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第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編
8.15 パテーの戦い(1)
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ランスへ向かう前に、リッシュモンとジャンヌが共闘したパテーの戦いに触れておこう。
デュノワとブサック元帥、ラ・イルとザントライユ、アランソン公にジル・ド・レなど、フランス軍でなじみの人物たちが活躍するエピソードを飛ばして、先に進むわけにいかない。
リッシュモン率いるブルターニュ軍が合流した翌日。
ジャルジョー、モン・シュル・ロワール、ボージャンシーの戦いを経て、パリ街道に沿ってイングランド軍の残党を追いかけた。
フランス軍の編成は、デュノワとブサック元帥が前衛軍を率い、野戦が得意で臨機応変に対応できるラ・イルが哨戒を務め、リッシュモンとアランソン公が弓兵を率いて後に続いた。
はじめ、ジャンヌは前衛軍の先頭で指揮官をやりたがったが、アランソン公に「危険すぎる」と止められ、次に希望したのがリッシュモンの近くだった。
すでに述べたように、リッシュモンとアランソン公は折り合いが悪かったが、前夜の一件以来、ジャンヌはリッシュモンを気に入って「大元帥の勇姿」を見たがった。
「今日は絶対にいいことがありますよ!」
「本当かい、ジャンヌ?」
「あたしの声を信じてください」
「もちろんだとも」
アランソン公は、リッシュモンに対する敵意よりもジャンヌへの好意のほうが上回るようで、どんなときでもジャンヌに付き従った。後衛軍にはジル・ド・レとゲクランの孫が布陣している。
いつものイングランド軍なら、馬防柵を張り巡らせて防御主体の陣形を敷き、フランス軍を待ち伏せているのが定石だ。しかし、この日は昼過ぎになっても敵軍の影どころか気配すら見つからない。
「奴ら、逃げ切ったのか?」
ここまでずっと平野だったが、ゆるやかな下り坂に差し掛かった。
辺りは森に覆われた窪地になっていて、さらにその先は上り坂だ。
地平線の彼方に、パテーと呼ばれる小さな町の鐘楼が見える。
「町まで進軍して、敵が見つからなければ引き上げよう」
「窪地に入ると視界が悪い。この高台でいったん休憩しましょう」
午後二時をまわり、そろそろ兵士たちの士気を上げる必要があった。
兵站は十分に用意していたが、ラ・イルとザントライユは物足りなかったようで、森に侵入して鹿狩り競争を始めた。
「ひゃっはーーーー! 俺様大勝利の予感がするぜ!」
「うるさい」
ラ・イルの後ろ姿を見送ると、ザントライユは馬の本能に身を任せ、クロスボウ片手にゆっくりと窪地を下った。予想通り、しばらくすると森の奥がざわめき、野生の獣の匂いと足音が近づいてきた。しかも1匹ではなく、群れを引き連れているようだ。
「ふっ、きょうは俺の勝ちだ……!」
気配を消し、クロスボウに矢をつがえて構えていると、すぐに若い牡鹿が突進してきた。一撃目を受けても脚力は衰えず、小高い生垣をしなやかに跳躍した。しかし、ザントライユは複数の矢を器用につがえて、二撃目、三撃目を放つ。
「逃がさん!」
この日のザントライユはとても運が良かった。極大の幸運といっていい。
「め、めしー! 待てーーーー!!」
「鹿肉よこせーーーー!!!」
「うわぁ、あんた誰?!」
「急に止まるな!」
なんと、逃げる鹿の後ろからさらに大きな獲物が——、腹ペコのイングランド兵の集団が次から次へと飛び出してきたのだ!
オルレアンから敗走中の残党か、脱走した兵なのか。腹ペコ兵士たちは晩餐予定の鹿肉を血眼で追いかけていたが、てんでバラバラで統率に欠け、兵士らしい勇気も秩序も失っていた。
ふいに出くわした相手に驚き、完全武装したフランス軍の追っ手だと認識すると、盛大な悲鳴をあげて、散り散りになって逃げ出した。
高台で休憩中だったフランス軍は、悲鳴のこだまを聞くと、すぐに武器を取って窪地の狩り場へ突入した。
「うおおおおお、豊作だーーー!!」
「狩り放題じゃねえかーーーー!!!」
窪地の森の中には、イングランド軍の歩兵ばかりが800人ほど潜んでいて、なすすべなく打ち破られた。一方的な戦いだったが、リッシュモンが参加している影響もあってか、虐殺や略奪は起きなかった。
「ずりーぞ、ザントライユ!!」
「日頃の行いだ」
ラ・イルが仕留めた獲物は、牡鹿1頭と雉1羽。
ザントライユが仕留めた獲物は、イングランド兵800人。
読者諸氏は、狩り競争の勝者はどちらだと思うだろうか。
なお、パテーの戦いにおける最大の獲物は、イングランド軍総司令官ソールズベリー伯の後任についたばかりのジョン・タルボットだった。
デュノワとブサック元帥、ラ・イルとザントライユ、アランソン公にジル・ド・レなど、フランス軍でなじみの人物たちが活躍するエピソードを飛ばして、先に進むわけにいかない。
リッシュモン率いるブルターニュ軍が合流した翌日。
ジャルジョー、モン・シュル・ロワール、ボージャンシーの戦いを経て、パリ街道に沿ってイングランド軍の残党を追いかけた。
フランス軍の編成は、デュノワとブサック元帥が前衛軍を率い、野戦が得意で臨機応変に対応できるラ・イルが哨戒を務め、リッシュモンとアランソン公が弓兵を率いて後に続いた。
はじめ、ジャンヌは前衛軍の先頭で指揮官をやりたがったが、アランソン公に「危険すぎる」と止められ、次に希望したのがリッシュモンの近くだった。
すでに述べたように、リッシュモンとアランソン公は折り合いが悪かったが、前夜の一件以来、ジャンヌはリッシュモンを気に入って「大元帥の勇姿」を見たがった。
「今日は絶対にいいことがありますよ!」
「本当かい、ジャンヌ?」
「あたしの声を信じてください」
「もちろんだとも」
アランソン公は、リッシュモンに対する敵意よりもジャンヌへの好意のほうが上回るようで、どんなときでもジャンヌに付き従った。後衛軍にはジル・ド・レとゲクランの孫が布陣している。
いつものイングランド軍なら、馬防柵を張り巡らせて防御主体の陣形を敷き、フランス軍を待ち伏せているのが定石だ。しかし、この日は昼過ぎになっても敵軍の影どころか気配すら見つからない。
「奴ら、逃げ切ったのか?」
ここまでずっと平野だったが、ゆるやかな下り坂に差し掛かった。
辺りは森に覆われた窪地になっていて、さらにその先は上り坂だ。
地平線の彼方に、パテーと呼ばれる小さな町の鐘楼が見える。
「町まで進軍して、敵が見つからなければ引き上げよう」
「窪地に入ると視界が悪い。この高台でいったん休憩しましょう」
午後二時をまわり、そろそろ兵士たちの士気を上げる必要があった。
兵站は十分に用意していたが、ラ・イルとザントライユは物足りなかったようで、森に侵入して鹿狩り競争を始めた。
「ひゃっはーーーー! 俺様大勝利の予感がするぜ!」
「うるさい」
ラ・イルの後ろ姿を見送ると、ザントライユは馬の本能に身を任せ、クロスボウ片手にゆっくりと窪地を下った。予想通り、しばらくすると森の奥がざわめき、野生の獣の匂いと足音が近づいてきた。しかも1匹ではなく、群れを引き連れているようだ。
「ふっ、きょうは俺の勝ちだ……!」
気配を消し、クロスボウに矢をつがえて構えていると、すぐに若い牡鹿が突進してきた。一撃目を受けても脚力は衰えず、小高い生垣をしなやかに跳躍した。しかし、ザントライユは複数の矢を器用につがえて、二撃目、三撃目を放つ。
「逃がさん!」
この日のザントライユはとても運が良かった。極大の幸運といっていい。
「め、めしー! 待てーーーー!!」
「鹿肉よこせーーーー!!!」
「うわぁ、あんた誰?!」
「急に止まるな!」
なんと、逃げる鹿の後ろからさらに大きな獲物が——、腹ペコのイングランド兵の集団が次から次へと飛び出してきたのだ!
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ふいに出くわした相手に驚き、完全武装したフランス軍の追っ手だと認識すると、盛大な悲鳴をあげて、散り散りになって逃げ出した。
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「狩り放題じゃねえかーーーー!!!」
窪地の森の中には、イングランド軍の歩兵ばかりが800人ほど潜んでいて、なすすべなく打ち破られた。一方的な戦いだったが、リッシュモンが参加している影響もあってか、虐殺や略奪は起きなかった。
「ずりーぞ、ザントライユ!!」
「日頃の行いだ」
ラ・イルが仕留めた獲物は、牡鹿1頭と雉1羽。
ザントライユが仕留めた獲物は、イングランド兵800人。
読者諸氏は、狩り競争の勝者はどちらだと思うだろうか。
なお、パテーの戦いにおける最大の獲物は、イングランド軍総司令官ソールズベリー伯の後任についたばかりのジョン・タルボットだった。
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