春風のインドール

色部耀

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クラスメイト 花岡 二宮

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 七月一日。半袖でも汗が止まらなくなる季節になり、その暑さだけでもストレスが溜まるようだった。教室のエアコンは四時間目にならないと電源を入れてもらえず、三時間目の終わりは地獄に感じるような時間帯だ。四時間目は移動教室で理科『科学と人間生活』の授業。担当の生田先生は先日、校内の水やりを全て私と真紀に任せて実験の準備をしていた。

 芽の出た緑の豆モヤシ。事前に何に使うのかを聞いても当日を楽しみにしておくように言われただけだった。とはいえ、教科書を見れば大体の予想はつく。光の影響で曲がる光屈性の実験だろう。私は環境ストレスによって成長が変わるという内容を少しだけこっそり予習していた。勉強したせいで人間も環境ストレスで体が変わってこの暑さにも対応できるようになれば良いのになどと考えてしまう。

 四時間目の授業に使う生物室に到着すると、先生用の実験台の上に小さく少し不格好に成長したサボテンが置いてあるのが目に入った。いつもは生物準備室のデスクに置いてある、生田先生がいつも大切にしているサボテン。今日は生田先生と一緒に授業をするつもりなのだろうか。そう思うと少しおかしく感じて針の先を指でつついた。

 生物室は窓が全開でエアコンは効いておらず、風は通っているが涼しいとは思えない暑さ。まだどうにか我慢できないほどの暑さではないため、私は以前出席番号順で座るように指示された席について机の冷たさを感じていた。早めに席につけば、五人で使う実験テーブルを広々と贅沢に使える。我慢できる暑さとはいえ、少しでも体を冷やせるのならスライムのようにだって溶けよう。そうやってのんびりうなだれていると生物室の入り口付近から怒声が聞こえてきた。

「てめー! 良い加減にしろよ!」

 そう言ったのはクラス内でも目立つ背の高い女子だった。百七十五センチメートルほどはあるだろう。フルネームは覚えていないが、確か花岡さんという名前だったはず。ゆるい天然パーマの髪を男子と見間違うくらいに短くした真面目そうな生徒だ。入学してから真面目な印象のあった彼女だが、最近はよくピリピリしていて不機嫌そうにしている瞬間が多いように思う。

 私も特に仲がいいというわけでもないので何があったか事情を聞くこともしていなかったが、今日は素直に怖いとさえ思えた。

「なんとか言えよ!」

 そう言う花岡さんに突き飛ばされた女子はずっと黙って視線を外している。花岡さんほどではないが百七十センチメートル近い高身長。名前は確か二宮さんだったか。入学当初は肩にかからないくらいのショートカットにしていたけれど、それから三か月伸び続けて今は一本結びのおさげにしている。最近花岡さんの機嫌が悪いときは大体側に彼女がいるように思える。

 なんとか言えと言われた二宮さんがそのまま黙り続けていると、花岡さんは手に持っていた筆箱を投げつけた。二人の距離は三メートルくらい離れており、投げられた筆箱は二宮さんが持っていたノートで防がれて地面に落ちる。それでも二宮さんは無言を続けていた。近くにいた生徒は触らぬ神に祟りなしとでもいった感じで止めるどころか近寄りもしない。比較的離れていた私は机にうなだれたまま遠目に様子を伺うだけ。冷たい人間だと思われても仕方ないかもしれないが、ほとんど話をしたこともないクラスメイトのために自ら身の危険があるようなことに頭は突っ込めない。智子のときでさえ何もできなかったというのにほとんど赤の他人の荒れているクラスメイトに声をかけるなんてできない。

 今なら智子が何かされていたら声をかけに行くくらいはできると思うけれど、それは智子だからだ。他の人には流石に無理。そう頭の中で言い訳をしていると、花岡さんが手に持っているノートや教科書を全て投げつけた。そして、投げるものが無くなった彼女は近くの教師用の実験台の上に置いてあった小さなサボテンを手に取ると、あろうことかそのまま二宮さんに投げつけたのだ。

 ノートで防がれた小さなサボテンの鉢は、そのまま地面に落ちて割れてしまった。その甲高い音は一瞬体が硬直するような緊張を生む。それと同時に私は生田先生が悲しむと思って立ち上がってサボテンの元へと近寄ろうとした。しかしそれよりも早くその場の二人に声をかけたのは、教室に入って来たばかりの生田先生だった。

「あなたたち何をしているのですか?」

 花岡さんは乱暴に散らばった勉強道具を拾ってから不機嫌さを隠すことなく足早にその場を去ろうとする。しかし、生田先生は普段出さない大きな声を上げて制止する。

「待ちなさい!」
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