春風のインドール

色部耀

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私 細川卯月

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 お母さんの言葉で生田先生はようやく靴を脱いだ。爪先に少し土の付いた革靴は多分学校内でも生田先生だけの特徴だろうと思う。毎日畑の世話をしている証拠だ。脱いだ靴を揃えて置くと、お母さんについてリビングへと向かう。突然のことではあるが、不快な表情一つ見せずに対応をするお母さんは格好良くもある。幼い頃に何度かお母さんが働く調剤薬局に行ったことがあったが、そのときに感じた格好良さを思い出した。

「コーヒーで大丈夫ですか?」

「いえ、お構いなく。家庭訪問では飲み物は頂かないことにしていますので。申し訳ありません」

「そうですか。どうぞお座りください」

「失礼します」

 リビングにある四人掛けのテーブル。先程お母さんが座っていた席に生田先生が座る。お父さんの正面の位置だ。お母さんは生田先生が座ったのを確認してお父さんの隣に座った。

「卯月も座りなさい」

 立ったままぼんやりと三人の様子を見て居た私にお母さんが言う。必然的に私は余っている生田先生の隣に座った。なぜだか生田先生の隣に座ることが多い気がする。

「ええと……今日お越しいただいたのは……?」

 お母さんがそう切り出したところで生田先生も答える。私のことを助けようとしてくれているとは言ってもどうするつもりなのだろう……。

「形式ばった言い方をさせていただくとするならば、卯月さんのメンタルケアといったところでしょうか。とても思いつめた様子でしたので」

「やっぱり……。卯月の今の顔を見たらなんとなく分かります。でも今までずっと何も文句ひとつ言わなかったから」

 今の私はそんなに分かりやすい顔をしているのだろうか――。そんなことより、お母さんがそう言って深い溜息をつく様子を見てとても胸が苦しくなった。ただでさえ離婚で大変なのに余計な労力を使わせてしまったのかもしれない……。生田先生の申し出は断っておくべきだったのだろうか……。

「それでも先生。うちの問題についてはもう決めたことですので」

「はい。私もご家庭の――夫婦の関係をどうこうして欲しいと思って足を運んだわけではありません。ただ、ご両親に遠慮して我慢してため込んでしまったせいで上手く自分の言葉を伝えられなくなってしまった卯月さんの背中を押してあげたいと思っているだけです」

「まあ、卯月も思春期だし色々自分の中で悩むこともあるんだろう。若いんだから普通普通」

 生田先生の話の後に口を開いたのはお父さんだった。しかしすぐさまお母さんがそれに対して苦言を呈する。

「お父さん適当なこと言わないで」

 お母さんのその言葉には棘があり、いつもなら大声で喧嘩が始まるところだ。お父さんは今言い返すと先生に悪いと思っているのだろう。フンと鼻を鳴らして言葉を返すことはなかった。

「卯月。やっぱりお父さんとお母さんが別れるっていうのが嫌なの?」

 今度は棘のない優しい言い方で私に問いかける。お母さんは今までそうしたことを私に聞いたことはなかった。私も意見したことはなかったので当然かもしれないけれど……。生田先生がわざわざこうして私が話せる場を作ろうとしてくれたのだ。ちゃんと言おう……ちゃんと話そう……。そう思っているのにどうしても口が開かなかった。

 考えた末に出ている結論として、離婚そのものは仕方ないと納得している。それで二人が幸せになれるのなら構わない。

「二人が決めたならそれでいい」
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