異世界の天使~鳥は二度羽搏く

篠崎笙

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レティシアにて

イザヤ:焦燥

「イニス……?」

オリバー伯は。
イニスを見て、驚いたように言った。

「生きていたのか。更生施設にもいないというから、てっきり……」


何故。こいつが

……娼館の客だったのか。
更生施設を、探した?

こいつも、イニスを求めていたと?


オリバー伯は、イニスの首の飾りを凝視していた。
嫌な、予感がした。


◆◇◆


「その首飾りは……まさか、」
しまった。


「総員、オリバー伯を確保!」

指示を出したが、一拍遅かった。
それは致命的な遅れだった。

伯爵相手と思い、証拠がなければ、と。一瞬の躊躇が判断を遅らせたのだ。


やつはイニスを掴み。
もう片方の手で、イニスの側にいた兵士を斬った。

兵士は血飛沫を上げて倒れた。


宣戦布告である。
私の兵に手をかけ、私のイニスを連れて行こうとは。

もはや伯爵相手だろうが、手加減は必要ない。


「追え! 今、この時より、ニューエル伯オリバーは我が騎士団の敵と相成った!」
応、と叫び声が上がる。

幸い、急所は外れたようだ。兵士は生きていた。
救護班に処置を頼み、駆ける。


やつは奪った騎士団の馬に乗って逃走した。

イニスを抱いているため、下手に攻撃ができない。
そのための人質と取ったか?


首飾りを見ていた。
私の、大事なものだとわかったはずだ。

もし、落馬などすれば。か弱いイニスは死んでしまうだろう。


◆◇◆


自分の屋敷に逃げ込んだオリバーを追う。

警備の兵が邪魔をするが。
総て切って捨てた。


……どこだ。
どこへ逃げた。

屋敷を見てまわり、気付いた。


家族の絵姿。
見覚えがあった。

あの盗賊のリーダー。……赤毛の男。

オリバーの髪も、同じ色だった。
弟だったのだ。


怯え、青褪めたのではない。
弟の死を知り、ショックを受けたのだ。


イニス。

私への恨みまで、イニスにぶつけられたら。

私のものだというしるしを持たせたばかりに。


恐怖で、頭がおかしくなりそうだった。
屋敷の者を切り捨てながら、虱潰しに、オリバーが逃げ込んだ部屋を探す。


イニスはどこだ。
私の小鳥。


◆◇◆


迷路のように入り組んだ廊下を走り、地下室へたどり着いた。

堅牢な鉄の扉だったが、魔術で溶かす。
……早く。
早くしないと。私のイニスが。

殺されてしまうかもしれない。
恐怖で、手が震える。


「孕めっ、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、まだ、孕まないのか!」
苛立ったように男が腰を叩き付けているのが見えた。
ぐちゃぐちゃと、交接音が響いている。


大きな男に、イニスが犯されていた。

巨大なもので犯され、イニスは意識が朦朧としているようだ。
人形のように、ただ、揺さぶられている。


胃の中のものを、すべて吐いたらしい。緑色の、胃液。
饐えたにおいと、精液の獣臭いにおい。

男は、気が狂ったように叫びながら、腰を打ち付けている。
「孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め!」


その浅ましい姿に、私は気付いた。


◆◇◆


……こいつと、どこが違うのだ。


イニスにとっては、同じなのではないか?
私も、こいつも。

一方的に、押し付けて。
犯して。

イニスを苦しめたのは。


だが、もう聞くに堪えなかった。
男の頭部に刃を走らせる。

「孕、」
もう、何も言えなくなったは、ゆっくりと後ろ向きに倒れた。


切り離された頭部が、床に落ち。
遅れて、本体から血が噴き出した。

やつが最期に、大量に吐き出したのだろう精液が、イニスのぼっかりと開いた後孔から、ごぽごぽと溢れ出していた。

私の罪を、見せ付けられたような気がした。


イニスはこちらを振り向いて、固まっていた。
恐怖で凍り付いているようだ。

我ながら、酷い姿だ。
全身、返り血で真っ赤で。屋敷の者、目にした者は総て屠ってきた。


大きな目を見開いて。
そんな、醜い私を見ていた。

手を差し出したが。
顔を背けられた。……顔を見たくもない、か。


◆◇◆


「すまない。いやかもしれないけど……来て?」
マントで、汚された身体を包んでやる。

イニスはいやいやと、力なく首を横に振っている。

しかし、いつまでもここには置いておけない。
抱き上げると。


「だめ……イザヤのマント、汚れちゃう、」
そんなことを気にしていたのか。

そんな、泣きそうな声で。

きゅう、と胸を締め付けられる。


「こんなもの。どうでも良いのだ。イニスに比べられるものなど何も無い」
そっと、小さな身体を抱き締めた。

「イザヤ、……顔も、きたないし、見ないで、」

私は汚いとは思わないが。
イニスが気にするのならば、と顔を拭ってやり。

懐から水筒を取り出して、口をゆすがせると。
少しは落ち着いたようだ。


「あいつ、最初の、客だったんだ……」

イニスの、初めての相手か。
殺しても飽き足らないと思っていた相手だった。

オリバーは、かなりイニスに執着していたらしい。
常連客となり、当時から、孕めと言われていたという。


天使だと呼ばれて。孕めと言われながら犯されて。
気持ち悪くなって、吐いたのだと。


同じことをしてしまっただけに、何も言えない。


◆◇◆


「あいつに犯されて、初めて気付いたんだ。……僕、イザヤが好きみたい」


「………………?」
今。

何と?


「殿下ー、どこで……ひえええ!? なんじゃこりゃあああ!?」

ハーマンがオリバーの死体を見て、情けない声を上げた。
気が抜けて、笑ってしまう。

こんな、凄惨な現場で。


オリバー公は、盗賊の頭を張っていた腹違いの弟と結託し、ウェンデルに麻薬や攫った人間を売り、ひそかに私腹を肥やしていた。
そして、人に言えない趣味を解消しに、度々ウェンデルに通っていたらしい。
……少年趣味である。

屋敷から、その証拠が続々と出てきたのだ。
屋敷にいた者たちも、犯罪者であった。

結果的に、皆殺しもやむなしということになる。

さすがに理由なく伯爵とその家の者を断じたのでは、私といえどもその責を免れないところだった。


「殿下? 何故そんな嬉しそうなんです……?」
「聞かない方が良い予感がします……」

ハーマンとアンドリューが薄気味悪いものを見るような目で私を見ていたが。
ほくそ笑みたくもなる。

イニスは、オリバーのことを、名前を呼ばれるまで気づかなかったというのだ。
常連客だったというのに。

性器と服の色でしか、客を認識してなかったという。
そうすることで、自分の心を護っていたのだ。


しかし、私が助けに行った時は、すぐにわかったという。
一度しか逢ってなかったのに。

そうか。
私は特別なのか。


……しかし、私も少年趣味の変態だと思われていたのは切ない。
確かに無毛の股間を愛でて息を荒げていたのだから、そう思われても仕方ないのだが。

子供に興奮するのではない。
イニスにしか、興奮しないのだと。


一生かけて、わかってもらうしかあるまい。
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