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3章 婚約式と陰謀
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しおりを挟む不躾に寄越す好奇な視線に晒されるのは初めてだった。こそこそとこちらを見ながら何かを言っている令嬢達もいる。
当たり前か。俺だって彼らと同じ立場だったら、興味本位で見てしまうだろう。公の場で悪事を暴かれ婚約破棄された女が、一体どんな顔をして元婚約者の、それも新しいパートナーとの婚約式に現れたのかと。
「…容赦なく見てくるな。大丈夫か?」
「これくらいは想定内よ。というより、元々こんなものだから」
慣れた様子の彼女に驚く。当時はこの国の王子の婚約者だったのだ。注目されない訳がない上に、彼女曰く“周りから嫌われていた”らしい。こんな視線にずっと1人で晒されてきた彼女の事を思うと心が痛んだ。
ただいつもよりあからさまに表情が固い。俺は何とかしようと何故か彼女の口角を軽く指で押し上げた。自分でも何か違うと気付いた時には、彼女が呆れた様子でこちらを見ていた。
「すまない、君がらしくない顔をしていたから…でもこれは違ったな」
「…あなた、私なんかよりよっぽど度胸あるじゃない。そうね、堂々としていろと言ったのは私だったわね」
そう言った瞬間、彼女の目つきが変わった。しっかり前を見据えて堂々としている。そうだ、それが君だ。
「こんな馬鹿げた事、さっさと終わらせて帰るぞ」
「そうね」
俺達は歩き始めた。
入り口に立っている使用人に送られてきた招待状を渡す。流石プロともいうべきか、俺達の事を見ても特に反応はなかったが、他の使用人達に目配せをしたのが分かった。王子に彼女が来た事でも知らせるのだろうか。
会場に入ると、更に人で溢れていた。前方には二手に分かれた大きな階段。その上がった所のテラスに本日の主役が出てくるのだろう。
何となく彼女の方を見てみると、その2人が現れるであろう場所を見つめていた。丁度招待客に飲み物を渡す給仕が目に入った。
「ミラ、何か飲むか?」
「ええ」
俺は給仕に声を掛け、二人分貰うと彼女に渡した。正直何の誤魔化しにもならないが、あの場所を見つめる彼女を見て更に周りがこそこそとするものだから、そうせざるを得なかった。
「そういえば君いくつだ?」
「20よ。知らなかったの?」
そう言いながら彼女は酒を口に含む。恐らく社交界に出入りする様になって飲む様になっただろうが、俺が彼女と同じ歳の時にはこんな繊細な酒の味なんて確実に知らなかった。至極当たり前のように飲む彼女を見ていると、随分と前から嗜んでいたのが分かる。改めて違う世界の人間なんだと実感した。
それにしてもやはり彼女は予想していた通りの年齢だった。俺が何も答えずにいると、彼女がムッとした様子で口を開いた。
「なに?文句でもある?」
「何でそう一々喧嘩腰なんだ。いや…改めて君との歳の差を感じて」
「あなたいくつ?」
「…もうすぐ35」
「あら、もっとすごい歳の差の夫婦なんてザラにいるじゃない」
「何だよ、いつもおじさん扱いするくせに」
「最近はそんな事ないわよ?坊ちゃんって呼んでるし」
「…こんな所でその呼び名はやめてくれ」
相変わらず周りの人間はこちらを遠巻きに見ていた。本来ならば領主たるもの交流すべきだろうが流石に空気を読んだ。なるべく壁際に立って雑談しつつ、とにかく時が過ぎるのを待つ。
「知り合いはいるのか?」
「勿論。でも私に近付こうなんていう猛者はいないでしょうね。元から仲良くなかったし」
まるでなんて事ない様に言う彼女にまた心が痛む。
『噂通り、私は悪女だったという事よ』
会場に入る前、彼女に告げられた言葉を思い出した。突然言い出すものだから反応できず、周りの不躾な視線でそれどころじゃなくなってしまい追求できなかった。
「君が悪女ねえ…」
「あなただけよ、この中で私をそうじゃないと思っている人は」
「君の両親は?」
しまった、と思った時には遅かった。彼女の父親はこの国の宰相だ。このパーティに出席していない訳がない。それなのに彼女に会いに来ないという事は。
「私の事をそう思っていなかったら、手切金なんて渡さないわ」
その時、会場中にファンファーレが鳴り響いた。
「国王陛下、女王陛下、並びに、第一王子ケビン様、マイアス男爵家令嬢ミーシア様のご入場です」
騎士の掛け声の後、幕が開かれた。一斉に上がる歓声と拍手。その歓声を受ける様にまず国王陛下と女王陛下が登場し、続く様に主役の2人が登場した。王子は手を挙げながら、その横には婚約者のミーシア様がはにかみながら、2人はゆっくりと階段を降りる。
一番最悪なタイミングで話を中断する事になってしまった。特に変わらない表情で拍手をする彼女を横目で伺いながら俺も手を叩く。やがて二人は階段を降りた先にある壇上で立ち止まった。
「本日は我々のために多くの方々に御出席賜り、心から感謝致します。こうして彼女と婚約式を迎えれた事を嬉しく思います」
一気にこちらに視線が集まるのを感じる。心の中で舌打ちを打つ。
「正式な婚姻を結ぶ式辞は三ヶ月後となりました。皆様よろしくお願いします」
再びあがる歓声。この発表を持って2人は正式に婚約を結んだ。という訳でこのパーティのメインはもうこれで終わり。さっさと帰りたい所だが、俺達にとって最大の難関がまだ残っていた。本日の主役二人に祝いの挨拶をしなければいけない事だ。
参加をしただけでも充分なのだから別にいいだろうと思っていたのだが、馬車の中で確認した所彼女は売られた喧嘩は買わなきゃと行く気満々だった。先程と言いこんな喧嘩腰の令嬢、確かに色々と勘違いされてもおかしくないかもしれない。
やがて音楽が流れ、王子とミーシア様がファーストダンスを踊りはじめた。それが終わったら彼らは壇上にある席に座り、順に招待客の祝いの言葉を受ける。
「…本当に行くのか?」
「ええ」
本当に行くらしい。たくさんの人に囲まれ中心で踊る2人を、彼女は黙って見つめていた。主役のファーストダンスが終わり、今度は招待客も踊り始める。俺達は既に出来始めた主役2人に繋ぐ列に並んだ。また俺たちに視線が注がれるのが分かった。
「緊張する?」
注目の的だからか、彼女が周りに聞こえない様に手元に口を当て背伸びして囁いた。俺も屈んで彼女と同じ様に囁く。
「今までの人生の中で一番」
そう言って責める様に目を細めると、彼女が小さく吹き出した。そのまま小声で続ける。
「ごめんなさいね。私、強気な女なの」
「知ってる」
「でも流石に緊張するわね」
「そんな風には見えないけど」
「だってどんな顔をして会えばいいのか分からないもの」
衝撃の発言に言葉を失う。
「…よく参加しようと思ったな」
「あなたも知ってるでしょ」
「強気なくせに、後先考えない所?」
「そう」
彼女がにこりと微笑む。さすがに文句を言いたくなって、彼女の眉間を人差し指で軽く小突いた。
「何するのよ」
「すまない」
「軽々しいわね。もう一度言」
「…見て?どんな顔をして来たかと思えば…何て図々しい」
突然どこからかそんな声が聞こえてきた。十中八九俺たちの事だ。なるべく小さな声で喋ってはいたが、随分と楽しげに見えたのだろう。
「…ふーん、骨のあるやつがいるな」
「何よその言い方」
俺にも聞こえてきたのだから、勿論彼女の耳にも届いていた。彼女は半笑いで突っ込むと、再び会話を続けようとする。こんな棘のある言葉も言われ慣れているのか。
「それで…」
「ミラ」
「なに?」
「手を握ろうか?」
「どうして?まだ大丈夫よ」
それでも俺は彼女の手を握った。
「ちゃんと守るよ」
「…行く前にも聞いたわ」
そう言って彼女は黙ってしまった。今回も手を振り解かれる事はなかった。
ほっとしたのも束の間、何か強い視線を感じた。ここに来て感じたちらちらと伺うものではない。顔を上げるとすぐに分かった。俺たちが並んでいる列の先。そう、主役である王子が実に驚いていた表情でこちらを見ていたのだ。
何であんなに驚いているんだ、呼んだのはお前だろうが、と心の中で悪態をついていると、彼女が「…なるほどね」と呟いた。
「どうした?」
「予定変更。さっさと帰るわよ」
「え?」
そして俺の手を引いて列から出ると、早足で出口の方へ向かう。
「ど、どうしたんだ急に」
「おかしいと思ったのよ。私を遠ざける為にこうしたのに」
「おい」
「説明は後。とにかくここから出ましょう。あのお方に見つかる前に」
「は?見つかるって…」
“どういう事だ?”という言葉を飲み込む。何故なら俺達の前に、胸に王族の紋章が描かれた騎士が姿を現したからだ。
「…はあ、手遅れだったようね」
彼女が観念した様に足を止めた。分かっていないのは俺だけで、騎士は俺たちを真っ直ぐ捉えながら言った。
「国王陛下がお呼びです」
とんでもない大物の名前が出てきて、俺は空いた口が塞がらなかった。
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