春風のインドール

色部耀

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クラスメイト 花岡 二宮

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 苛立ちを隠せない花岡さんも流石にその声に足を止めると反抗的な目を生田先生に向ける。身長こそ生田先生の方が少し高いが、肩幅などは花岡さんの方が広く迫力がある。しかし睨み付けるように花岡さんの目を見る生田先生は一筋の涙を流していた。感情なんてものはないような顔をし続けていた生田先生が涙を流した。私はその状況に混乱しつつも離れた位置で立ったまま目を向け続ける。

「あなたたち二人の間にどんな問題があったのかは分かりません。物を投げ、衝動的な破壊欲求を持ってしまうほどにストレスを抱えてしまっていたのは間違いないのでしょう。しかし私はその破壊欲求を生きているものにだけは向けて欲しくありませんでした。物を投げつけた相手である彼女のことはもちろん。このサボテンにだって」

 生田先生はそう言いながらすでに床に落ちたサボテンを拾って鉢と土をいくらかかき集めていた。それはもう悲しそうな表情で。

「あなたが苛立ちを覚えている理由は何も知らない私には理解できない大切なことだったのかもしれません。しかしそれと同時にこのサボテンだって何も知らないあなたには理解できないほど私にとって大切な存在だったのです。植え替えればどうにか命は繋ぐこともできそうで安心しましたが、それでも傷ついているのです。サボテンも私も」

 大切そうに両手でサボテンを包み込んでいる生田先生は真剣に話し続ける。花岡さんもその言葉は真面目に聞いているようで、態度こそ不機嫌そうではあるが反抗するようなことはなさそうに見えた。

「……今日の授業は自習にします。二人は今日の放課後四時、生物準備室に来るように」

 生田先生はそう言うと静かに生物室から出て行ってしまった。いつも理知的で自分本位の行動を取る印象のない生田先生が授業を放棄するような形でその場から去って行ったことが私には驚きだった。教室は静まり返っていて、誰も花岡さんを非難するでもなくただただ唖然としている状態だった。私以外の生徒の目から見ても生田先生は物静かで大人しい先生というイメージだったように思う。だからこそそんな先生が感情的に話をして感情的な行動を取ったことに理解が追いつかないのだろう。ただ、私は生田先生がいつも大切そうにサボテンに水をあげていたことだけは知っていた。

 だからか、私は自習になってしまった授業のことよりも生田先生のことの方が心配で気になってしまった。生物室では各々好きなことを始めている。スマホで遊ぶ人やおしゃべりに夢中になる人、元から授業中にやろうと思って持ってきていたのか他の授業の宿題をやっている人もいる。花岡さんと二宮さんは違うテーブルに分かれており近寄ろうともしていない。私はそんな中こっそりと生物室を抜け出して、廊下側から入れる生物準備室の扉を開けた。生田先生がいるのは生物準備室か学内の畑か。自習とはいえ授業中なので畑のような遠い場所に行くことはないだろうと踏んで生物準備室に来てみたのだけれど、予想通り生田先生はそこにいた。

「生田先生……。その、大丈夫ですか?」

 生田先生は六人用の古い実験台を流用した机でサボテンを新しい鉢に移し替えているところだったが、顔を上げて私を見る。涙は流していないが、もの悲しい雰囲気を出していた。

「痣が残ると思いますが、おそらく大丈夫だと思います。心配して来てくださったのですか?」

 私が大丈夫かと聞いたのは生田先生のことだったのだけれど、先生はサボテンが大丈夫だったのかと聞かれたと思ったらしく、サボテンの安否について教えてくれた。その応対からサボテンが無事ならば生田先生も大丈夫なのだろうと察した。丁寧に砂を詰め終えた生田先生はデスクまで行って椅子に座るとサボテンを置いて大きく溜息をついた。

「私も未熟な心の持ち主ですね。思春期で不安定な生徒の行動に対して自分も感情的になってしまうとは教師としてやってはいけないことだったと反省しています」

 生田先生はそう言って椅子を回転させると窓から遠くを眺めていた。生物準備室はエアコンが効いており窓は締め切られていて風は入って来ない。窓の外には住宅街。そして遠くには小さな山が点々と見える。青空のおかげで少しは生田先生の気持ちも晴れてくれればと思えるほどに天気も良い。

「生田先生も感情的になることがあると知れて良かったです。でも、擁護するわけではないんですけどサボテンを投げた花岡さんも入学直後はただ真面目に部活に励む女の子だったんです。ゴールデンウィーク明けあたりからどんどん機嫌が悪い日が増えてピリピリしてたんです。何か理由があるとは思うんですけど……」

 私の話を聞いて生田先生はしばらく返事もせずにそのまま私に背中を向けたままだった。生徒だからとはいえ自分の大切にしている物を傷つけられたことをそう易々と許せないとは思う。少なからず憎しみのようなものが芽生えていてもおかしくない。そんな相手を擁護するようなセリフを聞いたら、複雑な気持ちにもなるだろう。

「なにか……理由があるのでしょうね」

 生田先生は私の方も向かずにそう呟く。そしてゆっくり椅子を回転させてデスクの方へと向き直ると考えるように目を瞑った。そういえば以前考えるのが好きとかなんとか言っていたような気がする。

「少し……理由を探って考えてから放課後に話を伺いましょうか。そうですね……。花岡さんと仲の良い生徒に授業が終わったら少し残ってもらうように言いたいのですが、どなたかご存知ですか?」

 そう言われて私は直ぐに一人の人物が頭に浮かんだ。学級委員長の上野亜紀――。一緒に園芸部に入った上野真紀の双子の姉だ。亜紀の方とは相変わらずほとんど話したことはないけれど、遠目から見た印象だと真紀とよく似ているように思える。

「クラスの中だと学級委員長の上野亜紀さんが話をしている人たちの中で一番そういった話を聞いてそうです」

「上野亜紀さん……。真紀さんの双子のお姉さんですね。学級委員長であれば話を伺うのも自然かもしれませんね。分かりました。では授業終わりに声をかけてみましょう」

 生田先生の力強い言葉に私は安心感を覚えた。流石に今回は亜紀さんから話を聞いている場所に居合わせるのは不自然だと思うのでその場にいたいとまでは言わないが、気にはなる。なので、昼食を終えたら一度生田先生に話を聞きに来ようと心に決めたのだった。
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