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【番外編】歴史コラム・資料・作者の覚書など
【資料】中世ヨーロッパの媚薬ワイン:イポクラスのレシピ
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第六章〈ニシンの戦い〉編、『6.3 流行歌・ベッドフォード公は賢い』に登場したこちらの流行歌について。
————————————
Certes le duc de Bedefort
Se sage est, il se tendra
Avec sa femme en ung fort,
Chaudement le mieulx que il porra,
De bon ypocras finera,
Garde son corps, lesse la guerre:
Povre et riche porrist en terre.
「確かに、ベッドフォード公は賢明な方だ
あったかい城塞の中で
かわいい妻を抱きながら
豪華な衣服を身につけながら
うまい甘口ワインを飲みながら
自分の身だけは守りながら
負け戦に火を付ける」
————————————
本文で「甘口ワイン」と訳したイポクラ/ヒポクラス(YpocrasまたはHipocras)は、中世ヨーロッパで好まれたシナモンと砂糖入りのワインのこと。
じつは、媚薬として知られています。
ワインにスパイスと砂糖を投入して加熱……、いわゆるホットワインですね。
薬学的な効能のほか、媚薬の効果もあるとされ大人気だったとか。
オリジナル・レシピは、19世紀に廃れるまで長い間作られていました。
砂糖は薬と考えられており(諸説あり)、スパイスはレシピによって異なります。主なスパイスは、次の通り。
- シナモン
- ジンジャー
- クローブ
- グレイン・オブ・パラダイス(ムクナ豆)
- ロングペッパー
ちなみに、英語のテキストに「砂糖は領主のためのものであり、蜂蜜は民衆のためのものである」と明記されています。
どんな甘味を使うかで、身分がわかるんですね~。
17世紀以降、フランスではスパイス・ワインは一般的に果物(リンゴ、オレンジ、アーモンド)とムスクやアンバーグリス(竜涎香)で調製されるようになりました。
イギリスでは、1723年にミルクとブランデーを使った赤いヒポクラのレシピがあり、この飲み物は中世からエリザベス朝にかけて好まれていました。
また、嗜好品としてだけでなく、消化を助けるために医師が処方することも。
ヨーロッパ中のほとんどの宴会で出されたメニューです。
この酒は、中世中期から後期にかけて特に珍重されました。
悪名高いジル・ド・レ(1405年頃~1440年)が愛飲した酒として知られ、彼は毎日何本も飲み、暴行の前に被害者に飲ませたと伝えられています。
また、フランス王ルイ14世(1643-1715)も愛飲していたことで知られています。
当時、この酒はジャムや果物の保存食と同じように、贈答品として珍重されていましたが、18世紀に廃れて以来、忘れ去られました。
フランスでは、南仏アリエージュ地方とオート・ロワール地方で、ごく少量ではあるものの、現在も生産されています。
18世紀にスペイン人が開発した「サングリア」にインスピレーションを与えた可能性が指摘されています。イポクラスよりもさらに甘口で、サングリアにはシナモン、ジンジャー、ペッパーなどのスパイスがよく使われます。
薬学書や料理本にオリジナルレシピが残っているので、簡単に紹介します。
▼材料
- 赤ワインまたは白ワイン:10ポンド
- シナモン:1オンス半
- クローブ:2スクループル
- カルダモン:4スクループル
- グレイン・オブ・パラダイス(Aframomum melegueta、ムクナ豆):4スクループル
- ジンジャー:3ドラム
- 砂糖:1ポンド半
1)スパイスを粗く砕き、ワインに3~4時間浸す。
2)砂糖1ポンド半を加える。何度か濾過したら出来上がり。
(The Oxford Companion to Sugar and Sweetsから参照)
これらの材料の中で、「媚薬」の効能を期待できるのはムクナ豆。
日本では現在ほとんど生産されてませんが、催淫剤、強壮剤、特に男性の不妊治療薬としてサプリメントが流通しています。パーキンソン病にも効果があるらしい。
ムクナ豆をのぞけば、材料は比較的入手しやすいので自作することもできますね。
効能は、体があたたまるホットワイン程度でしょうけど。
(⚠️作者の覚書:単位について)
ポンド(lb):体積・質量の単位。約450グラム。
ドラム(dram):ヤード・ポンド法の体積・質量の単位。体積の1ドラムは液体の計量に用いられ、1/8液量オンス。液量オンスの値がイギリスとアメリカで異なるため、ドラムの値も異なる。3.6ミリリットル。1.77グラム。
オンス(OZ):ヤード・ポンド法の質量の単位。約28グラム
スクループル(scruple):ヤード・ポンド法の質量の単位。薬量に用いる。
1スクループル=1/3薬量ドラム=1/24オンス=1.296グラム。
直訳すると良心の呵責、罪の意識。
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Certes le duc de Bedefort
Se sage est, il se tendra
Avec sa femme en ung fort,
Chaudement le mieulx que il porra,
De bon ypocras finera,
Garde son corps, lesse la guerre:
Povre et riche porrist en terre.
「確かに、ベッドフォード公は賢明な方だ
あったかい城塞の中で
かわいい妻を抱きながら
豪華な衣服を身につけながら
うまい甘口ワインを飲みながら
自分の身だけは守りながら
負け戦に火を付ける」
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本文で「甘口ワイン」と訳したイポクラ/ヒポクラス(YpocrasまたはHipocras)は、中世ヨーロッパで好まれたシナモンと砂糖入りのワインのこと。
じつは、媚薬として知られています。
ワインにスパイスと砂糖を投入して加熱……、いわゆるホットワインですね。
薬学的な効能のほか、媚薬の効果もあるとされ大人気だったとか。
オリジナル・レシピは、19世紀に廃れるまで長い間作られていました。
砂糖は薬と考えられており(諸説あり)、スパイスはレシピによって異なります。主なスパイスは、次の通り。
- シナモン
- ジンジャー
- クローブ
- グレイン・オブ・パラダイス(ムクナ豆)
- ロングペッパー
ちなみに、英語のテキストに「砂糖は領主のためのものであり、蜂蜜は民衆のためのものである」と明記されています。
どんな甘味を使うかで、身分がわかるんですね~。
17世紀以降、フランスではスパイス・ワインは一般的に果物(リンゴ、オレンジ、アーモンド)とムスクやアンバーグリス(竜涎香)で調製されるようになりました。
イギリスでは、1723年にミルクとブランデーを使った赤いヒポクラのレシピがあり、この飲み物は中世からエリザベス朝にかけて好まれていました。
また、嗜好品としてだけでなく、消化を助けるために医師が処方することも。
ヨーロッパ中のほとんどの宴会で出されたメニューです。
この酒は、中世中期から後期にかけて特に珍重されました。
悪名高いジル・ド・レ(1405年頃~1440年)が愛飲した酒として知られ、彼は毎日何本も飲み、暴行の前に被害者に飲ませたと伝えられています。
また、フランス王ルイ14世(1643-1715)も愛飲していたことで知られています。
当時、この酒はジャムや果物の保存食と同じように、贈答品として珍重されていましたが、18世紀に廃れて以来、忘れ去られました。
フランスでは、南仏アリエージュ地方とオート・ロワール地方で、ごく少量ではあるものの、現在も生産されています。
18世紀にスペイン人が開発した「サングリア」にインスピレーションを与えた可能性が指摘されています。イポクラスよりもさらに甘口で、サングリアにはシナモン、ジンジャー、ペッパーなどのスパイスがよく使われます。
薬学書や料理本にオリジナルレシピが残っているので、簡単に紹介します。
▼材料
- 赤ワインまたは白ワイン:10ポンド
- シナモン:1オンス半
- クローブ:2スクループル
- カルダモン:4スクループル
- グレイン・オブ・パラダイス(Aframomum melegueta、ムクナ豆):4スクループル
- ジンジャー:3ドラム
- 砂糖:1ポンド半
1)スパイスを粗く砕き、ワインに3~4時間浸す。
2)砂糖1ポンド半を加える。何度か濾過したら出来上がり。
(The Oxford Companion to Sugar and Sweetsから参照)
これらの材料の中で、「媚薬」の効能を期待できるのはムクナ豆。
日本では現在ほとんど生産されてませんが、催淫剤、強壮剤、特に男性の不妊治療薬としてサプリメントが流通しています。パーキンソン病にも効果があるらしい。
ムクナ豆をのぞけば、材料は比較的入手しやすいので自作することもできますね。
効能は、体があたたまるホットワイン程度でしょうけど。
(⚠️作者の覚書:単位について)
ポンド(lb):体積・質量の単位。約450グラム。
ドラム(dram):ヤード・ポンド法の体積・質量の単位。体積の1ドラムは液体の計量に用いられ、1/8液量オンス。液量オンスの値がイギリスとアメリカで異なるため、ドラムの値も異なる。3.6ミリリットル。1.77グラム。
オンス(OZ):ヤード・ポンド法の質量の単位。約28グラム
スクループル(scruple):ヤード・ポンド法の質量の単位。薬量に用いる。
1スクループル=1/3薬量ドラム=1/24オンス=1.296グラム。
直訳すると良心の呵責、罪の意識。
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