「第二の聖女になってくれ」と言われましたが、お断りです

鬱沢色素

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29・切り捨てられたのは

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「どうして、あなたが生きている!?」

 楽しそうなエドガーの一方、メルヴィンさんは声を荒らげます。
 その目にはまるで幽霊を前にするかのような、恐怖が浮かんでいました。

「生きている? おかしな話だ。〈真紅の爪痕〉が壊滅し、そのボスであるエドガーが生け捕りになったことは、当然聞き及んでいるだろう? それなのに、どうして今更慌てる必要がある」

 そんなメルヴィンさんの様子を目にして、ウィリアムは気持ちよさそう。

 メルヴィンさんは小さく舌打ちをして、裁判長に視線を移します。

「……っ! 裁判長! 今回の裁判では、〈真紅の爪痕〉は関係ありません! 殿下の行動は、徒《いたずら》に裁判の時間を引き延ばす遅延行為! 即刻、法廷から証人の退出を!」
「却下します。この証人尋問は、事前に申し出があり、こちらも許可したもの。証人の証言を許可します」

 メルヴィンさんは足掻きますが、裁判長は毅然とした態度を貫きます。
 悔しそうに歯軋りをするメルヴィンさんを尻目に、エドガーは語り始めます。

「まず、自己紹介をしよう。俺は〈真紅の爪痕〉のリーダーであるエドガーだ。もっとも……〈真紅の爪痕〉は、そちらの王子殿下に潰されたがな」
「エドガー、無駄話はいい。今はそれより、メルヴィン伯爵についての証言をしろ」
「はいはい」

 ウィリアムからの威圧的な言葉に、エドガーは溜め息混じりに返事をします。

「〈真紅の爪痕〉は“穢れ”のアイテムを集めていた。本来、買い手がつかないような品々だ。“穢れ”の効果を封じる魔導具はあるものの、危険もある」
「では、どうして〈真紅の爪痕〉は“穢れ”のアイテムを集めていた?」

 あらかじめ決められていた質問を、ウィリアムが口にします。

「買い手がいたからだ。そこの男……メルヴィン・ヴァルローン伯爵がな!」

 メルヴィンさんを鋭い眼光で見るエドガー。

「俺たちは“穢れ”のアイテムを集めると同時に、伯爵にそれを売り払っていた。もちろん、伯爵は俺が〈真紅の爪痕〉のボスってことも分かっていた。これが真実だ」
「な、なんと……っ! では、メルヴィン伯爵は犯罪組織と繋がりがあったということですかな!? メルヴィン伯爵、これはどういうことですか!」

 裁判官が目を見開き、メルヴィンさんを問い詰めます。

「きょ、虚言です。私が“穢れ”のアイテムを集めるメリットがありません。ウィリアム殿下が私に冤罪を被せるために、エドガーに偽証をさせているのでしょう。なにより、証拠がありません」
「これを見ても、お前はそう思うのか?」

 次に、ウィリアムは書類を取り出します。
 メルヴィンさんは目を丸くしていましたが、その間にウィリアムが裁判長に書類を手渡します。

 そして、ペラペラと裁判官が書類を捲り、

「な、なんと……っ!」

 驚愕の表情を浮かべました。

「これには……〈真紅の爪痕〉とメルヴィン伯爵の取引についての詳細が書かれておる! ここに押されている印も、確かにヴァルローン伯爵家のものだ!」
「バ、バカな……証拠となるような書類は、全て処理したはず……」

 うっかりと口を滑らせてしまったのでしょう。
 メルヴィンさんはハッとした表情で口を手で覆いますが、もう遅い。

「俺はな、そもそもお前のことを信頼してなかったんだよ」

 忌々しげな目で、エドガーはメルヴィンさんに睨みます。

「だから保険として、取引の記録を第三者に預けていた。いつか、切り札として使ってやろうと思ってな。だが、〈真紅の爪痕〉は壊滅。切り札を出したってわけだ」
「き、貴様……っ!」

 わなわなとメルヴィンさんが拳を震わせます。
 その顔はいつもの優しげなものではなく、まるで魔物のような恐ろしい形相をしていました。

「貴様は、〈真紅の爪痕〉を切り捨てたつもりだったんだろうな」

 ウィリアムがメルヴィンさんに語りかけます。

「本来なら、エドガーが捕まっても、司法取引をして解放させる手筈になっていたんだろう?」

 あの時。
 アジト内でウィリアムとその騎士に捕えられても、エドガーは余裕の態度を崩しませんでした。
 今思えば、メルヴィンさんとの裏取引があったからでしょう。

 ですが、その約束は一方的に破られることになったわけです。

「だが、貴様は約束を破った。エドガーのために弁護人も用意しない」
「…………」
「しかも、それどころか──」

 ウィリアムが指を鳴らすと、法廷にまた一人の男が現れました。
 彼の両脇には騎士もいて、後ろ手に縄で縛られています。

「伯爵は牢屋内にいるエドガーを暗殺しようとした。看守を買収し、ヤツの食事に呪毒を盛ることによってな」

 ウィリアムは続けます。

「その看守は逃走していたが……ようやく見つけ出せたよ。メルヴィン伯爵からの指示で、エドガーの食事に呪毒を盛ったことを吐かせている」
「なっ……! そんなことは……」
「騎士たちの捜査能力を侮ったな。それとも、買収した看守も口封じに殺そうとしたが、存外に逃げられてしまったか?」

 メルヴィンさんがエドガーを見た際、『どうして、あなたが生きている!?』と叫んだのはそのような理由からだったんです。
 彼にとって、エドガーは既に死んでいるはずだったのですから。

「仮に暗殺に失敗したとしても、証拠となるような書類は全て処分したと思い込んでいたか? だが、ヤツの狡賢さと執念を甘く見ていたな。飼い犬には餌をやるべきだ。さもなくば、いつか飼い犬に噛まれるだろうから」
「くそが……っ!」

 メルヴィンさんが、目の前のテーブルに拳を落とします。
 鈍い音が法廷に響きました。

「エドガー……っ! どうして喋った! 司法取引でもされたのか? それとも、拷問に耐えられなかったか!」
「はっ! そんなんじゃねえよ」

 エドガーは吹き出し、

「ただ……生きる価値もない俺だが、とあるお嬢ちゃんにそうじゃないって言われてな。まるで目が覚めたような気分だった。いつまでも飼い主に尻尾を振ったままじゃあ、それこそどうしようねえまま人生が終わると思ったからだ」

 と私をチラリと見ます。

 ──あの時。
 エドガーの体を蝕んでいた呪毒を浄化したのち、彼は今のような真実を語ってくれました。
 彼が口を割ってくれなければ、こうしてメルヴィンさんを追い詰めることが出来なかったかもしれません。

 まさかの大逆転劇に、傍聴席にいた人たちの間でどよめきが起こります。

「静粛に」

 そんな彼らを、裁判長が嗜めます。

「〈真紅の爪痕〉とメルヴィン伯爵は繋がりがあった。だとするなら……」
「アルマ。トドメは君に譲ろう」
「は、はい。分かりました」

 ウィリアムから促され、私は手元の紙を読み上げます。

「『十年以上の不動産の占有によって、占有者に所有権が認められる場合であっても、当該占有者が犯罪組織と密接な関係を有していた場合には、所有権の取得は無効とし、当該不動産は国の管理下に置くことができる』──このベイルズ王国法にのっとれば、犯罪組織と関わりがあった、重罪人のメルヴィン伯爵の所有権は無効となります」
「つまり、メルヴィン伯爵による退去勧告も無効。当該物件は国のものだが、もちろん、国としても彼女に退去を勧告することはない。貴様の負けだ。もっとも……」

 一度、ウィリアムは溜めてから、

「犯罪組織との繋がりがあったんだ。建物の没収だけでは済まないがな」

 そう言い放ちます。

 メルヴィンさんは反論しようと口をパクパクさせましたが、やがて諦め、がっくしと肩を落としました。
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