春風のインドール

色部耀

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同級生 上野真紀

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「あんまりこの学校で友達作るつもりなかったんだけどな……」

 そう言葉に漏らしてしまう私だった。真紀はそんな私に近づいて肩を掴むと勢いよく言った。

「そんな寂しいこと言わないでよ!」

「近いっ。近いから」

「私と友達になってよ!」

 私が手で押し返すことにもめげずに真紀はそう言う。近くて恥ずかしいし、言われた言葉も恥ずかしい。それに答えるのはもっと恥ずかしい。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。誤魔化すように麦茶を飲むと、小さな声だけれどどうにか返事をした。

「友達になるくらいなら……」

「やった! よろしく! あ、でもクラス違うしあんまり会えないよね? うーん……」

 真紀はそうして悩み始めると腕を組んで目を瞑り、体をゆらゆらと揺らす。私はまだ暑い顔を手で冷やしながら麦茶のコップに口を付ける。実際に飲むわけではないが、手持ち無沙汰を解消するために口元へとコップを持ってきているだけなのだけれど。

「そうだ。生田先生が言ってたみたいに、本当に園芸部入っちゃおうよ。学校に好きな花とか植えれるんでしょ?」

 私は生田先生に何度言われても考えると言って答えを先延ばしにしていたのだけれど、まさかこんなところで背中を押されるとは思ってもみなかった。だからと言ってすぐに答えを出すというわけではない。私は真紀の問いかけに答えるでもなく、やはりしばらく唸って先生たちの方に視線を向ける。

「うーん……」

「ねえってばー」

 唸るばかりで答えを出さない私を急かすように真紀は私の視線を自らの体で遮る。

「そういえばさ……」

 目の前に立った真紀を見上げながら私はふと疑問が浮かでそう切り出した。私の言葉に真紀は、なになに? と前のめりになって聞こうとする。

「真紀って他に部活とか入らないの? 運動部とかの方が良いんじゃない?」

 何の部活かは覚えていないが、姉の亜紀も運動部に所属していたはずだ。勉強ができるだけではなく運動神経も良いという噂を耳にしたことがある。それならば真紀だって運動神経が良いのではないかと安直に考えての発言だったが、思いの外深刻な理由があるようだった。

「運動部には……もう入りたくないの。高木先生が言ってたの覚えてる? 私が部活で亜紀と比べられてたって話」

 生物準備室にいたときに話していた記憶がある。その直前に姉の亜紀を褒める発言をしていたこともあって印象に残っていた。

「うん。そんな感じのこと言ってたね」

「私たち、中学時代に一緒のバド部だったの」

 真紀は話し始めると私の隣に座り直した。その表情はさっきまでとは違って少し暗い。

「部内ランキングなんてのをやって上位からスタメンを決めるみたいなガチなやつ。上級生がいなくなってからは、亜紀はいっつも一位。私はいっつもギリギリスタメン。先生だけじゃなくて同級生も後輩も親も、ずっと亜紀と私を比べて色んなこと言ってきてた。団体戦だと亜紀はエースで私は捨て駒。他校からのヤジは酷かったな……」

 思い出すかのようにそう言いながら真紀は背伸びをする。私は麦茶の入ったコップに口を付けて静かに聞き役に徹していた。

「亜紀は高校に入ってからも一緒にバドやろうって言ってくれてたんだけど、私にはできなかった。またあの比べられて落胆されて馬鹿にされるようなことはしたくないし。そう思ったらもうスポーツ全般なんにもやりたくなくなっちゃったの」

 そこまで話すと真紀はベンチから飛び上がって立つと軽快に振り返った。その動きから真紀も運動神経が良いという私の思い込みは間違って無いんじゃないかと思う。しかし真紀は断言するように言った。

「だから私に運動部は無理。ゆっくり過ごしたい。でもなんかずっと暇なのは性に合わないっていうか……。てことで、一緒に園芸部やってくれたら嬉しいかなって。ちょっとトイレ行ってくるから、帰ってくるまでに答え出しといてね」

 真紀はそのまま生田先生のところにまで行くとトイレの場所を聞いて家の中へと入って行く。入部については考えておくと言い続けてきたのが、ここに来て期限を設けられるとは思わなかった。しかし、真紀の境遇に少し同情してしまっているのも確かだ。誰かと比べられて期待されて落胆される気持ち――馬鹿にされる気持ち――。私は経験したことが無いけれど、やはりとても辛い経験なのだろう。それこそ眠れなくなってしまうほどに……。

 それでも真紀はなにかやりたいという気持ちがあってそれを友達と共有したいという思いがある……。そんなところに私も人として魅力的に感じている。もしかすると、仲間意識や一緒に楽しみたいといった気持ちから勝負ごとに弱くなっているだけなのではないだろうか……。姉と比べて能力がないのではなく、他人に対する優しさや共感能力の高さから相手を負かす行為が苦手なだけなのではないだろうか。そう思ってしまう。高木先生の件と私のことも考えると、共感させる能力も高いのかもしれないけれど。
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