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2章 命にふさわしい
辺境伯令嬢②
しおりを挟む特に正式な名称など無いが、魔力暴走と呼ばれる現象がある。
大規模な魔法行使を失敗した際の爆発、魔力の濃い空間に入った時の酩酊に似た状態など、魔力そのものが及ぼす被害を共通してそう呼ばれるのだ。
【生前のケロック】の死因となったのもその一つであり、本来肉体を傷つけるはずのない自前の魔力が暴走して起こったものだった。
ケロックの場合は「心肺の乱れ」。魔力が生命活動そのものに影響したために、10歳という若さでこの世を去る事になった。
稀有な症状ではあるのだが、奇しくもアイゼンヴァルト辺境伯令嬢が同じ病気にかかっている。ケロック達と同年代である事から、残された時間が短い事も容易に想像がついた。
しかし、ふくれあがったのは魔力だけではなかったようだ。
「お嬢様、お客様をお連れしました」
「・・・・・」
メイドに案内されたその部屋のベッドには、包帯でぐるぐる巻きにされた子供が横たわっていた。
「ファラン・クロムハーツ卿のご子息、ケロック様とフニラン様でございます。
お二方、ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト様でございます。
私は廊下で待機しておりますので、くれぐれも失礼のなきようお過ごしください。何かありましたら即座に駆けつけます」
メイドはそう言って返事も聞かず退室していった。完全な丸投げだが、この行為には何か大人の思惑があるような気がしてならない。
メイドを目で見送ったケロックとフニランは、改めて目の前の人物に注目する。
ケロック達と同年代らしいが、身長はフニランどころか、ケロックよりも小さい。女性特有の膨らみもなく、10歳にも満たない子供のような身体をしている。その上、包帯越しからでもわかるほどその身体は痩せ細っており、ますます小さく見えてしまう。
包帯は全身に余すところなく巻かれ、ところどころに滲んだ血が見える。だいたいが乾いて変色しているが、未だ生々しい赤に染まる部分も少なくはない。
唯一両の目にあたる部分にすき間が空いていて、薄く開いた目の濃く深い藍色の瞳が2人を突き刺すように見つめていた。
フニランが震えながら、ケロックの前に立とうとする。
いつだってそうだ。兄の後ろに隠れてた妹はもういない。兄を守るために強くなると決めてから、フニランは後退のネジを外していた。
女の子として育って欲しかった父ファランはがっかりしていたが、実をいうとその本質はそこまで変わっていない。
何もかもが怖くてしょうがない。ずっと兄に引っ付いていたい。
しかし、ただそばにいるだけの存在に成り下がるのは嫌だった。
頼りなくても守ろうとしてくれる兄に報いなければ。その大義名分を持って棒を振るい、気づけば前に立つようになっていた。
「フニラン」
そんな妹の肩に手を置き、声をかけるケロック。
「そんな恐い顔しない。まずはご挨拶」
「え? あ・・・・・」
そう言われ改めて目の前の子供を見れば、その目からは涙が溢れていた。
「ごっ、ごめんなさい! ルイジアナ、さま? 私フニランっていうの!! だからどうか泣かないでぇ!!!!」
慌てふためき駆け寄っていくフニラン。恥ずかしいやら申し訳ないやらで、顔から火が出そうなほど熱くなっている。
大したことではない。
自分はただ、自分が怖いと思ったものに対して、兄を守ることを言い訳に敵意を向けただけの子どもだった。
そして目の前の子も、自分と同じ怖がりな女の子だと気付かされたのだ。
『珍しく兄らしいことをしますね』
わたわたとベッドの周りを駆け回るフニランを見つめながら、スキル【天の声】はケロックに問いかける。この言葉には労いの意味も含まれていたのだが、
(ふう、初対面の女の子に話しかけるとかハードル高いしめんどいし、妹も友達出来るしで一石二鳥)
『前言撤回します。クズ兄極まってますね』
相変わらずの無表情だが、【天の声】にはわかる。これがドヤ顔であると。腹立つ顔だと思いながら、ジト目で主人の顔を睨む。立つ腹もジトる目も無いのだが。
それにしてもと、【天の声】は改めて2人の少女に無い目を向ける。
色々と声をかけるフニランに対して、未だ無反応のルイジアナと呼ばれた少女。動きがあったのは先程流した涙と、今もケロックとフニランを交互に追う藍色の瞳。その頭や首を起こすことも無ければ、声を発する事もない。
ベッドから魔力反応があるので、【麻痺】か【弱体化】もしくは両方の効果がある魔方陣でも敷かれているのだろう。
つまり、意思疎通の手段が一切無いのだ。
わざわざそのような措置を取らねばならない理由も、何の説明もなく子供だけで会わせる意図もわからない。
これではあまりにも不自然だ。
『・・・・・一度部屋の外のメイドに話を聞いた方が良いかと思いますが』
(言わんとしてることはわかるけど、一介の使用人じゃ教えてくれないと思うよ。
だからさ、アレを使おう)
『アレって、アレですか?』
(使う機会なんて無いと思ってたけど、フニランの成長につながるなら、数ある秘密の1つぐらい教えたって良いんじゃないかな)
【天の声】にそう言って、ケロックは2人の少女に歩み寄る。
ちょうどフニランがルイジアナの右側に回り込んでいたので、ケロックはベッドの左側に腰掛けた。
「フニラン、落ち着いて聞いてほしい」
「ふぁ?」
「今から『お兄ちゃんの秘密』を少しだけ見せてあげる。フニランは僕のこと信じられる?」
そう言って左手を差し出すケロックに対して、フニランは驚愕に目を見開いた。
コソコソと森の中に消える兄の背を、いつも目で追っていたフニラン。何度か尾行しようとしたが、その度になぜか見失ってしまう。
10回目あたりだろうか? 2人で蒸かしたイヌイモを食べてる時、ケロックはフニランにこう言ったのだ。
「今後『お兄ちゃんの秘密』を知ろうとしたら、兄妹の縁を切る」と。
あまりにも淡々とした口調で話す兄に、フニランは怯えながらもこう反論した。
「そのうち教えてくれるなら」と。
兄はそれに対して何も言わなかったが、翌日からフニランは尾行をやめた。
その秘密の一端を、いまここで披露してくれるという。
「・・・・・覚えててくれたの」
「フニランこそ、よく我慢したね」
指示されなくてもわかる。兄の左手に対し、フニランは自らの右手で応えるように繋ぐ。
冷たいけど、暖かい手だった。
「はじめましてルイジアナ嬢、先程ご紹介に預かりましたケロックと申します。詳しい説明は後にしまして、不躾にも貴女の手を取る無礼をお許しください」
と言うや否や、右手でルイジアナの左手を取るケロック。フニランも「心得た」とばかりにもう片方の手を取った。
相変わらずなんの反応もなく、その表情も変わらない。ただ、その瞳は困惑に揺れていた。
「スキル【天の声】」
『派生スキル発動条件のクリアを確認。
ルームを作成します。
場所を指定してください』
「無意識領域を上層に展開」
『展開しました。
新規ユーザーを確認。
管理者権限を利用しログインを認証。
脅威限度クリア、相互意識侵食はありません。
パスワードを入力してください』
「【超高速脳内会議】起動」
『認証しました。ルーム【超高速脳内会議】に入室します』
フッとブレーカーが落ちるように、3人の視界が暗転した。
どこまでも真っ白な世界。
床もなく天井もなく壁もない。前後も左右も上下もない。
小さな木製の円卓を囲んで、子供が3人席についている。
「さて、始めますか」
「あれ? お兄ちゃん?」
「ここは一体・・・あっ? 声が出る?」
各々が声をあげる中、聞きなれない声がしたので、2人はその1人に注視する。
短いマッシュボブの、ケロックよりも小さな子供がいた。抜けるような白い肌のその子はどこか中性的で、一見すると男女の区別がつかない。
しかし、その双眸に宿る深い紺色の瞳には見覚えがある。
「もしかして、ルイジアナさま?」
「そうだけど、ってえ? 包帯って言うか傷が・・・・・」
「詳しい説明は後にさせてもらうけど、改めて自己紹介を。クロムハーツ家長男、ケロック・クロムハーツです」
「同じくフニラン・クロムハーツ、お兄ちゃんの妹です!」
「えっと僕、じゃない。私はアイゼンヴァルト辺境伯家第一子、ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルトです。
そして、あの、すごく言いにくいんですけど、
ケロック、様。貴女の許嫁です」
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