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被保護編 339年
339年10月11-2
しおりを挟む彼女一人と話す。
怯えない。私と相対する人間は男でもどこか怯えた様子になるが、やはり彼女は一人でも変わらない。
残れと話す。命令できれば楽なのだが。
この状況で、動じずに笑顔で断れるのか。
「そなたの夢を実現できる」
普通の女なら押し倒せば話はつく。だが彼女にそんな事をすれば、確実に逃げる。必要なのは言葉だ。
「私が残らなくても、殿下は進めてくださると思っております」
取り付く島もないな。私と王太子を比較しようとも思わないか。
残念だ。単に利益だけでは無理か。そんなにイユリスに愛着があるのだろうか。王太子に。
「気が変わるかもしれない。そなたがいれば確実だ」
利ではなく私の感情を重視しろと言わなければいけない。
「確実なことは何一つありません。ただこうしたいと思うか、意志の強さだけでしょう。殿下は意思の強い方です」
不快だろう。
私は信頼されていた。自分と同じ考え方をする、大きな間違いをしない人間。彼女よりも冷たく苛酷で厳格ではあるが、やり方は認めると。
それが政治上でも経済上の必要では無く、単に機嫌を損ねるなと言っている。
だが欲しいものがある時に欲しいと言ってなぜ悪いのか。
「私はそなたに残ってほしい」
「私は残りたくありません」
即断。私に欲望があるように、彼女にも感情がある。だがなぜ残りたくない?
「戦争の無い世界を作れるかは不確実だが、戦争は確実に起こせる」
言いたくはなかった。露骨過ぎる脅迫だ。利益で説得するが、彼女には残りたいと僅かでも思ってほしかった。
「何のために、誰を脅しているのか、わかっていらっしゃいますか?」
駄々をこねだした子供を戒めるようだ。駄々か。私が口にすれば強制力が発生する。
「そなたを手に入れるために、そなたを脅している。私の正室となり私を支えよ。そうすればソファリスは各国と協調し、共に発展するであろう」
「私はイユリスのレイサス王太子の婚約者です。他国の皇族の妻にはなれません」
そうだ。今は。とても気に入らぬ。
「ただの婚約者だ。破棄すれば良いだけだ」
ようやく彼女は本気で考え出した。
「そなたの意見は聞く。正室以外の地位も与える。契約書だ」
彼女には私を監視する職を与えたい。私を止め、あるいは支えてほしい。
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