7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
106 / 225
第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編

8.8 ジャンヌとリッシュモン大元帥(1)

しおりを挟む
 6月までに軍資金のめどが立ち、ランス行軍の本隊を準備している間に、オルレアン包囲戦の残党掃討とルート確保を目的とする軍事作戦が始まった。
 ジャンヌは私を残しておなじみの戦友たちと旅立ち、またしても素晴らしい働きを見せた。

「進め、進め!! 降伏しないイングランド兵はすりつぶせ!!!」

 アランソン公はジャンヌ信者だったが、性急すぎると不安を感じて引き止めようとした。

「私のが行けと言ってるんです! 行きなさい公爵さま!!」
「ジャンヌは恐れというものを知らないのか?」
「はぁ?! 死ぬことが怖いの?」

 ジャンヌの異様な剣幕に気圧されて、アランソン公は声に詰まった。

「公爵さまは死にませんよ。あなたの奥様が夫を信じて祈っている限り、絶対に死なないから。だから、余計なことは考えないで! 勇気を出して進みなさい!!」

 何かに取り憑かれたかのようにフランス軍は進撃し、イングランド兵500人を殺害した上、興奮が冷めやらぬ間に町々で略奪を働き、戦利品をオルレアンに運んで復興事業の足しにした。

 一方、フランス軍の損害は死傷者を含めてわずか20人。
 ジャンヌ・ラ・ピュセルが本格的に畏怖されるようになったのは、この頃からだろう。

 なぜ、ジャンヌはそれほどまでに急ぐのか。
 私が思うに、当初よりも増えてしまった目的と誓いをすべて実現するには、途方もない時間がかかると気づいて焦っていたのかもしれない。ジャンヌの信念はあまりにも強すぎて、「途中で諦める」選択肢がなかった。





 6月21日の夕方、ロワール川流域にあるジアンの修道院でジャンヌと再会した。

「やさしい王太子さま、オルレアンからここまで見ましたか? イングランド兵は一人もいなかったでしょう?」

「活躍は聞いているよ。大義であった」

「あと少しです。王太子さまから奪ったものも、オルレアンから奪われたものもぜーんぶ返してもらいましょうね!」

 ジャンヌは私に誉めて欲しいのだと気づいていたが、私は手放しで喜べなくて、複雑な気分でいつもの決まり文句を言うことしかできなかった。

 デュノワとアランソン公からすでに報告を伝え聞いている。
 前者は落ち着いた内容で、後者は情緒的な内容だ。

 ジャルジョーの戦い。
 モン・シュル・ロワールの戦い。
 ボージャンシーの戦い。
 パテーの戦い。

 6月11日から18日まで、わずか一週間で4戦全勝だ。
 称賛しないわけにいかないが、なりふり構わない軍事行動にあやうさを感じ始めていた。ジャンヌを聖女と崇めて盲信する信者が急拡大しているのも懸念材料のひとつだ。

「あ、そうだ! あの人に会いましたよ!」

 私の態度がそっけないと感じ取ったのか、ジャンヌは少し逡巡すると自分から話を広げようとした。

「聞きたかったんです。王太子さまがあの人をどう思っているのかを」

「何のことだ?」

「あの人が来たとき、アランソン公とジル・ド・レは『王様に嫌われているから』と言って追い出そうとしたんですけど、デュノワとブサック元帥は『一番頼りになる味方だ』と言ってました。王太子さまの本心はどっちなんですか?」

 ジャンヌはあの無垢な瞳で、私の表情を覗きこむ。

「ええと、あの人の名前は何だったかな」
「アルテュール・ド・リッシュモン大元帥が会いに来たのか?」
「そうそう、その人です!」

 オルレアン包囲戦の初期に別れて以来、半年ほど消息不明だったが、リッシュモンは援軍のブルターニュ兵を1000人ほど率いてジャンヌがいるフランス軍に近づき、いきなり共闘を申し入れた。

 王も大侍従も不在とはいえ、軍の中にも派閥の関係者は多数いる。
 宮廷の派閥闘争の影響は避けられず、リッシュモンを受け入れるか拒否するかで意見が分かれた。

 最終的に、ジャンヌの「会ってみたい」意向が採用された。
 もともと大侍従配下だったジル・ド・レはもちろん、アランソン公も大侍従派のようだが、ジャンヌの意見の前では、自分の意思を曲げることも厭わない。アランソン公の「ジャンヌ信仰」はかなりのものだ。

「私が大元帥をどう思っているかはともかく……」
「えぇ~、興味があったのに!」

 私は表情を崩さないまま、ジャンヌに「リッシュモンの第一印象を聞かせてほしい」と頼んだ。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...