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近衛騎士、勇者になる
結婚式当日
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待ちに待った、結婚式の日が来た。
当然ながら、我がロイエンタール公爵家の親族の全てが集まる日でもある。
いちいち挨拶して回らねばならないのが面倒だが。
こういう機会でもなければそうそう集まることもないだろう。
母は私の顔の傷痕を見るなり、貧血を起こすほど嘆いていた。
私の顔はやや母親似ではあるが、母は他の者より少々魔力が高いくらいで、魔物の血の影響は出なかったようだ。
私の衣装は勇者の正装ということで新調した、儀礼用の正装である。
腰に佩くのは聖剣ヴァルムントではなく、儀礼用の剣。
胸には今まで戴いた勲章が並んでいる。
特等勲章は羽織った真紅の外套に。陛下につけて戴いたままの状態だ。
父は、顔の傷には言及せず。
胸の勲章を見て、しばらく見ない間に立派になった、一族の誉れであると称え。
今まで先祖に似ているというだけで疑っていたことを謝られた。
自分が魔族側であることを自覚した今ならば、厳しく育てられたのも仕方ないことだと思っている。
陛下には”ポーカーフェイス”なる言葉で評されたが。
何を思っても顔に出さず耐えることが可能な自制心を鍛えられたのには感謝している。
弟妹らには、私自身は血を遺せないことを謝罪し、ロイエンタール家を頼むと言い置いた。
一族が滅びようがどうなろうが構わないが。無駄に敵を作ることもない。
無難なことを言っておく。
*****
式の用意が整ったとのことで、大聖堂へ向かった。
同じく大聖堂へ向かう陛下の姿が見えた。
花婿と花嫁はそれぞれ別々の入り口から入るしきたりである。
遠目から見ても麗しい、そのお姿。
ルェシェのついたブルーゼに金糸のヴェステ、シュピッツェたっぷりの純白なゲーロックがよくお似合いで。
少年らしいほっそりした脚を包むホーゼもまた純白である。
先王亡き今、花嫁をエスコーテするのは陛下の叔父、ベルンハルト・フォン・ローエンシュタイン侯爵が行うという。
ベルンハルト卿を王にと推し、クリスティアン陛下を暗殺せんとする一派はすでに殲滅させた。
本人は国王の座を望んではいないので、生かしておいたが。
その息子を次の王に、と企む者が出始めたので、油断はできない。
何かあれば聖剣ヴァルムントを呼び寄せ、いつでも殲滅可能ではあるが。
今日は陛下……私の可愛い花嫁との結婚式、というめでたくも喜ばしい日である。
なるべく血は見たくないものだ。
*****
大聖堂は吹き抜けの高い天井。
奥に大きな神の像、その前に祭壇。
両側に天井まで届きそうなオルゲルがあり、厳かな音楽を奏でている。
華やかに装飾された天井、柱。グラスマレライの光が差し込む美しい建造物である。
信仰心の無い私でも、ここでは敬虔な信者のように心が鎮まる気がする。我ながら、魔物のくせに、とは思うが。
通路の両側の席には関係者、招待客らがすでに座っており。私の顔の傷について話しているのが聞こえる。
こうして侯爵、公爵、子爵、男爵らが並ぶのは滅多にないことだろう。この機に、顔を覚えておこう。
叛意ある者は、後で潰さねばならない。
この式の様子も、投影魔法によって全世界に中継されるという。
先日私が陛下にした求婚が話題になり。
是非とも二人の結婚式の様子を見たい、という声が集まったという話だ。
祭壇の前で花嫁を待っていると。
「任命早々、国王陛下と勇者様の結婚式という重大なお役目をいただき、まことに光栄の至りです」
教皇になったばかりのクラウスが挨拶してきた。
新しい教皇の衣装もまだ馴染んではいない様子で。
何やら初々しいのを面白く思い、笑みを浮かべたら。クラウスは頬を染めた。
陛下の仰られた、男前が上がった、というのは本当だったのだろうか。
「いや、クラウスのお陰でかなり無理をいわせていただいた。感謝する」
すぐに大聖堂の使用許可が出たのは、クラウスが陛下と私のために奔走したからである。
「しかし、顔の傷は残念でしたが。竜の爪の傷がここまで治療できるとは……。陛下の神聖魔法がこれほどまでに素晴らしいものとは思い至らず、恥ずかしいことです。私たちの負った怪我も瞬時に完治していましたし」
「私も、これ以外の傷は全て完治した。陛下は我々の命の恩人だな」
陛下への感謝を高めるよう、誘導しておく。
*****
陛下の神聖魔法の腕の素晴らしさ、皆も”神の加護”をかけていただけば良かった、などという雑談をしていると。
……来た。
大聖堂のオルゲルが鳴り響き。
花嫁の登場を報せた。
ベルンハルト卿のエスコーテで、花嫁が大聖堂に入ってくる。
花嫁はその美しさを余人から隠すためか、頭から長いシャアラを被っている。
シャアラの裾を持つのはベルンハルト卿の子女たちだ。
宝石を織り込んだその特殊な織り方は王母ローザリンデ様の祖国エルラフリート特有のものである。
代々、花嫁に渡して継いでいくものだろう。そのような、大事なものを託されたのだ。
心から、感謝を。
「クリスをよろしく。麗しの花婿殿」
「ええ、もちろん」
ベルンハルト卿から花嫁を託され、花嫁の手を取る。
ああ。
私の美しき花嫁、クリスティアン陛下。
クラウスが聖句を唱え、神の祝福を受け。
「私、アルベルト・フォン・ロイエンタールは神と敬愛すべき陛下の名において、私の花嫁であるクリスティアン・フォン・ローエンシュタイン=ディートヘルムを幸せにすること、生涯を支え、永遠に愛することを誓います」
神の名において、永遠の愛を誓う。
「私、クリスティアン・フォン・ローエンシュタイン=ディートヘルムは神の名において、アルベルト・フォン・ロイエンタールを夫とし、永遠に愛することを誓います」
そして、誓いの指輪の交換をする。
花嫁が私の手を取り、左手の薬指に指輪を嵌める。
これで私は花嫁のものになる。
私は跪き、愛らしい花嫁の手を取って。
そのほっそりした指に指輪を嵌め、口づけし。
つい悪戯心で。
永遠に外れなくなる魔法を唱えた。
怒られたら解呪するつもりであったが。
花嫁は驚いた様子であったものの。
仕方ないな、というように小さな息を吐いたのだった。
当然ながら、我がロイエンタール公爵家の親族の全てが集まる日でもある。
いちいち挨拶して回らねばならないのが面倒だが。
こういう機会でもなければそうそう集まることもないだろう。
母は私の顔の傷痕を見るなり、貧血を起こすほど嘆いていた。
私の顔はやや母親似ではあるが、母は他の者より少々魔力が高いくらいで、魔物の血の影響は出なかったようだ。
私の衣装は勇者の正装ということで新調した、儀礼用の正装である。
腰に佩くのは聖剣ヴァルムントではなく、儀礼用の剣。
胸には今まで戴いた勲章が並んでいる。
特等勲章は羽織った真紅の外套に。陛下につけて戴いたままの状態だ。
父は、顔の傷には言及せず。
胸の勲章を見て、しばらく見ない間に立派になった、一族の誉れであると称え。
今まで先祖に似ているというだけで疑っていたことを謝られた。
自分が魔族側であることを自覚した今ならば、厳しく育てられたのも仕方ないことだと思っている。
陛下には”ポーカーフェイス”なる言葉で評されたが。
何を思っても顔に出さず耐えることが可能な自制心を鍛えられたのには感謝している。
弟妹らには、私自身は血を遺せないことを謝罪し、ロイエンタール家を頼むと言い置いた。
一族が滅びようがどうなろうが構わないが。無駄に敵を作ることもない。
無難なことを言っておく。
*****
式の用意が整ったとのことで、大聖堂へ向かった。
同じく大聖堂へ向かう陛下の姿が見えた。
花婿と花嫁はそれぞれ別々の入り口から入るしきたりである。
遠目から見ても麗しい、そのお姿。
ルェシェのついたブルーゼに金糸のヴェステ、シュピッツェたっぷりの純白なゲーロックがよくお似合いで。
少年らしいほっそりした脚を包むホーゼもまた純白である。
先王亡き今、花嫁をエスコーテするのは陛下の叔父、ベルンハルト・フォン・ローエンシュタイン侯爵が行うという。
ベルンハルト卿を王にと推し、クリスティアン陛下を暗殺せんとする一派はすでに殲滅させた。
本人は国王の座を望んではいないので、生かしておいたが。
その息子を次の王に、と企む者が出始めたので、油断はできない。
何かあれば聖剣ヴァルムントを呼び寄せ、いつでも殲滅可能ではあるが。
今日は陛下……私の可愛い花嫁との結婚式、というめでたくも喜ばしい日である。
なるべく血は見たくないものだ。
*****
大聖堂は吹き抜けの高い天井。
奥に大きな神の像、その前に祭壇。
両側に天井まで届きそうなオルゲルがあり、厳かな音楽を奏でている。
華やかに装飾された天井、柱。グラスマレライの光が差し込む美しい建造物である。
信仰心の無い私でも、ここでは敬虔な信者のように心が鎮まる気がする。我ながら、魔物のくせに、とは思うが。
通路の両側の席には関係者、招待客らがすでに座っており。私の顔の傷について話しているのが聞こえる。
こうして侯爵、公爵、子爵、男爵らが並ぶのは滅多にないことだろう。この機に、顔を覚えておこう。
叛意ある者は、後で潰さねばならない。
この式の様子も、投影魔法によって全世界に中継されるという。
先日私が陛下にした求婚が話題になり。
是非とも二人の結婚式の様子を見たい、という声が集まったという話だ。
祭壇の前で花嫁を待っていると。
「任命早々、国王陛下と勇者様の結婚式という重大なお役目をいただき、まことに光栄の至りです」
教皇になったばかりのクラウスが挨拶してきた。
新しい教皇の衣装もまだ馴染んではいない様子で。
何やら初々しいのを面白く思い、笑みを浮かべたら。クラウスは頬を染めた。
陛下の仰られた、男前が上がった、というのは本当だったのだろうか。
「いや、クラウスのお陰でかなり無理をいわせていただいた。感謝する」
すぐに大聖堂の使用許可が出たのは、クラウスが陛下と私のために奔走したからである。
「しかし、顔の傷は残念でしたが。竜の爪の傷がここまで治療できるとは……。陛下の神聖魔法がこれほどまでに素晴らしいものとは思い至らず、恥ずかしいことです。私たちの負った怪我も瞬時に完治していましたし」
「私も、これ以外の傷は全て完治した。陛下は我々の命の恩人だな」
陛下への感謝を高めるよう、誘導しておく。
*****
陛下の神聖魔法の腕の素晴らしさ、皆も”神の加護”をかけていただけば良かった、などという雑談をしていると。
……来た。
大聖堂のオルゲルが鳴り響き。
花嫁の登場を報せた。
ベルンハルト卿のエスコーテで、花嫁が大聖堂に入ってくる。
花嫁はその美しさを余人から隠すためか、頭から長いシャアラを被っている。
シャアラの裾を持つのはベルンハルト卿の子女たちだ。
宝石を織り込んだその特殊な織り方は王母ローザリンデ様の祖国エルラフリート特有のものである。
代々、花嫁に渡して継いでいくものだろう。そのような、大事なものを託されたのだ。
心から、感謝を。
「クリスをよろしく。麗しの花婿殿」
「ええ、もちろん」
ベルンハルト卿から花嫁を託され、花嫁の手を取る。
ああ。
私の美しき花嫁、クリスティアン陛下。
クラウスが聖句を唱え、神の祝福を受け。
「私、アルベルト・フォン・ロイエンタールは神と敬愛すべき陛下の名において、私の花嫁であるクリスティアン・フォン・ローエンシュタイン=ディートヘルムを幸せにすること、生涯を支え、永遠に愛することを誓います」
神の名において、永遠の愛を誓う。
「私、クリスティアン・フォン・ローエンシュタイン=ディートヘルムは神の名において、アルベルト・フォン・ロイエンタールを夫とし、永遠に愛することを誓います」
そして、誓いの指輪の交換をする。
花嫁が私の手を取り、左手の薬指に指輪を嵌める。
これで私は花嫁のものになる。
私は跪き、愛らしい花嫁の手を取って。
そのほっそりした指に指輪を嵌め、口づけし。
つい悪戯心で。
永遠に外れなくなる魔法を唱えた。
怒られたら解呪するつもりであったが。
花嫁は驚いた様子であったものの。
仕方ないな、というように小さな息を吐いたのだった。
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