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近衛騎士、勇者になる

初夜のはじまり

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「ああ……、陛下マイェステート……」

陛下の手を取り。
誓いの指輪に口づける。


「私は近衛騎士の身分のまま、生涯仕えようと思っていたのです。そんな私に身の程知らずにも貴方の全てを手に入れたいと願う欲を抱かせたのは、貴方のせいですよ」

どこまで許されるものか。
機を見て触れていたことを告白した。

一度でも、無礼者だと手を振り払われれば、諦めようと思っていたことを。

仕えたばかりの時。
公爵の嫡子である私を特別視せず、他の騎士と同様に扱い。

顔ではなく、能力を認めて頂けたのが嬉しかった。
騎士としてお仕えした頃より、私を疎んじておられていたのを気づいていたこともお話しした。


その理由は。
度々仰っていた、”ハラガタツホドイケメン”……つまり、私が己の顔を利用し、周囲の注目を集めていたことだろう。
それはあえてお伝えしなかった。


「私が聖剣を手に入れ、竜退治に出たのは陛下の身を自分の手でお護りしたいのが一番の理由でしたが。私は自分が陛下にとって必要な存在だと見直していただきたいという下心があったのです。……しかし、陛下は一番に私の身を案じて声を御掛けくださった。好奇の目から私を隠し、御自ら回復をされて。そして、傷が残っても男前だと微笑んでくださったのです。……疎まれていたはずの私を、心から心配し、労わってくださった」
知らず、声が震えていた。


「その時。私は気付いたのです。騎士としてではなく、一人の男として、貴方を愛していると」


*****


それまでは、無自覚であった。
思い返せば、己がしてきた行為は、異常極まりないものだったというのに。

「思えば私が何かをしたいと願ったのは、騎士になり、御身にお仕えしたいと思ったのが初めてでした。この身に換えてもお護りしたいと思ったのも」

胸の褒章に視線を感じ。
胸を飾る褒章の大半は陛下を狙った暗殺者や夜盗を始末した褒美であることをお話しした。


大切に、お護りしてきたつもりだ。
そのお心も身体も。傷つくことなく、健やかに過ごしていただきたいと願っているのも本心である。

だが。
「浅ましくも私は、肉欲を抱くようになり。どうしても欲しいと。全てを擲っても手に入れたいと思いました。しかし、私は長年臣下として仕えてきた身。私などに求婚され、花嫁に望まれれば。お気を病まれ世を儚むかと、あのような……」


今までそのような不埒な行為をしてきた私を責めることなく。
陛下は困った子を見るような、それでいて優しい目を向けて下さった。

そういえば陛下は16歳であられるが。
別人として29年もの間、異世界で過ごされたのだ。

精神的に、私よりもずっと年上であった。
それ故、ここまでの御心の広さをお持ちなのだろうか?


「アルベルト。……これからも私の傍で、私を支えて欲しい」
私が望んでいた言葉を下さった。

「はい、我が主マインヘア。御心のままに」

喜びで、胸が張り裂けそうだ。
私は、真実、私の花嫁になってくださった陛下の手の甲に、誓いの口づけをした。


生命ある限り、私は貴方のお傍から決して離れず。
貴方だけを愛し慈しみ。

あらゆる不幸から、貴方の身をお護りすることを誓います。


*****


「っ、」
またもや私の股間が激痛を訴えてきた。

股間の装具を外すのを忘れていたのだ。
寝室に着いてすぐに外せば良かったのだが、それどころではなかった。

急ぎ装具を外し、解放され、息を吐いた。


長年お一人だけ心の内に隠してこられた秘密を告げられたせいか、普段よりも晴れ晴れとした表情に見える。
相変わらず愛らしい花嫁は、悪戯っぽい顔をしながら私を見上げ。

「他人のに触れるのも、お前が初めてだぞ?」

解放され、自由になった屹立の先端を。
花嫁の指が撫でた。

「私もです」
触れたいと思うのも。

この生命を投げ出しても良いと思ったのも。
この世にただ一人。貴方だけだ。

花嫁を胸に抱き寄せ、空いた手で身体を愛撫する。


「……この目の色。気に入ってるから。潰れなくて良かった」
花嫁は、私の目元の傷痕に触れた。

もう少しずれていたら。
竜の爪の呪いで、眼球が再生不可能だっただろう。

これは、私が欲を抱いていた故。
竜の甘言に心を揺らし、油断してついた傷である。

消えずに残ったのは、もう二度とあのような無様を。油断をしないという戒めになるだろう。


「この瞳の色は、先祖返りのようです。実家では、悪魔の生まれ変わりと疎んじられていたのですが。お気に召されたなら嬉しいです」

悪魔の生まれ変わりどころか。
もうすでに魔物そのものといっても良いのだが。


*****


口封じはしたようだが。
家系の恥になるためか、一族にのみ、口伝でしか伝わっていなかったのだろうか。
ロイエンタール家の忌まわしき先祖の話はご存じなかったようだ。

灰色掛かった金髪、青藤色の瞳、比類なき美貌を持つ残忍な殺人鬼。
アズナヴール・フォン・ロイエンタール公爵の伝説を。


アズナヴール公爵はその美貌で少年少女を騙し、かどわかしては無惨極まりない手段で殺し、その血肉をも喰らっていたと言われている。
100人近く犠牲者を出し、発覚しそうになったので事故死という名目で斬首されたという。

ロイエンタール一族は現在、私以外は皆、青い目で。髪の色は様々あるが。
灰色掛かった金髪、青藤色の瞳、比類なき美貌の全てをそなえているのは唯一私だけであった。

なので、一族から疎まれていたことも。


「そういった生活が当たり前な環境で育ったのならともかく、性質は遺伝しないのだ。気にするな、お前はお前だ。今や救世の勇者なのだから。今度言われたら、国王の好きな色を悪く言うのは不敬罪だと言い返してやるがいい」
花嫁は、私を励ますように背を叩き。

この忌まわしい瞳を、好きだと仰ってくれた。
それがどんなに私の心を慰めたか、理解されないだろう。


ただ、愛していますと告げ。
口付けた。
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