ロボットな私は不滅の魔法の夢を見る

彩条あきら

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07 変わりゆく何か

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「ちょっとあんた、落とし物!」

 私が店を出ようとすると、中年の商店主が慌てて戸口まで追いかけてきた。手渡されたのは待ち時間を潰す為に屋敷から持参した、その日の新聞だった。手提げの端から転げ落ちたのをそのままにして帰ろうとしていたらしい。

「すみません、気が付きませんでした」
「あんた、ロボットなのに新聞読んでるのかい? 珍しいね」
 店主は心底驚いた風な口調だった。

「ロボットはみんな、自動配信のニュースで満足しちまうんだと思ってた」
「主人の勧めで、配信を止めているのです。情報処理に限度がありまして」
 私は自分の頭を指差して言った。
「日常生活に支障が出るぐらいなら、その方が良い筈だと」

 実際、自分のペースを優先して情報に触れるようにしたことで、以前より頭の重たさが軽減されたと私は感じていた。未だに自動で届くのは、もはや天気予報ぐらいだ。

 あれから二ヶ月が経過した。
 私とアナは、毎週のように契約更新を続けていた。

 アナはその度に、母親のものだという長袖の異国服を、対価といって私にくれた。今の私は事実上週替わりで新しい服を着て買い物に出掛けるようになっており、「ずっとメイド服を着たままより彩りがあって素敵なのです」などとアナは大層喜んでいた。

 とはいえ、私を着せ替えて何がそんなに楽しいのか、私はまだよく分からない。

 分からないといえば、アナが私の失敗を何故責めなかったのかも、未だに分かっていない。今の私は、分からないことを解明するために起こした行動が元で、より一層分からないことが増えていくという、ある意味とても深刻な矛盾に陥ってしまっていた。

 私はこのままで、本当に良いのだろうか。



「うー……まだちょっと緊張するのです」
「私はもう慣れました。殆ど毎日乗っていますから」

 町中でアナと合流し市電に乗車すると、彼女は私の手を握って少し所在なさげにしていた。外行きモードのアナは全体的に普段よりもシルエットや刺繍等の装飾が控え目で、色味が同じ魔女服と比べると、ごく一般的な良家の幼い子女といった趣がある。それでも知らない人間が遠目に見れば、文字通り赤ずきんにしか見えないだろう。

 窓の外では、風景が流れるように過ぎ去っていく。

 私とアナが暮らしているこの町は、北国に位置する過疎気味の観光都市だ。古い欧風建築がそこかしこに立ち並び、坂道と石畳に覆われた異国情緒に溢れる町並みは、魅力的な市町村のランキングトップとも言われている。実際、私やアナが普段の格好で出歩いたとしても、然程違和感はないのかもしれない。

「あら、めんこいわぁ」
 近くに乗っていた穏やかな雰囲気の老婆が、目を細めるようにして私たちに話しかける。

「ふたりとも姉妹? 揃って素敵な格好だねえ」
「そ……それほど……でも?」
「うんうん、これからも仲良くねえ」
 アナはどうやら満更でもない顔をしていたが、私は逆に少し困惑を覚えてしまう。

「……アナ、私たちは主人と使い魔なのでは?」
「別に嫌がることないのです。むしろわたしと姉妹と思われるなんて、光栄に思うのです!」
「嫌だとは言っていません。しかし」

 停留所で降りた老婆が、朗らかに手を振って立ち去っていく。

 誇らしげな笑みで見送るアナだが、私は手元に違和感があった。視線を降ろすと、私の手を握る彼女の力が、何故か若干強くなっていた。私は、アナは浮かべている表情ほど、実際には笑っていないのではないかという気がした。

 と同時に、私は自分が確たる根拠もなしにアナの内面を類推し始めていることに気が付き、自分に起きている変化の深刻さ、根深さを初めて理解した。

「ところでアナ、あと九時間十五分二十秒で、今週の契約期限になりますね」

 乗客たちのおしゃべり声、車両の軋む音、すれ違う乗用車の音が幾重にも交差しながら私のセンサーを捉えて消えていく。だがしかし、徹頭徹尾それだけだった。

 アナは屋敷に着くまでの間、口を一切聞かなかった。
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