 すっかりいつもの調子に戻った二人は、それからすぐに周りのクラスメイトと協力して作業を進め始めた。しかし那由が作業を始めて少したつと、沙知が思い出したかのように口を開く。

「色画用紙準備するん忘れとった! ごめん那由、どっかから貰ってこれん?」

「そういや忘れとったね。うーん、どっかで余っとるかな?」

「かっちゃーん! どっかで色画用紙調達できん?」

 沙知は大きな声で勝也に向かってそう叫ぶ。すると勝也はすぐに答えた。

「本部で多めに用意しとるって聞いたけど、取りに行こっか?」

「じゃあ、那由と行ってきてー」

「え、一人で十分やない?」

 沙知に名指しされた那由は即座にそう答えた。しかし沙知に無理矢理立たされて背中を押される。

「ほら、行った行った。こっちはやっとくけん」

「んー、まあいっか」

「かっちゃん! あとでなんか奢ってよねー」

 那由が了承すると、沙知は教室の入り口付近まで動いていた勝也にそう言った。勝也はなぜか照れ臭そうに手で合図すると那由は不思議そうに沙知を見る。

「私が手伝うのになんで沙知に奢る話になるん?」

「あははは。別件別件」

「ふーん。まあいいけどねー」

 那由はそう言って意味深な笑みを浮かべると廊下で待つ勝也のもとへ歩き出す。その途中で教室の扉の近くに立っていた宗祇の隣を通ったが、宗祇は動く様子もなくその場から那由に言った。

「俺はいつもの渡り廊下で待ってるから、ゲート設営の前に寄って」

 那由はなぜ宗祇がそんなことを言ったのかと首を傾げつつも勝也と共に廊下を歩き始める。廊下で反対方向へ向かって歩いていく宗祇を一瞬確認するとそのまま勝也と話をした。

「なあ那由」

「ん?」

 少し真面目な雰囲気で那由に話しかける勝也に、那由は真っ直ぐに目を向ける。

「今年の文化祭、那由は後悔が無いようにできそう?」

「んー」

 天井を見るように視線を上げて那由は考えると、何ともない風に答えた。

「私が後悔する基準って、誰かが辛い想いせんかったかどうかやけん。特に何か後悔が残るってことはないんやないかな」

「そっか。それならよかった」

 那由は安心した様子の勝也を見て肘で小突くと嬉しそうに笑って言った。

「なんでかっちゃんがそんなこと気にするん?」

「まあ、なんとなくかな」

「なにそれ」

 那由達の教室から文化祭本部を兼ねている生徒会室まではあまり遠くなく、その後に会話が途切れてしまっていても気にならないほどの時間で到着する。那由は軽くノックをして扉を開けると中を覗き込むようにして挨拶をした。

「失礼しまーす。……って誰もおらんね」

 生徒会室に入った那由はそれだけ言って備品が置いてある棚の方へと歩みを進める。後ろを付いて歩く勝也は那由に返事をするでもなく妙に静かになっていた。

「うーん。あんま種類ないなー。かっちゃんも突っ立ってないで探す探すー」

「あ、ごめんごめん」

 促されるままに違う棚を探す勝也。どこか上の空のようで相変わらず口数が少ない。十分程二人で色画用紙を探したところで、勝手に持って行っても良さそうな量を見繕う。四つ切り画用紙サイズの赤青緑黄色の四色をそれぞれ十枚ずつ。一人でも十分持てる量のため、勝也が一人で手に抱えている。

「那由、ちょっと話があるんやけどいいかな」

 先に教室から出ようと一歩足を進めた那由を勝也は制止する。

「ん?」

 振り返った那由。勝也は視線を窓の外に見える中庭に向けて話す。

「俺の……彼女になってほしい」

 普段と変わらない話し方で言う勝也。しかしその顔は恥ずかしさからなのか真っ赤に染まり、那由を直視することができない。那由はそんな勝也を真っ直ぐに見つめたまま硬直していた。硬直とは言ったものの、思考停止によるフリーズ状態と言った方が正しいかもしれない。

「え? それ私に言ってる?」

「当たり前やろ」

「私? 突然なんで?」

「那由にとっては突然かもしれんけど、俺はずっと言おうと思っとった。結構前から那由のことが好きやったけん」

「結構前って……。でも最近沙知とかと仲良かったやん。てっきり私二人が付き合い始めたんかと」

 那由の言葉を聞いた勝也は、頭を抱えてあーと声を漏らした。

「エニフルで勉強した時とかのやつか……。あれは沙知に那由のことで相談させてもらおうと思って呼んだだけなんよ」

「他にもさ! 一緒に帰りよるとこも見たし、私のおらんとこで仲良くしとったし」

「やけんさ。那由のおるとこで那由のこと相談できるわけないやん」

「そっ……か……」

 尻すぼみに言って視線を落とす那由。考えがまとまらずに混乱しているのか、言葉が口から出ずに足元の何もない空間を視線が泳ぐ。那由がそれ以上に声を出さずにいたことで沈黙が流れていた。そんな沈黙に耐えられなかったのか、勝也は那由に質問を投げかける。

「もしかして誰か好きな人でもおるん? まさか彼氏できたとか」

「そんな人は……おらんけど」

 そう言いつつも那由の頭に一人の人物が思い浮かぶ。しかし、その人は生きてはいないと自分に言い聞かせて那由はすぐさま頭から消し去った。

「じゃあさ……。返事……聞かせてくれんかな?」

 そこで初めて勝也は那由の顔を真っ直ぐに見た。今度は那由の方が勝也を見ることができずに足元を見たまま。顔を下に向けているから暗い印象を出している。

「ほ、他に可愛い子いっぱいおるやん? 私じゃないといかんの? ほら、沙知だって絶対かっちゃんと上手くいくと思うし」

 明らかな作り笑いを浮かべて那由は聞かれたことと違う返事をする。しかし勝也は首を横に振ってじっと那由の顔を真っ直ぐに見た。

「那由じゃないと駄目だ」

 はっきりと言われた那由は笑顔を崩して再び視線を落とす。

「このままの関係じゃ……いかんの?」

「俺は……那由と付き合いたい。恋人になりたい」

 勝也の言葉にとうとう那由は黙り込んでしまった。黙ったまま十秒二十秒と時間が経つ。それから一分ほど、沈黙に耐えられなくなった勝也は口を開いた。

「絶対後悔させんけん。那由のこと幸せにするけん」

 勝也がそう言うと、言葉に被せるようにして那由は声を上げた。

「ごめん! やっぱかっちゃんと付き合うとか、そういうの考えれん。友達のままでおりたい」

「そっ……か。困らせちゃってごめん」

 勝也はそう言って無理に作った笑顔を那由に見せた。笑顔を張り付けたまま机に集めた色画用紙を手に抱えると、足早に生徒会室の入口へと歩みを進める。その間も那由はじっと足下を見て佇んでいるだけだった。

「色画用紙は俺が持って行くけん。ちょっと早いけど那由はそのままゲート設営に行ってええよ」

「ごめん……」

 那由は勝也の告白を断ってから一度も視線を上げることはなく、勝也が生徒会室から出た後にとぼとぼと逆方向へと歩く。そして少しずつ速度を上げて、遂には走り出していた。悩みを振り切るかのように――
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