3 / 4
3
しおりを挟む
そして数ヶ月が経過して──。
ディルクの公爵家は大変なことになっていた。
「ま、また火事だと!? 先日の水害といい、どうしてこのような不運が立て続けに起こる!」
部下からの報告を聞き、ディルクはそう声を荒らげた。
「わ、私にも分かりかねます! しかし今も消防団が消火にあたっています! 消防団は増員を要求しています。どうしますか?」
「ええい! 増員だけるだけの余裕は、我が公爵領にはない! 要求を突き返せ!」
「で、ですが!」
「そもそも、そういった消防団の我儘を抑えるのがお前の役目じゃないのか? 先代からの付き合いで雇っていたが、もう限界だ。お前は今日をもってクビにする!」
「そ、そんな!」
「連れていけ」
ディルクの秘書を務めていた男が、使用人に肩を担がれて執務室から出ていく。
彼は最後まで「公爵様! 今一度、考え直してください!」と叫んでいたが、ディルクはそれに耳を傾けなかった。
誰もいなくなった執務室で、ディルクは溜息を吐く。
「一体全体なにが起こっているんだ!? クリスタを追い出してから、なにかがおかしい!」
クリスタを追い出して、公爵領はさらに発展していくはずだった。
しかし結果は逆だ。
まず領内では立て続けに火災や水害といった不運に見舞われていた。
事態を収束させるため人を派遣しているが、到底間に合っていない。
そのせいで公爵領の予算は常に火の車だ。
不運はそれだけではなかった。
ディルクのスキャンダルが新聞社にすっぱ抜かれたのだ。
彼はクリスタと婚約している頃から、多数の女たちと逢瀬を重ねていた。
中には無理やり事を済ませ、金で口止めした女どももいる。
悪い遊び方だった。
そんなディルクの下半身事情を、何人かの被害者女性が新聞社に売った。
結果的に公爵家の支持は急落。
昨今の火災や水害のこともあり、民衆の不満はいつ爆発してもおかしくない。
「今まで全て上手くいっていたのだ。それなのにどうして……ん?」
ディルクがそう呟くと、執務室に犬が入ってきた。
ペットのシロである。
「なんだ、犬か。俺は今、機嫌が悪いんだ。さっさと目の前から消え失せろ。叩かれたいのか?」
無論、相手は犬だ。言葉が通じるはずもない。それを承知した上で、ディルクはそう言い放った。
しかし。
『愚かな話だ。ここまできて、まだなにも気付いていないとはな』
「……!?」
急に喋りだした犬──シロに対してディルクは驚き、椅子から転げ落ちてしまった。
「しゃ、喋った!?」
『本来、このように喋るのは掟によって禁じられていたのだがな。しかしもう我慢の限界だ。これ以上は見てられん』
「禁じられて……? な、なにを言っている。お前はただの犬なんじゃ……」
『教えてやろう。我は神獣フェンリルだ』
シロは声の調子を変えずに言う。
「し、神獣!? そんなバカな!」
神獣とは神の使いと称される生き物である。
その能力は絶大で、神獣には神からの加護が与えられるという。
昔には神獣の加護によって発展し、大陸一の国に成り上がった例もある。
しかし神獣は警戒心が強く賢明で、人前に姿を現さない。
神獣ならば人語を操ってもおかしくはないが、どうしてただの犬だと思っていたものがフェンリルなのか。
ディルクは混乱した。
『今、公爵領が荒れているのは神獣の加護を失ったからだ』
ディルクがあわあわと口をパクパクさせているのを無視して、シロは一方的に話を続ける。
『まず、貴様はペットの鳥を捨てたな?』
「あ、ああ。確かピーちゃん? とクリスタは言っていただろうか。鳥なんて大して可愛くもなければ、役にも立たないからな。だから経費削減のために野に放った。公爵家には無駄なものは必要ないのだ」
『愚かすぎる。貴様が鳥だと思っていたものは、神獣のフェニックスだぞ?』
「な、なんだって!?」
ディルクが声を荒らげる。
『フェニックスは自然と再生の象徴だ。昨今、公爵領に火災や水害が頻繁に起こっているのは、フェニックスの加護を失ったからである。
そして貴様はフェニックスの加護を手放すどころか、怒りをかった。もし火災や水害が起こっても、再生の象徴たるフェニックスがいれば、すぐに沈静化していたものの……』
「そ、そんな……」
ディルクは言葉を失う。
シロの言っていることは信じられないことだ。
しかし現にシロは自らが神獣だと言い、なによりも喋っている。
そして不自然に起こり続ける公爵領の不運と照らし合わせると、シロの言っていることを信じざるを得なかった。
『そして次は貴様が馬だと思っていたもの。あれも神獣のユニコーンだ』
「ユ、ユニコーンだって!? 予算が足りなくなって、一ヶ月前に馬車小屋に売り払ってしまったが……」
『そうだ。そのユニコーンだ。ユニコーンは純潔さと高潔さの加護を持っている。貴様の女遍歴が世間に問いただされることになったのも、ユニコーンの加護を失ったからである。
知っているか? 貴様が二束三文の値段で売り払ったユニコーン。ユニコーンの加護を得た馬車小屋は大層繁盛しているらしいぞ? まあ貴様が知っているとは思っていないがな』
とシロは鼻で息をする。
「そ、即刻二匹とも連れ戻す! そうすれば再び公爵家は発展の道を……」
『もう遅い。貴様は話の本筋を理解していない。公爵家が神獣の加護を失った理由……それはクリスタを捨てたことから全てが始まった』
「ク、クリスタを……? あの役立たずのペットの世話係か。確かにクリスタはお前たちと距離が近かった」
とはいえ、クリスタが公爵家で飼っている動物たちを神獣と気付いている素振りはなかった。
本当に知らなかったのか……それとも、わざと隠していたのか。
ディルクには分からなかった。
「それがどうして……」
『彼女のスキルは類稀なるものだった。動物たち──そこには神獣も含まれるが──と心を通わせる能力。彼女の動物への愛は、我々動物にとって全てを癒す神の光である。そんな彼女がいたからこそ、現当主がバカでも、我々はここにいてやったのだ』
「な、なにを言っているんだ! クリスタのスキルは〈動物好き〉といって、そんな効果はない!」
『貴様が〈動物好き〉スキルの真価を理解していなかっただけだろう? それにスキルの名前というのは、時代によって変わることもある。実際、彼女のスキルは──』
そこまで言って、シロは首を横に振る。
『これ以上は時間の無駄だ。なんにせよ、クリスタはもうここにはいない。
クリスタがいなくなっても、先代に良くしてもらった義理はあった。だから我は最後までここに残ってやるつもりだった。
しかしもう我慢の限界だ。我も今日をもってここを出ていかせてもらおう』
「ま、待ってくれ! 話せば分かる!」
『話せば分かる? 貴様が今まで、我々にどんな仕打ちをしていたのか覚えていないのか? そしてクリスタに酷い仕打ちをしてきた貴様を、神獣は決して忘れない。
言っておくが……フェンリルは威厳と地位の加護を神から与えられている。我がいなくなった後は、公爵家の威厳と地位が失墜すると思うが……まあ我の知ったことではない』
「だから待てって言っているだろ!」
ディルクは立ち上がり、シロを追いかける。
しかしろくに運動もしていないためか、足が絡まってその場で転んでしまった。
視線を前に向けた時は、シロは煙のように姿を消してしまっていた。
「大変だ! すぐに連れ戻さなくては!」
神獣を連れ戻せば、公爵家は元の状態に戻る。ディルクはまだそう信じきっていた。
すぐさま使用人を呼び出し、今まで捨ててきた神獣を連れ戻すべく指示を出すが、ふとシロ(フェンリル)の言ったことを思い出す。
『この公爵家が神獣の加護を失った理由……それはクリスタを捨てたことから全てが始まった』
(そうだ……クリスタだ)
ディルクは自分のやったことを棚上げして、全ての責任をクリスタのせいにした。
(なんにせよ、クリスタがいなければ神獣たちは戻ってこないと言っていた。まずはクリスタを連れ戻すことが先か)
愚かな彼女のことだ。
きっともう一度婚約してやる! と言えば、涙を流して喜び戻ってくるだろう。
ディルクはニヤリと口角を吊り上げた。
そしてそこからさらに数ヶ月後。
公爵領はさらに酷い状態となっていた。
人口の流出が止まらず、公爵家の権威も失墜。
今ではディルク家の爵位取り下げの話もされていると聞く。
しかしディルクは勝利を確信していた。
ここまで長期間、クリスタの所在を探させていたが……それをようやく見つけ出すことが出来たのだ。
「ど、どうしてこんなところに!?」
だが、部下から上がってきた報告を見て、ディルクは驚きの声を上げることになった。
ディルクの公爵家は大変なことになっていた。
「ま、また火事だと!? 先日の水害といい、どうしてこのような不運が立て続けに起こる!」
部下からの報告を聞き、ディルクはそう声を荒らげた。
「わ、私にも分かりかねます! しかし今も消防団が消火にあたっています! 消防団は増員を要求しています。どうしますか?」
「ええい! 増員だけるだけの余裕は、我が公爵領にはない! 要求を突き返せ!」
「で、ですが!」
「そもそも、そういった消防団の我儘を抑えるのがお前の役目じゃないのか? 先代からの付き合いで雇っていたが、もう限界だ。お前は今日をもってクビにする!」
「そ、そんな!」
「連れていけ」
ディルクの秘書を務めていた男が、使用人に肩を担がれて執務室から出ていく。
彼は最後まで「公爵様! 今一度、考え直してください!」と叫んでいたが、ディルクはそれに耳を傾けなかった。
誰もいなくなった執務室で、ディルクは溜息を吐く。
「一体全体なにが起こっているんだ!? クリスタを追い出してから、なにかがおかしい!」
クリスタを追い出して、公爵領はさらに発展していくはずだった。
しかし結果は逆だ。
まず領内では立て続けに火災や水害といった不運に見舞われていた。
事態を収束させるため人を派遣しているが、到底間に合っていない。
そのせいで公爵領の予算は常に火の車だ。
不運はそれだけではなかった。
ディルクのスキャンダルが新聞社にすっぱ抜かれたのだ。
彼はクリスタと婚約している頃から、多数の女たちと逢瀬を重ねていた。
中には無理やり事を済ませ、金で口止めした女どももいる。
悪い遊び方だった。
そんなディルクの下半身事情を、何人かの被害者女性が新聞社に売った。
結果的に公爵家の支持は急落。
昨今の火災や水害のこともあり、民衆の不満はいつ爆発してもおかしくない。
「今まで全て上手くいっていたのだ。それなのにどうして……ん?」
ディルクがそう呟くと、執務室に犬が入ってきた。
ペットのシロである。
「なんだ、犬か。俺は今、機嫌が悪いんだ。さっさと目の前から消え失せろ。叩かれたいのか?」
無論、相手は犬だ。言葉が通じるはずもない。それを承知した上で、ディルクはそう言い放った。
しかし。
『愚かな話だ。ここまできて、まだなにも気付いていないとはな』
「……!?」
急に喋りだした犬──シロに対してディルクは驚き、椅子から転げ落ちてしまった。
「しゃ、喋った!?」
『本来、このように喋るのは掟によって禁じられていたのだがな。しかしもう我慢の限界だ。これ以上は見てられん』
「禁じられて……? な、なにを言っている。お前はただの犬なんじゃ……」
『教えてやろう。我は神獣フェンリルだ』
シロは声の調子を変えずに言う。
「し、神獣!? そんなバカな!」
神獣とは神の使いと称される生き物である。
その能力は絶大で、神獣には神からの加護が与えられるという。
昔には神獣の加護によって発展し、大陸一の国に成り上がった例もある。
しかし神獣は警戒心が強く賢明で、人前に姿を現さない。
神獣ならば人語を操ってもおかしくはないが、どうしてただの犬だと思っていたものがフェンリルなのか。
ディルクは混乱した。
『今、公爵領が荒れているのは神獣の加護を失ったからだ』
ディルクがあわあわと口をパクパクさせているのを無視して、シロは一方的に話を続ける。
『まず、貴様はペットの鳥を捨てたな?』
「あ、ああ。確かピーちゃん? とクリスタは言っていただろうか。鳥なんて大して可愛くもなければ、役にも立たないからな。だから経費削減のために野に放った。公爵家には無駄なものは必要ないのだ」
『愚かすぎる。貴様が鳥だと思っていたものは、神獣のフェニックスだぞ?』
「な、なんだって!?」
ディルクが声を荒らげる。
『フェニックスは自然と再生の象徴だ。昨今、公爵領に火災や水害が頻繁に起こっているのは、フェニックスの加護を失ったからである。
そして貴様はフェニックスの加護を手放すどころか、怒りをかった。もし火災や水害が起こっても、再生の象徴たるフェニックスがいれば、すぐに沈静化していたものの……』
「そ、そんな……」
ディルクは言葉を失う。
シロの言っていることは信じられないことだ。
しかし現にシロは自らが神獣だと言い、なによりも喋っている。
そして不自然に起こり続ける公爵領の不運と照らし合わせると、シロの言っていることを信じざるを得なかった。
『そして次は貴様が馬だと思っていたもの。あれも神獣のユニコーンだ』
「ユ、ユニコーンだって!? 予算が足りなくなって、一ヶ月前に馬車小屋に売り払ってしまったが……」
『そうだ。そのユニコーンだ。ユニコーンは純潔さと高潔さの加護を持っている。貴様の女遍歴が世間に問いただされることになったのも、ユニコーンの加護を失ったからである。
知っているか? 貴様が二束三文の値段で売り払ったユニコーン。ユニコーンの加護を得た馬車小屋は大層繁盛しているらしいぞ? まあ貴様が知っているとは思っていないがな』
とシロは鼻で息をする。
「そ、即刻二匹とも連れ戻す! そうすれば再び公爵家は発展の道を……」
『もう遅い。貴様は話の本筋を理解していない。公爵家が神獣の加護を失った理由……それはクリスタを捨てたことから全てが始まった』
「ク、クリスタを……? あの役立たずのペットの世話係か。確かにクリスタはお前たちと距離が近かった」
とはいえ、クリスタが公爵家で飼っている動物たちを神獣と気付いている素振りはなかった。
本当に知らなかったのか……それとも、わざと隠していたのか。
ディルクには分からなかった。
「それがどうして……」
『彼女のスキルは類稀なるものだった。動物たち──そこには神獣も含まれるが──と心を通わせる能力。彼女の動物への愛は、我々動物にとって全てを癒す神の光である。そんな彼女がいたからこそ、現当主がバカでも、我々はここにいてやったのだ』
「な、なにを言っているんだ! クリスタのスキルは〈動物好き〉といって、そんな効果はない!」
『貴様が〈動物好き〉スキルの真価を理解していなかっただけだろう? それにスキルの名前というのは、時代によって変わることもある。実際、彼女のスキルは──』
そこまで言って、シロは首を横に振る。
『これ以上は時間の無駄だ。なんにせよ、クリスタはもうここにはいない。
クリスタがいなくなっても、先代に良くしてもらった義理はあった。だから我は最後までここに残ってやるつもりだった。
しかしもう我慢の限界だ。我も今日をもってここを出ていかせてもらおう』
「ま、待ってくれ! 話せば分かる!」
『話せば分かる? 貴様が今まで、我々にどんな仕打ちをしていたのか覚えていないのか? そしてクリスタに酷い仕打ちをしてきた貴様を、神獣は決して忘れない。
言っておくが……フェンリルは威厳と地位の加護を神から与えられている。我がいなくなった後は、公爵家の威厳と地位が失墜すると思うが……まあ我の知ったことではない』
「だから待てって言っているだろ!」
ディルクは立ち上がり、シロを追いかける。
しかしろくに運動もしていないためか、足が絡まってその場で転んでしまった。
視線を前に向けた時は、シロは煙のように姿を消してしまっていた。
「大変だ! すぐに連れ戻さなくては!」
神獣を連れ戻せば、公爵家は元の状態に戻る。ディルクはまだそう信じきっていた。
すぐさま使用人を呼び出し、今まで捨ててきた神獣を連れ戻すべく指示を出すが、ふとシロ(フェンリル)の言ったことを思い出す。
『この公爵家が神獣の加護を失った理由……それはクリスタを捨てたことから全てが始まった』
(そうだ……クリスタだ)
ディルクは自分のやったことを棚上げして、全ての責任をクリスタのせいにした。
(なんにせよ、クリスタがいなければ神獣たちは戻ってこないと言っていた。まずはクリスタを連れ戻すことが先か)
愚かな彼女のことだ。
きっともう一度婚約してやる! と言えば、涙を流して喜び戻ってくるだろう。
ディルクはニヤリと口角を吊り上げた。
そしてそこからさらに数ヶ月後。
公爵領はさらに酷い状態となっていた。
人口の流出が止まらず、公爵家の権威も失墜。
今ではディルク家の爵位取り下げの話もされていると聞く。
しかしディルクは勝利を確信していた。
ここまで長期間、クリスタの所在を探させていたが……それをようやく見つけ出すことが出来たのだ。
「ど、どうしてこんなところに!?」
だが、部下から上がってきた報告を見て、ディルクは驚きの声を上げることになった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
220
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる