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ローラン・ロートレック・ド・デュランベルジェの人生

Sans toi, je ne suis rien.(君なしではいられない)

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伯爵同士で話し合うのも勉強になるものだ。
お互いに提言し、意見を参考にして。領民がより良い生活を送るための案を出す。


俺の領地は一族が引き継ぐだろうが。
アンリにとっては、王になれば手放す土地だというのに。改善に努力を惜しまない。

慈悲深く、聡明で。こんな美しい魂を、汚されないように守りたいと思う。


アンドレの方は、俺に大切なアンリを汚されたと思って、剣の稽古の時に殺意を放ち、本気で斬りかかってくるほどだが。
アンリは俺如きでは汚されない。ご主人様を見くびり過ぎだ。

まあ所詮、裏の仕事もしたことのない王子様では仕方ないか。

アンドレは王子のくせにかなり腕が立つので、いい練習相手になってくれて、俺は有難い。
アンリが医療魔法を展開しながら心配そうに見守ってくれてるのも嬉しいしな。


俺だけを心配してくれればいいのに、とは思うが。
アンリは優しいから、世話係が傷つくのも嫌なのだろう。


*****


朝晩アンリの着替えを手伝うのは、俺の仕事になった。

俺の服はブトンで留めるだけの簡単な作りだが。
アンリの服はみな、やたら手の込んだ、一人では着られないような面倒な作りのものばかりだ。アンドレの仕業だろう。似合っているからいいが。

幸せな仕事を俺に取られたアンドレの剣捌きがいよいよ神がかってきている……。


夜は、待ちに待ったお楽しみの時間だ。
氷で作られた精巧な人形のように見えるアンリが、生きた人間で。抱けばあたたかく。触れれば快楽を感じ、貫けば色っぽく身悶え喘ぐのだと知っているのは俺だけだ。


アンリの寝室まで、花嫁を運ぶように抱いて行く。

「今日も……するのか?」
「ああ、もちろんだ。……嫌か?」
問うと、アンリは頬を染めて首を横に振った。

幸い、俺の身体はアンリのお気に召したようだ。
抱きたいと言って、断られたことは、まだ一度もない。


「あ、ああっ、ん、キモチイイ……、」

アンリは時々、聞いたことのない発音で鳴く。
理性を飛ばしている時だけだが。

その言葉を、知っているような気がして。

思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。
何だろう、これは。

俺が、アンリに惹かれたのには、何か、俺の覚えていない記憶のせいなのか。
一目惚れ以外に、理由があったのか。


「ロロ……?」
動きを止めた俺を、甘く咎める。

意地悪で焦らしたわけではないのだが。

「……何でもない。少し、気がかりなことがあっただけだ」
アンリの額に口づけて。

行為を再開した。


*****


身分の差などないように振る舞うアンリは、城の使用人たちからもかなり慕われている。
特に女中セルヴァントなどはアンリが通るたびに大騒ぎをするほどだ。

それに対しアンリは咎めたりせず、仕事が楽しいのはいいことだ、と言う。

このような考え方をする人は初めて見る。
それまで俺は、ほとんどの使用人は生きるために仕方なく過酷な労働をしているのだと思っていた。
魔素の少ない者は虐げられるこの国で。

それとなく、アンドレに訊いてみたが。
アンドレに教わったわけでなく、5歳頃からそういった考えを口にするようになったという。


ああ。
やはり、アンリはこの国の国王になるべくして生まれてきた、神に選ばれた人間だ。

そして俺は、アンリを支えるために生まれてきた。

そう思っているのに。
俺の心を蝕む欲は際限がなくなっている。どす黒い欲望に、おかしくなりそうだ。


*****


朝、目覚めて。
自分の腕の中に、すうすうと寝息を立てている、あたたかい存在がいることに幸福を覚える。

目を覚ますと、愛しい人が腕の中にいる。

ここ数日、毎朝。
信じられないような幸福を味わっている。


アンリを強姦しかねないほど精神的に追い込まれ、求婚し。結婚を承諾され。
身体を重ねることを受け入れてもらったのはいいが。

一度したら、気が済むようなものではなかった。

抱けば抱くほど。
誰も知らないアンリの姿を知れば知るほど、のめり込んでいく。
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