ベッド上のロマンチカ

青井洛

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真夜中の回想

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 転生した、という事実に気付いたのはいつのことだったか。
 物心ついた頃から認知しているはずの魔法に対して、時折覚える違和感を深く考えた時だっただろうか。

 ふと、「ああ、ここは日本ではないんだ」と思い至った。これがいわゆる転生なのだと気付くのも同時だった。


 けれど一般的、というかよく前世で見聞きしていたアニメやノベルと差異があるとすれば、ほとんど私に前世の記憶が無かったことだろう。
 
 日本や地球の基礎的な情報は覚えているが、私個人のこととなるとほとんど覚えていなかった。
 なんとなく、自分が女性で漫画やアニメといった媒体を好んでいたことはうすらぼんやりと覚えているだけだった。

 例えるなら夢と形容するのが適切だろう。
 前世の知識を使ってこの世界に革命を起こせるほどの力もなければ、身に余るほどの特殊技能で世界を救うような能力もなかった。

 
 だから、自分が公爵令嬢ということに驚くよりも、自分がそんな過去(前世)を持っていたことの方に驚き困惑した。
 身に染みた貴族のマナーよりもかつての自分の振る舞いの方が不思議に思えた。

 そのため精々転生したといえども周りの子供たちより少し大人びいているだけだった。

 だから初めてマクシミリアン様に逢ったとき、テンプレみたいなキラキラ王子様だ、と考えた自分に少し違和感を覚えた。それでもマクシミリアン様に抱く感情のほとんどは“前世の私が異世界の王子様”に抱くものでもなく“あくまで同じ世界に住む王子様”に抱く憧れだった。

 初めて逢ってから数ヶ月してマクシミリアン様が私の婚約者となったとお父様から聞いた時、前世に引かれて庶民の私には釣り合わないとは思わなかった。(ただし、あの素敵な王子様の婚約者というプレッシャーはあった)

 マクシミリアン様が婚約者となってしばらくーー正確には婚約が決まった10歳から学園に入学する15歳までーーは私はマクシミリアン様のことを(彼のファーストネームである)レオン様と呼び、それなりに親しくしていた。

 お互いの家の方針で、婚約者とはいえ未婚の男女がみだりに二人っきりでいるものでは無い、とされていたので清らかで適度な距離を保ちつつの交際だったが、私の勘違いでなければお互いに信頼と愛情をゆっくりとだが着実に築いていた。


 けれど、それはガラリと変わった。

 特に前世の恩恵を受けることもなく生きていた私が、初めて前世の記憶というものに大きな影響を受けたのは学園に特待生として入学した少女に逢った時のことだった。
 いや、正確には彼女が入学してしばらく有名になり始めた時のことだろうか。

 ふと、気付いた。
 これは、前世でよく流行っていた“乙女ゲーム”の世界ではないか、と。

 生憎ながらゲームの記憶などはさっぱりだったが、なんとなく覚えているストーリーのいくつかにそういう類のものがあった。
 庶民の主人公が特別枠で学園に入学し、紆余曲折経ながら成長していく物語。

 そうなると私の婚約者であるマクシミリアン様は、恰好の相手ではないか。
 私はあまり身体が丈夫ではなかったので舞踏会などに積極的に参加しなかったから詳しくはないが、同世代の数人の嫡男たちが見目も性格も良く子女たちから人気を博していると聞いたことがある。きっと、彼らも攻略対象とかいうやつなのだろう。



 そして、私はライバルキャラで悪役令嬢とか呼ばれる類の登場人物なのではないか、と考えが至るのもごく自然な流れだった。


 その事実に気づいてから私は変化していった。

 あまり活発的でなかった社交を控えめにし、貴族らしいワガママを減らした。そのせいか今まで服装やアクセサリーにかけていたお金ーーマクシミリアン様に好かれようと努力していた分ーーが浮いた。

 ただ貯蓄するだけでは領地内の経済が回らなくなると前世の記憶で覚えていたので、その分は慈善的な活動に回すことにした。
 孤児院や教会に寄付することで少しでも悪役令嬢からの道から外れれば良いと打算的に願いながら。

 他にも名前の呼び方を変えた。ずっとレオン様と呼んでいたのをマクシミリアン様と呼ぶようにした。ファミリーネームで呼ぶということは、敬意と同時にそれなりに離れた距離感を示した。

 余裕さえあれば彼と会える時間をとっていたが、なるべく用事を入れるようにした。寄付するようになった孤児院に積極的に訪問し、子供たちと触れ合ったりした。
 他にも私は幼い頃病弱だった過去を利用し病がぶり返したフリをして、時折仮病を使いパーティや学校行事を休んだ。

 何人かのメイドや執事にはバレていたけど、皆私の並々ならぬ覚悟を見てそっと協力してくれた。


 あまり彼と近い存在にならないように。彼に近づいてうっかりこれ以上惚れないようにするためにいろんな理由をつけて関わりをなるべく断った。


 特待生として入学した彼女はルチア・レオパルディという名前だった。

 特待生として入学を許されるほどの学力と魔力はもちろん、マナーやダンスもトップレベル。
 彼女の話では生まれてからずっと修道院で育ってきたらしいけど、仕草だけ見てたらその事実を忘れそうになってしまうほど上品で整っていた。

 さっぱりしていて良くないことは良くないと言える性格から、彼女が学園内に燻っていたいくつかの悪習を無くしたことも記憶に新しい。

 入学当初はいくつか嫌がらせもあったらしいけど、彼女はずっと毅然としていて全く意に介さなかったとか。そのうち実力とその性格で周囲からの信頼を得たり、嫌がらせしてきた人に直談判しに行ったりしたのだという。
 修道院時代はみんなのお姉さん的存在だったらしく、その名残か今では嫌がらせしてきた何人かの令息令嬢たちさえ姉のように慕っているのだと風の噂できいた。

 そして私との関係性はというと、意外なことに良い友人関係が築けているのだ。いや、親友とでも言った方が正しいかもしれないくらい。
 入学当初は関わることはないだろうと思っていた彼女とは、かなり早くの段階から仲良くなった。

 それはルチアが篭りがちな私の元へ足繁く通ってくれたからだった。病弱だという私に寄り添い、勉強の面倒を見てもらうだけでなく看病もしてくれた(病弱を理由にマクシミリアン様の参加する実験などを休むこともあったけど、実際に流行病や貧血などでフラフラすることも少なくなかったから)。

 最初はマクシミリアン様を奪われると被害者意識が先立って穿った目で見てしまったりもしたけど、そんなことあり得ないぐらい仲良くなった。

 努力家でしっかり者、でもお茶目な一面もちゃんとあって、まるで年の近いお姉さんみたいなルチア。けど、たまに見せる寂しそうな表情や甘えてくる仕草はとても庇護欲を誘ってくるおとぎ話のお姫様みたいなルチア。私の大好きなルチア。
 今ではもう最初に思っていたことなんて考えられないくらいルチアのことも大事に思っている。


 ……だから、交友関係を続けていくうちに、マクシミリアン様を支えるだけでなく導く存在としてルチアの方が国母に相応しいと思うようになるのは遅くなかった。

 勝手な考えだけど、彼女ならマクシミリアン様を任せられる、と。

 幼い頃から大好きだった私だけの王子様と、二人といないぐらい素敵で綺麗な私だけのお姫様。
 ……私だけの王子様とお姫様が、私のものでは無くなって二人だけのものになってしまうのは悲しいけど。これは嬉しいことなんだと思うことにして、そっと心に蓋をした。


 そうして彼との距離を少しずつ開けていった。
 離したことで燃え上がっていく恋情に気付かないフリをしながら。


 ゆっくりと距離を開けていく作戦は順調に進んでいたはずだった。
 しかしそれは思わぬところで失敗を迎えることになってしまった。



 学園で私は高度魔法学を学んでいた。

 理由はいくつかあったが、特に2つ大きな理由があった。
 1つは、もしゲームの強制力のような力が働いて私が破門のような扱いになったとき、手に職があれば生きるのに困らないだろう、という打算。
 もう1つは、ただ単に好きだった、ということ。

 前世の記憶は曖昧でも、魔法に焦がれた記憶はあった。
 それに身体は多少病弱だったものの、私には豊富な魔力があり適正があったため学ぶにはもってこいの状況だった。

 マクシミリアン様に逢えない寂しさを埋めるように熱中した魔法学で、私はかなり極めることができた。

 だから、調子に乗ってしまったのだ。そして初歩的な失敗を犯した。


 その日は高度魔法学の中でも複雑な術式を要する能力向上ポーションを作っていた。
 もうすぐでこの学園を卒業するので、私にとってそれは卒業論文のようなものだった。

 学園でこれまで研究した結果をまとめて新しく創り出した術式を用いることで、身体能力はもちろん不可能とさえ言われる魔力の底上げが可能になるかもしれないポーションが出来るはずだった。


 一般的に新しく出来たポーションは、他の研究者たちからの術式の確認や治験を経ないと飲んではいけない。副作用や思わぬ効用が出てしまう可能性があるからだ。


 それなのに私は一先ずの実験の成功に舞い上がり、出来上がったポーションをグラスに入れ眺めていた。

 しばらく眺めていると、呼び出しがかかり私はその場を後にした。

 思ったよりも長くかかった呼び出しを終え、実験室に帰ってきた私は喉の渇きを覚え空のグラスに水魔法で水を注ぎ入れて飲んだ。

 ……はずだった。私が空のグラスだと思っていたものはポーション入りのグラスだった。

 間違いに気づいた頃にはもう半分ほどを飲みきった後だった。

 やらかした。それだけが頭の中でこだまする。

 幸いにしてそれは自分が作った回復用のポーションだったし、水で薄められていたからおおよそ命に別状は無いはずだ。

 一応、卒業式まで休みを取らせてもらおう。
 そして自分の部屋に篭って様子を見よう。寮の私の部屋なら専門的な回復魔法の術式もある、万が一が起きても対処ができる。そう考えた。


 それで、無事治まるはずだった。

 思わぬところでの失敗、それはそのポーションが身体能力と魔力の底上げだけでなく“欲望”さえも増長させる効能をもっていたことだった。


 ポーションを誤飲してから間を空けずに休日申請をした私は、部屋でボーッとしていた。
 そのときはまだ身体能力と魔力の増長を感じているだけでポーションの成功を予感していた。

 しかし、ふと視線を机の上に遣ったとき、マクシミリアン様が私の誕生日にくれた上質なポプリが目に付いた。社交界にもマクシミリアン様にも中々顔を出していなかった私に、少しでも身体が良くなるようにといくつかの癒し系の魔法をかけて送ってくれたものだ。

 そのポプリを見たとき、胸がドクリと跳ねた。
 それ自体は別に珍しいことでも無かった。ーーマクシミリアン様との接触を最小限に抑えた私にとって、マクシミリアン様を連想させるものだけで胸を高鳴らせるということは珍しくなかった。

 けれど今回は違った。

 そのポプリを、マクシミリアン様を意識した瞬間に、とめどもなく体温が上昇していったのだ。
 普段抑え込んでいた彼への愛おしさが箍を外したように溢れ出した。

 ーーそう、そのポーションは私の中でずっと抑え込んでいたマクシミリアン様への愛や願望といった欲望を増長させたのだ。

 それに気付いた私はなるべく意識を逸らそうとしたが、考えないようにすればするほど逆にマクシミリアン様のことを意識することになり逆効果だった。

 最初、マクシミリアン様のことを考えていたときただただ愛おしいだけだった。

 やがてその愛おしさは具体的な欲望を変わっていった。彼に触れたい、彼を手に入れたい、彼の子種が欲しい。


 ……そして行き場をなくした愛は、暴走することになったのだ。
 卒業式の前日の夜、夜這いをするという形で。
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