7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
107 / 225
第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編

8.9 ジャンヌとリッシュモン大元帥(2)

しおりを挟む
 フランス大元帥でありながら、リッシュモンは本来なら配下に収めているはずのフランス軍にわざわざ「共闘」を申し入れた。これほど下手に出たというのに、部外者のように扱われて長時間待たされた。

 フランス軍の構成は、オルレアン包囲戦から引き継いだ形だった。
 オルレアン公(シャルル・ドルレアン)の代理として、異母弟のデュノワが中心的な指揮系統を担っていたが。

「結局、は包囲戦で勝ち切れなかった。私とジャンヌの援軍がなければ勝利はあり得なかった。そうでしょう?」

 デュノワの「私生児」という出自は侮られやすい。
 代わりに、オルレアン公の娘婿アランソン公が発言権を強めていた。
 リッシュモンを受け入れるかどうかでも、この二人は意見が分かれた。
 ジャンヌの同意がなければ、リッシュモンの共闘申し入れは拒絶されただろう。

「よく来てくれました。王太子さまの味方なら、いつでも誰でも歓迎しますよ」

 ようやく陣地に迎え入れられたものの、アランソン公はまともに挨拶するつもりはないようで、ジャンヌが素朴な身振りと言葉づかいで歓迎の意を示した。

「お嬢さんがあのジャンヌ・ラ・ピュセルか」
「わあ、あたしのこと知ってるんですか!」

 以前、思いがけずオルレアンで出会ったことからもわかるが、リッシュモンはフランス軍の動向から離れているように見えて、意外と情報収集に余念がない。
 アランソン公をはじめ顔見知りの幹部たちには見向きもしないで、初対面のジャンヌに対してずいぶんひどいことを——ある意味、とてもリッシュモンらしいのだが——言い放った。

「お嬢さんは神から遣わされたそうだが、それが真実かどうか私にはわからない。もし真実だとしても、私がお嬢さんを畏怖することはないだろう。神は私の心が正しく、清廉潔白であることをご存知だからだ」

 さらに、淡々と冷徹な言葉を続けた。

「もしお嬢さんが悪魔から遣わされたなら、さらに恐れない。私は邪悪な罪人を……、特に陛下に仇なす逆臣たちを何人も処刑してきた実績がある」

 王をかどわかしているなら処刑も辞さない、と警告したのだ。
 もしかしたら、リッシュモンが突然現れて共闘を申し入れたのは、実際にジャンヌと対面して正体を見極めるための口実だったのかもしれない。

 アランソン公は、リッシュモンの参戦をしぶしぶ認めたが、

「それくらいにしましょう」

 敬愛するジャンヌが脅されているのを見て、黙っていられなくなった。
 愛する女性の名誉を守るために戦うのは貴公子のステータスだ。

「あとは私が話すから、ジャンヌは下がってて」

 もともと、アランソン公はどんな女性にも親切な優男だったが、ジャンヌには格別優しかった。リッシュモンの暴言を見過ごすことはできない。

「大元帥閣下は経験豊かな方ですから、当然ご存知ですよね? 入隊したばかりの新参者は、徹夜で見張りをするのが慣わしです。やっていただきましょう」

 その場に居合わせた兵たちは、国王に次ぐ権威を持つ大元帥を新兵扱いすることに驚いた。アランソン公はわざと嫌がらせをして、リッシュモンが怒って出ていくように仕向けたかったのだろうか。ジャンヌは軍の慣例にうといため、この件に口を挟むことはなかった。

「ブルターニュからロワール川をさかのぼる強行軍で、さぞ疲れているでしょうが……。例外は認めません」

「承知した」

 リッシュモンは慣例を受け入れて、一晩中、寝ずの番をすることになった。
 副官グリュエルとブルターニュ兵は、大元帥を侮辱するような命令を受けて不満を抱いただろうが、リッシュモンに従うほかなかった。

 この夜、リッシュモンがアランソン公の嫌がらせを黙って受け入れたおかげで、連日連夜戦い続けていた兵士たちは、一晩ゆっくり休むことができた。ささやかな出来事だが、これもまたフランス軍の快進撃が成功した一因だろう。





 夜間の警戒中、敵方に目立った動きはなかったが、内部ではリッシュモンに近づく影があった。

「こんばんは」
「ジャンヌ・ラ・ピュセル……」
「あたしも付き合います。少しおしゃべりでもしませんか」

 ジャンヌは返事を待たずに、松明を立てかけると対面に座った。

「聞きたいことがあるんです」

 差し入れにパンのかけらと干し肉を少々、ワイン入りの革袋を持ってきたが、リッシュモンは警戒しているのか手を付けなかった。

「王太子さまのこと、どう思ってるんですか?」
「なぜ、そんなことを聞く?」

「だって、あたしはあなたのことをよく知らない。ある人は『王太子さまに嫌われている』と言ってて、別の人は『一番信頼できる人だ』と言ってる……。でもね、さっきのあなたを見てあたしは確信したの」

 アランソン公の短絡的な考えとは裏腹に、ジャンヌはリッシュモンの一連の振る舞いを見て「大元帥は正しい人」だと認識したのだった。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...