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第5話 食べ物の恨み
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食事を終え3時間ほど経った頃。
部屋に張られた結界が消え、扉が開くと同時にルリンさんが入ってきた。
心なしか、バツが悪そうにも見えるが……気のせいだろう。
「……どこに行ってたんですか?」
「それは言えない」
「はぁ……あの―――食べ物の恨みって知ってますか?」
「知らないしどうでも良い。自分の分はもう作って食べたんでしょ? なら案内の続きに行くよ」
「いえ、ダメです!そういえばルリンさんは外の出来事について知りたがっていましたよね??」
「そ、そうだけど」
「なら良い機会です!今から語ってあげますよ!食で起きた戦争の歴史というものを!」
そこから20分……いや、30分。もしくはそれ以上かもしれないが。
じっくりと、食べ物の恨みというものについて語った。
ここで驚きなのがこの長い語りの時間、ルリンさんは面倒くさそうに聞いていたのに、話を遮らなかったことだ。
こんな話でも面白く感じるのだろうか?
一方的に話をしているだけなのに。
「もういいでしょ」
「あ、はい。大丈夫です」
まぁ食べ物に関しての恨みをぶつけるのは、この辺りで充分。
ここまでで理解してもらえたと思う。
次やられたら溜まったものじゃないということを。
「それと…………お願いがあるんだけど」
……どうしたんだろう。
部屋に入ってきた時から少し、挙動不審のように感じられたけど、この一言目で一気にそれが増した。
ルリンさんはまるで何かを誤魔化すように、視線を床に逸らし、落ち着きなく袖の端をいじっている。
「な、なんでしょうか。私に出来ることなら何でもしますけど」
ここ2、3日関わってきた中で1番態度が塩らしいので、普通に怖い。
いったい何を言い出すというのか……
ルリンさんは緊張した様子で、ゆっくりと口を開いた。
「その――――――今日から私の分の食事を作って欲しい」
…………
ほんの一瞬だけ待ったが、言葉に続きはない。
どうやらこれだけを言うために、彼女はこの雰囲気を作ってしまったらしい。
「あぁ……はい。全然良いですよ」
「そう。お願いしたかったことはこれだけ」
なるほど、これだけか。
まぁ料理の感想も聞いてないけど、こう言ってくれるということは美味しく頂いてくれたのだろう。
…………いや、待って欲しい。
忘れていたけど、よく考えればさっきの騒動で大きな見落としがある。
おかしいところの一つ目は、まずルリンさんは食事にあまり手を付けていないところ。
そして二つ目は料理を部屋から持ち出して、どこかに消えたところだ。
料理を捨てた線が、1ミリほどあるかもしれないけど……だとしたら私に、このお願いをする事自体がおかしいだろう。
一応、味がどうだったか聞いていないので、鎌を掛けてみるのもアリかもしれない。
「私の作った料理は……おいしかったですか?」
「…………まぁまぁだった。そんな事は良いから、もうこの部屋に用は無いんだし、出るよ」
そう言ってルリンさんは、足早に部屋を出ようとする。
どうやら本当に自分で食べたらしい。
そして自分で食べるだけなら、本来この部屋から出る必要はないし、台車で料理を持ち去る必要もない。
食べる姿を見せたくないという訳でも無いだろうし。
つまり……
「ここの案内の続きをするんですよね」
「そうだけど」
「ならその前に――――――本物のルリンさんに挨拶がしたいな……なんて」
ちょっと言い淀んでしまった。
おそらく私が間違ってなければ、これがルリンさんの隠し事のはずだけど。
「何言ってるの……私が本物ルリンだよ。ふざけた事言わないで」
おそらくこの人は嘘を吐くのがかなり下手だ。
この人形越しで分かるのだから、本人と対面した時はどれほどのものになるのだろうか。
ちょっと楽しみかもしれない。
というか人形越しで会話というのが悲しい。
それになんというか、この距離の取られ方はとても不快。
「隠す必要は無いですよ。もう分かっちゃいましたから。なのでちゃんと会いませんか?」
「何言ってるの?フウカの言ってる事、全然理解できない。私が本物だって言ってるでしょ」
まだ隠し通せると思っているのだろうか。
別に他の隠し事で私の感性が『そうするべき』と思えば見なかった事にもするのだが、この件に関してはそんな問題無いように思える。
なんだろう……自身の姿を隠そうとする理由を、羅列しようと思えばいくらでも出来るけど、そのどれもが別に大した問題に思えない。
相手は違うかもしれないが。
……でも料理くらいは一緒に食べて欲しい。
美味しいと思ってくれてるなら尚更。
まぁとりあえず、隠し通せないということを伝えようと思う。
「なら何故そう思ったか、理由を言いますね」
「…………」
ここでさっきの騒動での話を伝えた。
私が先ほど脳内で挙げた疑問の諸々である。
だけど納得はしてもらえない様子。
それなら最後のカードを切ろうと思う。
「ルリンさん」
「何度も言わせないで。私が本物だって言ってるでしょ。こんな馬鹿げた話にあまり時間を使わせないで」
「ルリンさん……貴女は自分で『これ全部、私のところに持っていくから!』って言っちゃってましたよ……これに言い訳が出来るなら、見なかった事にします」
「――――――ッッ!!!」
ルリンさんの体が突然、崩れ落ち始めたので、私は急いで駆け寄ろうとしたが……出来なかった。
本当に最後までカッコつかない。
そして、ちょっと距離を詰め寄り過ぎたかもしれない。
私達はまだ出会って数日。
よく考えなくても、隠したい事なんてあって当然のようなものだ。
……おそらく彼女は私の言い過ぎによって、人形の操作権を一時的に手放している。
意識が飛んだ姿は初めて見たけど、まぁまともな生物の眠り方じゃない。
初めて会った時からおかしいとは思っていたけど、人形族なんてものがこの世界に存在するなんて聞いたこともないので、やはりほぼ確実にどこかで操っている本体がいるのだろう。
「その……大丈夫ですか?」
とりあえず謝らないといけない。
焦って人形の操作を止めてしまうのは、少しばかり私の想像を超えていた。
本気で隠したいようなのだから、これ以上はやめとこうと思う。
「ルリン……さん?」
何とか体を引きずるように這って、ルリンさんのところまで近づけた。
自分一人では、立ち上がることすらままならないというのがやっぱり辛い。
そして体に触れようとすると…………
「あまり調子に乗らないで!!!」
「び、びっくりした……」
触れようとした手を叩き落とされてしまった。
いきなり動き出したので心臓に悪い。
そして立ち上がったルリンさんは、心底不機嫌そうな面持ちである。
どうやら誤魔化すことを止め、怒りをぶつけるのにシフトチェンジするようだ。
これは今度こそ私の命が飛んだでしまうだろうか…………?
「ねぇ、フウカは何様なの!あなたは誰に拾われ、命を救われてここにいるか分かってる??!」
「それはもちろんルリンさんです」
「そうだよね?! だったら私の事情なんて気にしてないで、受けた恩をどう返すべきか考えるべきだけど、私の言ってることに間違ってるところある?!」
「ふふ、その通りです。ほんと言われてみればルリンさんの言う通りですね」
そういえば私、この人に命を救われてここにいるんだった。
何故かすっかり失念してしまっていた。
かなり重要なポイントのはずだけど……
「……なんで笑って答えてるの?私、真剣に怒ってるんだけど」
「そうですね、すみません」
「どこに笑えるところがあったの?いま、フウカの事が全然理解出来ない」
あぁ……
どうやら怒りに油を注いでしまったらしい。
確かに笑って答えたのは良くなかった。
でも笑えてしまったので仕方ない。
この失態をしてしまうだけの理由が、こっちにはあるのだから。
だけどこれを言ってしまったら、さらに怒られる気もするが……説明する以外の選択肢は無いのだろう。
「いや、その……なんというか……」
「………………」
「全く殺意を感じられなくて」
「は……?」
「まだ昨日今日の関係ですけど、出会った当初にルリンさんを怒らせてしまった時、確かに殺気を感じられたのに、今回それが無かったのが嬉しくて……」
そう。
今回は前回と違って、殺してやろうという気概が全く無い。
多分、ここで殺してしまうのは勿体無いと思ってくれたのだろう。
その理由が何であるかは知らないけど。
「でもさっきは少し悪戯心(料理の恨み含め)とはいえ、やり過ぎました。すみません」
「……………………」
私はそっと右膝を地につけ、そこから立ちあがろうとしたけど、やっぱり出来ない。
左手をついて態勢が崩れないよう保つのが今の限界。
今の私はまともに顔と顔を合わせて、謝罪することも出来ないようだ。
仕方ないのでゆっくりと顔を上げ、彼女――ルリンさんを見つめる。
「確かに私はルリンさんに恩がある身ですね。自分に出来ることは料理くらいしか無いので、今までの失態と命の対価は、それでお返ししようと思います」
「………………」
「とはいえ今はこの通り、一人では何も出来ないのです」
「…………」
「なのでまだ暫くの間は隣で、ルリンさんに支えてもらえると嬉しいなと思うんですが、如何でしょうか?」
私は震えるように右手を差し出した。
それは命乞いでも、忠誠でもない。
ただ、立ち上がるための助けを求める、あまりにみっともない精一杯の意思表示である。
「…………あっそ」
彼女はそう言いながら、私の手を取ってくれた。
不機嫌そうだった面持ちが、いつも通りのそっけない顔に戻っている。
「あまりに情けない謝罪をするものだから、怒りも冷めちゃった」
「それは良かったです」
「……100点中0点の騎士ね。やっぱり心を込めて謝る気ないでしょ」
「そ、そんなことないですよ……」
おっと……
どうやら途中、興が乗って騎士の真似事をしたのがバレたようだ。
これを分かってなお怒らないのだから、心根はかなり優しい人なのかもしれない。
「あぁでも私は地上に戻るまでの間に、顔を見るくらいはしたいと思ってるので、アタックは続けますよ!」
「ほら、反省してない」
「いえいえ、意味が違いますよ。無理矢理ではなく自分から『会っても良いかな』と思ってもらえるように頑張るだけですから」
「ふ~ん。全く同じ意味にしか聞こえないけど、もう好きにすれば? 絶対に会うつもりないし」
とうとう自分で認めてしまった。
どうやら私の予想通りなのが、確定してしまったらしい。
まぁここに残るのが、どれくらいの日数になるかは分からない。
とりあえずこの義肢に慣れる必要があるのと、多少の剣の鍛錬をしなければ。
それとあの魔物達…………いや、止めよう。
まだ考えるべきではない。
考えるのはまともに体が動くようになってからだ。
「ではそうさせていただきますね」
「もう良いから、案内の続きするよ。ここは広いんだから」
「はい!」
そうして私達は食堂を出て、屋敷の外へと向かった。
「地上に…………戻るまで……」
「何か言いました?」
「べつに」
―――――――――――
あとがき。
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください。
部屋に張られた結界が消え、扉が開くと同時にルリンさんが入ってきた。
心なしか、バツが悪そうにも見えるが……気のせいだろう。
「……どこに行ってたんですか?」
「それは言えない」
「はぁ……あの―――食べ物の恨みって知ってますか?」
「知らないしどうでも良い。自分の分はもう作って食べたんでしょ? なら案内の続きに行くよ」
「いえ、ダメです!そういえばルリンさんは外の出来事について知りたがっていましたよね??」
「そ、そうだけど」
「なら良い機会です!今から語ってあげますよ!食で起きた戦争の歴史というものを!」
そこから20分……いや、30分。もしくはそれ以上かもしれないが。
じっくりと、食べ物の恨みというものについて語った。
ここで驚きなのがこの長い語りの時間、ルリンさんは面倒くさそうに聞いていたのに、話を遮らなかったことだ。
こんな話でも面白く感じるのだろうか?
一方的に話をしているだけなのに。
「もういいでしょ」
「あ、はい。大丈夫です」
まぁ食べ物に関しての恨みをぶつけるのは、この辺りで充分。
ここまでで理解してもらえたと思う。
次やられたら溜まったものじゃないということを。
「それと…………お願いがあるんだけど」
……どうしたんだろう。
部屋に入ってきた時から少し、挙動不審のように感じられたけど、この一言目で一気にそれが増した。
ルリンさんはまるで何かを誤魔化すように、視線を床に逸らし、落ち着きなく袖の端をいじっている。
「な、なんでしょうか。私に出来ることなら何でもしますけど」
ここ2、3日関わってきた中で1番態度が塩らしいので、普通に怖い。
いったい何を言い出すというのか……
ルリンさんは緊張した様子で、ゆっくりと口を開いた。
「その――――――今日から私の分の食事を作って欲しい」
…………
ほんの一瞬だけ待ったが、言葉に続きはない。
どうやらこれだけを言うために、彼女はこの雰囲気を作ってしまったらしい。
「あぁ……はい。全然良いですよ」
「そう。お願いしたかったことはこれだけ」
なるほど、これだけか。
まぁ料理の感想も聞いてないけど、こう言ってくれるということは美味しく頂いてくれたのだろう。
…………いや、待って欲しい。
忘れていたけど、よく考えればさっきの騒動で大きな見落としがある。
おかしいところの一つ目は、まずルリンさんは食事にあまり手を付けていないところ。
そして二つ目は料理を部屋から持ち出して、どこかに消えたところだ。
料理を捨てた線が、1ミリほどあるかもしれないけど……だとしたら私に、このお願いをする事自体がおかしいだろう。
一応、味がどうだったか聞いていないので、鎌を掛けてみるのもアリかもしれない。
「私の作った料理は……おいしかったですか?」
「…………まぁまぁだった。そんな事は良いから、もうこの部屋に用は無いんだし、出るよ」
そう言ってルリンさんは、足早に部屋を出ようとする。
どうやら本当に自分で食べたらしい。
そして自分で食べるだけなら、本来この部屋から出る必要はないし、台車で料理を持ち去る必要もない。
食べる姿を見せたくないという訳でも無いだろうし。
つまり……
「ここの案内の続きをするんですよね」
「そうだけど」
「ならその前に――――――本物のルリンさんに挨拶がしたいな……なんて」
ちょっと言い淀んでしまった。
おそらく私が間違ってなければ、これがルリンさんの隠し事のはずだけど。
「何言ってるの……私が本物ルリンだよ。ふざけた事言わないで」
おそらくこの人は嘘を吐くのがかなり下手だ。
この人形越しで分かるのだから、本人と対面した時はどれほどのものになるのだろうか。
ちょっと楽しみかもしれない。
というか人形越しで会話というのが悲しい。
それになんというか、この距離の取られ方はとても不快。
「隠す必要は無いですよ。もう分かっちゃいましたから。なのでちゃんと会いませんか?」
「何言ってるの?フウカの言ってる事、全然理解できない。私が本物だって言ってるでしょ」
まだ隠し通せると思っているのだろうか。
別に他の隠し事で私の感性が『そうするべき』と思えば見なかった事にもするのだが、この件に関してはそんな問題無いように思える。
なんだろう……自身の姿を隠そうとする理由を、羅列しようと思えばいくらでも出来るけど、そのどれもが別に大した問題に思えない。
相手は違うかもしれないが。
……でも料理くらいは一緒に食べて欲しい。
美味しいと思ってくれてるなら尚更。
まぁとりあえず、隠し通せないということを伝えようと思う。
「なら何故そう思ったか、理由を言いますね」
「…………」
ここでさっきの騒動での話を伝えた。
私が先ほど脳内で挙げた疑問の諸々である。
だけど納得はしてもらえない様子。
それなら最後のカードを切ろうと思う。
「ルリンさん」
「何度も言わせないで。私が本物だって言ってるでしょ。こんな馬鹿げた話にあまり時間を使わせないで」
「ルリンさん……貴女は自分で『これ全部、私のところに持っていくから!』って言っちゃってましたよ……これに言い訳が出来るなら、見なかった事にします」
「――――――ッッ!!!」
ルリンさんの体が突然、崩れ落ち始めたので、私は急いで駆け寄ろうとしたが……出来なかった。
本当に最後までカッコつかない。
そして、ちょっと距離を詰め寄り過ぎたかもしれない。
私達はまだ出会って数日。
よく考えなくても、隠したい事なんてあって当然のようなものだ。
……おそらく彼女は私の言い過ぎによって、人形の操作権を一時的に手放している。
意識が飛んだ姿は初めて見たけど、まぁまともな生物の眠り方じゃない。
初めて会った時からおかしいとは思っていたけど、人形族なんてものがこの世界に存在するなんて聞いたこともないので、やはりほぼ確実にどこかで操っている本体がいるのだろう。
「その……大丈夫ですか?」
とりあえず謝らないといけない。
焦って人形の操作を止めてしまうのは、少しばかり私の想像を超えていた。
本気で隠したいようなのだから、これ以上はやめとこうと思う。
「ルリン……さん?」
何とか体を引きずるように這って、ルリンさんのところまで近づけた。
自分一人では、立ち上がることすらままならないというのがやっぱり辛い。
そして体に触れようとすると…………
「あまり調子に乗らないで!!!」
「び、びっくりした……」
触れようとした手を叩き落とされてしまった。
いきなり動き出したので心臓に悪い。
そして立ち上がったルリンさんは、心底不機嫌そうな面持ちである。
どうやら誤魔化すことを止め、怒りをぶつけるのにシフトチェンジするようだ。
これは今度こそ私の命が飛んだでしまうだろうか…………?
「ねぇ、フウカは何様なの!あなたは誰に拾われ、命を救われてここにいるか分かってる??!」
「それはもちろんルリンさんです」
「そうだよね?! だったら私の事情なんて気にしてないで、受けた恩をどう返すべきか考えるべきだけど、私の言ってることに間違ってるところある?!」
「ふふ、その通りです。ほんと言われてみればルリンさんの言う通りですね」
そういえば私、この人に命を救われてここにいるんだった。
何故かすっかり失念してしまっていた。
かなり重要なポイントのはずだけど……
「……なんで笑って答えてるの?私、真剣に怒ってるんだけど」
「そうですね、すみません」
「どこに笑えるところがあったの?いま、フウカの事が全然理解出来ない」
あぁ……
どうやら怒りに油を注いでしまったらしい。
確かに笑って答えたのは良くなかった。
でも笑えてしまったので仕方ない。
この失態をしてしまうだけの理由が、こっちにはあるのだから。
だけどこれを言ってしまったら、さらに怒られる気もするが……説明する以外の選択肢は無いのだろう。
「いや、その……なんというか……」
「………………」
「全く殺意を感じられなくて」
「は……?」
「まだ昨日今日の関係ですけど、出会った当初にルリンさんを怒らせてしまった時、確かに殺気を感じられたのに、今回それが無かったのが嬉しくて……」
そう。
今回は前回と違って、殺してやろうという気概が全く無い。
多分、ここで殺してしまうのは勿体無いと思ってくれたのだろう。
その理由が何であるかは知らないけど。
「でもさっきは少し悪戯心(料理の恨み含め)とはいえ、やり過ぎました。すみません」
「……………………」
私はそっと右膝を地につけ、そこから立ちあがろうとしたけど、やっぱり出来ない。
左手をついて態勢が崩れないよう保つのが今の限界。
今の私はまともに顔と顔を合わせて、謝罪することも出来ないようだ。
仕方ないのでゆっくりと顔を上げ、彼女――ルリンさんを見つめる。
「確かに私はルリンさんに恩がある身ですね。自分に出来ることは料理くらいしか無いので、今までの失態と命の対価は、それでお返ししようと思います」
「………………」
「とはいえ今はこの通り、一人では何も出来ないのです」
「…………」
「なのでまだ暫くの間は隣で、ルリンさんに支えてもらえると嬉しいなと思うんですが、如何でしょうか?」
私は震えるように右手を差し出した。
それは命乞いでも、忠誠でもない。
ただ、立ち上がるための助けを求める、あまりにみっともない精一杯の意思表示である。
「…………あっそ」
彼女はそう言いながら、私の手を取ってくれた。
不機嫌そうだった面持ちが、いつも通りのそっけない顔に戻っている。
「あまりに情けない謝罪をするものだから、怒りも冷めちゃった」
「それは良かったです」
「……100点中0点の騎士ね。やっぱり心を込めて謝る気ないでしょ」
「そ、そんなことないですよ……」
おっと……
どうやら途中、興が乗って騎士の真似事をしたのがバレたようだ。
これを分かってなお怒らないのだから、心根はかなり優しい人なのかもしれない。
「あぁでも私は地上に戻るまでの間に、顔を見るくらいはしたいと思ってるので、アタックは続けますよ!」
「ほら、反省してない」
「いえいえ、意味が違いますよ。無理矢理ではなく自分から『会っても良いかな』と思ってもらえるように頑張るだけですから」
「ふ~ん。全く同じ意味にしか聞こえないけど、もう好きにすれば? 絶対に会うつもりないし」
とうとう自分で認めてしまった。
どうやら私の予想通りなのが、確定してしまったらしい。
まぁここに残るのが、どれくらいの日数になるかは分からない。
とりあえずこの義肢に慣れる必要があるのと、多少の剣の鍛錬をしなければ。
それとあの魔物達…………いや、止めよう。
まだ考えるべきではない。
考えるのはまともに体が動くようになってからだ。
「ではそうさせていただきますね」
「もう良いから、案内の続きするよ。ここは広いんだから」
「はい!」
そうして私達は食堂を出て、屋敷の外へと向かった。
「地上に…………戻るまで……」
「何か言いました?」
「べつに」
―――――――――――
あとがき。
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください。
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