すぐに読める！ 怖い話

人形の微笑み

大学を卒業した私は、古い一軒家を格安で借りることになった。築70年というその家は、木造の骨組みがむき出しになった部分があり、畳の部屋も傷んでいたが、独り暮らしを始めるには十分だった。

部屋を片付けているとき、押し入れの奥で古い木箱を見つけた。埃をかぶったその箱を開けると、中には1体の人形が入っていた。  

それは、着物を着た日本人形だった。肩まで届く黒髪が艶やかで、白い陶器のような肌。赤い唇が微かに微笑んでいるように見える。美しい人形だったが、どこかその目が私をじっと見つめているようで、少し不気味でもあった。  

私は人形を箱に戻そうとしたが、その瞬間、箱の中に何かが動いた気がした。驚いて手を引っ込めたが、人形はただそこに静かに横たわっているだけだった。気のせいだと思い直し、私はそれを部屋の片隅に置いておくことにした。

***

その夜、私は奇妙な夢を見た。  

暗い部屋の中で、あの人形が座っている。誰もいないはずの家の中を、人形が微かに動く音が響いていた。カタ……カタ……。  
人形の頭がゆっくりとこちらを向く。その目が私を見つめ、口が開いた。  

「……遊ぼう……？」  

その瞬間、私は悲鳴を上げて目を覚ました。全身汗で濡れていて、心臓が早鐘のように鳴っている。夢でよかったと胸を撫で下ろし、ふと部屋の隅を見ると――。  

人形が、私の方を向いていた。

夕方に置いた時は、確かに壁の方を向いていたはずだ。それが今は、私のベッドの方をじっと見つめている。背筋が凍った私は布団をかぶり、朝が来るのを待つしかなかった。

***

翌朝、私は人形を処分することを決めた。どれだけ美しくても、これ以上一緒にいるのは無理だと思ったからだ。ゴミ袋に人形を入れ、家の外に置いておいた。  

だがその夜、また夢を見た。  

人形が私のベッドの横に立っている。小さな手を伸ばし、布団を引き剥がそうとしている。私は恐怖で声が出せないまま、その目をじっと見つめた。  

「……どうして……捨てるの……？」  

掠れた声が響き、私は悲鳴を上げた。目を覚ますと、また全身汗で濡れていた。慌てて部屋を見回すと、そこにはゴミ袋に入れたはずの人形が座っていた。袋から出され、私の方を見つめている。  

***

その日、私は人形を持って近くの寺に向かった。住職に事情を話すと、彼は険しい顔で人形を見つめた。  
「これは良くないものだね。供養をしておくから、ここに置いていきなさい。」  

私は人形を渡し、家に帰った。その晩、久しぶりにぐっすり眠ることができた。もう何も怖がる必要はない。そう思っていた。  

しかし、翌朝、玄関を開けた私の目の前に――あの人形が立っていた。  

雨に濡れた着物が泥まみれになり、黒髪が乱れている。それでも、その目は私をじっと見つめ、微笑んでいた。  

「……遊ぼう……？」