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近衛騎士、勇者になる

勇者の懊悩

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そのまま寝室へ攫ってしまいたい衝動に駆られたが。
陛下から、返事を頂かねばならない。

名残惜しいが、唇を離す。


陛下は、紅をつけてもいないのに紅い唇をわななかせ。
その頬は真っ赤に染まっていた。

嫌悪に青醒めておられるかと思っていたが。


私の暴挙に対する周囲の反応も、意外なものだった。
どういう訳か、盛大な拍手と。
おめでとう、お幸せに、という声が聞こえた。

どうやら、私の献身を見てきた者達は、私と陛下が結ばれることを祝福してくれるようだ。


驚くことに、王母ローザリンデ様とリーゼロッテ殿下までも。
笑顔でお祝いして下さっていたのだ。


*****


クリスティアン陛下は先王、ベルトラート陛下から一切このことを聞かされていなかったご様子だ。
それも仕方がない。

愛しい息子に、このような残酷な未来を告げることはできなかったのだろう。


もしも私が幼きクリスティアン殿下に出逢わずにいたら。
この国はどうなっていたのだろうか。

少なくとも、殿下の御命は無かったものと思われる。
国王を継ぐ前に暗殺されていただろう。

そして私を遠ざけていれば、暴竜バルバルスはこの国どころか世界を滅ぼしていただろう。


私が陛下を花嫁に望んだのは。
他の誰にも陛下を触れさせたくなかったからだ。

陛下が私の、唯一の楔である。

私から陛下を奪い、世に放てば。
暴竜バルバルスの脅威どころでなく、この世の終わりといえよう。


すぐ傍に仕えているのは近衛騎士とは名ばかりの、とてつもなく危険なものであるという、恐ろしい未来が視えていたからこそ。
先王は、愛息子に真実を伝えることが出来なかったに違いない。


”クリスティアンを頼む”

この言葉には、一人の子の父親として、一国の王としての。
様々な思いが込められていたのだ。


*****


「陛下、お返事を頂けますか?」

その困惑された表情から。
当然、お断りされるだろうことはわかっている。


しかし。
何としてもこの場では、”はい”という返答を戴かねばならない。

私は、陛下の悲しむことはしたくない。
なるべくであれば。

だが。今は。

陛下の両肩を引き寄せ、愛らしい耳たぶを食みながら。
誰にも聞こえぬよう、そっと囁いた。

「……断れば、をこの聖剣ヴァルムントで殲滅し、貴方を攫い監禁し、私を受け入れる気になるまで犯します」

見る間に顔色が白くなってゆくのを見て。
申し訳なく思う。心が痛む。

私の言葉が口だけの脅しでなく、真実だと思われたのだろう。


その通り。王母、妹姫、大臣。近衛騎士たち、旅の仲間であったクラウスやマルセルすら、この手に掛けようと構わない。
目的を果たすためならば。

私は実際に、一切の感情を動かすことなく、それをできよう。


*****


「……国王の座は?」
陛下が小声で囁かれた。

国王である陛下を花嫁に望んだので、私がこのディートヘルム王国の王の座を狙っていると思われたのだろうか。
権力などに興味は無い。

「お辞めになりたいのなら。私は陛下が私の花嫁になること以外は望みません」
そう告げると。

陛下は皆の方に向き直り。
凛々しくも高らかに宣言されたのだ。

「私、クリスティアン・フォン・ローエンシュタイン=ディートヘルムの名において宣誓する。勇者アルベルト・フォン・ロイエンタールの花嫁となり、生涯添い遂げることを誓う」


「ああ、私のマイン・陛下マイェステート……!」
感動に打ち震えた。

はい、という一言だけでなく。
陛下の名のもと、生涯添い遂げることまで誓っていただけた。


昂った感情のまま、思わず抱き締め。
再び、唇を奪ってしまった。


「うぐ、」
唇の間に舌を差し入れ、口内を探り。

甘い舌を、存分に味わう。

「ん、……ぅ、」


身体をずらし、陛下の顔が投影魔法に映らないようにする。
私の腕の中に、隠してしまいたい。

唇を離すと。
はふはふと口で呼吸をされているのが大変可愛らしい。


無礼者、と頬を打たれるでもなく。
陛下は力の抜けた身を、私の胸に預けられている。

私がこの手を離すことはない、という信頼の表れであろうか。


「愛しています、私の陛下。これ以後も私は貴方の勇者として、あらゆる危険から身を護り。生涯の伴侶として公私共に支え、幸せにすることを誓います」

再び、盛大な拍手と歓声が上がった。


お似合いの二人だと言われ、思わず苦笑がもれる。
私は、穢れなき純白を染めんとする暗黒だというのに。


*****


「うわ、」
陛下を横抱きにし、攫うように王の間を去るが。

近衛騎士も、大臣らも。その場に居る誰も私の歩みを止める者はなく。
そのまま部屋を出た。


抱き上げたまま、陛下の寝室へ向かう。
陛下は私を押しのけるでもなく、肩に掴まっている。


「ロイエンタール卿、いかがされましたか?」

陛下が具合を悪くされたのかと思ったか、護衛の兵が寄ってきた。
投影を見ていなかったのか?


「しばらく誰も近づかぬよう」
「はっ、」

兵を下がらせ。
両手が塞がっていたので、魔法で扉を開けた。


「うく、」
扉を閉めるのと同時に、陛下の唇を奪う。

何故、陛下の唇はこのように甘いのだろうか。こうして、一度味わってしまったら、もう抑えることはできなかった。
何度唇を重ねても、また欲してしまう。

まるで誘うように無防備に開かれた唇を。
思う存分蹂躙し、味わう。


二人きりになったというのに。
陛下は抵抗されない。

舌を噛まれても構わない覚悟であったが。


お嫌ではないのだろうか?
それとも、未だ混乱されているのだろうか。

その心中は。


*****


しばし甘い唇を味わい。

「…うう。…は、」

唇を離した後。
すぐに用意していた物を装着させる。


「うぐ、……!?」
呼吸用の穴が開いた球状の口枷である。舌を噛まぬようにする道具だ。

混乱されている陛下のお身体を寝台にそっと横たわらせ、手首に革の拘束具を嵌める。
手枷の鎖は、天蓋の柱に取り付けた。


陛下は元近衛騎士の突然の暴挙に、何故このような事をしたのか、と言いたげな胡乱な視線を向けられた。

自決されないように。
前もって用意していた口枷を取り付けたのだが。


両腕を拘束したのは、抵抗されないためだ。

もし、陛下に抵抗されれば。
私は陛下を傷つけてしまうかもしれない。


誰よりも、何よりも大切な陛下を。


だから、私は。
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