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ももな

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井戸の底

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その井戸は、村外れの古びた神社の境内にあった。  

大人たちは皆、井戸に近づくなと口をそろえて言う。何でも、昔から「底なし井戸」と呼ばれ、不吉な場所として避けられていたからだ。井戸を覗いた者が二度と帰ってこないという噂もあった。

高校の夏休み、私はその井戸に興味を持った。古びた木枠に覆われ、苔むした井戸。近くに寄るだけでひんやりとした冷気が漂い、鳥肌が立つ。だが、それ以上に何かが私を惹きつけた。

「覗いてみたら?」  
そう言ったのは、友人の真理だった。彼女は好奇心旺盛で、村の不気味な噂話を面白がるタイプだった。

「いやだよ、怖いし。」  
私はそう答えたが、真理は笑いながら私の肩を叩いた。  
「ビビりすぎだって。どうせただの深い井戸でしょ?」  

その言葉に背中を押され、私は井戸の縁に手をかけた。中を覗き込むと、底が見えない。昼間にもかかわらず、そこは真っ暗で、まるで光を吸い込む闇そのものだった。  

「何もないみたいだね。」  
そう呟いた直後だった。  

「おいでよ……」  

低い声が井戸の底から聞こえた。  

瞬間、私は飛び退いた。だが、真理は「何言ってるの?」と笑いながら私を見つめる。  
「何も聞こえないけど?」  

耳を疑った。確かに聞こえたのだ。私を呼ぶ、低く不気味な声が。だが、それを口にするのが怖くて、私は「気のせいだよ」と言ってその場を離れた。  

***

その夜、夢を見た。  

真っ暗な井戸の中を、私は落ちている。どこまでもどこまでも続く冷たい闇。風を切る音すらしない静寂の中、井戸の底から何かが這い上がってくる気配を感じる。振り返ると、白い顔がぽつりと浮かんでいた。  

「おいでよ……」  

その声が再び私を呼ぶ。私は絶叫しながら目を覚ました。  

***

翌日、真理が行方不明になった。  

朝になっても彼女が家に戻らないと聞き、私は昨夜の夢を思い出して震えた。まさかと思いながらも、私は神社の井戸へ向かった。  

井戸の縁に立つと、昨日と同じ冷気が漂っている。底を覗き込むと、真っ暗な井戸の中に――白い顔が浮かんでいた。  

「真理……?」  

震える声で呼びかけると、その顔が笑った。真理の顔ではない。それは無表情で、生気のない顔だった。  

「……おいでよ……一緒に……」  

その瞬間、井戸の中から無数の手が伸びてきた。細くて冷たい手が、私の足を掴もうとする。私は悲鳴を上げ、全力でその場から逃げ出した。  

***

真理の失踪は、結局解決しなかった。村の人たちは「山で迷ったんだろう」と話すばかりで、井戸については誰も触れようとしなかった。  

私は二度と井戸に近づかなかったが、夜になると夢の中であの井戸が現れる。無数の手が、私を井戸の中に引きずり込もうとする。  

そして今夜も――井戸の底から、声が聞こえる。  

「おいでよ……」  
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