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2章 命にふさわしい
スクランブルエッグにはトマトが合うよね
しおりを挟む「先程は失礼いたした。吾輩、アイゼンヴァルド伯爵家の御者兼馬兼執事、タウルス族のスタボロスと申す」
そう言って彼? は頭を下げた。先程の醜態が信じられないぐらい紳士的な態度である。
「幼い娘に全力で突かれるというシチュエーションにいささか興奮し過ぎてしまったようだ。見苦しいものをお見せした」
(紳士で正直なのは評価できるけど、そんな本音出さなくても良いのでは)
『本音を一切言わないあなたとは正反対ですね』
『魔族』とは「魔物に近い外見でありながら、他種族との対等な交流を図る程の知性を持ち、その上である種の文化を築いている生物の総称」と定義づけられているが、その線引きは曖昧なものになる。
地域や組織によって「胸に魔石核がある」だとか「基本的に人型である」とかの条件がついたり、人間が自分達から見た他種族に対して使う蔑称だったりするので注意が必要だ。
ちなみにゾンビは魔物だが、意思疎通が図れる分ケロックは魔族と大差ないのかもしれない。
「アイゼンヴァルドって事は、領主様のお馬さんですか?」
「フニラン嬢、吾輩の事は気兼ねなくブタ馬クソ野郎と罵ってくれても構わない」
「やーよ、ブタさんに失礼だもん」
「有り難き幸せっ!!!」
『早くこのブタ馬クソ野郎を止めてください』
(スキルの君が不快に思うくらいだから何とかしてやりたいけど、無理)
「時にケロック殿、お尻を掘らせていただいてもよいだろうか」
「お断りします」
「むむ、掘る側であったか?」
「話進まないんで」
真顔で流れるようにセクハラ発言をかましてくる馬。喋るのさえ面倒だったケロックもこの即答である。てかバイかよこの馬は。
「こらっ! お兄ちゃんを掘るのは私なの!」
「意味わかって言ってんのかおい」
「ふむ、ならばこうしよう。お二人の共同掘削作業を吾輩が監督するので、このロープで吾輩を…」
「スタボロスさん? 領主様へのお土産を包んでいる間に何をしてらっしゃるのかしら?」
ゾッとするほどの重く冷たい声に、戦慄する一同。
まず兄妹が声のする方へおそるおそる目を向ける。なお、当の馬は硬直して動けないでいる。
あれから3年が経った今も、母:ルナリア・クロムハーツは変わらぬ美貌を保ちつつ、母親レベルを推定7まで上げていた(本人談)。その微笑みは近所の粉屋と魚屋をメロメロにし、明らかに半額以下の値で食材を買い占めるまでに至る。
しかし、今のルナリアはどうだろうか。その笑みはいつも自分達に向けられる慈愛の表情で、漂うオーラは全くの真逆。ドス黒いそれは主に彼女の手にする食器を中心に渦巻いていて・・・・・
「ねえ、ちょっと焦がしちゃったんだけど、スタボロスさん味見してくれる?」
「わっ吾輩、痛み以外の刺激にはてんで弱もガァ」
問答無用とばかりに馬の口に流し込まれる黒い物体に、フニランから歓声があがる。
「あっあれは! お母さんの32の失敗作のひとつ【消化器までスクランブルするスクランブルエッグ】!」
『ただ焦がしただけなのに毒物になったあれですね』
この3年で料理の腕が格段に上達した・・・わけでもなく、失敗と成功の境界がはっきりするようになったルナリアは、一度失敗した料理のレシピを完全に記憶し、再現することが可能になったのである。
その代わり、砂糖と塩を間違えるなどといった可愛らしいミスがなくなり、父・ファランの命がたびたび脅かされるようになった。
魔族の中でも『魔将』と呼ばれ、他とは一線を画す猛者であった馬のバケモノも、気絶しながらまろび出る吐瀉物の海に撃沈するのである。
『アレを平気で食べれるのはあなただけでしたから』
(最近手に入れた【味覚】もオンオフ機能があって正解だったよね)
母の愛を全て受け止められるのは、今のところ彼だけである。
「あら、ケロちゃんもフニちゃんも泥だらけじゃない。どうかしたの?」
泡を吹いて痙攣する巨馬の横で、まるで今気がついたと言わんばかりに声をかける母に、兄妹はその場で整列・敬礼した。
「お兄ちゃんがまたいじめられてたので助けて来ました!」
「グレースさんとこのヤンくんね。今度ベリーパイでもおすそ分けしようかしら」
「【果汁は黄色かったのになぜか赤い汁を吹いてしまうベリーパイ】⁉︎ 春の新作をここで使う気かいマザー!」
(妹のテンションがおかしな事になっている)
『あれって吐血してる時点で毒物確定ですよね』
母親レベル推定7は伊達ではない。彼女のカーストは家庭内どころか集落を巻き込んだ内の頂点に達していたのだ。
ちなみに父は出稼ぎから帰って来るたびに村中からパシられている。理不尽極まりない。
「…すまないが彼を起こしてくれませんか、私はこう見えて忙しいんです」
「あらごめんなさい。時間はないでしょうけど、子供達にあなたの事を紹介させて?」
「いや私はすぐにでも…」
「ケロちゃんフニちゃん、彼は母さんの昔の友人なの」
ケロックがルナリアの後方、自宅から出てきた男を見た最初の印象は、まず「うさんくさい」だった。
呼ばれた男は政府の文官のような質素且つゆったりした服を着て、短い錫杖のようなものを持っていた。艶やかな髪は肩まで伸び、整った顔立ちの上に分厚い丸眼鏡をかけている。
まるで女性のような様相だが、眼鏡の下から覗く瞳は知性と野心に溢れていて、それを必死に覆い隠しているのだとケロックは思った。恐らく服装が質素なのも擬態のようなもので、男の本質ではないのだろう。
そしてルナリアの態度。おもてむきは仲の良い友人として接しているのだが、この男に対する警戒は一切解いてないのがケロックにはなんとなくわかった。
「フルネームは確かベントレールだったわね。国の中間管理職ってとこかしら」
「何ですかその大雑把な紹介は。私はベントレール・クラバルカ、王都で宰相の副官をしています」
「ほら、すごいのか全然わかんない」
「知名度で言えばファラン殿の方が上ですから」
ここで初めて教えられるのだが、この国の騎士爵とは一応準貴族であり、小規模の開拓をして領地と共に爵位を手に入れた者と、軍人か冒険者が武功などにより爵位のみ手に入れる者とで二つに分かれている。
ファランはこの内の後者であり、冒険者時代に好戦的な帝国の侵略を実質一人で食い止めた英雄として、王都では本になるぐらいには有名だった。
その帝国に対する防衛線であるアイゼンヴァルト辺境伯領。優秀な斥候である彼の最も多い勤務地なので、気付けば愛する妻と共に現地に居を構えていた。
それでも国が認める優秀な斥候。東西南北国境を巡り、ついでにとばかり村の買い出しもする、国の剣にして全国民のパシリ。爵位持ちなのにカースト最下位。それがファラン・クロムハーツである。だれか揚げパン買ってあげて。
「う~ん、はっ! 吾輩は一体何を…」
「ルナリアの素晴らしい料理に気絶してたんですよ。体調に問題が無ければ早く準備してください」
「ううむ、馬使いの荒い美男子とは中々そそる」
「そそりません、早くしてください」
ようやく目を覚ました巨馬の尻を蹴り起こすベントレールを見て、ルナリアも子供達に声をかける。
「さっ、貴方達も支度しなさい」
「えっなんで?」
「領主様へごあいさつに行くわよ。そのお迎えも兼ねて来てくれたみたいだから。とりあえずその泥だらけの服だけでも着替えなさい」
「はーい!」
フニランが返事とともに元気よく我が家へ飛び込むのを見届け、続いてケロックも後を追う。
「あ、ケロちゃん。今ならファランも領主様のところにいると思うの。サンドイッチを持って行ってあげなさい」
「えっと・・・大丈夫?」
ルナリアに再び声をかけられるが、その内容に首を傾げてしまう。それまでの記憶では、母の料理にサンドイッチなど見たことがないので、明らかに新作である。
「大丈夫よ、まだ味見してないから失敗とは限らないから」
「・・・・・」
それを大丈夫と言えるのか甚だ疑問だが、ケロックは何も言わない。
基本的にルナリアの失敗作は劇物扱いではあるが、致死や重症には至っていない。味覚を消せるケロックが食べてお腹を壊す(そう、死人なのにお腹を壊す)程度なら、命に関わることにはならないだろうし、その為に虎の尾を踏むようなことはしない。面倒だから。
「ケロちゃん」
「?」
「フニちゃんをよろしくね、お兄ちゃんなんだから」
「・・・うん」
その言葉に、何故だか胸がちくりと痛んだケロックだった。
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