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近衛騎士、勇者になる

披露宴にて

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「それでは、誓いの口づけを」
クラウスに促され、シャアラを持ち上げると。

初々しくも愛らしい、私の花嫁マイネ・ブラウトの顔が露になった。

緊張し、目を閉じて口づけを待つ花嫁の唇を、思うさま貪りたくなったが。
こみ上げる欲望をぐっと堪え、触れるだけの口づけをした。


花嫁は驚いたように目を開け。
それだけ? と言いたげな、あどけない瞳で見上げられ。

思わず理性を手放してしまった。


*****


花嫁の華奢な肢体を抱き締め。
そのやわらかで甘い唇に舌を捩じ込んだ。

逃げようとする腰を引き寄せ、後頭部を抑え。
深く口づける。

「んっ、」
抗議のためか、弱々しく腕を叩かれる仕草も愛らしく。

砂糖菓子のように甘い唇を味わうのを止められない。


「誓いの口づけは一度で結構です」
クラウスの呆れた声が聞こえ。

ようやく、正気を取り戻した。

非常に残念だが。
理性を総動員し、何とか愛らしい花嫁から手を離した。

まだ、式の最中だというのに。
危うく周囲の状況を忘れ、二人だけの世界に浸るところであった。


「花嫁が愛らしいので暴走してしまう気持ちはよくわかりますが。終わるまで我慢してください」
大変、を強調して二度言った。

クラウスに注意され。大聖堂に笑い声が響き渡った。

やたら大きな笑い声はマルセルか。
腹を抱えて笑った勢いで前列の椅子の背もたれに頭をぶつけ、痛がりつつも笑っている。


花嫁は耳まで赤く染め、恥ずかしそうに私を睨んだ。
恥じらう様子も愛らしく、思わずぎゅっと抱きしめたくなる。

……いかん、幸せのあまり、自制心を失いつつあるようだ。

暴走しないよう、重々気を引き締めねば。
私の可愛い花嫁に、恥ずかしい思いをさせてしまう。


この式は、世界中に投影されているのだから。


*****


式の後は花馬車で城下町を一周し、国民に顔見せをしてから城の大広間へ行き、披露宴を行う予定である。

馬車で廻るのは本来、王妃に迎えられた花嫁の顔見せの為だが。
今回は国王が花嫁で、救世の勇者が花婿だということで、国外からも多くの見物人が集まっているようだ。


今日と明日はあちこちで祝い酒などを振舞っているのもあり、城下町は人で賑わっている。
花嫁は笑顔で観衆に手を振っている。

その姿を見ているだけで、こちらも嬉しくなる。

お似合いの二人だと評判らしい。
光栄である。


花嫁に慶事の催しを問われ、それについて返答したり。仕事の手際を褒められたりしながら馬車を走らせ。
あっという間に城下町を一周してしまった。

楽しい時間は過ぎるのが早いものだ。

馬車が城門に着いたので、先に降り、花嫁の手を取る。
シャアラはすでに保管庫に預けておいたので、愛らしい花嫁の顔が良く見える。


大広間には、すでに来賓が揃っていた。
中央奥の壇上に席が花婿と花嫁の席が設けられていて、両脇に親族が並んでいる。

諸侯だけでなく、城詰めの騎士、僧侶、魔法使いたちも参加しているのでなかなか壮観な眺めだ。
今日働く使用人にも特別手当を支給したので、給仕して回っている使用人も嬉しげである。


皆が二人の結婚を祝ってくれた。


*****


私の花嫁は国王陛下として来賓に挨拶をし、私の隣に戻って来た。

花嫁と談笑しながら食事をしたかったのだが。
いつの間にか、私の前には騎士団のほぼ全員が並んでおり、結婚祝いの挨拶をしに来ていた。

私もまとめて挨拶をしておけば良かったと思ったが、もう遅い。


ヴァルターもおめでとうございます、と言って所定の警備位置に戻って行った。
いっそヴァルターが騎士団代表となって挨拶をしてくれれば良かったのだが。そこまでは気が回らないのか。

これではまだまだ後を任せられない。


皆と応対しながら、運ばれてくる料理に毒が混入されてないか検査し、花嫁の前に皿を置く。
私の前には手つかずの皿が並んでいるが。
さすがに食べている暇はない。


「アルベルト、口を開けろ」

「?」
脊髄反射的に陛下……ではなかった。今日は私の花嫁の方を向いて口を開けると。

口の中に、切り分けた肉を放り込まれた。

「…………」
これは。

今、私の花嫁が、私に食べさせてくれたのか。


まるで新婚夫婦のようではないか。
否、事実、私たちはもう新婚夫婦であった。

今日、これからもずっと。死がふたりを分かつまで。

ああ、何という幸福だろう。
夢なら醒めてくれるな。


「冷めないうちに食べないと……」
私の花嫁は、まだ大勢並んでいた騎士たちへ、批難するような視線を送った。

波が引くように、並んでいた騎士たちが引いていく。
それを見て、私の花嫁は満足そうに微笑んだ。


食事をする暇もない、私を気遣って……?
それとも、部下とばかり話をしていたのを寂しく思ったのだろうか。


ああ、私は何という幸せな花婿なのだろう。


*****


幸せに浸っている場合ではなかった。

式の最中に勃起しないように股間につけていた装具が、私の陰茎をギリギリと痛めつけているのだ。
せっかくの気遣いを無駄にしてはいけないと、自分の前に並んでいた皿は片づけたが。
尋常でなく痛い。


ここまで来ると、もはや大臣を見ても萎えない。
気持ちが悪くなってきたので。

口直しに、花嫁の顔を見る。
気分は良くなったが。股間の痛みは増すばかり。


「どうした、調子でも悪いのか?」
心優しい花嫁は、回復魔法をかけてくれようとしたが。

「……いえ、体調不良ではないので、回復魔法では治りません……。控え室で少し休んでも構いませんか?」
何とか立ち上がり、控え室へ向かう。

近衛騎士が付き添いを申し出たが、断った。


「待て、私が付き添おう」
私の身を心配し、わざわざ追いかけて来て下さるとは。

ああ、私の花嫁は何と優しいのだろう。


理由を知れば、呆れられるとわかっているが。
差し出された手を拒むわけにはいかない。


「申し訳ございません……」
情けなくも花嫁の肩を借り、控え室へ行った。
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