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第二篇 魔界山怪の章
第26話 最高傑作
しおりを挟むわたしはバッグの口金に手をかけました。
すかさずレーヴァンタインさんの銃口が動きます。
「番犬を解き放とうとしてもダメよ。その前にこの黒猫HELLCAT RDPが襲いかかるわ」
そういえばレーヴァンタインさんが抱きかかえていた黒猫がいつの間にか姿を消しています。この拳銃に姿を変えたのでしょうか?
口元に笑みを浮かべながらレーヴァンタインさんがいいました。
「屋上にいきましょう」
わたしはレーヴァンタインさんの銃口に突きつけられて建物の屋上にでました。
赤い満月が中天にのぼっています。
まさしく『アズネルグーフの夜』です。
わたしは彼女に向き直りました。
「あなたがなぜ、口がきけないふりをしていたかがわかりました。この『アズネルグーフの夜』に備えての前振りだったのですね」
「そう。アズネルグーフの夜とは……」
「ウソをつくことが許されない夜」
わたしは先んじて答えをいいました。
「アズネルグーフの夜だけ無口になるというのもおかしな話。だからあなたは口がきけないという設定をとおした。だけどなぜ、なぜ読書会を開いたのです」
「ミス・マリン。あなたなら、すべてお見通しのはずよ。あなたはわたしと同じ。真実よりも嘘と幻を愛するタイプ」
レーヴァンタインさんは嬉しそうにわたくしをみつめています。やっと同族をみつけたといわんばかりに。
わたしはその視線をみつめ返します。
「作者はあなたですね、ダルトン・ブラウンさん」
夜風がレーヴァンタインさんのドレスを揺らします。でも、わたしに向けられた銃口は揺らぎません。いたずらがみつかった子供のように笑みを浮かべています。
「そう。この小説はわたしが書いたもの。でも、発表したのはわたしの夫ダルトン・ブラウン。売れない小説家であった夫は自分の名前でこの作品を発表して一躍ベストセラー作家になった。当然、各出版社からオファーが殺到する。だけど……」
「書けるわけがないですよね。自分の実力で得た名声ではないから。無理に書こうとすれば……」
「古い言い方をすれば『お里が知れる』。だから書かなければいいと、わたしは夫にいいました。
わたしももう、書くつもりはありません。この作品は少女のころから歳月をかけて推敲を繰り返した特別な一作なのです。
『風と共に去りぬ』のマーガレット・ミッチェル。『嵐が丘』のエミリー・ブロンテ。あなたの国、日本の古典でいえば『源氏物語』の紫式部……。
歴史に残る高名な作家のなかにはそれ一作というひとも少なくありません。
しかし夫は作家です。書くことから離れられない作家なのです。今度は自分の力でと意気込んで作品を仕上げました。でも、それは……」
「とうてい受け入れられない駄作……」
「夫はそれを最高傑作と信じて出版エージェントとともに大手出版社との交渉に向かいました」
「その飛行機がUNA404便だったんですね」
突然、別の方角から別の声が聞こえてきました。
そこにいたのは眠りに落ちたはずのマジシャンでした。
第27話につづく
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