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祈
永遠の思い出
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「経済学など会社経営に必要な科目はイギリスの大学でとっくに履修済みだったのでね。大学とも相談の結果、法学部にした。法律を勉強するのは会社経営にも役立つだろう、と」
大学には、大騒ぎになると迷惑が掛かるからと目立たないよう変装して通い、在学中は母親の旧姓で通すことにしたのだが。
大学側のミスで、東条の御曹司が合格した、という情報が漏れてしまった。
「幸い、フルネームまでは知らなかったようで、助かったかな」
東条、の名で会社情報を調べれば、噂の御曹司のフルネームが”東条 祈”だということはすぐに判明するだろう。母親の旧姓が曽根であることも。
しかし、”曽根 祈”という名の、地味で野暮ったい学生が東条の御曹司と同一人物であることを見破った人間は、今まで現れなかったのである。
*****
「大学に通いながら、普通に電話で取引先と話したりしてたし、タブレットで仕事もしてたが。今まで誰にも気づかれなかったよ」
興味を持たれるような容姿をしてなければ、そうそう他人から見られないものだ。
「まあ、あの変装はちょっと、というかかなりバレないよね……」
「ああ。サークル勧誘の声も掛けられなかったくらいだ」
在学生だと思われたのかもしれない。
まあ、年齢的にはそうでもおかしくないからな。
「……あれ? でも。去年はいなかったよね?」
変装していたのに。
永遠は私の存在をきちんと認識してくれていたようだ。
「そう。受験したのは今年だ。法学部一年。永遠は年下の先輩になる」
合コンの時にも、あえて学年は言わなかった。
永遠にならいいが。他の連中に先輩面されるのは業腹だからだ。特に、宮島などには。
「単位、足りるの?」
自分が付きまとわれていたことより、私の進級の心配をしてくれたようだ。
永遠は本当に心優しくて可愛い。ますます好きになってしまう。
「大丈夫。今まで真面目に通ってたのでね。空いてる時間に他の科目に顔を出すくらいは可能だよ」
さすがにここ一週間は、必修科目を休んでしまったが。
問題はない。
「……で、僕のこと探してたって。何で?」
永遠に心当たりは全くない様子だ。
「まあ、覚えてないだろうとは思ってた。名乗ってもいなかったし」
覚悟はしていたが、やはり少々ショックだ。
「覚えてない? 実際に昔、会ったことがあったの? 全然記憶にないけど。人違いじゃなくて?」
人違いなどであるものか。
忘れもしない。
10年前の、あの出会いの事を。
今も目を閉じれば、鮮やかに甦る。
*****
東条グループの名を知らない日本人はいないだろう。
東条家は元華族だったが、戦前から軍需産業に力を入れていて。
銀行や不動産にも手を拡げ戦後の混乱も乗り切り、今なお成長を続けているというモンスター企業である。
戦前も兵器を作り、現在は欧米に兵器を売る子会社も持っているのだから、ある意味暴力団よりもタチが悪い。こちらの商売はあまり知られていないが。
私は末子ではあるが、東条本家の直系、という立場であり、生まれた時から自由は無かった。何をするにも大人がついてきて監視されていた。
将来、いくつかの事業を任される重圧と、周囲の人間たちの裏表があり過ぎる態度に思い悩んでいた。
そんな時だった。
私が”永遠”という”運命”と出逢ったのは。
運転手を騙して撒いた私は、公園に逃げ込んで。
無力な自分、自分を取り巻く環境など。
やるせない思いに泣いていた。
そこには先客がいて。
私にハンカチを差し出してくれた。
それが永遠だった。
どうせもう二度と逢うこともないだろうと思った私は、自分の不満をぶちまけた。
永遠はそんな私を慰めるでもなく。
受け取り方……視点を変える事、いっそ日本から離れてしまえばいいと言ったのだった。
目から鱗が落ちた思いがした私は。
勘当覚悟で自分のしたいこと、将来の話を父に話した。
幸い反対されることなく、親戚の居たイギリスに行き。誰も自分を知らない場所で力をつけることにした。
立派になったらあの子を迎えに行こう、という目標を立て、努力した。
”あの子”のことを探させてはいたが。
ハンカチに刺繍されていた”TOWA”という名と、女の子みたいに可愛い顔という情報しかなかった。恐らく見つかることはないだろうと半ば諦めていたものの。
目標はずっと変えずにいた。
そして、ケンブリッジ大に在学中、協力者を募り起業し。会社を大きくしていき。
東条の名に頼らずとも、自立できるだけの力を手に入れた。
二十歳になる頃だったので、そのままイギリスで永住権を取ることも考えたが。
まさに運命的なタイミングで。
探していた”あの子”が見つかったという報せが入ったのだ。
*****
「……ごめん、全然記憶にない」
話を聞いた永遠は、申し訳なさそうな顔をした。
その頬を、そっと撫でる。
「ひどく腫れていた。熱に浮かされていたんだろう。仕方ない」
足を怪我して、つらかっただろうに。
見ず知らずの少年の愚痴話を聞いてくれた。
しかし、熱に浮かされた状態だったから、忌憚のない意見を述べてくれたのだろう。
通常の永遠だったら、当たり障りのないことを言ったかもしれない。
だからこそ、私も素直に受け止めた。
大学には、大騒ぎになると迷惑が掛かるからと目立たないよう変装して通い、在学中は母親の旧姓で通すことにしたのだが。
大学側のミスで、東条の御曹司が合格した、という情報が漏れてしまった。
「幸い、フルネームまでは知らなかったようで、助かったかな」
東条、の名で会社情報を調べれば、噂の御曹司のフルネームが”東条 祈”だということはすぐに判明するだろう。母親の旧姓が曽根であることも。
しかし、”曽根 祈”という名の、地味で野暮ったい学生が東条の御曹司と同一人物であることを見破った人間は、今まで現れなかったのである。
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「大学に通いながら、普通に電話で取引先と話したりしてたし、タブレットで仕事もしてたが。今まで誰にも気づかれなかったよ」
興味を持たれるような容姿をしてなければ、そうそう他人から見られないものだ。
「まあ、あの変装はちょっと、というかかなりバレないよね……」
「ああ。サークル勧誘の声も掛けられなかったくらいだ」
在学生だと思われたのかもしれない。
まあ、年齢的にはそうでもおかしくないからな。
「……あれ? でも。去年はいなかったよね?」
変装していたのに。
永遠は私の存在をきちんと認識してくれていたようだ。
「そう。受験したのは今年だ。法学部一年。永遠は年下の先輩になる」
合コンの時にも、あえて学年は言わなかった。
永遠にならいいが。他の連中に先輩面されるのは業腹だからだ。特に、宮島などには。
「単位、足りるの?」
自分が付きまとわれていたことより、私の進級の心配をしてくれたようだ。
永遠は本当に心優しくて可愛い。ますます好きになってしまう。
「大丈夫。今まで真面目に通ってたのでね。空いてる時間に他の科目に顔を出すくらいは可能だよ」
さすがにここ一週間は、必修科目を休んでしまったが。
問題はない。
「……で、僕のこと探してたって。何で?」
永遠に心当たりは全くない様子だ。
「まあ、覚えてないだろうとは思ってた。名乗ってもいなかったし」
覚悟はしていたが、やはり少々ショックだ。
「覚えてない? 実際に昔、会ったことがあったの? 全然記憶にないけど。人違いじゃなくて?」
人違いなどであるものか。
忘れもしない。
10年前の、あの出会いの事を。
今も目を閉じれば、鮮やかに甦る。
*****
東条グループの名を知らない日本人はいないだろう。
東条家は元華族だったが、戦前から軍需産業に力を入れていて。
銀行や不動産にも手を拡げ戦後の混乱も乗り切り、今なお成長を続けているというモンスター企業である。
戦前も兵器を作り、現在は欧米に兵器を売る子会社も持っているのだから、ある意味暴力団よりもタチが悪い。こちらの商売はあまり知られていないが。
私は末子ではあるが、東条本家の直系、という立場であり、生まれた時から自由は無かった。何をするにも大人がついてきて監視されていた。
将来、いくつかの事業を任される重圧と、周囲の人間たちの裏表があり過ぎる態度に思い悩んでいた。
そんな時だった。
私が”永遠”という”運命”と出逢ったのは。
運転手を騙して撒いた私は、公園に逃げ込んで。
無力な自分、自分を取り巻く環境など。
やるせない思いに泣いていた。
そこには先客がいて。
私にハンカチを差し出してくれた。
それが永遠だった。
どうせもう二度と逢うこともないだろうと思った私は、自分の不満をぶちまけた。
永遠はそんな私を慰めるでもなく。
受け取り方……視点を変える事、いっそ日本から離れてしまえばいいと言ったのだった。
目から鱗が落ちた思いがした私は。
勘当覚悟で自分のしたいこと、将来の話を父に話した。
幸い反対されることなく、親戚の居たイギリスに行き。誰も自分を知らない場所で力をつけることにした。
立派になったらあの子を迎えに行こう、という目標を立て、努力した。
”あの子”のことを探させてはいたが。
ハンカチに刺繍されていた”TOWA”という名と、女の子みたいに可愛い顔という情報しかなかった。恐らく見つかることはないだろうと半ば諦めていたものの。
目標はずっと変えずにいた。
そして、ケンブリッジ大に在学中、協力者を募り起業し。会社を大きくしていき。
東条の名に頼らずとも、自立できるだけの力を手に入れた。
二十歳になる頃だったので、そのままイギリスで永住権を取ることも考えたが。
まさに運命的なタイミングで。
探していた”あの子”が見つかったという報せが入ったのだ。
*****
「……ごめん、全然記憶にない」
話を聞いた永遠は、申し訳なさそうな顔をした。
その頬を、そっと撫でる。
「ひどく腫れていた。熱に浮かされていたんだろう。仕方ない」
足を怪我して、つらかっただろうに。
見ず知らずの少年の愚痴話を聞いてくれた。
しかし、熱に浮かされた状態だったから、忌憚のない意見を述べてくれたのだろう。
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だからこそ、私も素直に受け止めた。
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