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第5話 おいしそう
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次にふたりが会ったのは、最初の時と同じ平日の雨の夜だった。
大体同じぐらいの時間帯に曜が公園へと向かうと、相変わらず例の屋根の下で寒そうにしながら、来海がひとり本を読んで時間をつぶしていた。曜が駆け寄りつつ声をかけると、来海は即座にパタンと本を閉じ笑みを返してくれた。
「こんばんは、来海姉ちゃん」
「こんばんは、曜くん。今日は何かあったの?」
「ぼくは何もないけど、来海姉ちゃんがきっと寒い思いしてるんじゃないかなって」
ジャジャーン、と効果音を言いながら、曜は片手で持てるぐらいの、銀色のステンレス水筒を眼前に差し出してみせた。
「魔法瓶にインスタントみそ汁を入れてきたんだ。これ飲んだら、来海姉ちゃんもきっとあったかくなるよ……てか、飲みたい? 余計なお世話じゃない?」
「……うん、飲みたい。ありがとね、曜くん」
「えへへ」
来海の喜ぶ顔が見られたあまり、曜は顔がだらしなく弛緩してしまった。
「あ、でも曜くん……そのみそ汁って、具はなに入ってる?」
「たしか、ネギと豆腐だけど」
「そっか、良かった」
来海は何故だか、胸を撫でおろすみたいに言った。
「曜くんあのね、わたし、海の生き物は食べちゃいけない決まりになってるの。だから、貝とかエビとか入ってたら、飲めなかったかも」
「そうなの……分かった、次からは注意するね」
その時はじめて、曜は来海が持っていた本の内容に気付いた。持ち運べる程度の大きさだが、表紙にはクジラやイカの写真が大写しになっていて『海洋生物大辞典』と記されている。来海の意外すぎる関心事に、曜は素直に驚いていた。
「ね、曜くん。みそ汁貰っていい?」
「うん、今あげる」
水筒のフタを開け、カップにして中身を注ぐと真っ白な湯気が立った。来海に渡すとき手が触れ合う。来海のひんやりとした柔らかさが、曜には不思議と心地よかった。
みそ汁をコクコク喉を鳴らしながら飲むと、来海はとても安心した声を出した。
「あったかい……曜くんのお陰だね。ありがとう」
「……来海姉ちゃんって、魚好きなの?」
曜は例の本にチラリと目をやりながら言う。
「だから食べられないの?」
「うーん、好きっていうか、神聖な存在だからかなぁ」
「神聖……」
「立派で偉いってこと。魚だけじゃないよ。海はこの星全ての命の源で、人間がいつしか還っていくべき場所だから……って、ウチのママは言ってた」
曜はふと、偶にテレビで見る子供向け科学番組の海の特番を思い出した。地球の全ての命は海で生まれたと、確かにそんな感じのことを言っていたのは覚えている。
「来海姉ちゃんのお母さんって、科学者とかなの?」
「うーん……」
その時、ギュルギュルと曜の腹の虫が鳴って会話は中断した。曜は思わず腹を押さえて縮こまる。来海がクスクスと小さく笑ったから、余計に恥ずかしかった。
「曜くんもみそ汁飲んだら?」
「……いい、おにぎりあるし」
曜はちょっとだけ拗ねた気持ちになり、上着からラップに包んだ手製おにぎりを出すとひとりでモソモソと食べ始めた。腹の虫を黙らせてやる、と密かに意気込む。
「ほんとは来海姉ちゃんと一緒に食べたかったんだけど、具にシャケ入れちゃったから。魚だし、食べらんないでしょ」
「そっか、そうだね」
自分で尋ねておきながらあまり返事は聞かず、曜は目の前のおにぎりにだけ集中する。来海が隣で頬杖をつきこっちを見つめてきていたが、正直顔を合わせるのが恥ずかしく、そんな自分の子どもっぽさも何だかイヤで堪らなくて、曜は当分来海の目を見られそうにないと思った。
「…………おいしそう」
「えっ?」
曜が振り向いたその瞬間、思ったよりも近くでこっちを見ていた来海と正面から視線がぶつかり合った。よく分からない無言の見つめ合いが、しばらく続く。音もなく、湿ったくちびるの隙間をピンク色の舌がぬるりと蠢くのが一瞬、曜の視界に入った。
「来海姉ちゃん……ほんとはシャケ食べたいの?」
「あっ…………」
我に返った来海が息をのみ、慌てて視線を逸らすみたいにしていたが、曜にはそこまで動揺する意味がよく分からなかった。別に魚を食べたいとか思うぐらい、普通のことなんじゃないだろうか……。
「来海姉ちゃん?」
「ごめん、違うの。気にしないで、忘れて……」
瞬きを繰り返す来海は、何かを誤魔化すみたいにもう一度みそ汁を飲もうとし、慌てた所為かヘンなところに液体が入ってしまってむせ返っていた。心ここにあらず、といった具合だが理由は分からない。曜はとりあえず、そっとその背中をさすってあげた。
結局その日は、傘を返してもらい忘れた。
大体同じぐらいの時間帯に曜が公園へと向かうと、相変わらず例の屋根の下で寒そうにしながら、来海がひとり本を読んで時間をつぶしていた。曜が駆け寄りつつ声をかけると、来海は即座にパタンと本を閉じ笑みを返してくれた。
「こんばんは、来海姉ちゃん」
「こんばんは、曜くん。今日は何かあったの?」
「ぼくは何もないけど、来海姉ちゃんがきっと寒い思いしてるんじゃないかなって」
ジャジャーン、と効果音を言いながら、曜は片手で持てるぐらいの、銀色のステンレス水筒を眼前に差し出してみせた。
「魔法瓶にインスタントみそ汁を入れてきたんだ。これ飲んだら、来海姉ちゃんもきっとあったかくなるよ……てか、飲みたい? 余計なお世話じゃない?」
「……うん、飲みたい。ありがとね、曜くん」
「えへへ」
来海の喜ぶ顔が見られたあまり、曜は顔がだらしなく弛緩してしまった。
「あ、でも曜くん……そのみそ汁って、具はなに入ってる?」
「たしか、ネギと豆腐だけど」
「そっか、良かった」
来海は何故だか、胸を撫でおろすみたいに言った。
「曜くんあのね、わたし、海の生き物は食べちゃいけない決まりになってるの。だから、貝とかエビとか入ってたら、飲めなかったかも」
「そうなの……分かった、次からは注意するね」
その時はじめて、曜は来海が持っていた本の内容に気付いた。持ち運べる程度の大きさだが、表紙にはクジラやイカの写真が大写しになっていて『海洋生物大辞典』と記されている。来海の意外すぎる関心事に、曜は素直に驚いていた。
「ね、曜くん。みそ汁貰っていい?」
「うん、今あげる」
水筒のフタを開け、カップにして中身を注ぐと真っ白な湯気が立った。来海に渡すとき手が触れ合う。来海のひんやりとした柔らかさが、曜には不思議と心地よかった。
みそ汁をコクコク喉を鳴らしながら飲むと、来海はとても安心した声を出した。
「あったかい……曜くんのお陰だね。ありがとう」
「……来海姉ちゃんって、魚好きなの?」
曜は例の本にチラリと目をやりながら言う。
「だから食べられないの?」
「うーん、好きっていうか、神聖な存在だからかなぁ」
「神聖……」
「立派で偉いってこと。魚だけじゃないよ。海はこの星全ての命の源で、人間がいつしか還っていくべき場所だから……って、ウチのママは言ってた」
曜はふと、偶にテレビで見る子供向け科学番組の海の特番を思い出した。地球の全ての命は海で生まれたと、確かにそんな感じのことを言っていたのは覚えている。
「来海姉ちゃんのお母さんって、科学者とかなの?」
「うーん……」
その時、ギュルギュルと曜の腹の虫が鳴って会話は中断した。曜は思わず腹を押さえて縮こまる。来海がクスクスと小さく笑ったから、余計に恥ずかしかった。
「曜くんもみそ汁飲んだら?」
「……いい、おにぎりあるし」
曜はちょっとだけ拗ねた気持ちになり、上着からラップに包んだ手製おにぎりを出すとひとりでモソモソと食べ始めた。腹の虫を黙らせてやる、と密かに意気込む。
「ほんとは来海姉ちゃんと一緒に食べたかったんだけど、具にシャケ入れちゃったから。魚だし、食べらんないでしょ」
「そっか、そうだね」
自分で尋ねておきながらあまり返事は聞かず、曜は目の前のおにぎりにだけ集中する。来海が隣で頬杖をつきこっちを見つめてきていたが、正直顔を合わせるのが恥ずかしく、そんな自分の子どもっぽさも何だかイヤで堪らなくて、曜は当分来海の目を見られそうにないと思った。
「…………おいしそう」
「えっ?」
曜が振り向いたその瞬間、思ったよりも近くでこっちを見ていた来海と正面から視線がぶつかり合った。よく分からない無言の見つめ合いが、しばらく続く。音もなく、湿ったくちびるの隙間をピンク色の舌がぬるりと蠢くのが一瞬、曜の視界に入った。
「来海姉ちゃん……ほんとはシャケ食べたいの?」
「あっ…………」
我に返った来海が息をのみ、慌てて視線を逸らすみたいにしていたが、曜にはそこまで動揺する意味がよく分からなかった。別に魚を食べたいとか思うぐらい、普通のことなんじゃないだろうか……。
「来海姉ちゃん?」
「ごめん、違うの。気にしないで、忘れて……」
瞬きを繰り返す来海は、何かを誤魔化すみたいにもう一度みそ汁を飲もうとし、慌てた所為かヘンなところに液体が入ってしまってむせ返っていた。心ここにあらず、といった具合だが理由は分からない。曜はとりあえず、そっとその背中をさすってあげた。
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