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近衛騎士、勇者になる

陛下の秘密

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陛下は元々、こことは異なる世界の住人であったという。


それが思わぬ事故により、29というまだ若い年齢で命を落とし。
その記憶を持ったまま、クリスティアン・フォン・ローエンシュタイン=ディートヘルムとして新しく生を受けた、と。

異世界はここよりも発展しており、誰でも様々な知識を得ることが可能だという。

そこで、一人の人間として生きてきたので。
そういった知識もあったのだと。


常人ならば、このような話をされれば、お気がふれたのかと思い、僧侶を呼び、治療を頼むだろう。
しかし。

陛下は幼少時より今まで、その場しのぎの嘘をつかれたことなど一切ない、清廉潔白なお方である。


それに。
何故かすとんと枠にはまった、というのだろうか。

私が今までずっと不思議に思っていた部分がぴったりと埋められた気がしたのだ。


*****


「ああ……異世界……成程、それで……」


陛下が気を抜かれた時。
咄嗟の時などに出てしまっていた、あの不思議な言語。

聴いたことのない旋律。

年齢不相応に長けた知識など。

それらは全て、陛下が元々異世界の住人であったということであれば、納得がいく。
そして、改めて尊敬存じ上げる。

生前の記憶を持ったまま、王母ローザリンデ様の胎から誕生されたのならば。それまで使ってきたのとは違う、馴染みのない、新たな言語を覚えねばならなかっただろう。
それで、お一人で城を抜け出し。
人知れず……騎士には見守られていたが……言葉の練習をされておられたのだ。


自分の身に置き換えてみれば、それがどんなに大変なことか想像に難くない。

たった一人、知らない世界に送られて。言葉も理解できない、無力な赤子の姿で。
新しい人生を送るために、どれだけ努力されてこられたか。

しかも、生まれ持った恵まれた環境に甘んじるでもなく、寸暇を惜しんで国王となる勉強をされていたことを。ずっと傍で見てきた私が一番よく見知っているつもりだ。


陛下が現在、立派な国王として国民から尊敬され、愛されているのは。

見た目の愛らしさだけでなく。
民を想う優しい御心と、たゆまぬ努力の結果であると断言できる。


*****


「やはり唯一無二の魂だと感じたのは間違いなかったようです。そんな陛下だからこそ、これほどまでに人の心を惹きつけるのでしょう」


あまりに衝撃的な秘密を告白したせいか。
不安げな表情で私を見つめておられた陛下に笑みを返し。

私も、今まで疑問に思いつつ、黙って心に秘めていたことを話すことにした。


「実は、騎士の位を頂いた時が初めてではなかったのです。……初めて貴方と出逢ったのは、私が12の時でした」

私は陛下と出逢った日の話をした。
前々から、陛下の言動に疑問を抱いていたこと。

お一人の時。咄嗟の時。
気を抜かれた時などに、の言語と思われる言葉を話されていることを。

少々以前つれなくされたことに対しての恨み言も、つい、入ってしまったが。


「……29年、別の世界で生きてこられたのなら、そういった知識があるのも致し方ありません。しかし……先日、口づけも初めてのご様子でしたが。あれは演技だったのですか?」
ふつふつと、怒りが湧き上がってきた。

口惜しいのは。
神でなければ、その異世界とやらに干渉できないだろうことである。

いくらここではない異世界の、過去の話であるとはいえ。


この方の”初めて”を奪った輩を。
私は許すことができない。


*****


怒りに震える私に向かい、陛下は弁解するように仰ったのだった。

「いや、生前も今生も、他人にそういう行為をしたこともされたこともない! キモオタだったから、チューどころか女性と手を握ったこともなかった!」


…………えっ?
女と手を握ったことすらなかった? 29年、生きてきて?
私に邪魔をされていたわけでもないのに?

陛下は生前、生涯を神に捧げた僧侶だったのだろうか?


では。
その穢れなき魂が故に、神から転生を許されたのだろうか?

「”キモオタ”とは? 終身を清らかに過ごさねばならない職業なのですか?」


陛下は、詳しく語ると長くなるから、としばし悩まれ。
簡潔に、”キモオタ”とは、世間から気持ち悪いと言われる”オタク”のことである、と仰られた。

”オタク”というのは。
特定の趣味や事柄に異常に拘るあまり内に籠り、時には排他的になることもある気質の者を指すらしい。


ならば、私は陛下オタクということになるのだろう。
我ながら、気持ち悪いほどの執着を抱いているという自覚もある。

間違いなく立派な”キモオタ”であるといえよう。


*****


「チューというのは? 交際の事ですか?」

”チュー”どころか手を握ったこともない、というには。
手を握る、という行為よりも一歩先の行為だろう。


「チューは、……その、口付けのことだ」
言葉に出すのも恥ずかしい、という風情で説明され。

ああ、この方は生前から純粋無垢な方であったのだ。
と思い知る。

いかがわしい知識があったのも。
単に勉強熱心であった故、偶然知ってしまっただけに違いない。

そして、私がつらそうだったので。
その知識を生かして、救おうと思って下さったのだ。

それなのに、私は。


「そうだったのですか。……陛下がそこまで大切にされていた唇を、私はいたずらに奪ってしまったのですね」

私は罪深くも陛下の可憐な唇を、陛下が眠っておられる時に、もう何度盗んでしまったことか。
……100と8回も。


「まあいい。どうせ以後もお前しかしない」
陛下は苦笑され、肩を竦められた。

一国の王子、国王に対し。そのような不埒な真似をするような騎士は唯一、私くらいだろうと。
そんな風に、簡単にこのケダモノを赦してしまって良いのですか?

私はまた調子に乗って。
試したくなるかもしれませんよ?


ならば、赦されるのかを。
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