短編集:食べ物は人生の交差点

ゆらゆた

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サバ味噌に、ただいまを。

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炊飯器の蓋を開けた瞬間、ふわっと立ち上がる湯気。 白米がふっくらと炊けたことに、ちょっとだけ満足感を覚えた。


大学を卒業して、就職と同時に始まった一人暮らし。 最初のうちはコンビニ弁当とカップ麺のローテーションだったが、三週間も経つ頃にはさすがに飽きて、重い腰を上げて自炊を始めた。

会社帰りに寄ったスーパーで、食材を手に取る。
ピーマン3つで198円。
サバの切り身が2枚で398円。

……高い。

「野菜と魚って、こんなに高かったっけ……?」
思わず声が漏れる。 学生の頃、家に帰れば当たり前のように食卓に並んでいた煮物や焼き魚。 何も考えずに「うまい」と頬張っていたあれは、実は“贅沢”だったんだと気づく。

鶏むね肉は100gあたり58円。
豚こま切れも安い。
野菜も根菜よりキャベツのほうがコスパがいい。 気づけば節約優先の買い物になっていた。

ふと、記憶がよみがえる。 冬の夜、湯気の立つ鍋に、母がそっとサバの味噌煮をよそってくれた日。 おかわりをしたら「よく食べるねぇ」と笑った父の声。 あのとき、自分は何も考えずに「うまい」と言っていた。
それが、どれだけ手間で、どれだけ気持ちがこもっていたか――。


翌日、少しだけ奮発して、サバの味噌煮を作ってみた。 レシピをスマホで見ながら、生姜を刻み、味噌とみりんを合わせる。 ぐつぐつと煮えていく匂いに、懐かしい温もりが胸の奥をくすぐった。

できあがった味は……うまくもないし、母の味には遠い。 けれど、心は少しだけ満たされた。

その夜、LINEで母に写真を送った。
「サバの味噌煮、作ってみた」

返ってきたスタンプは、にっこり笑ったお鍋のキャラ。

「頑張ってるね。今度帰ってきたら一緒に作ろう」

読んだ瞬間、不意に目の奥がじんとした。 今なら、あの「うまい」に込められた気持ちを、少しだけ返せる気がした。
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