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第三話 闘わずして勝つ
しおりを挟む確かにそうかもしれない。ぼくは絶えずおどおどと、ひとの顔色を伺うクセがある。
嫌われたらどうしよう。
叱られたらどうしよう。
なにかいわれたらどうしよう。
そんな気持ちがぼくの心の大部分を占めている。それもこれも自信がないからだ。
ぼくはぼくだ、という強固な信念が自分にはない。
「空手をやれば自信が身につく。不必要に怯えたり萎縮したりすることがなくなってくる。そうなれば余裕が生まれ、理不尽な暴力を目の前にしても心が揺らぐことはない」
とオジサンは力強く語る。
「闘わずして勝つ。それが空手だ。腕力に頼らなくとも心の在り様で相手を圧することができるんだ」
「空手を、そのナイハンチをやれば、ぼくにも自信がもてますか?」
「ああ、もてるとも。やってみるかい?」
なんとオジサンのほうから申し出てくれた。ぼくは勢い込んで、
「教えてください。オジサ…じゃなかった、先生…いや、師匠!」
格闘技の指導者は先生というよりも師匠のほうが語感的にもぴったりくる気がして、ぼくはまだ、名前も知らないオジサンを師匠と呼んだ。
「ん…師匠か? なんだか照れるな」
心なしかオジサン——師匠の顔が赤くなっている。
「おれの名は…内海達央だ。きみの名は?」
「ぼくは和久、和久佑輝といいます」
「英語ふうに自己紹介すれば、マイネームイズ…ユウキ・ワク。いい名前じゃないか」
今度はぼくが照れる番だ。名前どおりユウキが湧いてくれたらいいんだけど…。
「おれは毎日、この公園で午後4時ごろからナイハンチをはじめている。強制はしない。時間の都合がついたら一緒に練り込んでいこう」
そういうと師匠はスポーツバッグからノートを取りだし、なにかを書き込みはじめた。
「なにを書いているんですか?」
思わず覗き込もうとしたら、師匠は慌ててぼくの目からノートを隠した。
「秘密だ。見るな」
やや厳しい口調でいう。練習メモみたいなものだろうか。
「師匠はなんでここでナイハンチをやってるんですか?」
そう訊くと、不意を突かれたように二瞬の間をおいて師匠はいった。
「…倒したい敵がいるからだ」
「敵?」
「そいつは強い。だがおれはそいつに勝たなければならない。決戦は一か月後、この玄葉台公園で開かれる」
師匠の表情は真剣そのものだ。とても冗談をいっているようにはみえない。
「そんな大事な決戦を控えて、ぼくなんかを…」
「いいんだ。空手はね、ひとに教えることで自らも学びなおすことができる。これも修行のひとつなんだよ」
そういってくれると気が楽になる。
陽は落ち、辺りは夕闇につつまれて互いの表情もみえづらくなってきた。
ぼくはベンチから立ちあがると、おおきな声を張りあげて頭を下げた。
「明日からよろしくお願いいたします。師匠ッ!!」
第四話につづく
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