上 下
15 / 16
第十四章

気がかり

しおりを挟む
後日ハイジャック犯を演じた残りの銀行強盗犯の七体の死体、有川辰哉、中溝敬三、宇藤健、矢後大輝、三根武士、宮代昭文、森部庄三はそれぞれ警察によって愛知県の瀬戸市、静岡県の掛川市の山林で発見された。



また、今川の自宅マンションからは銃やハイジャック犯の服装は見付からなかった。



「帰って来てからずっと抜け殻みたいね」

 

あの推理から三日後、亜理紗が一人、頬に掌を置きながら放課後の教室に残っている御神に声を掛けた。



暫く黙り込み、「ああ」と腑抜けた返事をした。



「・・・・・妙子、蓮司の事が好きになったみたいなの」



「ああ、知っている」



「どうして?」



「人間が異性に対して三秒以上目を合わせられないと大抵その異性の事に対して好意があるって統計学的に結果が出ている。実際、妙子は俺に対して三秒以上目を合わせられない事がここ数日で十回はあった。よって、妙子が俺に対して好意がある事は明確だよ」



「蓮司って、やっぱり面白い」



「そうなの?」



「私も蓮司の事好きになっても良い?」



「どうぞお好きに」



「諧謔よ。膠漆の妙子と恋のライバルになれる訳ないじゃん」



「それが良いと思うよ」



「それに私、蓮司の事、そんなに好きじゃないし」



「うん、それが普通の感覚だよ」



暫く、沈黙な時間が流れた。



「もう!ずっと何悩んでいるのよ。もしかしてあの事件の事!」



「・・・・・ああ」



「もしかして本当はまだ事件が解決していなかったりして」



「ああ、それは99%間違いないと思う」



「えっ、どういう事?・・・・・まっ、まさか今川さんを操って、自殺に見せかけて殺した真犯人がいたって事?」



「亜理紗は聡明だな。・・・・・そうだよ」



「そんな事を言ってないで、根拠を話してよ」



「話すと長くなるよ」



「何時まででも付き合うわよ」



教室の時計の針は既に十七時を回っている。



「分かった。話すよ。でも、多少俺の推測も交じっているからな。まず、今川さんの自殺についてなんだけど、可笑しな点が幾つかあると思うんだ。まず、整理すると今川さんは俺との議論の時、もし俺に論破され、自分が罪を認めなければならない状況に陥ったら、自分が捕まえられる事になってしまう割には最後の方は急にあっさりとしていたとは思わなかったか?」



「まぁ、確かにそう思ったけど、それはもし自分の犯した罪を誰かに見破られたら、根拠や証拠を出されるまでは必死に抵抗し、もう自分で言い逃れ出来ないと思ったのならば、観念して自殺しようと最初から心に決めていたからじゃないの。警察に捕まり裁判をしても、自身の欲の為だけに二人を殺害した今川さんは恐らく極刑を逃れないのは確実だからね」



「しかし、もし俺に自分の正体を見破れられる事が想定内だったとしたらどうだろう?」



「えっ、どういう事・・・・・」



「まず、その前に今川さんが自殺したのではない根拠から話そう。今川さんは自分が持っていた猛毒を塗った煙草を吸って死亡した。そして、その煙草を吸う直前に今川さんは「最後に一服させてくれませんか?」と言った。俺は「一服させてくれませんか?」の前に「最後」にという品詞を付けた事に少し疑問を感じたんだ。それを言ってしまう事で人生最後一服と意味だと俺達に捉えられ、自殺するつもりだという事が吸う前に俺達に悟られるからな。そうしたら、俺達に無理矢理にでもそれを止められる可能性があった。つまりあの「最後に一服させてくれませんか?」は、「刑務所にいる間は煙草が吸えないし、だから今の内に最後に一服吸わせてくれませんか?」という意味で、それをつい発してしまったと考えられるんだ」



「でも、それだけでは今川さんが自殺したのではない根拠にはならないのではないの?」



「いや、それだけではない。もし自分が真犯人Xだと見破られ、根拠や証拠を提示され言い返せられなくなり、その時は自ら人生の幕に終止符を打とうと予め考えていたのならば、あそこまで必死に言い逃れする必要があったのだろうか?また、あれほどの野心を持っていた人がそういう考えを元々持っていたとは考えにくい。あれは自殺するつもりは毛頭なく、冷静に何処かに抜け道がないかを探している姿だった。それにもし百歩譲って自殺するつもりだったのならばヘビースモーカーの今川さんからしてみれば人生最後に毒が塗っていない通常の煙草を吸って、それから、猛毒塗り煙草なり猛毒入り水で自殺したいと思わないか?」



「・・・・・そうだけどそれでも納得出来ないな。だって、その時の他人の心情なんて誰にも解らないだろうし」



「確かに他人の人間心理なんて誰にも解らないし、胸襟を悟る事も出来ない。ただ、あの自殺に限って言えば不審な点が多過ぎる。しかし、さっき言った通り俺に自分の正体を見破れられる事が想定内、亜理紗が言った通り今川さんを殺害した犯人がいたのならば全て辻褄が合うんだ」



「どっ、どういう事・・・・・?」



「つまり、あの時点で猛毒を持っているという事は俺に唐突にツインホテルに呼び出された時、今川さんの勘が働き、その呼び出された理由が事件の真相の解明で、自分が真犯人だと見破られる事を想定していたという事だ。そして、それが出来たのならば、ツインホテルに来ないで何処かに逃亡する手もあった筈だ。しかし、実際にはツインホテルに来て、猛毒塗り煙草を持っていた。となると次のケースが考えられる。いや次のケースしか考えられない。今川さんはそれが猛毒塗り煙草だと知らなくて、それを吸ってしまった。つまり、俺が警察を使ってツインホテルに事件の当事者達を呼び出した際に今川さんに猛毒塗り煙草を渡した人間、それも裏の世界に精通している人間が存在し、その人間から貴方が真犯人だと見破られるかもしれないと忠告されたんだ。そして、その者は今川さんと共犯者だったんだ。その根拠として前から思っていたのだけど、今川さん一人では無理な犯行が幾つかあった。まず、今川さん一人で十二時間以内にツインホテルから十体もの死体を車に運び出し、それぞれ岐阜県の美濃市、愛知県の瀬戸市、静岡県の掛川市の山林に死体を放置する事だ。そんな事本当に一人で可能なのか?実は俺があの推理をする前の宮内に推理を話した時、彼もこの事に関しては気がかりだった。俺もあの時は、今川さんの共犯者の存在について確証を持てなかったし、その存在を話した所でただでさえややこしい犯罪なのに、更に皆を混乱させる事になるから皆の前では言えなかった。あの時、氷室さんが一人でもこの事が出来る説を俺の代わりに押し通してくれて皆、疑問を持たず納得してくれたので正直内心ホッとしたんだ。それに今考えると、それぞれ死体を放置した場所も頷ける。あまりにも遠すぎる場所、例えば北海道や東北、九州にハイジャック犯達の死体を各地に放置しては今川さんの共犯者の存在に気付かれるし、あまりにも近すぎる場所、例えば名古屋市内に全てのハイジャック犯達の死体を放置しては、今度は今川さん一人でもそれは充分に可能だという事になる。一人で一日では少し無理な位の場所に放置するのが丁度良い。そして、更に今川さんに共犯者がいたという根拠として、安藤警部が、今川さんは計画1、2は透さんを調べる時に盗み聞きしたと推理していたけど、そんな極秘情報本当に自分自身の力だけで手にする事が出来たのか?盗み聞くチャンスがあるとすれば、透さんと利恵さんとの打ち合わせ時だけど、そんな僥倖な事、果して起こり得るのか?しかも、透さんと利恵さんの監禁される予定の部屋番号、透さんと利恵さんが犯行を終える時間帯、ハイジャック犯達の死体の隠し場所などといったそんな委細な情報を盗み聞けるのか?更に日本ではレアな銃なんて物、一般人である今川さんに入手する事が出来るのか?従って今川さんに共犯者がいた事は間違いない。そして、共犯者は今川さんに「安心して良い。人間一人で十体ものの死体をホテルから車に運び、それぞれ他県の三か所の山林に放置する事を一日でやる遂げる事なんて、頭の良い裁判官はそれが出来ないと考えるだろうし、透さんと利恵さんの計画を貴方が知っていた証拠は何もない。よって、裁判でその事を実証する事は不可能で、貴方は直ぐに釈放されるだろう。そして、この事件は今世紀最大のミステリー事件として後世に語り継がれるだろう。実際には私と貴方二人でやった事なんて露知らずにさ」と適当に方便を垂れ流し、俺の推理に対する反論を冷静だが必死に言い逃れしている姿を演じさせ、その後、一時的に警察に捕まるように指示した。それなら、今川さんが最後の方さばさばした態度を執った事について納得がいく。恐らく「どうせ私は無実になるのだから、ここは一旦、警察に捕まっておくか」と思っていたからだろう。しかし、実際にはその共犯者は俺に今川さんが真犯人Xだと勘づかれた時点で、自分の正体を喋ってしまう可能性がある今川さんを予め殺す事にしようと心に決めていた。そして、実際に猛毒塗り煙草を今川さんに吸わせて殺害した。仮にこの計画を計画4として、今川さんを殺害した共犯者を影の共犯者Xとしよう」







「ちょっ、ちょっと待って蓮司。今川さんが蓮司の推理後、猛毒塗り煙草を吸う保証なんて何処にもないじゃない。一体どうやって影の共犯者Xは今川さんに猛毒塗り煙草を吸わせたのよ」



「それは巧みな心理的誘導によるものさ。つまり、影の共犯者Xが今川さんに毒塗り煙草を渡す際に一言こう言えば良い。「もし貴方が刑務所にいる間、裁判が長引いたら当分の間、貴方の生活面の自由が利かなくなります。だからもし正体がばれ、言い逃れ出来なくなり罪を認めなくてはならない状況に陥ったなのならば、是非その高価な煙草を吸ってくれ」とね。共犯である両者にはある程度の信頼関係があっただろうし、共犯した記念の煙草と思えば、それこそ100%の可能性で吸う事になるし、元々煙草は今川さんの大好物でもあるしね」



「・・・・・でも今川さんが自分の地位の為だけに、わざと罪を認める紛いな事をするとはとても思えないわ。その後、無罪になる保証なんて100%ではないし」



「恐らく今川さんはあの事件の真犯人Xを演じる事つまり、透さんと利恵さんを殺害する事によってある人物から莫大な報酬を支払われる事になっていたんじゃないかと思う。つまり、今川さんは実際にはある人物に利用されていただけって事だ。そして、俺はさっき亜理紗に間違った事・・・・・いや、方便を言った」



「・・・・・ある人物?演じる事?方便?」



「ああ、俺はさっき影の共犯者Xが今川さんを殺した理由は自分の正体を公に喋ってしまう可能性があるからと言ったが、実はそうではない。影の共犯者Xは今川さんを殺害する事をある人物から依頼され、それを実行しただけだったんだ」



「どういう事?依頼?・・・・・それよりある人物って一体誰なの?」



「・・・・・その話は後回しにして、まず話したい事があるのだが、良いか?」



「ええ、蓮司が話したい順に話して貰って結構だから」



「ああ、サンキュー。でその話したい事は今川さんが透さんと利恵さんの殺害した事なんだけど、これは俺の主観だが少し殺害動機としては弱いと感じたんだ。俺はあの時、今川さんの犯罪動機は「同族主義の山鍋興業から実力主義の山光興業に鞍替えて、部長である透さんを殺害し、持病を抱えている喜田社長や亡くなった透さんの空いたポストに自分が居座る為とついでに透さんの妻で共犯者の利恵さんを殺害した」と言ったが実際には違っていたと思う。いや、その殺害動機は影の共犯者Xに言わされた偽装の殺害動機と言った方が良いか。そして、本当の殺害動機は透さんと利恵さん・・・・・いや、山光興業の部長である透さんに死んで貰いたかった人間が影の共犯者に透さん殺害を依頼し、その影の共犯者は自分で直接殺害せず、それを今川さんに代行させた。そして、今川さんはある人物から影の共犯者に支払う報酬の何割かを受け取り、更に・・・・・」



「でも今川さんにしてみれば業界№1の山光興業の重役という地位と一回きりの報酬という金を天秤に掛けた訳でしょう。考えたくないけど私が今川さんの立場なら前者を選ぶわ」



「それは、今川さんは元々陰の共犯者と直接コンタクトを取れる立場ではなく、影の共犯者Xが今川さんにその選択肢しか選ばせなかったからだ。いや、そもそもヘッドハンティング自体されていなかったのかもしれない。よくよく考えてみれば、幾ら大企業だからといっての一社員である人がそんな裏の世界の人間と精通しているなんて少し可笑しい。そういうのは財界である程度地位と金がある人と相場は決まっている。しかし、この真相が判るのは安藤警部からの連絡待ちだな。しかし、取り敢えず、今川さんは一回きりの報酬を必然的に選ばなければならなかった事にしよう。そして、さっきの話の続きなのだが今川さんは更にあるビッグな特典をある人物から受け取る事になっていたと思う。少しの期間の刑務所暮しだけで金プラスビッグな特典が貰える。これだったら、今川さんがわざと罪を認める行為を執っても可笑しくはないだろ」



「確かにそうだけど、そのビッグな特典とは一体何なの?」



「恐らくは山鍋興業の重役の座」



「・・・・・でっ、でも確か山鍋興業は典型的な同族企業じゃない。もしある人物が山鍋興業の大株主だとしても今川さんを重役にする事なんて無理じゃないの?」

 

亜理紗が疑点を持った。



「・・・・・いや、一つだけそれを可能にする方法がある」



「それは一体どんな方法なの・・・・・?」

 

御神が一息ついて一言。



「佳純と結婚して婿養子になる事だ。そして、それが出来たのは佳純の父親しかいない」



「じゃ・・・・・まっ、まさか・・・・・」



「ああ、今川さんに透さんと利恵さんを殺害するように指示し、その立役者である今川さんを殺害するように影の共犯者に指示した人物は・・・・・山鍋社長だ」



「そんな・・・・・佳純さんのお父さんが・・・・・」









「・・・・・確証がないとはいえ佳純には言えなかった。・・・・・けど、その他にもライバル社の社長、地位、権力、金、この計画を実行するのに必要な条件を全て兼ね備えているのは山鍋社長しかいない。しかも、山鍋社長が影の共犯者に殺人の依頼した人物なら透さん、利恵さん、今川さんの殺害動機の全ての辻褄が合うんだ。・・・・・少し落ち着いたか?話を続けるぞ」

 

五秒程経過して亜理紗が小さく「うん」と頷いた。



「しかし、自分の会社の社員である今川さんに殺人というリスクを冒してまで、今川さんに殺人者をやらせた動機とは一体なんだろうな。幾ら建前上、今川さんの殺人は独断と言っても、そんな会社の沽券に関わる事をすれば、今川さんにそうさせた山鍋興業にも責任はあるという辛辣な世論が少なからず出てくるだろう。恐らく、それに相応な理由は同じ業界のライバル企業の一大プロジェクトに対し、甚大な金銭的及び体裁的被害を与える事がしたかったからとしか考えられない。そして、その為の生贄は山光興業の人間なら誰でも良く、山光興業の部長である透さんとその妻で透さんと計画2の共犯者である利恵さんが適任であると判断され選ばれた。そして、ついでに透さんと利恵さんの犯罪が公になった今、業界№1の山光興業自体が責任追及され世間はどんどん山光興業から離れて行き、その受け皿になるのが業界№2の山鍋興業になる事は間違いない。「これで我が社は業界トップだ」になるという事も計算に入れてね。しかも、ついでに新規参入企業の積王商事も今回の事でホテル経営事業から撤退するかもしれない。これは一石二鳥だと山鍋社長は考えたんだ。だから多分最初からある程度の期間を設けて、その期間中に誰かが透さんと利恵さんの罪を暴いていなかったら、あのハイジャック犯に人質にされていたメンバーの中にいた影の共犯者が俺の代わりに透さんと利恵さんの罪を看破していたんだと思う」



「あのメンバーの中に影の共犯者が・・・・・でもどうやってあの時、あの人数で、あの中から当たりクジを引き当てたの?あれはランダムに選ばれたんじゃない」



「その説明は後でするが、この事は間違いない事実だ。何故なら、ハイジャック犯の人質の中に紛れ込む事によって今言った事だけではなく、計画を円滑に進める監視、ハイジャック犯達や他の人質達への心理的誘導、あの場で主導権を握る事も兼ねているからな。人質達はあの状況では恐怖という感情があるから冷静な判断が出来ず、それらをする事は比較的容易い。恐らく、影の共犯者は人質達の中で自分以外は利恵さんだけしか計画2までを知っていないグランドタワー側に潜入していただろう。・・・・・が取り敢えずその事については後回しにして、まずは、山鍋社長の今川さん殺害動機を話そう。まず何故、同じ会社の社長と社員の間柄にもかかわらず、山鍋社長は今川さんを殺害したかったのかと疑問を持つかもしれない」



「・・・・・たっ、確かに」



「自分の正体を世間に晒させる可能性を防ぐ為?それとも透さんと利恵さんが銀行強盗犯達の殺害動機と同じく報酬の節約?いや、今川さんが社長の罪を世間に公表したら自分自身も罪を認める事になるからまず前者の可能性は薄い。そして後者。大企業の社長の立場であり、豊富な財産がある山鍋社長が節約の為だけに今川さんを殺害する事なんてするだろうか。更に透さんと利恵さんとは殺害する人数も立場も違うし、今川さん殺害が別料金として影の共犯者に請求される可能性もあるだろう。よって後者もあり得ない。従って、山鍋社長の今川さん殺害動機は今川さんをこの世から消したかったからだ。これは完全に俺の予想だけど、多分山鍋社長は今川さんを相当毛嫌いしていたのではないかと思う。何故なら自分の愛娘の佳純に婚約中にもかかわらず、わざと偽善的な優しさを見せ執拗に付き纏っていた今川さんの姿を俺達は何度も目撃している。そして、それを山鍋社長は随分前から相当不快に思っていた。「このままでは無垢な性格の娘は今川に騙され何時か今川が同族になり山鍋興業が乗っ取られるかもしれない。但し、権力を振りかざし不当解雇をしようとするものならプライベートで何時か山鍋興業への逆恨みで娘が暴行、強姦、拉致に合うかもしれないし、私には誠実な誠君と娘を結婚させ、将来的に自分が引退した後、誠君を専務辺りに、幼い小学生の息子をいずれは社長の座にさせるプランがある。その為には害である今川の存在は邪魔だ。抹殺せねば。・・・・・そうだ。確か闇の世界に犯罪の計画や実行のプロフェッショナルがいたな。法外な報酬を請求されるが私は子供達の為には幾らでも金は惜しまない。よし極秘に依頼しよう。・・・・・そうだ。ついでに長年我が社と競い合ってきた業界№1の山光興業を潰し、別の業界から新規参入してきた積王商事も懲らしめてやろう。影の共犯者君、今川殺害、山光興業と積王商事へのダメージ、以上の事を入れて計画を練ってくれ。但し、今回の事件に私が関与しているという証拠や根拠を残さないようにしてな」。恐らくこんな所だろう。今川さんも「もし自分の犯した罪が誰かに暴かれたとしても、証拠不十分で直ぐに釈放、その後の自分の人生は自分に威令した山鍋社長が何とかするしかないだろう。もし山鍋社長が自分を裏切って自分が犯した罪を世間に公表すれば、今度は自分が刑務所行きだからそれはしないだろう」と考えたのだろう。そして、今から影の共犯者が山鍋社長の為に用意した殺人計画の全貌を全て一から説明しようと思う」



「・・・・・うん、頭を整理してもう一回最初から聞きたい」



「細かいトリックなんかはツインホテルで説明したから省くけどな。あくまで事件の流れだけ説明する。まず薄々気付いているかもしれないが、あのハイジャック犯達が行った計画1と透さんと利恵さんが行った計画2、これも実は透さんと利恵さんの依頼を受けた影の共犯者が用意した計画だったんだ」



「・・・・・でもそんな都合の良い事が起こり得るの?陰の共犯者に透さんと利恵さんの依頼と、佳純さんのお父さんの依頼という二つの偶然が同じ時期に重なった。でも、二つの依頼が重なり合わないと、佳純さんのお父さんの計画の方は破綻してしまうし・・・・・」



「いや偶然でも奇跡でもない。何故なら、山鍋社長一人が影の共犯者に殺人の依頼をしたら、その後、山鍋社長か影の共犯者Xの方から山光興業の社員で野心を抱いている透さんとみたいな人を探せば良い。そして、影の共犯者Xの方から透さんと利恵さんに犯罪計画を持ち掛ける。そうしたら、山鍋社長の依頼だけでこの綿密な全体の計画は成り立つんだ。それに後から考えれば透さんと利恵さんに影の共犯者Xが絡んでいなければ、つまり、透さんと利恵さんだけの犯行だけでは少し無理な点がある。まず、透さんにしても利恵さんにしても警察でさえ捕まえる事が困難な銀行強盗で指名手配犯中の五人を、それぞれ一組ずつ自分達自身で探し出す事なんて本当に出来たのか?もし見付け出したとしたら報酬、自分達をかくまう事、或いは海外に逃亡する為の手配、そういう者達を対象にした裏の世界の整形医を紹介する事を条件としてハイジャック犯を演じさせるという交渉は比較的容易だけど、犯罪者達を見付け出す事はそんなに容易ではない。更に、今川さんと同じく一般市民が日本ではなかなか入手出来ない銃をハイジャック犯達と共用で合計十本以上も用意出来たのか?また、影の共犯者Xも主催者である透さんと共犯でなければ透さんの権限でスカイタワーとグランドタワーに警察の現場検証後、セキュリティーを掻い潜る方法を予め手にせず、誰にも気付かれずに両ホテルに今川さんと共に潜入し、銀行強盗犯達の死体を運び出す事が出来たのか?そして、今川さんが透さんと利恵さんを殺害する為の絶妙なタイミングで透さんを詮索しに行こうと俺達に言った事を考えると、予め透さんと利恵さんの計画、つまり、犯行時間の終了の目安を影の共犯者Xが知っていて、それを今川さんに教えたという事だ。従って、それを実際に出来ていたという事はそういう事に精通した裏の人間、つまり、影の共犯者Xと繋がっていたという事になる。榎本さんが気付いた防音のあの部屋で透さんと利恵さんのハイジャック犯への反撃の後、直ぐにハイジャック犯達があの部屋に戻って来た事がほぼ0%の確率で起こった事も、透さんと利恵さんの罪を暴く根拠とする為に、人生初の殺人で緊張している透さんと利恵さんが気付けないが、後でよく良く考えると誰かが気付く程度の絶妙なトリックとして影の共犯者が敢えて用意した計画の綻びなら頷ける。そして、まんまと山鍋社長の掌の上で遊ばれた透さんと利恵さんは山鍋社長に「この計画が成功した暁には私が誠君との縁談を破棄さて、金と地位と綺麗な娘を君にあげよう」と言われ、そう洗脳された今川さんによって殺害された。そして、今川さんは、今度は影の共犯者Xの手によって毒殺された。そして、影の共犯者は事前に透さんと利恵さんから計画1、2の前金、山鍋社長からは計画3、4の前金と成功報酬を受け取る。今回の四つの事件の真相は大体こんな感じだ。また、これであの中から陰の共犯者が当たりクジを引く方法は簡単だよな。グランドタワーは最初から当たりクジは六枚で、影の共犯者は自分の上着の袖口にクジ引き箱に入っている全く同じ形、大きさ、文字の色、文字の形の当たりクジを予め隠しておき、箱の中からクジを引く振りをし、袖口から当たりクジを取り出した。つまり、そのクジ引き自体を用意したのは陰の共犯者なのだから勿論それが可能という事だ。ハイジャック犯達も透さんも利恵さんも予め向こうで用意されたクジ引きに仕掛けがしてあるなんて思わないし、いちいち一枚ずつクジの調べ、当たりクジの枚数を確認しようとも思わないだろう。また、少し話は逸れるが恐らくスカイタワーの方は本当は最初から当たりクジは七枚しかなく今川さんはクジを引く順番を気にする必要がなかったと思う」



「・・・・・確かに今までの蓮司の話を全部纏めると、佳純さんのお父さんが全ての事件の黒幕なら全てが矛盾なく繋がる」

 

亜理紗も断腸の思いを乗り越えて、漸く御神の山鍋社長黒幕説を受け入れたようだ。









「でも、一つ質問があるわ」

 

亜理紗が完全に吹っ切れた様子だ。



「なんだい?」



「もし蓮司が今川さんの罪を暴いていなかったら、影の共犯者は今川さんをどうするつもりだったの?」



「恐らく、透さんと利恵さんの時と同じく、グランドタワーで人質の振りをしていた影の共犯者が後日、今川さんを自殺に見せかせ殺害し、今川さんが自殺する前に「自分が犯した罪を私に告白して来た」と世間に公表するか、俺が皆を集めさせた時に、自分が推理を披露し、同じように毒殺するつもりだったのだろう。しかし、前者には「何故急に今川は貴方に罪を告白して来たのか?」と警察などに思われる可能性があるから、恐らく後者の方の案を採るつもりだったのだろう。そして、世間は今川さんの事を「自分の犯した罪を暴露され、責任を取って自殺した哀れな男」と盲信する事まで計算に入れてね。・・・・・しかし、ここである疑問が沸くんだ」



「えっ、疑問?」



「ああ、利恵さんが事件当日に現場に知り合いである影の共犯者がいる事に関して、何の疑いも持たなかった事だ。山鍋社長と違って利恵さんは陰の共犯者から実際に計画を実行するのは貴方達だと言われていた。グランドタワーのハイジャック犯達も偽装ハイジャックだけを利恵さんと協力して行えとだけ言われていた。・・・・・なのにもかかわらず、犯罪を代行させた本人がわざわざ犯罪現場にいたらグランドタワーのハイジャック犯達と利恵さんは「何故」と疑問を持つ筈だ。また、それに疑問を持ったグランドタワーのハイジャック犯達や利恵さんの自身の挙動の変化が現れる事により、グランドタワーの人質の中でそれに気付き、怪しむ者が出てくる可能性がある。念の為?だとしてもこれだけ苦労して練った大計画がこんな些細な出来事で一度に崩れる可能性がある。そんな大きなリスクを取るのだろうか?・・・・・実は俺はさっきから影の共犯者Xと影の共犯者という表現を使い分けているのだけどそれに気付いていたか?」



「うん、何となく・・・・・でもどうしてわざわざそうしたの?」



「そうか、ならその理由は今、俺が言った事に繋がる。それは影の共犯者は二人いたという事だ。仮にもう一人の影の共犯者を影の共犯者Yと置いて、あの時、あの場にいなかった者が影の共犯者Xで、いた者が影の共犯者Yとしよう。まず初めに言っておくが、依頼主及び関係者の中で影の共犯者X、Y共にその存在を知っていたのは山鍋社長だけだ。但し、両方の影の共犯者に会った事があるのかないのかは分からない。あくまでその存在だけ知っていたという事だ。しかし、両ホテルのハイジャック犯達、透さん、利恵さん、今川さんは陰の共犯者Xの存在しか知らなかった。その理由を今から説明しよう。まず、山鍋社長が影の共犯者XかYに犯罪の代行を依頼した。しかし、影の共犯者の内一人はハイジャック犯達、透さん、利恵さん、今川さんにその存在を知られてはならない。何故なら、影の共犯者の計画が、今川さんが犯した罪までを最初から誰かに看破して貰う予定だから、今川さんが毒塗り煙草で殺害される時、もし顔見知りの影の共犯者がその場にいたら最後の力を振り絞って指名されたり、名指しされたりして俺達に怪しまれる可能性があるからだ。俺と今川さんのバトルの時、その場にいた影の共犯者が今川さんに助け舟を出される可能性もあるしな。また、もし俺が透さんと利恵さんの犯行までしか暴けなくその後、影の共犯者が今川さんの犯罪を暴くパターンだったら、それこそ今川さんと顔見知りの影の共犯者はあの現場にいたら駄目だ。何故なら、幾ら最悪、今川さんが一時的に警察に捕まる事を影の共犯者から言われ、想定していてもまさか仲間である人間が自分の犯した罪をわざわざ人前で推理する訳にもいけないからな。もしそれを強行したら今川さんが自分への背信と判断し、その人物の正体を暴露したらその影の共犯者も山鍋社長も一緒に捕まる事にもなるし、何よりも今川さんを殺せない。よって、ハイジャック犯達、透さん、利恵さん、今川さんにその存在、素顔を知られていない影の共犯者が一人、その存在を知られている影の共犯者が一人必要なんだ。よって、誰一人今川さんまでの罪を看破出来なかった時の探偵の為、グランドタワーのハイジャック犯達と利恵さんの犯行の監視の為、グランドタワーの自分以外の人質に対しての心理的誘導の為、今川さんが利恵さんを殺害する時、グランドタワーの人質達がその銃声を聞こえないようにする事やあのグランドタワーの人質達が利恵さんや今川さんと鉢合わせしないように方便を言ってあの監禁部屋に留まるようにさりげなく指示し、助長する為の時間稼ぎする為、利恵さんを探しに行こうと言う為に実際に犯行の時と俺の推理の時、あの現場に居合わせた影の共犯者Yと、その影の共犯者Yとハイジャック犯達、透さん、利恵さん、今川さんの仲介役であり、ハイジャック犯達をそれぞれ透さんと利恵さんに紹介し、それぞれの計画を直接話した斡旋役として、ハイジャック犯達に細工したクジ引き箱を渡し、東京と川崎でそれぞれ五人の会社員の拉致を手伝い、ハイジャック犯達に遠隔操作出来る爆弾と監視カメラを渡し設置させ、今川さんと共同でハイジャック犯達の死体を運び各地に放置し、今川さんに毒塗り煙草を渡した影の共犯者Xが必要なんだ」



「でも、グランドタワーの方であの人質達が利恵さんを探しに行かなかったら、影の共犯者Yはどうするつもりだったの?」



「いや、グランドタワーの方は絶対に利恵さんを探しに行かなくても、良かったんだ。ただ、後の捜査や推理を混乱させる為にグランドタワーの方の人質達のアリバイをなくし、探しに行く事にしたかっただけだったんだ。話を戻すが、最初から終わりまで影の共犯者Yがそれぞれの密会の時、自分の素顔をハイジャック犯達、透さん、利恵さん、今川さんに晒してなく、声も変声器で変えていれば影の共犯者は一人でも出来るけど、また綱渡りの要素が増え、計画が失敗に終わる可能性があるから影の共犯者を二人にした方がよっぽど効率的で安全だと考え、影の共犯者は二人いた可能性が高い。どちらにせよ、この事はあくまでも確証のない俺の予想や机上の空論だけどな。そして、山鍋社長は今回の今川さん殺害までの計画を全て知っていなければならないので影の共犯者X、Y両方の存在を知っていた。勿論、山鍋社長との接触は一人でも良いけどな。また、影の共犯者達は本名ではなく仮名やコードネームを使っており、殺害する人間以外の依頼者の前では素顔を隠しているのかもしれない。何故なら、彼らにはこれだけの犯罪を計画し、実行している事からとても初心者だとは思えず、前科があると思われ、今後もこの商売をやっていくと思われるからな。だけど、真実を完全に解明する事は不確定な要素が多過ぎるから俺には不可能だけどな」









御神の熱弁が終わると暫く二人が無言になった。



「・・・・・今までの話を聞いて質問が三つ沸いたわ」



「なんだい?」



「うん、一つ目。もし今川さんが佳純さんのお父さんに「佳純さんが「殺人者の疑いがある今川さんと結婚出来ない」とか「絶対に誠さんと結婚したい」と言い出し、貴方の権限を持ってしても私と結婚出来なかったら、私への報酬はどうするおつもりですか?」とか言い出したら影の共犯者や佳純さんのお父さんはどうするつもりだったの?」



「その時は、今川さんに「山鍋興業の重役と娘を君にやれなかったら、一生遊んで暮らせるだけの金を君に渡すつもりだ」とでも言い、無理矢理にでも今川さんを納得させれば良い。もしかしたら、実際にそのようなやり取りがあって、俺とのバトルの最後の方のあのあっさりとした感じは佳純からの冷たい反応を見て、結婚は無理だと判断し、「山鍋興業の重役と佳純」から「一生遊んで暮らせるだけの金」に方向転換したのかもしれないな」



「分かったわ。じゃあ次の質問。佳純さんのお父さんが娘である佳純さんを今回の危険なハイジャック事件に巻き込ませた理由は何?」



「・・・・・それは俺にも解らない。しかし、山鍋社長が寵愛し、愛育した娘に対してこんな辛く、危険な事に参加させるとは思えないから、この事に関しては影の共犯者側に何か別の企みがあったからだろう」



「そうだよね・・・・・じゃあ、最後の質問・・・・・影の共犯者達は一体誰と誰なの?」



「・・・・・影の共犯者Xの方は誰なのか見当も付かない、いや、見付けようがないと言った方が正しい。しかし、Yの方は俺の中である程度見当が付いている。そもそも影の共犯者XもYも個人的な理由で今川さんや透さん、利恵さんを殺害したいとは思っていなかった人間だという事は確実だ。何故なら、偶々山鍋社長が今川さん殺害を依頼し、その依頼された人間が今川さん達と知り合いで、尚且つ直接殺意を持っていたという確率なんて、それこそ0に近いからな。そんな偶然起こり得る訳ないと考えると、逆説的に言えば、グランドタワーで人質にされた人達の中で今川さん達とあの事件より前に面識がなかった者が影の共犯者Yに有力候補だ。そして、俺の推理と勘が正しければ、恐らく影の共犯者Yは・・・・・ 」



「おい、君達、何時までいるつもりなのかね」

 

廊下から教室の扉を開けた守衛が御神の話を遮り、間接的に自宅に帰るように催促した。



ふと亜理紗が教室の時計を見ると、十九時を回っていた。



「はい、すみません、直ぐに帰ります」

 

御神がそう言うと、守衛は足音を立てながら御神達の元から去って行った。



「長くなるから帰り道で続きをゆっくり話すよ。・・・・・ああ、後、別件で話さなければならない事がもう一つあったんだ。それは直ぐに終わる」



「・・・・・なっ、何・・・・・」

 

御神が鞄を持ち一言。



「・・・・・多分、二宮さん俺の事、本当に好きだったと思う」



「・・・・・おっ、思い上がるな!馬鹿蓮司!」

 

夕暮れの教室に大声が響いた。
しおりを挟む

処理中です...