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種明かし

異世界の知識

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「治ったか?」
べしべしと遠慮なく腰を叩いてやる。

私は国王の腰を気安く叩く無礼者なはずだが。
護衛の兵も、大臣たちも。何故か微笑ましい光景を見ているような顔をしていた。
私の外見が子供に見えるからか?

「ふふ、もう治ってる。叩くな」

困ったような顔をしているが、どこか嬉しそうだ。
やはりマゾヒストなのだろうか。


初めのうちは、私の情報を得ていないふりをしていたのだろうが。
油断していたのか、ずいぶんあっさり投げられていたな。

受け身も取れなかったのには驚いた。
足運び、隙の無い立ち居振る舞いからして、相当な手練れだろうに。


*****


「そういえば。ずっと見ていたのなら、私が武術を嗜んでいたことも知っていたのでは?」

公式試合には参加していないものの。
少なくとも十年以上は道場に通い、組手や投げ技などの稽古をしていたというのに。

ちょうどリカルドが見てない時に稽古をしていたのだろうか?

さすがに41年もの間、二十四時間ずっと目を離さずに見ていたわけではなかろう。
……映像として記録している、だと?

消せ。今すぐ全て消去しろ。


「……なるほど。では、あれが、」
今思えば、あれが武術の稽古だったのか、という記憶はあったようだ。

「剣の代わりに柔らかそうな棒で稽古をしているのは見ていたが。踊っているのだと思っていた。扇子を手に、舞っていただろう?」


確かに、日舞も一時期、習ってはいた。
しかし、日本舞踊と武道の組手では全然違うだろう。

リカルドには着物と道着の区別もついていなかったようだ。それなら仕方ない……か?

上級者同士の手合わせなら、見ようによっては舞っているように見えるかもしれない。
いや、むしろ初心者同士で裾を取り合っている姿の方が、ダンスしているように見えるか?


そうか。
この世界には、転ばされた時などにダメージを軽減するすべが、魔法以外に存在しなかったのか。

”受け身”という概念自体がないと知っていたなら、少しは手加減したのだが。

素人に投げ技をかけるなど。
打ちどころが悪ければ命を落とす危険があるからな。



*****


リカルドの知る”格闘術”は、手足を使った攻撃や、刃を潰していない真剣を使った模擬戦など、大怪我上等の危険な稽古なので。
剣道までは武術だと理解できても、合気道や柔道のような組手の存在を知らなかったようだ。


「気が付いたら視界が回転していた。魔術のようだった。あれは是非、兵の訓練に取り入れたいものだ」
痛い目に遭ったというのに、前向きである。


魔法が当たり前のように存在するこの世界でも、魔法を戦略兵器並みの攻撃に使えるほどの使い手となると、一個部隊を作るほどはいないので。
主な戦いは、騎馬での槍や剣の攻撃、弓矢やカタパルトでの石投げ、白兵戦になるようだ。

この世界、魔法があるせいか、兵器の発明はかなり遅れているようだ。
大砲や銃は存在しないのか。なるほど。

後で、この世界の歴史をじっくりと学んでみたいものだ。
どのように発展してきたのか興味がある。


「言っておくが。戦争に関しての知識をこちらに持ち込むつもりはないぞ?」

魔法使いの数も多くなく、大砲も銃もないこの世界なら。
私でも世界征服は不可能ではないだろう。

やるつもりはないが。
歴史や化学の知識があれば大量殺戮兵器など、いくらでも作れる。


私の生きていた世界は、医療も科学も文明は戦争によって飛躍的に発展した。
しかし、それによって失われたものも少なくない。

特に銃は、狩猟などに使われるよりも犯罪・殺人に使われる方が圧倒的多数だ。
もしも神が存在するのなら、人を害することしかない危険な道具は真っ先に取り上げるべきだと思うのだが。


かつて神が存在していたとしても。
すでに人間という身勝手な生き物には呆れ果て、見捨てられているのかもしれないな。


*****


「ああ、大丈夫だ。そういう意味で穂波を利用するつもりなどない。この世界には私以上の魔導師は存在しない。50年前、世界不可侵条約を結んだので、私が生きている限り、戦争などさせない」
リカルドは優しく微笑んで言った。

目の前で魔法を使ったのは、さっきの治癒魔法が初めてなので。
つい、失念していたが。

そういえばこの男、異世界にいた魂を召喚することができる、大魔導師であった。


国レベルでの争いを鎮静化させるには、誰もが反乱する気にもならないほどの圧倒的な力の差を見せつけてやる必要がある。
話せばわかるとか、力に頼るなとか。人の善性などに期待していては悪がのさばり、善が割りを食うだけだというのは今までの歴史が証明していた。


”運命の番”が過ごす世界は、平和でなくてはいけない。

物騒な戦争のない、安全な世界を作るため。
リカルドは自らの手を血で汚す覚悟を決めたのだという。


そして50年前、この世界を統べたのだ。
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