霊と恋する四十九日

色部耀

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 そのまま走り続けて息を切らしながら階段を駆け上がる那由。目的地は宗祇が待つ渡り廊下だ。今日は一段と風が強いが、宗祇は風の影響を受けないため髪も乱すことなく真っ直ぐに海の方に目を向けていた。

「宗祇さん。知っとったんやろ」

 半ば涙目になりながら詰め寄る那由。その涙は怒りの感情から溢れてきているようで、風で吹き飛ばされそうになりながらも真っ赤な顔で足を踏み鳴らして近づく。

「高橋君は優しいし真面目だし、とっても良い子だ。それに結構イケメンだと思う」

 真っ直ぐに那由の目を見ながら話す宗祇に一切の迷いも臆面もなかった。喧嘩を売るように睨み付けてくる那由とは違って冷静で普段通りのやさしさのこもった眼差し。

「そんなことは知っとる! そうやなくて私はかっちゃんが告ってくるってのを知っとったのに何も言わんかった宗祇さんに腹立てとんよ!」

「もし」

 矢継ぎ早に言葉を並び立てる那由の話を断ち切るように少し大きめの声を出した宗祇。那由もそこで口を閉ざした。

「もし俺が事前に那由にこのことを言っていたとする。そうしたら那由はどうしてた?」

「そんなん……かっちゃんと二人っきりにならんようにしとったよ」

「告白されたくないから?」

「当たり前やん!」

「なんで?」

「なんでって……」

 宗祇に聞かれて先程までの勢いが殺されて考え込む那由。

「告白されたら前までの関係でおれんかもしれんし。私は今までの楽しい関係のまんまがいいし……。これから先も前と変わらん友達のまんまが良かったんよ。変えたくない」

「今までが楽しかったから、未来を変えたくないってことか……」

 その言葉を聞いて今度は宗祇の方がしんみりとした雰囲気を見せた。

「それでも高橋君は今以上に楽しい未来のために二人の関係を変えたいと思ったんだろうね。俺もそれが良いと思ったから那由には黙ってたんだけど……。その様子だと断ったのか」

 那由は黙ってうなずいた。それを見て宗祇は小さく溜息を吐く。

「好きな人がいるってわけでもないから、てっきり付き合うのかと思ってたんだけどな」

「他に好きな人がいるかどうかは関係ない。かっちゃんとは友達のままでいたいってだけ。付き合うとかせんでも今まで楽しかったし、これからも友達のままで楽しいはずやん……。かっちゃんだって女友達としての私じゃなくなったら楽しくなくなるかもしれんし……。やっぱ今のままが一番なんやって……」

 つぶやくように答える那由に先程までの怒りはもうなかった。しかし宗祇はまだ折れることなく話を続ける。

「それだって高橋君が那由のことを異性として好きだから那由が楽しめるように気遣ってくれてたってのもあると思う。だからもしこれからも高橋君と楽しくいられたら、今までと同じように高橋君は那由のことが好きだってことかも知れない。でもそれだけ高橋君は那由のことが大切ってことだから。だから今すぐじゃなくてもいい。いつかちゃんと考えて」

「宗祇さんは私の気持ち何にも分かってくれてない!」

 落ち着きかけていたはずの那由だったが、宗祇の話を大きな声で中断させた。そしてそのまましゃがみ込むと、顔を伏せて黙り込んだ。宗祇もそんな那由に対してかける言葉が見つからなかったのか、しばらくの沈黙ののち隣に同じようにして座り込んだ。あたりは那由の心の中を表しているかのように囂々と風が音をたてる。

 少しして那由が顔を上げる。目には涙のあとが残り、視線は曖昧に壁をなぞっていた。那由が顔を上げたことをきっかけに宗祇は小さな声で話し掛ける。那由のことを心から想っていると分かる耳に優しい声。

「ごめん那由。高橋君と恋人になるのが那由の幸せになるんじゃないかって自分勝手に考えてた」

 その言葉を聞いた那由はぷいと顔を背けて弱弱しく返事をした。

「よく考えたら別に宗祇さんが何かしたってわけやないし。私も八つ当たりみたいに怒鳴ってごめん。なんか宗祇さんには言わんでも分かって欲しいって勝手に思っちゃってた」

「俺も何も聞かなかったし、何も言わなかったから」

「こんだけ四六時中一緒におってもお互い分からんことばっかやね」

 那由は寂しげに呟くと、宗祇は笑いを堪えるように口元をおさえた。そんな様子の宗祇のことを那由は驚いた顔で見る。

「ごめんごめん。なんか本当におんなじこと言うんだなって」

 宗祇の笑みの理由が分かった那由は、少し不機嫌な顔をしながらも納得して話を促した。

「奥さんのこと?」

「うん」

 宗祇は立ち上がって遠くの海を見つめながら、幸せそうな表情で返事をした。その顔を見て那由は小さく溜息を漏らして同じく立ち上がる。

「そんなに好きなんやね」

「文字通り死んでも好きでい続けるくらいはね。いまだにどうすれば幸せな人生を送ってもらえるかって考えてる」

「勝てんなー」

 那由は壁にもたれかかって大きく頭を後ろにそらすと、空を見上げてそう言った。隣で宗祇はまたしても笑いを堪えながら那由の横顔を見る。

「那由が勝ち負けを考えるのはちょっとおかしいかな」

「はいはい。そーですね」

 諦めのまざった返事をした那由は、続けて思い出したかのように宗祇に質問をした。

「そういえばなんでゲートの設営の前にわざわざここに呼んだん?」

 渡り廊下から見える時計を確認しながら那由はそう言った。集合時刻の五時にはあと十分ほど。今から向かえば丁度集合場所に間に合う。しかし、宗祇は少し慌てた様子で説明を始めた。

「危うく言うのを忘れるとこだった。その話なんだけど那由……。今日のゲート設営は少し遅れて行って欲しいんだ」

 真剣な眼差しでそう告げる宗祇。那由の今までの経験上、宗祇がこのように真剣な顔つきでお願いをするときは決まって大きい怪我や後悔が生まれる可能性の高い。しかしそれでも那由は首を傾げつつ詳しく話を聞いた。

「何が起こるん?」

 少し先の未来が見えるという宗祇の警告。つまりはゲート設営時に何か起こるということ。宗祇は何を説明するべきか少し悩む素振りを見せてから口を開く。

「この強風でゲート用の資材が倒れてきて那由が怪我をすることになる。命に係わる大怪我ってわけじゃないけど左腕に消えない傷が残るんだ」

「倒れてくるって分かってたら避けられそうやけど?」

「いや、那由には避けられない状況で倒れてくるんだ。だからその現場自体に行かない方が良い」

 避けられない状況というのがイメージし難かったのか、那由はしばらく考えてから首を縦に振った。

「分かった。じゃあ、遅れるって連絡しとく」

 そう言って那由は携帯で実行委員会のグループチャットを開いた。

「三十分くらい遅れるって言っとけばいいよね?」

「まあそうだな。今から一時間もすれば風も少しは落ち着くはず」

 ささっと指を動かした那由は三十分遅れるという内容と共に、風が強いので資材の転倒に気を付けてくださいと書き込んだ。

「これで他の人も怪我せんかな。でもそれまで何してよっか」

 風よけに柱に隠れるように立つ那由は宗祇に聞く。相変わらず海を眺める宗祇は表情を変えずにぽつりと答えた。

「教室に戻って手伝いでもしたら?」

「え? でも、かっちゃんと顔合わせることになるよね……」

 つい三十分もしない前に告白を受けて断ったばかり。勝也もしばらく顔を見せたくない様子で那由にゲート設営に行くように伝えていた。そんなことを考えて悩んだ那由だった。

「那由。もし今日の内に高橋君と話をして気まずい雰囲気を無くしておかなかったら絶対に後悔するよ。さっき俺達で学んだでしょ。想いはちゃんと伝えないと分からないままだって」

 那由は宗祇の言葉を受け、自分の頬を叩いて気合を入れた。

「うん! ちょっと不安やけどちゃんとかっちゃんと話する!」

 鋭い目つきで覚悟を決めた那由。しかしすぐに一転して不安げな顔をする。

「……でも宗祇さん」

「ん?」

「かっちゃんと話する時はそばにおってよね」

「はいはい」

 緊張で強張ったような那由の頭を触れられない手で撫でながら宗祇は優しい笑顔でそう答えた。
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