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第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編
8.8 ジャンヌとリッシュモン大元帥(1)
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6月までに軍資金のめどが立ち、ランス行軍の本隊を準備している間に、オルレアン包囲戦の残党掃討とルート確保を目的とする軍事作戦が始まった。
ジャンヌは私を残しておなじみの戦友たちと旅立ち、またしても素晴らしい働きを見せた。
「進め、進め!! 降伏しないイングランド兵はすりつぶせ!!!」
アランソン公はジャンヌ信者だったが、性急すぎると不安を感じて引き止めようとした。
「私の声が行けと言ってるんです! 行きなさい公爵さま!!」
「ジャンヌは恐れというものを知らないのか?」
「はぁ?! 死ぬことが怖いの?」
ジャンヌの異様な剣幕に気圧されて、アランソン公は声に詰まった。
「公爵さまは死にませんよ。あなたの奥様が夫を信じて祈っている限り、絶対に死なないから。だから、余計なことは考えないで! 勇気を出して進みなさい!!」
何かに取り憑かれたかのようにフランス軍は進撃し、イングランド兵500人を殺害した上、興奮が冷めやらぬ間に町々で略奪を働き、戦利品をオルレアンに運んで復興事業の足しにした。
一方、フランス軍の損害は死傷者を含めてわずか20人。
ジャンヌ・ラ・ピュセルが本格的に畏怖されるようになったのは、この頃からだろう。
なぜ、ジャンヌはそれほどまでに急ぐのか。
私が思うに、当初よりも増えてしまった目的と誓いをすべて実現するには、途方もない時間がかかると気づいて焦っていたのかもしれない。ジャンヌの信念はあまりにも強すぎて、「途中で諦める」選択肢がなかった。
*
6月21日の夕方、ロワール川流域にあるジアンの修道院でジャンヌと再会した。
「やさしい王太子さま、オルレアンからここまで見ましたか? イングランド兵は一人もいなかったでしょう?」
「活躍は聞いているよ。大義であった」
「あと少しです。王太子さまから奪ったものも、オルレアンから奪われたものもぜーんぶ返してもらいましょうね!」
ジャンヌは私に誉めて欲しいのだと気づいていたが、私は手放しで喜べなくて、複雑な気分でいつもの決まり文句を言うことしかできなかった。
デュノワとアランソン公からすでに報告を伝え聞いている。
前者は落ち着いた内容で、後者は情緒的な内容だ。
ジャルジョーの戦い。
モン・シュル・ロワールの戦い。
ボージャンシーの戦い。
パテーの戦い。
6月11日から18日まで、わずか一週間で4戦全勝だ。
称賛しないわけにいかないが、なりふり構わない軍事行動にあやうさを感じ始めていた。ジャンヌを聖女と崇めて盲信する信者が急拡大しているのも懸念材料のひとつだ。
「あ、そうだ! あの人に会いましたよ!」
私の態度がそっけないと感じ取ったのか、ジャンヌは少し逡巡すると自分から話を広げようとした。
「聞きたかったんです。王太子さまがあの人をどう思っているのかを」
「何のことだ?」
「あの人が来たとき、アランソン公とジル・ド・レは『王様に嫌われているから』と言って追い出そうとしたんですけど、デュノワとブサック元帥は『一番頼りになる味方だ』と言ってました。王太子さまの本心はどっちなんですか?」
ジャンヌはあの無垢な瞳で、私の表情を覗きこむ。
「ええと、あの人の名前は何だったかな」
「アルテュール・ド・リッシュモン大元帥が会いに来たのか?」
「そうそう、その人です!」
オルレアン包囲戦の初期に別れて以来、半年ほど消息不明だったが、リッシュモンは援軍のブルターニュ兵を1000人ほど率いてジャンヌがいるフランス軍に近づき、いきなり共闘を申し入れた。
王も大侍従も不在とはいえ、軍の中にも派閥の関係者は多数いる。
宮廷の派閥闘争の影響は避けられず、リッシュモンを受け入れるか拒否するかで意見が分かれた。
最終的に、ジャンヌの「会ってみたい」意向が採用された。
もともと大侍従配下だったジル・ド・レはもちろん、アランソン公も大侍従派のようだが、ジャンヌの意見の前では、自分の意思を曲げることも厭わない。アランソン公の「ジャンヌ信仰」はかなりのものだ。
「私が大元帥をどう思っているかはともかく……」
「えぇ~、興味があったのに!」
私は表情を崩さないまま、ジャンヌに「リッシュモンの第一印象を聞かせてほしい」と頼んだ。
ジャンヌは私を残しておなじみの戦友たちと旅立ち、またしても素晴らしい働きを見せた。
「進め、進め!! 降伏しないイングランド兵はすりつぶせ!!!」
アランソン公はジャンヌ信者だったが、性急すぎると不安を感じて引き止めようとした。
「私の声が行けと言ってるんです! 行きなさい公爵さま!!」
「ジャンヌは恐れというものを知らないのか?」
「はぁ?! 死ぬことが怖いの?」
ジャンヌの異様な剣幕に気圧されて、アランソン公は声に詰まった。
「公爵さまは死にませんよ。あなたの奥様が夫を信じて祈っている限り、絶対に死なないから。だから、余計なことは考えないで! 勇気を出して進みなさい!!」
何かに取り憑かれたかのようにフランス軍は進撃し、イングランド兵500人を殺害した上、興奮が冷めやらぬ間に町々で略奪を働き、戦利品をオルレアンに運んで復興事業の足しにした。
一方、フランス軍の損害は死傷者を含めてわずか20人。
ジャンヌ・ラ・ピュセルが本格的に畏怖されるようになったのは、この頃からだろう。
なぜ、ジャンヌはそれほどまでに急ぐのか。
私が思うに、当初よりも増えてしまった目的と誓いをすべて実現するには、途方もない時間がかかると気づいて焦っていたのかもしれない。ジャンヌの信念はあまりにも強すぎて、「途中で諦める」選択肢がなかった。
*
6月21日の夕方、ロワール川流域にあるジアンの修道院でジャンヌと再会した。
「やさしい王太子さま、オルレアンからここまで見ましたか? イングランド兵は一人もいなかったでしょう?」
「活躍は聞いているよ。大義であった」
「あと少しです。王太子さまから奪ったものも、オルレアンから奪われたものもぜーんぶ返してもらいましょうね!」
ジャンヌは私に誉めて欲しいのだと気づいていたが、私は手放しで喜べなくて、複雑な気分でいつもの決まり文句を言うことしかできなかった。
デュノワとアランソン公からすでに報告を伝え聞いている。
前者は落ち着いた内容で、後者は情緒的な内容だ。
ジャルジョーの戦い。
モン・シュル・ロワールの戦い。
ボージャンシーの戦い。
パテーの戦い。
6月11日から18日まで、わずか一週間で4戦全勝だ。
称賛しないわけにいかないが、なりふり構わない軍事行動にあやうさを感じ始めていた。ジャンヌを聖女と崇めて盲信する信者が急拡大しているのも懸念材料のひとつだ。
「あ、そうだ! あの人に会いましたよ!」
私の態度がそっけないと感じ取ったのか、ジャンヌは少し逡巡すると自分から話を広げようとした。
「聞きたかったんです。王太子さまがあの人をどう思っているのかを」
「何のことだ?」
「あの人が来たとき、アランソン公とジル・ド・レは『王様に嫌われているから』と言って追い出そうとしたんですけど、デュノワとブサック元帥は『一番頼りになる味方だ』と言ってました。王太子さまの本心はどっちなんですか?」
ジャンヌはあの無垢な瞳で、私の表情を覗きこむ。
「ええと、あの人の名前は何だったかな」
「アルテュール・ド・リッシュモン大元帥が会いに来たのか?」
「そうそう、その人です!」
オルレアン包囲戦の初期に別れて以来、半年ほど消息不明だったが、リッシュモンは援軍のブルターニュ兵を1000人ほど率いてジャンヌがいるフランス軍に近づき、いきなり共闘を申し入れた。
王も大侍従も不在とはいえ、軍の中にも派閥の関係者は多数いる。
宮廷の派閥闘争の影響は避けられず、リッシュモンを受け入れるか拒否するかで意見が分かれた。
最終的に、ジャンヌの「会ってみたい」意向が採用された。
もともと大侍従配下だったジル・ド・レはもちろん、アランソン公も大侍従派のようだが、ジャンヌの意見の前では、自分の意思を曲げることも厭わない。アランソン公の「ジャンヌ信仰」はかなりのものだ。
「私が大元帥をどう思っているかはともかく……」
「えぇ~、興味があったのに!」
私は表情を崩さないまま、ジャンヌに「リッシュモンの第一印象を聞かせてほしい」と頼んだ。
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