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第7話 人形少女の過去
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「え、あの日記帳の正体ってゼロさんなんですか? 」
「えぇ、そう。そして日記帳という表現は少し違いますね」
「はぁ……?」
「言葉にするのも悲しい。ここは主が見たくないものを、絶対に見ないようにする為の場所。言うなればゴミ箱とも言えますね」
この変な人形が言うには、あの本の正体はゼロさん自身だという。
偶然、私が本を開いたのを利用し、魔術を使用して私の意識だけを本の中に入れたそうだ。
そして本の役割。
ゼロさんは記憶の管理と言っていたが、どうやらルリンさんには隠したいどころか、頭から消し去りたいものがあったらしい。
「……私の中?に来て大丈夫なんですか? 一応、本の中で番人をしてるんですよね?」
今考えることでもないけど、この人のやってる事はだいぶ凄い。
私の意識に干渉出来るタイプの魔術には、初めて出会った気がする。
……というかこの手の魔術を初めて受けて理解した。
やっぱりあの蟲達は、私以外の全員を幻術に嵌めていたようだ。
「勿論、駄目なんでしょう。やってしまったものは仕方ない」
「えぇ……」
「でも私はお話をしてみたかった。主が興味を持つ人間と」
「私は別に人形と話す趣味は無いんですが」
申し訳ないとは思うけど、温かさを感じない者に、時間を使う気にはなれない。
なんというか、おもちゃに向かって話しかけてるみたいで虚しくなる。
これに近い理由から、ルリンさんに会おうってせがんでいた訳だけど……
「あぁ、悲しい。主も私達を壊す前に、同じ事をおっしゃってました」
「うっ……」
そういえば心を読まれるんだった。
まぁ、隠し通す必要もないか。
相手は人間じゃないどころか、心を持ってないであろう機械だし。
「それで何を話したいんですか?」
「お話というよりは、こっちから一方的に伝え、お願いをするだけ」
「…………」
「フウカ様は主と出会ってから、余計な事しかしていない……という私の文句も兼ねて、色々とお伝えいたします」
「はぁ……?」
機械生命体と話すのが初めてだからだろうか。
なんかこの人形の話を聞いていると、頭が痛くなってくる……
とりあえずさっさと話を終わらせ、あの本を閉じ、何も見なかった事にする。
もうこれが1番丸い気がしてきた。
そうすればきっと怒られない。
「貴女は主に会いたいようですね?」
「まぁ地上に戻るまでには、顔を合わせたいと思ってますけど。近くにいるのなら、助けてくれたお礼も面と向かって言いたいですし」
「なら、会わせることは叶いませんが、主が貴女と会いたがらない理由を見せてあげましょう」
見せる?
記憶の管理人と言うのだから、記憶を見せてくれるのだろうか?
だけど……
「別にいいですよ、そんなの。もう無理に暴こうなんて思ってないですから」
「貴女はきっと、主本人と出会う事になる。だけど前提知識もなく出会えば、間違いなく殺されるでしょう」
「それ、全く笑えないですよ」
「そして貴女は戦闘面においては主どころか、人形の私達にすら劣る本当の木偶の坊」
……人形だから人の心が分からないというのは理解できるけど、ストレートに言い過ぎだと思う。
「そうだというのに貴女はこの地に訪れてから、魔族の尾を踏むという行為に等しい事を、延々と続けている……自分から死に向かおうとする人間を止められないのは、とても悲しい」
そんなくだらない事を言いながら、涙のような液体を目元から流している。
「この口の悪さは確かに、ルリンさんの作った人形って感じがしますね。人形なのが惜しく感じます」
……正直、会いたいとは思うけど、それもまともに体が動くようになるまでの時間の中でのお話だ。
義肢を使いこなせるようになったら、ここを出て地上に戻るのが確定している。
この間に会えなかったら、それはそれで仕方ない。
ただこの屋敷での生活が、とても寂しいもので終了するだけだ。
魔王を討伐して日本に帰り、このふざけた世界には二度と戻らない。
それが私のビジョン。
「残念ながらそれは叶わない夢……」
「は?」
「おっと……失礼しました」
彼女がそう言い終えると、一冊の本が私の目の前に舞い降りてきた。
「魔王……魔王、とても良いですね。丁度良い。それは主の記憶にも大きく影響する存在」
「魔王とルリンさんに関係が?」
「きっとこの記憶は、貴女の魔王討伐の旅路に大きく役立つでしょう」
くっ……その誘い文句は強い。
少しでもリスクを抑えるために、魔王に関する情報は欲しい。
この迷宮に来た理由も、魔王を殺すためのアイテムを手に入れる事だったのだ。
情報はどれだけあっても困らない。
なので申し訳ないけど……本当に申し訳ないけど、ルリンさんの隠し事を覗かせて貰おうと思う。
「あぁ、嬉しい。心は決まったようで何よりで」
「……ゼロさんって結構お喋り好きなんですね」
人形のくせに……は余計か。
「えぇ……えぇ。私には主の初めての友人という役割も兼任していたので」
そう、何でもないような顔でゼロさんは言った。
「……そうですか」
初めての友人。
あんまり話をしっかり聞いてないけど、ルリンさんはこの人形を友人として扱っていたのに、最後には自分で考えて動く人形達を壊したのか。
私がさっき言った『人形と話しているのが虚しい』という理由で。
「さて、貴女はあの魔導書を日記帳と読んでいました」
「まぁそうですね」
「ならば物語の紡ぎ方も、それでいくのが良いとは思いませんか?」
「……?」
「では大魔導師の軌跡を、私達で辿るとしましょう」
ゼロさんがそう言い終えると、私の目の前を漂っていた本が、突如開き出し、世界を書き換えるかのように光が私達を覆った。
光が徐々に弱まり、そして静かに消えていく。
まぶたの裏に焼き付いていた白が薄れ、ゆっくりと目を開けると、視界に広がったのは見知らぬ街だった。
「これは……もしかして地上に戻った?」
そう思うのも束の間……一体の人形が私の先を歩いていく。
「いえ、そうではなく。これは私が再現構築した、主の記憶領域の中」
そうだ……そう言えばそんな話だった。
記憶の再現、それもルリンさんのを基に。
つまりここは……
「そう。この土地は私の主が生まれ育った故郷」
「なるほど」
とても豊かに見える城下町だ。
私達を召喚した王国以上だろう。
あそこにはあまり余裕を感じられなかった。
「それはそうでしょう。この時間軸はまだ魔王……いえ、魔族などという存在が生まれる、ほんの直前の風景ですから」
「魔族が生まれる前の風景……」
どういう事だ……?
一応私は、この世界へ勝手に呼び出した人達から、少しだけ歴史を教わっている。
話では魔族という存在が、突然姿を現したのは、1000年以上も前だと聞いた。
そうなるとルリンさんの年齢は、少なくとも4桁を超えている。
「フウカ様。思考にばかり囚われていないで、目の前をよく注視しながら歩いてください。」
「……いきなり何ですか、前って……」
「何故気づかないのか……私は悲しい。何の目的も無しに、街の風景だけを見せる馬鹿がどこにおりましょうか」
うるさい人形が貶してくるので、一度思考を取りやめ、視線を前に向ける。
よく眼を凝らして前を見ると、特徴的な鉛色の少女が、かなり前を歩いているのが見えた。
最近はよく目にする人形の姿…………ではない。
「に、人間?!」
「えぇ……えぇ、その通り。主は人間。今は城での仕事を終わらせ、帰宅をしている最中でございます」
「城での仕事……」
「それもついでに少し説明いたしましょう」
ゼロさんが言うには、どうやらルリンさん13歳という年齢で、宮廷魔導士?のリーダー格を務めていたという。
私にはルリンさんが、丸腰で歩いているようにしか見えないので、誰か悪い人に狙われたりしないか心配だったけど……どうやらこの国では知らない人がいないほど有名で、誰も近寄らないらしい。
……いや、何を心配しているんだろう。
それ以前に、ここは過去の記憶だというのに。
「お考えもひと段落つき、街の風景も大雑把に見る事ができたですね。では少し時を進めましょう」
「え?」
言葉を待たずに馬鹿人形が、私達を別の場所に移してしまった。
---
次はどこに……
「ル、ルリンさん?!」
視線を左に移すと、ルリンさんがすぐ隣を通り過ぎていった。
「何故、口を手で覆っているのです? いい加減理解してもらえると助かるのですが、ここは……」
「記憶の世界なので何を喋っても聞こえないし、相手に見られる心配もない、って言いたいんですよね。まだ慣れていないだけなので黙っててください」
「あぁ、悲しい。ついでに主が向かう先にも気づいていただきたい」
「言われなくても気づいてますよ。屋敷ですよね。ここまで来ると驚きもありません」
これも見覚えしかない。
一面が青い花で埋め尽くされた庭と、奥に建つ屋敷。
ルリンさんの屋敷だ。
ところどころ違うところがあるが……ん?
花畑の奥に、30代くらいの女性の姿が見えた。
「主がお母上の方へと向かわれました。どうせならもう少し近づいて、お二人のお話を伺ってみましょう」
「……これに魔王と何の関係があるのかと、聞きたいところですね」
---
□
「お母さん、ただいま!」
「あら、おかえりなさい。もう帰ってきたの?」
「そんなの当たり前でしょ!私は優秀なんだから!」
「そうね。いつもありがとう、ルリン」
「感謝なんかいらないよ。私が今開発している魔術が完成したら、もう仕事なんかやらないんだから!」
「そうなれば、ずっとここで静かに暮らせるわねぇ」
2人の親子は庭で咲き乱れる花を見ながら、仲睦まじく会話をしていた。
---
「なんか……こういうのを見ていると、羨ましくなっちゃいます」
「羨ましいというのは私には理解致しかねますが、ここで出てきた魔術の話が、後に生まれる私達人形シリーズというわけです」
……悲しいや嬉しいなんて言葉をよく呟くくせに、羨ましいが理解出来ないのは何故か?……と問うのは流石に野暮か。
「ふむ? フウカ様と私の認識には、齟齬があるようですね」
「認識の齟齬……?」
「なるほど、貴女はかなり魔王に拘っている……いえ、拘っているのは遠い故郷でしょうか。フウカ様も故郷へと帰りたいのですね」
「それはそうですよ。ルリンさんにも家族がいるように、私だって当然家族がいるんですから」
やっぱり人形には理解出来ないの無いだろうか?
地球では住む国が違えば、価値観に違いが出るのは当然。
異世界で、それも種族が違う上に、この人形は命すら持ち合わせていない。
こうなると会話がまともに成立しなくても、仕方ない気がしてきた。
「あぁ……なんと悲しい暴言の数々なのでしょう。主もそこまで言うことはしなかったというのに……」
ゼロは目から液体を流し、芝居掛かった動きをしながら腕で目を覆う。
「ついでに言うんですが、ずっと心を読まれるの……本当に不快なんでやめて下さい」
「どうやらいまだに理解されておられない様子。何故貴女をここに招いたのか、記憶領域のこの時間である必要性があるのか……私はここへ来てすぐに説明を致したはずです」
「はぁ……?ふざけた事を言うのも良い加減に――――――何ですか、この気配……」
私が怒りを人形に向けようとした直後、空の雰囲気が変わった。
今はまだ何も無い。
ただ、青空をゆっくりと雲が覆っているだけに過ぎない、ごく日常にありふれた景色。
だけど目に映らないが、あの空の中にとんでもないものが隠れている。
「気づいてもらえたようで何よりです。この頃の主はアレの気配に気づいたにも関わらず、未知の物だったので見て見ぬふりを致しました。そしてそれを永遠の後悔としています」
「………………」
例え幻であっても切らなければいけない。
そう私の中の加護が強く反応している。
「剣が無いと落ち着かないようですね? それではこちらを差し上げます」
ゼロさんはどこから出したのか分からない、古びた剣を渡してくれた。
「……ありがとうございます」
「どちらも記憶を元に作ったただの贋作ですが、超常の存在もお気に召したようです」
人形がその一言を発すると同時に、視界がゆらぎ、遠くの空が黒く染まった。
音もなく空間が裂け、まるで生き物のように空中で巨大な門が開かれた。
「フウカ様。あの門の内側で何が蠢いているか、気づきましたか?」
「魔族ですよね。それは分かりますよ。私に与えられた力は、魔族と魔物の力に強く反応するんですから」
あぁ、気持ち悪い。
……だけど理解はした。
魔族の起源がアレだというのを。
「あの者達は一拍置くこともなく門を出て、この国の人間を一人を除いて喰い殺した後、人類を家畜化し今のフウカ様達がいる時代へと移るのです」
一人を除いた……
「……それは、あのルリンさんも……?」
そう私が聞くと、また場面が切り替わった。
―――――――――――
あとがき。
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください
「えぇ、そう。そして日記帳という表現は少し違いますね」
「はぁ……?」
「言葉にするのも悲しい。ここは主が見たくないものを、絶対に見ないようにする為の場所。言うなればゴミ箱とも言えますね」
この変な人形が言うには、あの本の正体はゼロさん自身だという。
偶然、私が本を開いたのを利用し、魔術を使用して私の意識だけを本の中に入れたそうだ。
そして本の役割。
ゼロさんは記憶の管理と言っていたが、どうやらルリンさんには隠したいどころか、頭から消し去りたいものがあったらしい。
「……私の中?に来て大丈夫なんですか? 一応、本の中で番人をしてるんですよね?」
今考えることでもないけど、この人のやってる事はだいぶ凄い。
私の意識に干渉出来るタイプの魔術には、初めて出会った気がする。
……というかこの手の魔術を初めて受けて理解した。
やっぱりあの蟲達は、私以外の全員を幻術に嵌めていたようだ。
「勿論、駄目なんでしょう。やってしまったものは仕方ない」
「えぇ……」
「でも私はお話をしてみたかった。主が興味を持つ人間と」
「私は別に人形と話す趣味は無いんですが」
申し訳ないとは思うけど、温かさを感じない者に、時間を使う気にはなれない。
なんというか、おもちゃに向かって話しかけてるみたいで虚しくなる。
これに近い理由から、ルリンさんに会おうってせがんでいた訳だけど……
「あぁ、悲しい。主も私達を壊す前に、同じ事をおっしゃってました」
「うっ……」
そういえば心を読まれるんだった。
まぁ、隠し通す必要もないか。
相手は人間じゃないどころか、心を持ってないであろう機械だし。
「それで何を話したいんですか?」
「お話というよりは、こっちから一方的に伝え、お願いをするだけ」
「…………」
「フウカ様は主と出会ってから、余計な事しかしていない……という私の文句も兼ねて、色々とお伝えいたします」
「はぁ……?」
機械生命体と話すのが初めてだからだろうか。
なんかこの人形の話を聞いていると、頭が痛くなってくる……
とりあえずさっさと話を終わらせ、あの本を閉じ、何も見なかった事にする。
もうこれが1番丸い気がしてきた。
そうすればきっと怒られない。
「貴女は主に会いたいようですね?」
「まぁ地上に戻るまでには、顔を合わせたいと思ってますけど。近くにいるのなら、助けてくれたお礼も面と向かって言いたいですし」
「なら、会わせることは叶いませんが、主が貴女と会いたがらない理由を見せてあげましょう」
見せる?
記憶の管理人と言うのだから、記憶を見せてくれるのだろうか?
だけど……
「別にいいですよ、そんなの。もう無理に暴こうなんて思ってないですから」
「貴女はきっと、主本人と出会う事になる。だけど前提知識もなく出会えば、間違いなく殺されるでしょう」
「それ、全く笑えないですよ」
「そして貴女は戦闘面においては主どころか、人形の私達にすら劣る本当の木偶の坊」
……人形だから人の心が分からないというのは理解できるけど、ストレートに言い過ぎだと思う。
「そうだというのに貴女はこの地に訪れてから、魔族の尾を踏むという行為に等しい事を、延々と続けている……自分から死に向かおうとする人間を止められないのは、とても悲しい」
そんなくだらない事を言いながら、涙のような液体を目元から流している。
「この口の悪さは確かに、ルリンさんの作った人形って感じがしますね。人形なのが惜しく感じます」
……正直、会いたいとは思うけど、それもまともに体が動くようになるまでの時間の中でのお話だ。
義肢を使いこなせるようになったら、ここを出て地上に戻るのが確定している。
この間に会えなかったら、それはそれで仕方ない。
ただこの屋敷での生活が、とても寂しいもので終了するだけだ。
魔王を討伐して日本に帰り、このふざけた世界には二度と戻らない。
それが私のビジョン。
「残念ながらそれは叶わない夢……」
「は?」
「おっと……失礼しました」
彼女がそう言い終えると、一冊の本が私の目の前に舞い降りてきた。
「魔王……魔王、とても良いですね。丁度良い。それは主の記憶にも大きく影響する存在」
「魔王とルリンさんに関係が?」
「きっとこの記憶は、貴女の魔王討伐の旅路に大きく役立つでしょう」
くっ……その誘い文句は強い。
少しでもリスクを抑えるために、魔王に関する情報は欲しい。
この迷宮に来た理由も、魔王を殺すためのアイテムを手に入れる事だったのだ。
情報はどれだけあっても困らない。
なので申し訳ないけど……本当に申し訳ないけど、ルリンさんの隠し事を覗かせて貰おうと思う。
「あぁ、嬉しい。心は決まったようで何よりで」
「……ゼロさんって結構お喋り好きなんですね」
人形のくせに……は余計か。
「えぇ……えぇ。私には主の初めての友人という役割も兼任していたので」
そう、何でもないような顔でゼロさんは言った。
「……そうですか」
初めての友人。
あんまり話をしっかり聞いてないけど、ルリンさんはこの人形を友人として扱っていたのに、最後には自分で考えて動く人形達を壊したのか。
私がさっき言った『人形と話しているのが虚しい』という理由で。
「さて、貴女はあの魔導書を日記帳と読んでいました」
「まぁそうですね」
「ならば物語の紡ぎ方も、それでいくのが良いとは思いませんか?」
「……?」
「では大魔導師の軌跡を、私達で辿るとしましょう」
ゼロさんがそう言い終えると、私の目の前を漂っていた本が、突如開き出し、世界を書き換えるかのように光が私達を覆った。
光が徐々に弱まり、そして静かに消えていく。
まぶたの裏に焼き付いていた白が薄れ、ゆっくりと目を開けると、視界に広がったのは見知らぬ街だった。
「これは……もしかして地上に戻った?」
そう思うのも束の間……一体の人形が私の先を歩いていく。
「いえ、そうではなく。これは私が再現構築した、主の記憶領域の中」
そうだ……そう言えばそんな話だった。
記憶の再現、それもルリンさんのを基に。
つまりここは……
「そう。この土地は私の主が生まれ育った故郷」
「なるほど」
とても豊かに見える城下町だ。
私達を召喚した王国以上だろう。
あそこにはあまり余裕を感じられなかった。
「それはそうでしょう。この時間軸はまだ魔王……いえ、魔族などという存在が生まれる、ほんの直前の風景ですから」
「魔族が生まれる前の風景……」
どういう事だ……?
一応私は、この世界へ勝手に呼び出した人達から、少しだけ歴史を教わっている。
話では魔族という存在が、突然姿を現したのは、1000年以上も前だと聞いた。
そうなるとルリンさんの年齢は、少なくとも4桁を超えている。
「フウカ様。思考にばかり囚われていないで、目の前をよく注視しながら歩いてください。」
「……いきなり何ですか、前って……」
「何故気づかないのか……私は悲しい。何の目的も無しに、街の風景だけを見せる馬鹿がどこにおりましょうか」
うるさい人形が貶してくるので、一度思考を取りやめ、視線を前に向ける。
よく眼を凝らして前を見ると、特徴的な鉛色の少女が、かなり前を歩いているのが見えた。
最近はよく目にする人形の姿…………ではない。
「に、人間?!」
「えぇ……えぇ、その通り。主は人間。今は城での仕事を終わらせ、帰宅をしている最中でございます」
「城での仕事……」
「それもついでに少し説明いたしましょう」
ゼロさんが言うには、どうやらルリンさん13歳という年齢で、宮廷魔導士?のリーダー格を務めていたという。
私にはルリンさんが、丸腰で歩いているようにしか見えないので、誰か悪い人に狙われたりしないか心配だったけど……どうやらこの国では知らない人がいないほど有名で、誰も近寄らないらしい。
……いや、何を心配しているんだろう。
それ以前に、ここは過去の記憶だというのに。
「お考えもひと段落つき、街の風景も大雑把に見る事ができたですね。では少し時を進めましょう」
「え?」
言葉を待たずに馬鹿人形が、私達を別の場所に移してしまった。
---
次はどこに……
「ル、ルリンさん?!」
視線を左に移すと、ルリンさんがすぐ隣を通り過ぎていった。
「何故、口を手で覆っているのです? いい加減理解してもらえると助かるのですが、ここは……」
「記憶の世界なので何を喋っても聞こえないし、相手に見られる心配もない、って言いたいんですよね。まだ慣れていないだけなので黙っててください」
「あぁ、悲しい。ついでに主が向かう先にも気づいていただきたい」
「言われなくても気づいてますよ。屋敷ですよね。ここまで来ると驚きもありません」
これも見覚えしかない。
一面が青い花で埋め尽くされた庭と、奥に建つ屋敷。
ルリンさんの屋敷だ。
ところどころ違うところがあるが……ん?
花畑の奥に、30代くらいの女性の姿が見えた。
「主がお母上の方へと向かわれました。どうせならもう少し近づいて、お二人のお話を伺ってみましょう」
「……これに魔王と何の関係があるのかと、聞きたいところですね」
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「お母さん、ただいま!」
「あら、おかえりなさい。もう帰ってきたの?」
「そんなの当たり前でしょ!私は優秀なんだから!」
「そうね。いつもありがとう、ルリン」
「感謝なんかいらないよ。私が今開発している魔術が完成したら、もう仕事なんかやらないんだから!」
「そうなれば、ずっとここで静かに暮らせるわねぇ」
2人の親子は庭で咲き乱れる花を見ながら、仲睦まじく会話をしていた。
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「なんか……こういうのを見ていると、羨ましくなっちゃいます」
「羨ましいというのは私には理解致しかねますが、ここで出てきた魔術の話が、後に生まれる私達人形シリーズというわけです」
……悲しいや嬉しいなんて言葉をよく呟くくせに、羨ましいが理解出来ないのは何故か?……と問うのは流石に野暮か。
「ふむ? フウカ様と私の認識には、齟齬があるようですね」
「認識の齟齬……?」
「なるほど、貴女はかなり魔王に拘っている……いえ、拘っているのは遠い故郷でしょうか。フウカ様も故郷へと帰りたいのですね」
「それはそうですよ。ルリンさんにも家族がいるように、私だって当然家族がいるんですから」
やっぱり人形には理解出来ないの無いだろうか?
地球では住む国が違えば、価値観に違いが出るのは当然。
異世界で、それも種族が違う上に、この人形は命すら持ち合わせていない。
こうなると会話がまともに成立しなくても、仕方ない気がしてきた。
「あぁ……なんと悲しい暴言の数々なのでしょう。主もそこまで言うことはしなかったというのに……」
ゼロは目から液体を流し、芝居掛かった動きをしながら腕で目を覆う。
「ついでに言うんですが、ずっと心を読まれるの……本当に不快なんでやめて下さい」
「どうやらいまだに理解されておられない様子。何故貴女をここに招いたのか、記憶領域のこの時間である必要性があるのか……私はここへ来てすぐに説明を致したはずです」
「はぁ……?ふざけた事を言うのも良い加減に――――――何ですか、この気配……」
私が怒りを人形に向けようとした直後、空の雰囲気が変わった。
今はまだ何も無い。
ただ、青空をゆっくりと雲が覆っているだけに過ぎない、ごく日常にありふれた景色。
だけど目に映らないが、あの空の中にとんでもないものが隠れている。
「気づいてもらえたようで何よりです。この頃の主はアレの気配に気づいたにも関わらず、未知の物だったので見て見ぬふりを致しました。そしてそれを永遠の後悔としています」
「………………」
例え幻であっても切らなければいけない。
そう私の中の加護が強く反応している。
「剣が無いと落ち着かないようですね? それではこちらを差し上げます」
ゼロさんはどこから出したのか分からない、古びた剣を渡してくれた。
「……ありがとうございます」
「どちらも記憶を元に作ったただの贋作ですが、超常の存在もお気に召したようです」
人形がその一言を発すると同時に、視界がゆらぎ、遠くの空が黒く染まった。
音もなく空間が裂け、まるで生き物のように空中で巨大な門が開かれた。
「フウカ様。あの門の内側で何が蠢いているか、気づきましたか?」
「魔族ですよね。それは分かりますよ。私に与えられた力は、魔族と魔物の力に強く反応するんですから」
あぁ、気持ち悪い。
……だけど理解はした。
魔族の起源がアレだというのを。
「あの者達は一拍置くこともなく門を出て、この国の人間を一人を除いて喰い殺した後、人類を家畜化し今のフウカ様達がいる時代へと移るのです」
一人を除いた……
「……それは、あのルリンさんも……?」
そう私が聞くと、また場面が切り替わった。
―――――――――――
あとがき。
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