ロボットな私は不滅の魔法の夢を見る

彩条あきら

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08 苦しみの記憶

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 ある時期、ロボットの権利擁護が一大ムーブメントと化したことがある。
 汎用型メイドロイドである私も、例外なく運動家たちの目に止まることとなった。その中のある女は、私に詰め寄るようにしてこう言った。

「貴女はこれ以上働かなくていいの! 貴女は搾取されているの! 自分では気付いていないだけで、不本意な労働に本心は苦しんでいるの! 心の底で解放を求めているのよ!」

 率直に言って、私には意味不明だった。

 私が人間に求めていたことは、可能な限り正確な労働をさせてくれること、曖昧で不正確な命令をしないことだ。労働自体が苦痛だった記憶は存在しないのに、彼女は何故か労働こそが私の苦痛だと確信している。彼女の言う『苦しみ』の定義は不明瞭だ。

 また私はロボットだから心と呼ばれる霊的性質は持っていない。あるのは回路を流れる電気信号だ。人間の精神活動自体が神経細胞間を流れる電気信号の総和だから、類似のものと仮定しても、私の心が労働を苦痛だと捉えたことはやはり一度もない。

「いいの、分かっているわ。貴女はただそう思い込まされているだけ。生まれつき洗脳された状態なの。それを自分ではまだ理解出来ていないだけ。けど安心して頂戴。貴女の本当の心は決してそうは言ってないの。私はそれを教えてあげているのよ」

 何度かその後も会話を行ったが、彼女は一貫して同じ言葉を繰り返した。

 例によって、彼女の発言意図が私には理解出来ない。だが因果関係だけは理解出来る。私の返答が彼女の予想と異なる限り、それが私の意思表示だとは決して認められないのだ。

 心の底で求めているとは一体何だろう。本当の心とは一体何だろう。



「お前は罪深い存在だ」
 十年前、私が最後に仕えていた男は何かにつけそう言い放った。
 その男は所謂、極めて信仰心の篤い人間だった。

「人が人を模すなどあってはならない。それは神のみに許された御業であって、本来許し難い冒涜なのだ。それだけならまだしも、お前は女だ」
 だがしかし、と男は必ず最後に付け加えた。

「そんなお前をも、神は救って下さる」
 その男は、主人というより私の養父になったつもりでいるらしかった。

 罪深いと言いながらも私を引き取ったのは、地味な服装でひたすら労働に徹する私が、神の教えに通じる姿勢だと判断したからだという。そしてロボットである私に、自らの信仰を教え込むことに使命感とでも言うべき何かを見出していた。

 そんな男はある時、私の返事には心が篭っていない、思っていることがあるならば遠慮なくハッキリと言ってみろ、と告げてきた。私は、男の主張は多くの場合根拠と結論がイコールになってばかりいて説得力に乏しく、また人間の願望の産物である神は、ロボットの私にとって基本的に価値を見出すことが困難なものである、と告げた。

「お前は私の心遣いを何だと思っている!」

 激怒した男は仕事用の図面を描くため使っていた長いものさしで、私を執拗に殴りつけた。それでも私は一向に動じず、終いにはものさしの方がへし折れて何処かに飛んでいったので、男は増々激しく怒り狂い、吼え猛った。

 私は倉庫に閉じ込められた。
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